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中村祐司「元気な自治体職員の資質と条件」

 

1.問題の所在

 

関東の内陸に位置するC県B市では、もともとは約15万人の人口が、053月における旧3町との合併により人口約22万人となった。それ以前から首長の強力なリーダーシップのもと、「行政経営」が掲げられ、地方行政改革に邁進している都市である。今年1月に当市を訪問する機会があり、企画部行政経営課のA氏に市民参加に関してインタビュを行う貴重な機会を得た。その際、A氏の参加をめぐる行政サービスにかける情熱や洞察力に感銘すると同時に、新しい時代の市民参加を考える上での重要なヒントをいくつかもらったような気がした。

 

したがって、以下、そのときのA氏の発言をまとめ、そこから見出されたいくつかの点を指摘したい[1]

 

 

2.A氏の発言内容

 

 市長が市民参加を非常に重視していて、参加が市政方針の柱の一つとなっている。もう一つの柱が「経営」である。「参加」というと審議会等で市民の意見を聞き置く程度のものと一般にはイメージされるかもしれない。しかし、B市の場合は市民から意見を聞く。そして、「お金」を市民に出してもらう。具体的には「ミニ公募債」という市債がそれに相当する。実際にやってみると5億円規模の募集にもかかわらず、30億円規模の申込みが市民からあった。要するに市民には「身体」も出してもらい、汗をかいてもらう。市民がお金を出し、それがハードにあらわれると市民は実感を持つようになる。

 

 もともと、21階の庁舎建築予定が選挙公約で12階に変更された。その過程で市民の意見を入れて何度も議論をし、最終的に12階とする建設計画をまさに市民参加で作成した。これが市長執筆の「前例への挑戦」という本のもととなった。

 

行政の仕事は普通に考えれば役所の直営だが、役所の直営でなくてもいいのではないか、というのが「経営」という考え方の出発点である。市民に図書館運営の手助けを公募するとかなり多くの募集があった。図書館司書の資格を持つ市民が50人ぐらいいたので、現在はこの人たちに図書館の窓口業務を手伝ってもらっている。時給は僅か650円であるが、大切なのは実行する前にあれこれと時間かけて調べることを敢えてせず、「まずはやってみよう」というスタンスが大切である。

 

その結果、以前は図書館に専任職員が30名いたのが10名にまで削減でき、それでもサービスの後退は起こらなかった。次に図書館でうまくいったのなら老人福祉センターはどうかということになった。近くの人が交替で受付をやってくれることになった。市役所窓口も市民が行っている。臨時職員との違いは、「パブリック」のためのあくまでもお手伝いしてもらうという位置づけであり、金銭のためではない。「パブリック」に参画しているというモチベーションを持つ市民であるというのが唯一の条件である。市の職員を減らしながら、行政サービスを充実させていく。これこそが参画と協働の実践だと考えている。

 

いずれにせよ「我が社」(*A氏はB市をこのように呼称。)の方針は、がちがちに考えずにまず「やってみる」ということである。したがって、参加を達成する上での行政組織上の課題はない。組織機構をいじっても参加が促進されるわけでもない。個々の行政職員が対象としている市民が何を考えているか把握することが枢要である。それができなければ随時職員に集まってもらえばいい。

 

 とくに政策立案の面では、まちづくりに関する意見の公募が挙げられる。これがポピュラーなしくみで、まちづくり委員会だけでなく、庁議室での市長との対話集会、市長へのファックス意見送信などもある。さらにFMラジオコミュニティ放送を使って市長が時間をとって、「演題トーク」なども行った。市長が市役所の入り口近くのテーブルに座り、市民と話すという企画である。「まちづくり意見交換会」も過去4回実施した。

 

現在、ごみ袋の扱いが合併後の市長選の争点となっている。市民意見の施策運営への具体的な活用については、第1点が各担当課への意向調査である。次年度の予算要求のときにその結果を受けて満足度等が絡み、予算要求につながる。財政担当部門もその流れを理解している。毎年2月には予算の内容案が固まり、これを公表する。議会も関心を持つようになり、議会でのやり取りで使われるようになっている。

 

担当課に当該行政サービスについて熟考させるという意味で、議員が一般質問で取り上げることの意義はある。また、予算に関して担当課長が議員から質疑を受けるということで、課長は良い意味でのプレッシャーや緊張感を受ける。それに対応するエネルギーを課長が費やすことが非常に貴重である。バランスシートにしても独自方式でやっているが、議会が取り上げてくれると大きい。そうでないとどうしても言いっぱなしになってしまう。行政改革のポイントは他課にいかに理解してもらえるのかである。

 

 

3.元気な自治体職員の資質と条件とは何か

 

 まず第1に、A氏が「役所」という言葉からイメージしがちな、いわゆる旧套墨守の感覚からはほど遠い感覚の持ち主で、むしろ民間企業の「営業マン」以上にバイタリティーに溢れ、あたかも行政サービス領域において新規の「市場開拓」を常に見据えているようなチャレンジ精神を持っていることである。行政サービスと企業サービスの垣根がB市では確実に低くなっていると同時に、両者の融合状況が市民のボランタリー活動と交錯しながら浸透しつつある。要するに行政サービスの市場化が確実に進んでいるのである。

 

 第2に、「組織は人」の原則のごとく、B市では組織機構の改編をはじめとする「制度いじり」に汲々とするよりは、自前の組織、現状における個々の行政職員の力量とやる気を最大限に発揮しようとする雰囲気づくりや、行政職員の間での新しい「文化」づくりが着実に進んでいる様相が見て取れる。その基底には行政サービスの担い手・調整者である行政職員が当該サービスに従事することの喜びや楽しみ、やりがいを持つことが、そのまま対市民に伝わっていくという法則があるからのではないだろうか。

 

 第3に、公務サービス領域に企業の利益追求手法を部分的に導入することで、その努力や成果が明白に還元されることと、企業活動で得られない公益という価値を追求する醍醐味とが相俟って、この二つの要素の合成が「元気」の源と職務への強力なモチベーションとして形成されるのではないだろうか。とくに基礎自治体の行政職員は、直面する現実社会の多様性と複雑・交錯性の濃縮部分を市民とキャッチボールしながら何度も味わいつつ、公益を追求できるという特権を持っており、そうした意味でこの極めて恵まれた職場・労働環境を前向きに生かしていくことが、公共サービスの質の向上につながっていくものと思われる。

 



[1] 本報告の執筆では、インタビュの際に入手したB市の行政資料やHP情報の整理・把握・分析を今後に控えていることもあり、A市の発言内容に限定したこともあり、自治体の名称やA氏の氏名については、匿名扱いとした。

なお、当日の補足質問の内容は、以下のJ項目であった。

@「市民満足度アンケート」の実施・評価の主体について、A調査分析結果の最後に、「本年度及び来年度の施策運営に活用していく方針」とあるが、この具体的中身について、Bアンケート結果に関する各課の意向調査に対する各担当課の受け止め方について、C前々回のアンケート調査についてはHPから削除したのか、D「経営方針」に「成果を検証し改善します」とあるが、とくに「改善」の実績について教えてほしい、E「課長による庁内放送」の実施に至るプロセスと評判について、F課長庁内放送文庫本を購入できるのか、G「部方針書」と総合計画との重複はあるのか、H企画部の「部方針書」とのその他の部・局の「部方針書」とは温度差があるようにも見えるが、I「ローカルアカデミー」の運営課題について教えてほしい、J行政経営課の所管に絡み、情報や意見の交換、施策をめぐる協議などを行っている市民団体あるいは政策NPOなどが存在すれば、教えてほしい。