Suzukic060123

 

鈴木千晴「市町村合併が破壊するものとは」

 

 小泉純一郎首相が高々と「三位一体改革」を宣言してから、地方分権という流れは確実に国民の間に浸透し、それまで以上に急速な動きを見せ始めたと感じているのはわたしだけではないはずである。

 

三位一体改革の内容までは知らなくても、大半の国民はその言葉を耳にしたことがあると思う。小泉首相の掲げるこの改革とは、つまり、2004年度から2006年度までの3年間に、4兆円の補助金の削減、国から地方への税源の移譲、地方交付税の見直しという3項目のことであり、これが小泉政権の公約でもある。

 

また、1996年に設置された地方分権推進委員会では、通達行政、補助金行政、必置規制の改正を分権改革の大きな柱としている。なかでも、通達行政に関して、機関委任事務制度の廃止に全力を注いできた。ここでは機関委任事務制度について詳しくは述べないが、その廃止に伴って市町村合併が推し進められてきたという事実に注目した。

 

機関委任事務制度の廃止によって懸念されるのが、各都道府県知事の権限が強力になりすぎないかということである。そこで廃止を認める代わりに、市町村合併の動きを強力に推進し、都道府県の機能の空洞化を計ったのである。そしてここから市町村は、大合併時代という大きな波の中に巻き込まれていく。

 

 1965年から、10年毎に協議会が開かれ、合併特例法の改正が行われてきたが、99年に例外的な改正があり、ここで地方分権一括法が成立した。議員の在任特例、定数特例を認め、合併特例債の発行を示し、また合併に踏み切らなければ地方交付税を削減する等というこの法律は、全国の市町村に少なからず衝撃を与えたことは想像に難しくない。

そして04年に「合併新法」とも呼ばれる合併関連三法案が発表された。ここでは、各知事に合併協議会設置の勧告権を与え、合併特例債の期間延長などが約束され、市町村は、まさに「かけこみ合併」に追い込まれたのである。02年には「西尾私案」というものも発表され、053月末までに合併しなかった人口1万人未満の自治体は、量的に軽易なサービス提供をする自治体となるか、他の自治体へ編入されるかを選択しなければならないという案で、これもまた小規模の市町村には多大な影響を与えたであろう。

 

 ここ2,3年というわずかな期間で、わたしの周囲でもずいぶんと合併の流れが進み始めているのが感じられる。わたしにとって、合併というものは勢力を伸ばしたい大きな都市や、過疎に悩む小さな町村が直面する問題であって、わたしの町のように大きくはないけれどそれほど財政にも困っていないところとは無縁のものであると信じていた。ところが、そうではなかったのである。先に述べたように、市町村合併の流れはいまや全国的で、押さえがたいものとなってしまっている。

 

わたしが町の合併の話を耳にしたのは、合併が実施されるたった2年前である。それまでは、案こそあがっていたものの、本当の問題だとは思わなかった。わたし自身、そこまで興味がなかったのかもしれないが、それにしても事態は急速なのだと感じた。当事者であるはずの住民にさえ、たとえそれが一高校生だとしても、合併の事実が浸透していないというのは相当なものではないか。

 

 市町村合併の現状は、グローバリゼーションに似ている。グローバリゼーションは、地域性や地域社会を破壊するといわれるが、市町村合併にも同じことがいえるだろう。大都市が小市町村を吸収合併して勢力をどんどん広げていく一方で、中小の市町村同士も合併し、まるでそれに対抗しようとするかのようである。それによって、日本は大都市化、一体化、均一化といった動きに流され、政府の操りやすいようになっていくのではないか。

合併によって、補助金の削減や地方分権の改革は進展を見せるかもしれないが、その地域特有の文化や伝統は一体化によって失われていくのかもしれない。

 

 平成1741日から新たに発足した静岡県伊豆の国市は、旧韮山町、伊豆長岡町、大仁町の三町が合併してできた市である。面積94.71平方メートル、人口50,624人(平成1741日現在)のこの市は、伊豆半島の北部、田方平野の中央に位置し、山々に囲まれた豊かな田園地帯を形成している。旧三町の合意のもとで行われた対等合併の形をとっているが、その合併までの流れを見てみる。

 

 驚くべきことに、合併協議会設立準備会が設置されたのは平成15630日、つまり合併のわずか1年半前である。さらに協議会の設置はそのわずか3ヵ月後の107日。そこから合併までの流れの中で、何かしらの協議会や委員会が一週間をあけて行われたことはほとんどない。まさに光陰矢のごとし、とでもいうようにどうしても急速な合併を間に合わせなければならない気持ちが伝わってくる。その背景に政府の市町村合併の強力な推進政策があるのは、言うまでもない。

 

 協議会発足から1年後の平成16106日にはすでに、静岡県知事へ三町の廃置処分の申請をするまでになっていた。このような急速な進展を住民は不安に思わなかったのだろうか。それ以前に、住民は合併までの流れをしっかりと把握していたのだろうか。わたしはそこに住んでいた事実として、そう言い切るのは難しいと感じる。「合併をして市になるんだって。」「そうなんだ。」と言っているうちに、もうなってしまった。協議会で何が話し合われ、何が決断されたのか、深く知ることなく、意見を言う機会もわからずにすべてが済んでしまった。住民の中にこういう意見を言うものは少なくないはずだ。

 

 ではいつの間にかできてしまった新市では、旧三町の伝統や慣行はどのようになるのか。以下は、伊豆の国市の合併協定書から一部抜粋したものである。

 

  慣行の取扱い

(1)      町章、町の花・木・鳥、町歌、町民憲章については、新市において新たに定めるものとする。

(2)      各種宣言については、新市に引き継ぐことを基本とし、地域の実情を考慮した上で新たに定めるものとする。

(3)      姉妹都市については、原則として新市に引き継ぐものとする。

(4)      表彰制度については、新市発足後において新たな制度を創設するものとする。ただし、旧町において表彰を受けたものについては、新市に引き継ぐものとする。

 

 協定書に記載されている慣行については、これしかない。文化や伝統といった抽象的事柄については、やはり触れていない。協議で必要なのは各種の取り決めなのであって、文化の保護などにまでは手が回らない。この急速な流れの中では当然のことではあっても、合併によってあいまいになってしまうものもあるだろう。旧町が保有していた建造物、出土品、あるいは伝統芸能……例を挙げればきりがないだろう。均一化のせいで、このようなあいまいな伝統文化の辿る道は閉ざされてしまわないだろうか。

 

 そして、名前。合併して新市を作る場合には、住民にとってもっとも身近な問題になるだろう。正直、わたし個人としては、伊豆の国市という名前に愛着は持てない。どう考えても、先に合併した隣市の伊豆市に対抗しているような名前だからだ。全国的にも近年合併した都市の名前は話題になっている。南アルプス市やつくばみらい市など、個性を強調しようとした名前が特に目立っているが、果たして住民の意見が本当に反映されている名前だろうか。甚だ疑問が残るところではある。

 

 市町村合併について、わたしは共産主義でも反対派というわけでもないので、批判をするつもりはない。しかし、政府の思惑通りの補助金削減など得るものは大きいかもしれないが、それに代わって失うものもまたそれなりに大きいというのは知っていてほしい。これからの未来、合併した新都市がどのような方向に歩んでいくのか、見守っていきたい。

 

 

 

 

参考HP

・伊豆長岡町・韮山町・大仁町合併協議会

http://www.city.izunokuni.shizuoka.jp/gappeikyougikai/

・伊豆の国市公式ホームページ

http://www.city.izunokuni.shizuoka.jp/index.htm