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大宅宏幸 「市町村合併協議における新自治体名をめぐる動きの影響」

 

 「平成の大合併」といわれ、市町村の合併が全国的に進展した半面で、合併協議が破綻した事例もある。その1つの背景として、新自治体名決定協議のもつれという点について考えてみたいと思った。そこで、本レポートでは、合併なしでは自立困難な財政状況にあるにもかかわらず、合併協議が新市名決定をめぐって合意が得られず破綻した事例である、新潟県北部の岩船圏域6市町村合併協議を事例に考察してみたい。

 

 まず、岩船圏域6市町村とは、新潟県北部に位置する村上市、神林村、朝日村、山北町、荒川町、粟島浦村である。村上市は人口約32千の観光地として知られる地方小都市であり、その他の5町村は人口1万人前後の主に米作農業を中心とした小さな自治体であり、村上市を除けばいずれも財政的に自立困難な状況にある。粟島浦村にいたっては人口約400人の離島である。「岩船」というのはこれら新潟県北部の地方を総称する歴史的名称である。(文末地図参照)

 

 法定協議会(以下協議会)がスタートしたのは平成157月であり、総計11回の協議会が開かれた。合併の方式は「新設合併」とし、平成173月末までの合併を目指すことが決定された。第3回協議会までは、概ねスムーズに協議は進展していった。しかし、新市の名称については、なかなか各自治体の意見がまとまらず、毎回継続審議とされ、第6回協議会においては、村上市対5市町村という対立の構図ができあがる。

 

 新市の名称をめぐる議論は次のようなものである。まず、協議会では新市名選定委員会を発足させ、住民説明会やアンケート、そして協議会や各自治体議会での協議の結果、「岩船市」、「いわふね市」、そして「村上市」の三つの候補が挙がった。「岩船市」については、「岩船の地名は、歴史的にも古くからあり、当圏域全体を表す地名として他地域および当地域住民にも親しまれている。また岩船産米など産業経済活動においても知名度は高いものがある。」、「いわふね市」については、「ひらがな表記には、合併による新しい出発と岩船、村上を包含する意味が込められているものと考えられる。表音としては当圏域全体を表し、表記としてはひらがなの持つやさしさがある。」、「村上市」については、「村上の地名は、歴史的にも古くからあり、当圏域を代表する地名として他地域および当地域住民にも親しまれている。また伝統産業など産業経済観光活動においても全国的に知られている。」との理由で選定された。ここで、5市町村側は「岩船市」か「いわふね市」のどちらかで住民投票(アンケート)で決を採ることで合意したが、村上市側は「村上市」を主張し、最低でも例えば「村上岩船市」などのように「村上」の名称が入ることを主張し、町村側との溝ができたのである。結局話はまとまらず、再び第7回協議会へ継続審議となった。

 この村上市の態度を受けて、荒川町議会において法定協議廃止案が提出されたことを皮切りに、町村側が次々と廃止案を各議会で提出し、継続審議となり、一時的に法廷協議会はストップする。そして荒川町では合併の是非を問う住民投票が行われるまでにいたるが、反対多数で否決され、協議ストップから3ヶ月あまりが経ち、どうにか協議会は再開された。前回の反省を受け、新市の名称は「村上岩船市」という路線での協議が継続され、その他の協議事項を消化していくと共に第8回、9回、10回と協議会が重ねられた。しかしながらやはり納得のいく名称は決まらず、第11回協議(平成17年3月)においては、町村側は「村上岩船市」で決定するとしたが、対する村上市側は「岩船市」か「いわふね市」、そして「村上市」の3つのうち住民投票で一番多かったものを選ぶという、今までの協議内容を振り出しに戻す提案をし、町村側の反感を買い、結局協議は決裂した。そして1週間後に「村上市岩船郡6市町村合併協議会の廃止について」が関係市町村議会に同時提案され、村上市をのぞいてすべて可決され、事実上法定協議会は廃止された。

 

 以上のように、この合併協議は新市の名称で合意が見られず破綻したわけであるが、これにはどのような背景を見出せるであろうか。1つには、比較的規模の大きな市に、その他の小町村が併合されるという「編入合併」という形ではなく、「新設合併」という形をとったことがあると思われる。村上市と5町村とでは、規模や財政状況などに大きな開きがあった。特に、村上市は岩船圏域の中心であるし、観光地としても知られているため、新市の名称には「村上」の名を入れたい思惑があったと見られる。それに対し、地域全体をあらわす「岩船」の名称に親しんでいる町村側は、「村上」の名のもとにくるめられてしまうことに抵抗感を抱き、また、村上市側の協議における態度に反感を持ったのであろう。各自治体の力関係が比較的大きな市とその他の小町村という、アンバランスな中での新設合併であったこと、さらに圏域を代表する名称として、「村上」と「岩船」の二つがあり、市側と町村側で意見が割れてしまったことが重なった結果だったと思う。

 

 以上の事例から考えると、市町村合併が成功するか破綻するかには新自治体名がうまく決定できるかどうかが大きく影響するといえるのでないだろうか。特に、複数の自治体による新設合併の場合である。編入合併では、例えば1つの大きな自治体が周辺の小町村を併合し、名称もそのまま、という形で事を進めることは難しくはないだろう。しかし、新設合併の場合は、どの自治体も自らの名称が消えることに対しては、議員も住民側も抵抗感を持つであろうし、名称の一部でも残そうと意見を主張するだろう。またこの事例のように、新設合併で1つだけ規模が大きな市がありその他は小規模な町村、というような比較的大規模な自治体とその他の小町村による新設合併という勢力不均衡な状況は、この大規模な自治体が自らの名称を残すことを主張し、それをその他の小規模な自治体が嫌い、意見が割れる状況を作り出しやすいと思われる。さらには、合併する自治体のある地域をいいあらわす代表的な名称が2つ存在する、あるいは3つ存在するといった状況であれば、どれを採用するかでさらに議論は割れる可能性があるだろうし、逆にそういったものが無いのであれば、新たな名称をどうするかでまた議論が難航する可能性もあると思われる。もう少し荒く考えて見れば、ただでさえ複数の自治体、地域が新設合併するわけなので、例えば先日誕生した那須烏山市(南那須町と烏山町)や那珂川町(馬頭町と那珂川町。二つの町には共に有名な那珂川が流れている。)のように名称をうまく決めるのも難しくしているともいえるだろう。

 

 もう一つ重要だと思われる点は経済産業観光活動である。先ほども述べたように、村上市はその伝統産業(漆器、鮭など)や遺跡(城)で全国的に知られており、これらが重要な位置を占めるので、合併によって「村上」の名が消えてしまうのはデメリットになりうる。つまり、合併協議に参加する自治体の中に、こうした経済産業観光活動が重要な位置を占める自治体がある場合、新市名の名称をめぐって合併協議が難航する可能性が高くなると思われる。

 

 合併をすれば、もちろん自らの住む自治体はなくなってしまうことになる。いままで慣れ親しんだ自治体名は消えてしまうかもしれない。日本の行政の流れ、財政の逼迫、自立運営の困難等々の事情から合併に踏み切るのであろうが、そのこと自体にやはりアイデンティティーのようなものが働いて、住民にせよ自治体の行政職員にせよ議員にせよ抵抗感を覚えるのは至極当然だろう。合併協議における新自治体名をめぐる動きには、それが強く現れてくるはずだ。そこに、いままで述べてきたようなことが重なるわけだから、新自治体名をめぐる動きは合併が成功するかどうかに、無視できない大きな影響を及ぼしているといえるのではないだろうか。

 

 

 岩船圏域6市町村の合併協議破綻後、村上市を除く5市町村は「このままでは自立困難な状況に変わりは無い」として、それぞれに新たに合併協議を進めようと議論を進めている。

 

 その他の合併協議が破綻した例も調べ、さらに市町村合併における新自治体名決定をめぐる動きの影響について考えて見たいと思った。また、それが時間の都合上できなかったのが反省点だと思う。

 

参考: 岩船圏域6市町村合併協議会ホームページ(http://www.city.murakami.niigata.jp/gappei/

 

    合併協議会報告 平成15年度〜17年度