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和田薫「釜ヶ崎のホームレス問題から見る地方自治」
「辛いよ。」
若干20歳の僕に、78歳の彼はその悲痛な叫びを漏らした。ポケットいっぱいのしけもくを二人で減らしながら、彼の過酷な人生を振り返る。こんな若造に彼は助けを求めている。蝉の声とアスファルトのじりじりとした暑さを、ワンカップで薄めながら僕たちは1日を費やした。
2007年8月。僕は東京・山谷、大阪・釜ヶ崎を訪ね、ホームレス問題の現状と彼ら一人一人の人生を垣間見た。インタビューと写真撮影をしながら、彼らの生活の一部を体験した。何故、彼らのような保護されるべき立場の高齢者が、社会から差別され排除されなければならないのか。社会保障制度はきちんと機能しているのか。さまざまな疑問がわきあがってきた。この疑問と怒りと疲労で、僕は旅を楽しめなかった。心にしこりが残っている。
やはり、この旅の一番の衝撃は釜ヶ崎だろう。今では「あいりん」という何とも可愛らしい名称がつくこの地は、大阪府大阪市西成区萩ノ茶屋周辺の労働者の町である。JR新今宮駅で下りると、観光名所の通天閣と、釜ヶ崎のシンボルともいえる「あいりん労働公共職業安定所」が見える。この町には楽しげで華やかな光景と、社会の最底辺の暗く陰鬱な雰囲気が混在している。50過ぎのオヤジさん達と、薄汚い野良犬で溢れる、いわば日本のスラムだ。僕の目には、いまでもこの町の情景が焼きついている。日本の労働、失業、貧困、社会保障等々、様々な問題が詰め込まれた町「釜ヶ崎」を通して、ホームレス問題とそこから見える地方自治について考えたいと思う。
厚生労働省の「ホームレスの実態に関する全国調査報告書の概要」[1]によると全国のホームレス数は18,564人で、大阪府のそれは4,911人と都道府県で最多である。また生活保護の被保護者数は69,730人[2]で、東京に次ぐ第2位。大阪市の生活保護受給者の4分の1が西成に居住しているという[3]。大阪市の生活保護受給者は年々増加しており、都市への人口流出、国民年金未納の単身高齢者世帯の増加、失業率の増大、釜ヶ崎の日雇労働者のホームレス化が大きな原因であるといえよう。
そもそも、生活保護とは何か。「憲法第25条の規定する理念に基づき、国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長する事を目的とする」(生活保護法第1条)とある。つまり、生活に困窮すれば誰でも生活保護が受けられるのだ。しかしながらその実態は、申請者に稼働能力があると判断されると、福祉事務所は相談にのらないなど、あらゆることを理由にホームレスを排除してきた。稼働能力は判断基準に含まれないのに、生活保護費削減のために排除してきたということだ。生活保護は地方自治体にとって大きな出費なのだ。大阪市を例に挙げれば、生活保護費が全国最多の2,311億円に上り、歳出の約15パーセントを占めている[4]。これでは市民に対するサービスに、支障をきたすおそれがある。憲法の定める最低限度の生活の保証に比べれば何とも貧弱だが、市民に対するサービスの必要性が無いとは言えない。生活保護優先を前提に、国は抜本的改革をする必要がある。
また、ホームレス問題を考えるときに避けて通れないのが「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法」とそれに伴う措置である。具体的には自立支援センターでの就職相談、清掃などの地方自治体での職業あっせん、センターやシェルターへの入所、医療相談などである。ある資料[5]によると上記のようなホームレス施策を実施している自治体において、平成15〜19年の4年間でホームレスの数が30パーセント減少したという。大阪市でも就職・医療相談、市全体で定員約1,800名収容可能なセンターやシェルターへの入所により、同上の4年間で62パーセントも減少している。同期間でセンターから就職して退所した者が約950名、入院などの福祉等の措置により退所した者が約340名だという。良いことばかり書かれているなぁ、とため息を一つ。現在約5,000人が野宿生活を強いられているという現状を前に、定員1,800名しか収容できないということ。シェルター建設を名目にテントや小屋を強制撤去していること。日に日にセンターやシェルターの定員数、施設自体の数が減少しているということ。つまり、施設を利用できない「アブレ」が発生すること。就職して一度退所しても、また職を失い路上にもどる人が現実に存在すること。高齢者に対し「自立」を名目に労働を半強制的に強いること。等々、僕の目にはこの法律のもろい部分が沢山見えて仕方が無い。
そして極め付けがこれ。ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法(以下、ホームレス自立支援法)の第11条を忘れてはならない。「都市公園その他公共の用に供する施設を管理する者は、当該施設をホームレスが起居の場所とすることによりその適正な利用が妨げられているときは、中略、当該施設の適正な利用を確保するために必要な措置をとるものとする」とある。つまり、簡単に言えば、公共の場の適正利用を理由にホームレスを強制的に退去させて良い、ということだ。強制退去を合法化し人権を無視する最悪の法律なのだ。
以上のことをふまえ、この自立支援法を僕なりに訳すと次のようになる。「人様に迷惑をかけず働く意欲のあるお年寄りには、住むところと色々な援助を提供しましょう。でも、公園に住んでいたり施設に入ろうとしなかったりはたらく意欲の無いオヤジどもには、強制退去を命じましょう。悪いホームレスには罰を与えましょう。」怖いな、この法律はまったく。
はっきり言おう。僕は政府とか地方自治体とかいった類のものが大嫌いだ。権力が大嫌いだ。その理由の一つが、国益やら民主主義を謳い、都合の悪いことを隠し、弱者(少数)を排除するからだ。僕は弱者を見た。僕は彼ら弱者の側から、彼らの視点で社会を見上げた。この経験が僕の視点をずらした。今僕がこのレポートを書いている瞬間、美味しく飯を食べているその時、温かな寝床で休む夜、彼ら彼女らは何をしているのか、想像して欲しい。彼らが残飯をあさり、しけもくを拾い集め、寒空の下一晩中歩き続ける現実を僕は無視することが出来ない。僕が宇都宮で、野宿者の生活保護申請に付き添ったとき、お役人は高そうな腕時計をして「あんたなんかにお金はやれない」とでも言いたそうな顔つきで、終始不親切極まりなかった。ホームレス自立支援法は、公園のベンチに人が寝れないように手すりをつけ、テントや小屋をつぶし綺麗な花を植えた。日本は憲法で保障した人間の権利を、彼らから剥奪している。最低限度の生活を送れない弱者を排除している。そして僕たちは彼らを無視している。
この現実を噛み締め、改めて考えてみる。ひねくれた僕の性格を変えて、少し愛想良くしてまた考え直してみたりする。違った角度から再度見直してみる。何度も何度も考えて、はい結論。国や地方自治体のホームレス問題への取り組みは、まだまだ不十分である。よって僕たち国民は、自らの権利を保障するために、そして彼ら弱者の権利を獲得するために戦い続けなければならない。そのためにもまず、偏見や自身の差別性・攻撃性を認識しよう。そこから共生の道は開ける。そして、僕は戦い続けようと改めて思う。
書きたい事が多すぎて、結局まとまらなかった。それに加え、このレポートは自身の経験と憤慨をもとに少ない情報で書いているため、見えていない部分が多いように思う。レポートとしては最悪かもしれない。だが、これが僕の生きる源の一つである事は間違いない。と、最後に格好つけてレポートを終える。
【出典】
[1] (厚生労働省HP ホームレスの実態に関する全国調査報告書の概要)
http://www.mhlw.go.jp/houdou/2007/04/h0406-5.html
[2] (厚生労働省統計表データベースシステム 第3‐8表)
http://wwwdbtk.mhlw.go.jp/toukei/youran/indexyk_3_1.html
[3] (大阪市西成区の生活保護受給の現状 p.1)
http://www.osaka-sfk.com/pdf/nishi_leaf0623.pdf
[4] (毎日新聞 2007年11月5日 大阪夕刊)
http://mainichi.jp/kansai/osakacityelection/news/20071105ddf041010014000c.html
[5] (ホームレスの実態に関する全国調査検討会 参考資料2)
http://www.homeless-net.org/siryousitu/sankousiryou/sankou1/kentou4kai/jiltusi-sankou2.pdf