０７０１１５KUROIWA

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

長野県における「信州」

2004年1月、当時の長野県知事である田中康夫氏は仕事始め式で「長野県という名称を信州に変更しよう」と提案し、大きな話題を呼んだ。将来、道州制が採用された場合をにらみ、信州と県名を改称することが有利だという認識のもと、田中前知事はこの提案の理由を「信州の方が観光面で全国的に認められており、経済効果がもたらされる」と述べている。

しかしこの発言は長野県民の間に物議を醸し、意見は真っ二つに分かれた。信州県と改称することにに賛成の意見としては、イメージとしての信州がいい、長野というと「長野県」ではなく「長野市」というイメージを与えるからなどの意見がある。反対の意見としては、信州とは単なる愛称であり県名にする必要は無い、1998年の長野冬季オリンピックで世界に売った長野のの名をかえる必要はないというような意見である。

確かに、長野県のものを示すときに県名の「長野」ではなく「信州」が採用される場合は多い。例えば信州そば、信州味噌、信州りんご等の特産品を始め、長野県の公式ホームページも「ウェブサイト信州」と名づけられている。また長野県の国立大学も信州大学である。地方自治法によると、都道府県の名称変更は地方自治特別法の制定が必要であり、内閣や国会議員が改称の特別法案を提出し、国会で議決された場合、憲法九五条に基づく住民投票を行い、過半数の同意を得ることが必要であるという。「信州」への県名改称は現実的には、実現は難しいと考えられるが、長野県において「信州」が持つ経済効果とは、またなぜ長野県の特産品や施設、組織などの名称に「信州」が多用されているのだろうか。

長野県への旅行プランや観光パンフレットを見ても「信州」を全面的に押し出した見出しを出している。書店で長野県のガイドブックを探すと「長野」ではなく「信州」を採用している場合が多い。田中知事は先述の会見で、「長野県を訪れる方々は、『信州』という言葉で、安曇野、上高地、軽井沢を思い浮かべる」と述べている。安曇野や上高地、軽井沢はいずれも長野県において、豊かな自然を観光の主力としている地域である。長野県の観光の目玉は、まさにこの自然であるといってもいいだろう。今後も長野県の観光産業を支えていくであろう広大な自然。「信州」という響きは、長野県の自然を連想させ、自然豊かな県というイメージをより強く印象付けることができるならば、観光の分野において「信州」は経済的な効果を持っていると考えられる。

また、田中前県知事は、政策のひとつとして「信州ブランド」を全国的に広めることも行ってきた。信州ブランドとは、「誰もがあこがれる信州」の実現を目標として、県内の商品やサービスをブランド化を促進し、ビジネスに活用する仕組みを作ろうとする政策である。それにより、「信州」全体のイメージを高め、県内の商品やサービスの価値を高めることで、優れた商品・サービスのブランド化を進める、というものである。やはり、長野県の商品を全国的に広めるには、「信州」を全面的にアピールしていくことが得策ということが伺える。

観光や商業的にみて、「長野」より「信州」はより顧客を集める効果があり、それは経済的な効果に繋がっていると考えられる。しかし、私は観光や商業的な部分だけではなく「信州」長野県にもたらす効果があると考える。それを考えるには長野県において信州を用いるようになった経過をみる必要がある。そもそも、なぜ長野県では旧国名の信濃国の別称、「信州」を使うようになったのだろうか。

1871年、廃藩置県が断行された時点では，それまでの「藩」が政府直轄の 「県」と呼び方が変わったが、その範囲に大きな変化は無かった。しかし、その年の11月、国・郡を単位とする全国３府（東京・京都・大阪） ７２県に再編成が行われた。このとき、信濃国では現在の長野市に県庁を置く長野県と、松本市に県庁を置く筑摩県に分けられることになったのである。しかし、筑摩県庁が火事で消失するなどの事件も原因となり1879年に筑摩県は廃止され、そのほとんどが長野県に組み込まれることになり、南北に長く、全国でも4番目の広さをもつ現在の長野県の範囲が確定したのである。

当然、筑摩県として成立するはずであった松本市を中心とする地域と県庁所在地になった長野市との対立は長野県成立後も続いてきた。もちろん長野市には県の主要機関のほとんどが置かれているが、松本市も日本銀行の支店の誘致や「松本空港」開港（2004年、「信州まつもと空港」に改称）など、積極的にその存在感を示してきた。新幹線や高速道路の建設などをめぐっても長野市と松本市の誘致合戦は激しく起こった。長野県にある国立大学が「信州大学」と名称をつけられたのも、「長野市」をイメージさせる県名を避けたためであると考えられる。

このことからもわかるように、「信州」は長野県の県民意識を対立させないようにするための策として用いられている場合もあるのである。長野県における「信州」は、県外に向けた観光や商業的な経済的効果を狙う戦略の一つとしての役割を持っている。その一方で、長野県内の問題として、かつて一度は違う県として歩もうとしていた二つの地域の意識を一つにするという役目も担っていると考える。つまり、「信州」は県外へは観光や商業的分野でメリットを生み、また県内では県民意識の統一という県内外両方に効果を生んでいるのである。

2006年夏の長野県知事選で田中知事が敗北。以降「信州」への県名改称案は議論の場に持ち上がることはなくなったが、信州ブランド推進は引き続き行われている。今後も、長野県においては「長野」と「信州」の共存は保たれていくだろう。

<参考サイト>

『 長野県政　信濃毎日新聞 』　「長野県」→「信州」改称を検討　田中知事

http://www.shinmai.co.jp/kensei/2004/04010601.htm

『 南信州サイバーニュース』南信州新聞社　「信州県構想に対する伊那の声２」

http://www.minamishinshu.co.jp/news2004/1/17n2.htm

「 県歌・信濃の国 」

http://homepage1.nifty.com/ishato/tiri/sinano/sinano2.htm

ウェブサイト信州　 http://www.pref.nagano.jp/syoukou/sbrand/kasyokai.htm