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高橋優「障害者自立支援法の問題点」

 

 平成1841日、障害者自立支援法が制定され、同年101日に施行された。障害者と健常者が共生できる社会、そして何よりも障害者が自立できる社会は、日本に限らず人類共通の目標であると思う。しかし実際のところ、様々な面においてこの法律の問題点が浮かび上がっており、当事者である障害者やその家族、関係者からの不安の声も上がっている。

 

障害者自立支援法は「障害者及び障害児がその有する能力及び適性に応じ、自立した日常生活を営むことができる」(障害者自立支援法要綱より)ために定められた法律である。この法律の柱を簡単に言うと、「応能負担から応益負担へ」、「障害を種類分けせず、あらゆる障害についてこの法律で対応する」、「市区町村を事業の母体とする」、「障害者も自立できる社会を目指す」の4つに分けることができる。そしてこの中でも特に問題視されているのが、「当事者の収入ではなく、受けたサービスに応じ、支払い負担を一律1割にする」いう「応益負担」である。この考え方はこれまでの福祉政策とはまったく異なった考え方であり、障害者の自立を建前にして公費負担の軽減を狙ったものであるといえる。

 

 従来、福祉・医療サービスは年収金額に応じて自己負担額が設定されており、高額な医療やサービスを受けたとしても、自分の払える範囲(応能)での負担しか請求されなかった。しかしこれからは自分が受けたサービスの値段に応じ(応益)、必ずその1割を請求されるようになるのである。これがつまりどういうことを意味するか分かるだろうか。障害者の自立を目的としているこの法律そのものが、障害者の自立を阻む可能性を持っているということである。例えば、重度の障害を抱える人ほど働ける環境は限られてくるし、それは収入にも影響してくる。その一方で障害が重ければ重いほど、福祉・医療サービスの助成を受けることは多くなってしまい、出費はかさむ。また車椅子や装具などの購入費なども応益負担に含まれるのだが、子供は成長が早いため、頻繁に作りかえる必要があるし、大人でも筋力の衰えなどでサイズが合わなくなった場合は作り変える必要が出てくる。さらに施設などでの食費は全額実費負担となり、当事者にさらに大きな負担を課すことになった。

 

 応能負担には年収制限が設けられており、負担金額には月額で上限が設定されている。医療費に関して言うと、その設定金額が最も高いのは住民税の納付額が2万以上20万以下の家計で、月額の負担額の上限は40,200円である。また生活保護世帯や低所得12にあたる世帯は月額の負担上限金額がそれぞれ0円、2,500円、5,000円となっており、一定以上の収入がある家計でも高額治療継続者(更生医療・育成医療、精神通院医療を受ける者)がいる世帯では最高20,000円という額が設定されている。最大でも月4万の負担と聞くと、応能負担は実際はそこまで家計を圧迫しないのではないか、と思うひともいるだろう。しかし以前より厳しくなった年収制限こそ、この法律の見落とされがちな問題点なのである。

 

 一般的な家庭で1か月の支出が急に4万円増えたらどうであろうか。毎月支払うのはきっと大変であろう。しかも介護が必要なひとが家にいるので、収入を増やすため働きに出ることも難しいと考えられる。その結果、経費を抑えるためにサービスを受けない人が出てくる。訓練や治療の中断は障害者本人の悪化につながり、介護時間の増大は家族に大きな負担となってしまう。また、治療や介護にかかるお金は法律の対象になるものばかりではない。入院したら差額ベッド代、通院のための交通費は別である。24時間介護が必要な場合でも、全時間が1割の対象として認められているわけではなく、上限を超えるとあとは全額実費負担となる。これでは「お金がないから」と訓練や治療を受けられないひとがでてくる。そんな理由で障害者の生活を奪っていいのだろうか。

 

 障害者自立支援法では障害者の雇用促進も目的としている。厚生労働省の障害福祉計画では「障害者に仕事を斡旋する→就労者が増える→訪問系やデイサービス系の人が増え、施設入所者が減る→現在福祉工場で働いている人3,000人に対して、5年後には雇用型の就労者が36,000人になる」という見通しが掲げられているが、はたして本当にこんな社会になるのだろうか。現在の障害者就労は、一部企業(ヤマト運輸などは積極的に障害者の雇用を行っている)を除き、まったく進んでいない。しかも現状は、自給100円にも満たないような助産所での仕事がほとんどなのである。

 

ここで例を挙げたいと思う。

 ある31歳の男性は、18歳の時から作業所で働いている。仕事は公園清掃や草むしりで、初任給は2,200円だった。日給たったの100円だったのである。勤続13年目にして、月給はようやく20,000円になった。それなのに、自立支援法成立によって、施設利用料14,900円と食費14,300円(合計29,200円)を支払わなくてはならず、彼の給料より多くなってしまう。月額約66,000円(2級の場合)、又は82,000円(1級)の障害基礎年金をもらっているひともいるが、「仕事」をするための通所施設利用のためにお金を負担しなければならない。最低でも25,000円手元に残るよう軽減措置がとられてはいるが、それでも全収入のかなりの割合を占めるため、障害者に対する負担は重い。いずれにせよ、一般の最低労働賃金をはるかに下回ったものでよしとする考えでは、本当の「自立」などありえない。このように公益負担の「1割」は障害者とその家族・関係者にとって大変なものであることがわかると思う。

 

 私がこの障害者自立支援法をレポートの課題に取り上げたきっかけは、朝のニュース番組であった。両親と子供1人の家庭を取り上げており、その家庭では父親が障害を負っていた。詳しい内容は忘れてしまったが、この家庭でも、父親は仕事をしているが、施設利用費と食費のために給料のほとんどがなくなってしまうというということであった。1か月まじめに働いたのにまったく収入にならず、しかも働くために施設利用費という名の負担を負わなければならないことに、私は大きな疑問を持った。しかし、母親は収入を問題にはしていなかった。たとえ収入が少なくとも、社会に出て社会の一員として生きる、そのことのほうが重要だから、夫には働いていて欲しい、そんな考えを持っていた。この言葉を聞いて私は非常に感銘を受けた。しかし、障害者自立支援法のもとでは、このような障害者とその家族の考えを尊重し、支援していける体制は残念ながら整っていないのである。

 

先に述べたように、健常者と障害者が共生できる社会、そして障害者の自立は人類の目標であると思うし、この障害者自立支援法はその大きな手助けにならなければいけない存在なのである。障害者の問題は長い間「家族」で解決されるべき問題とされてきた。「社会で支える」という考えが普及した今でもやはりその負担は家族が背負っている。福祉サービスの料金を払うのも家族、そのお金が払えなくてタダで介護するのも家族。それでも「他人の手による介護」がようやく認知されてきた矢先、今までのようにサービスを受ける体制がなければ、家族はまた家に閉じ込められ、社会との接点を失ってますます孤立してしまうだろう。

 

障害者自立支援法による生活の変化を悲観して、障害者やその家族が自殺をしたケースもあり、しかもそれは多数に上る。性急な法律の施行によって障害者の家族が疲弊し、彼らの「自立」を困難にしている現状を、もっと深刻に受け止めなくてはならない。私自身、身近に障害者がいないため、その苦労をあまり知る機会がなかった。しかし例え周囲に障害者がいなくとも、障害者が生活する社会で自分も生きているのだという自覚を持ち、このような問題に対してもっと関心を持たなければならないと強く思った。家族に障害者がいることが、決して不幸であることにつながってはならない。真に障害者が自立できる社会、そして健常者と同じように生活できる社会を、障害者だけでなく健常者も、共に作っていかなくてはならない。

 

 

 

 

【 参考 】

     厚生労働省

  http://www.mhlw.go.jp/index.html

     障害者自立支援法の基礎知識

  http://www.syougaisya.com/

  Wikipedia  フリー百科事典

    http://ja.wikipedia.org/wiki/

     32project 情報ページ

  http://blog.goo.ne.jp/tomo32project/