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松波寿実江「1つの事件から見えたブラジル社会の現状」

 

19937月、ブラジルのリオデジャネイロ市街地のカンデラリア教会の前で、ストリートチルドレンが銃殺される事件が起きた。現場の地名から「カンデラリア虐殺事件」と呼ばれるこの事件で、子供たちは次々と銃撃されて計8人死亡した。しかし驚くべきことにこの銃撃事件は地元警察官の手によって行われたという事実が存在する。なぜストリートチルドレンは射殺されたのか、また、なぜ市民を守るべきはずの警官がこのようなことを行ったのか強く疑問に思い、深く調べてみることにした。

 

1.ストリートチルドレンについて

そもそも世界中で「ストリートの浄化」を目的としてストリートチルドレンの抹殺がおこなわれている。その中で最悪なのがブラジルとされ、リオデジャネイロでは1日平均3人のストリートチルドレンが殺されているという。ストリートチルドレンが子供とはいえ凶悪犯罪にかかわり善良な市民を脅かす存在と認識されているため、ブラジルでは市民が殺し屋まで雇うという現状がある。凶悪犯罪とは主に麻薬売買のことで、リオデジャネイロは南米における最大の麻薬売買の重要地点になっているために、多くを稼げる麻薬の密売人となる子どもが大勢いる。また一方、ブラジルでは16歳未満は起訴されないことから麻薬売買組織が貧しい家庭の子供を売り子として積極的に利用しており、中には親が積極的に子供を協力させている事例もある。

 

2.地方警察について

ストリートチルドレンによる商店街や市内での犯罪行為から治安悪化と風紀の乱れで、客足が遠のいてしまうことを快く思わない商店主や地域の実力者たちが「死の部隊」に路上生活の子供たちへの暴行や殺害を依頼する。「死の部隊」とは警察官や元警察官らが請け負っていることが多い。その理由としてブラジルの警察官の多くは市民生活の治安を維持するのに見合った給料は支払われないので他のアルバイトもしなければならないという現状にあること、拳銃を持っていることである。また学歴が必要とされないためにほとんどが貧困家庭出身で、社会常識や知識を得ることのできなかった人間が警察官になっていることもより「警察の暴走」を助長している。また、麻薬組織に情報や武器を流す・取締りを緩める・賄賂を要求するなどと自ら犯罪を行う警察官も少なくなく、警察の腐敗が目立つ。更にリオデジャネイロ市を中心とした大都市圏に点在する900ヶ所に及ぶスラム街のほとんどで麻薬密売組織が暗躍し、勢力争いなどによる銃撃戦が絶えず発生しているのだが、これらの抗争に警察が介入し、三つ巴の銃撃戦に発展することもしばしばある。よって、当然無関係な市民が流れ弾によって死傷する事件が後を絶たない。

 

3.感想・考察

 このリオデジャネイロ市の現状は、私に地方、国を問わず、政府とはどんな存在であるべきかという根本的なことから考える機会を与えてくれた。これらの諸問題の対策としてブラジル政府は「貧困解決」が鍵と考え、近年、ルーラ大統領主導の下で、貧困層に対する政策が行われるようになった。けれども地方政府がこれら諸問題に対していかなる対策を行っているかを調べても、それが記してある資料は何も見つからなかった。確かに国レベルでの貧困対策は大事である。しかしそれはあくまでも貧困層全体に向けられた大きなものであって、小さな単位での保障は不可能である。だからこそ、私は地方政府という小さい単位での保障が必要で、またその小さい単位での保障がより細かくて丁寧な援助につながり、そのことが貧困撲滅により役立つのだと考えた。

子供がいとも簡単に銃殺される事態は単なる刑事事件ではなく、地域コミュニティーの崩壊であると私は思う。また、カンデラリア事件で逮捕された警官が、商店主や地主らのカンパで保釈されたり、裁判で証拠不十分としておとがめなしで釈放されたりしたことは、地方政府の意思がかかわっていると思わざるをえない。この「カンデラリア虐殺事件」によって見えてきた地方政府の抱える問題は以下である。@ストリートチルドレンが市民社会の中で閉め出される存在となっているにも関わらず何の対策も行っていないこと A地方警察官の暴走を野放しにし、また警察が汚職にまみれていること B市内での銃撃戦を行い一般市民犠牲者が出るなど、市民を守るという警察本来の機能が動いていないこと  である。

よって、まとめると地方政府が今後行うべきことは4つあると私は考えた。1つ目はストリートチルドレンへの教育や保護がNGO団体だけでなく公共機関でも大々的に行うこと。2つ目は地方警察官の給料が低いことや殉職が多いことより、警察官の質がかなり低くなっているため、彼らの給料をあげること、また質向上のための現職警官への教育プログラムを実施すること。3つめは警察そのものの構造改革が必要であり、警察官らしからぬ行動をとった人間に何らかの鉄斎を加えること。4つめは犯罪の温床となっている「スラム街」を減らすために、生活保護を施し、また、教育や医療・職を提供することである。

 

4.結論

 「政府とはその地域に住む人間がよりよい生活を営めるように、そしてよりよい地域社会を形成していくために存在する」のだと私はこの事例を基にこう定義した。しかしこの考えを通してブラジルの地方政府を見てみると、それからあまりにもかけ離れているように思える。「カンデラリア虐殺事件」から見えてきたこと、それは貧困問題とは次元の異なった深刻な人権侵害と警察腐敗、治安の悪さ、そして地域社会と地方政府機能の崩壊である。しかし重要なことは、これらの累積する問題は政府だけの責任ではなく、また政府の力のみで解決できる問題ではない。個人レベルでの理解と協力が必要であると私は思う。

 

《参考サイト》

http://bus174.jp/ (映画「バス174」 公式オフィシャルサイト)

http://www.jca.apc.org/praca/book/book_ivone.html (イヴォネの生き方、ブラジルのストリートチルドレン)

http://home.u03.itscom.net/riokids/title.htm (文献「リオの路上から」 公式サイト)

http://www.anzen.mofa.go.jp/info/info4.asp?id=259 (外務省海外安全ホームページ)