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中村祐司「地域活性化の拠点としての大学スポーツ―豪州における施設とイベント―」
1.オーストラリアにおけるスポーツ環境資源の充実
2005年の夏に調査活動で数週間滞在したオーストラリア北東部のクウィーンズランド州は、栃木県の約2倍の人口を持ち、州都ブリスベン(約100万人)やゴールドコースト(約50万人)を中心にここ10数年で人口が急速に増加し、経済や産業面での急成長が著しい地域である。
連邦国家であるオーストラリアでは6つある州政府の自治権や自立性が強く、政策の立案や実施において国のコントロールによる縛りが弱い傾向にある。したがって、州によって優先する政策が異なっていて、とくにクイーンズランド州ではスポーツの振興や観光誘致を通じた活性化が重視されている。
例えば、ブリスベン中心部から列車で数分のアクセスが極めて便利なところに、5万人以上を収容する巨大なスタジアムが03年に新設され、ここでラグビーやサッカーなどのプロスポーツの試合が行われる。試合当日は、予め購入したチケットが切符代わりとなりスタジアムに至るバスや電車などの公共交通機関が無料となる。スタジアムと主要駅をつなぐ臨時バスも運行される。
また、州政府自ら積極的に資金を提供して大規模スポーツ大会を運営する専門会社を設立し、国際レベルのスポーツ大会の開催や誘致を行うと同時に、日本や中国などアジア諸国からの人々の観戦と参加、すなわち「スポーツ観光客」を見込んだ数々のスポーツイベント戦略を立てて実行に移している。
州政府から見れば、アジア諸国は地理的にもヨーロッパやアメリカ諸国と比べて近く、魅力的な「スポーツ市場」として映っている。オーストラリア国内の人々のみならず、国外の人々が数多く訪れることで、州の経済発展やイメージの向上につながるスポーツのイベントを支援しているのである。
こうしたクイーンズランド州のスポーツと観光を結びつけた活性化戦略から学ぶことは多いように思われる[1]。
2.クウィーズランド大学における卓越したスポーツ施設と運営の特徴
州内の大学が保有するスポーツ施設についても例外ではない。クウィーンズランド大学(セント・ルシアキャンパス)では、大学の一組織である「UQスポーツ」(University of Queensland Sports)を通じてプール、トラック、ジム、テニスコート、運動場を民間会社が管理運営するマネジメント形態を採用している。UQスポーツに加盟する地域スポーツクラブは約40で、エリートレベルから草の根レベルまで様々なスポーツに対応すると同時に学生のスポーツ大会や一般のスポーツ大会の組織化にも一役買っている。
もう少し具体的に見てみよう。例えばUQスイミングセンターでは1回の利用料が会員の場合2.6ドル、非会員の場合3.7ドル(20回利用、3カ月間パス、1年間パスで割引料金あり)となっている。開場時間は夏季(9月から4月)の場合、月曜から金曜が午前5時から午後8時、土曜が午前6時から午後7時、日曜が午前7時から午後7時、休日が午前8時から午後6時となっている。冬季の場合、月曜から金曜が午前5時30分から午後7時30分、土曜が午前6時から午後6時、日曜が午前7時から午後6時、休日が午前8時から午後6時となっている。この屋外スイミングセンターではバーベキューが可能であり、ダイビングも含めたスポーツ教室もある。
運動競技場の場合、国際水準を満たした8レーンの総合トラックが設置され、500席の観客席を備えている。フィールド内では砲丸投げ、棒高跳び、障害物競走、走り幅跳び等が可能である。この運動競技場の屋内施設はUQラグビークラブ、UQスポーツ・リハビリテーション、近隣のスポーツクラブ等の会議場としても利用できる(1回の利用料はメンバーが1.5ドル、非会員が2.8ドル)。
UQスポーツ・フィットネスセンターの場合、3つの体育館、空調付きのエアロビクススタジオ、空手ジム、屋内スポーツ施設、6面のスカッシュコート、多目的施設がある。開場時間は月曜から木曜が午前5時30分から午後11時、金曜が午前5時30分から午後9時、土曜が午前7時から午後9時、日曜及び休日が午前9時から午後9時となっている。
UQテニスセンターの場合、3種類の21面のコートがあり、ショップとカフェもある。ブリスベンにおける最高のテニスセンターと銘打ち、他の施設と同様に年中無休で午前7時から午後11時(平日)となっている。
その他としてダンス教室(ヒップホップやタンゴ、ブレイクダンスなど9種類に対応)、空手、スポーツコーチングなど盛りだくさんである。さらには社会的スポーツとも連携し、「ランチタイムスポーツ」の提供や、先述したように40の地域スポーツクラブに対して財政的支援や施設提供の支援を行っているのである。2005年にはオーストラリア大学スポーツ大会(AUG)がブリスベンを拠点に開催(同年9月25日から9月30日まで)され、クウィーンズランド大学の施設がフルに活用された実績がある[2]。
要するに、大学のスポーツ資源を最大限に活用して収益を得つつ、学生のみならず地域市民を巻き込んだ形でのスポーツ活動の連携がなされているのである。UQスポーツ自体は一つの非営利の協議機関で管理・意思決定部門の構成は大学関係者が中心となっていると聞いた。ここが民間のスポーツマネジメント会社と契約して、UQ保有のスポーツ施設の管理運営を行っていることになる。
3.「全豪大学スポーツ選手権」における商業セクターの活用
連邦規模の大学スポーツのイベントとして挙げられるのが、「全豪大学スポーツ選手権」である。国内85万人以上の大学生を代表する大学スポーツの統括機関(peak governing body)である「オーストラリア大学スポーツ」(AUS)が担い手の中心アクターである。AUSはブリスベン、シドニー、メルボルン、パース(Perth)に事務所を有し、州政府や連邦レベルのスポーツ組織、地域、連邦、国際レベルに応じた学生のためのスポーツプログラム(40に及ぶスポーツ競技大会)に従事している。例えば、02年にアデレーデ(Adelaide)で開催された大学スポーツ競技会ではビール会社や保険会社、機器会社などがスポンサー企業として名前を連ねている[3]。
AUSは47の構成メンバーからなり、国内60大学以上を包括し、64万人以上の学生を代表している。世界中の134カ国の代表から構成される「国際大学スポーツ連盟」(FISU)の一構成員でもある。毎年9-10月にかけての一週間(正確には月曜から金曜の5日間)で大学選手権が開催され、5000人近くの選手が参加する。
04年大会では主催都市であったパースの場合、約370万オーストラリアドルを支出しバックアップした。20種目以上、16会場、43大学が関わり、250人以上のボランティアが運営を支援した。種目はオーストラリア式フットボール(AFL)、陸上、バトミントン、野球、自転車、飛び込み、ホッケー、柔道、剣道、ネットボール、ラグビー(Rugby Union)、サッカー、ソフトボール、スカッシュ、水泳、テコンドー、テニス、タッチラグビー、フリスビー、バレーボール、水球、といったように多彩である。
スポンサー企業の一つである「トラック・フィールド」(TracknField)は、スポーツウェア、カジュアルウェア、学校の制服を取り扱うスポーツ関連会社である。そして04年大会においてチームやスタッフのユニホームと大会関連商品、さらには飲料ボトル、帽子、ジャケットやシャツなどを提供した。その他にも紅茶会社やスナック(お菓子)会社がスポンサー企業として支援した。
また、スポーツ医療や指圧サービスがSMA(Sports Medicine Australia)の西部支局や地元の2大学を通じてなされている。また怪我への対応として病院や救急サービス機関との連携も取られている。保険については参加大学毎の加入となっており、選手は「健康保険証」Medicare Cardを大会期間中常時持参することになっている。
アルコール・ビール会社2社がスポンサーとなっているのがやや皮肉であるものの、興味深いのはAUSが独自に厳格な行為規約とアルコール規制政策を定めていることである。前者についてはスポーツマンシップの発揮を求め、競技内外における選手の行為水準の厳守を大会期間中に要請している。罰則の適用がなされるのではなく、大会期間中に違反行為が起こらないようにすることを目的としている。アルコール規制政策についても、飲酒による不法行為が生じることのないよう、行為基準と同様にその適用対象は競技者、スタッフ、観戦者に適用される[4]。
4.大学資源と市場性の導入
以上のようにクウィーズランド大学とAUSの取り組みに共通するのは商業セクターのパワー(市場活力)を積極的に活用している点である。大学を当該地域における貴重な資源の一つとして見るならば、たとえスポーツ領域に限っても、地域活性化に結果的に貢献する高等教育機関の可能性には極めて高いものがある。
大学ないしはその連合体が保有する財源に限りがあるとしても、当該地域の人々の利便性向上や交流の実現・拡大に役立つ存在に加えて、スポンサー企業の獲得や観光の魅力を打ち出す工夫を通じて、実質的には市場から財源をしたたかに取り入れている構図が見て取れる。今後はこのあたりのマネジメント環境の違いを法人化後の日本の大学との比較で考察する必要があろう。
具体的には行政が高等教育機関の市場関連の活動に対しどう支援していくのか、スポンサー企業の獲得につながる商業セクターと教育機関との「共益」をどう設定していくのか、さらにはスポーツ資源の魅力の射程を観光資源等にも拡大していくための仕掛けをどう創出していくのか、といった具体的な方策と実践の追及が日本でも求められる。