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中村祐司(担当教員)「アメリカ電子政府戦略の枠組みと課題」
人間社会における事務サービス処理において、将来的に紙媒体は電子媒体に取って代わられるのであろうか。政府活動においても、今や先進諸国では電子文書での保管や電子手続きなど、その勢いから見れば、紙媒体の利用を凌駕するかのごとき様相を呈している。電子情報システムの確立は公的セクターに限らず、私的セクターやボランタリーセクターにおいても重要な課題となっている。政府が提供するサービスの効率や効果は果たして電子情報の利用によって飛躍的に向上するのであろうか。また、これを利用する市民レベルを取り巻く情報環境を大きく変容させるのであろうか。今や、電子政府の確立が避けられない時代なのであろうか。
こうした問題意識から、電子文書利用を国策として進めているといわれる国の一つ、アメリカ合衆国に注目したい。アメリカ・ブッシュ政権下における電子政府(e-government)をめぐる取り組みは、どのような状況になっているのか。ホワイトハウスが提供するホームページ[1]によれば、その基本的枠組みは、「政府―市民」(Government to Citizen)、「政府―政府」(Government to Government)、「政府―企業」(Government to Business)、「政府内部の効率・効果の追求」(Internal Efficiency &
Effectiveness)の4つ[2]である。以下、概要の把握を目的に各々の内容について見ていきたい。
まず、電子政府における「政府―市民」の意味するところは、「ワンストップサービス」(one-stop
services)であり、政府情報にアクセスする際の「正面玄関」(front
door)を市民に提供することである。例えば、電子「レクリエーション政府」(Recreation gov.)によって、05年春までには全米のレクリエーション情報を集約するシステムが確立されるとしている。また、04年春の段階で300万人以上の人々がオンラインを用いて納税手続きを済ませていると報告されている[3]。
その第1の柱が「(市民生活に)役立つ電子政府」(GovBenefits.gov.)[4]で、ホームページ上で市民からの問い合わせにも応える形で知りたい政府情報源のありかを提示するというものである。ここでは、連邦と州の政府諸機関へのリンクが網羅的に張られ、「連邦市民情報センター」(Federal Citizen Information Centre)などその他の情報源も紹介されている。第2の柱が「ワンストップ・レクリエーションサービス情報」(Recreation One-Stop)[5]である。全米3500以上のレク情報サイトを掲載し、ハイキングのみならずキャンプや釣り、登山などの自然派レクリエーション活動の愛好家に資する電子情報を集約している。多くのアメリカ人が国外の事象に関心を持たず、外国旅行者もその割合が極端に低いと聞いたことがあるが、逆に言えば広大なアメリカ国内のみでも州境を越えて旅行することによって気候や風景の多様さを体感できることに原因があるのかもしれない。
第3の柱が「内国税収入サービス」(Internal Revenue Service.gov)[6]で、電子上での財務省が主導する納税申請手続きのシステムである。個人のみではなく、企業、慈善・非営利団体、独立行政法人も対象となっている。第4の柱が「電子政府貸与金提供サービス」(GovLoans.gov)[7]で、連邦政府による貸付金プログラムで、年間に個人や企業を対象に3100億ドルの提供がある。そして、第5の柱が「アメリカ総合情報提供サービス」(USA Services)[8]となっている。これは、政府情報を中心に政府がカバーするあらゆる領域に関する電子情報を提供しようとするものである。実際には ”First Government.gov.” と銘打ち、連邦から地方政府レベルに及ぶ法令や統計、政府関係機関のディレクトリーといった巨大総合サイトとなっている。
次に「政府―政府」は、自国の安全や重要な記録の検証といったサービスには、連邦政府、州政府、地方政府との間の協力が必要であり、異なるレベルの政府間でのパートナーシップを構築しなければいけないというものである[9]。具体的に挙げられている第1の柱が「地理空間的ワンストップサービス」(Geospatial
One-Stop Services)[10]で、「全米データ構築基盤」(NSDI=National Spatial Data
Infrastructure)の進展にも後押しされ、市民、地方政府、州政府、連邦政府の各層レベルを貫く電子情報の「相互執行的なツール」として、異なるアクターが同一の情報を共有する手段と位置づけられている。80%の各層政府機関がこうした考え方に沿って情報システムを構築しているという。
第2の柱がテロ対策を含む「緊急災害管理」(Disaster Management)[11]で、政府機関のみならず、私的セクターや市民・ボランタリーセクター、非営利セクターの相互連携の必要性が強調されている。サイトの頭にはいわゆる9.11の際にブッシュ大統領が述べた「テロリストの攻撃によって私たちの巨大なビル基盤が破壊された。しかし、アメリカという国の基盤を揺るがすことは決してできない」という言葉が彼の写真とともに掲げられている。第3の柱である「治安管理」(Safecom)[12]も同様な考えにもとづく。公的な治安組織は全米で約4万4000にも上るという。
そして第4の柱である「電子政府情報の共有」(E-Vital)[13]では、電子上において連邦政府と州政府が電子死亡記録を含む統計記録情報の収集、作成、分析、共有に関わる工程を確立しようとしている。第5の柱は「連邦政府補助金プログラム」(Grants.gov)[14]で、州政府、地方政府、大学、非営利組織を対象に年間300億ドル以上の額が500以上のプログラムに提供されている。断片化しがちな補助金提供情報の統合をねらっている。
「政府―企業」は、とくに法規制や輸出面での「電子ビジネス」に関し、企業の手続き負担を軽減し、企業活動の効率性を連邦政府が後押しするものである[15]。第1の柱は「規則制定」(E-Rulemaking)[16]で、規則制定過程における市民のアクセスや参加の促進を目指している。大学の関係者やアーキビストが関与しつつ、規制をめぐる統合的な電子情報の提供をしようとするものである。第2の柱である「企業活動をめぐる税務負担軽減の成果促進」(Expanding Electronic Tax Products for Businesses)[17]では、雇用税などをめぐる税務サービスの効率化とそれに伴う企業側の手続き負担の軽減を企図している。
第3の柱は「連邦資産の売却」(Federal Asset Sales)[18]で、分散した163の関連サイトの情報統合や連邦政府保有の動産、不動産、金融資産の売却情報を提供する。第4の柱は「国際貿易工程の合理化」(International
Trade Process Streamlining)[19]となっており、輸出促進が主目標である。第5の柱が「ビジネス・ゲートウェー」[20]で、とくに小規模企業にとっての活動便宜向上のために、あらゆる政府レベルにおける企業活動関連の法規制の周知、理解、対応を容易にしようとするものである。第6の柱は「保健情報科学の統合」(Consolidated
Health Informatics)[21]となっており、この分野での「情報ガバナンス」を達成しようとするものである。
「政府内部の効率・効果の追求」(Internal Efficiency & Effectiveness)は、政府部内の電子記録文書の保管や電子情報構築システムの効率性を民間企業における成功例を適用・移入することによって高めようというもの[22]で、以下の8つの柱から成る。
@「電子情報構築システムをめぐる研修」(E-Training)[23]:「研修センター」(Gov Online Learning Center)を拠点に連邦政府組織のパフォーマンス向上に資する電子システムの習得を大学の先進事例等に学ぶことで達成しようとする。
A「ワンストップ・人材募集情報」(Recruitment One-Stop)[24]:連邦政府の雇用情報の提供を「アメリカ連邦雇用情報システム」( USAJOBS
Federal Employment Information System)が行う。13,866(05年1月16日現在)に及ぶ連邦政府の雇用募集がある[25]。
B「人的資源情報の統合事業」(Enterprise HR Integration):HRはhuman resourcesの略で、連邦政府組織内での適切な人員配置と能力活用に向けての電子情報の統合的な整備を行う[26]。
C「文書取り扱いの電子認証」(E-Clearance):紙ベースから電子ベースへと移行する中で、政府文書の相互検証を含むセキュリティ認証の徹底を目指す[27]。
D「給与支払い名簿の電子化」(E-Payroll):連邦政府部内で22種類ある給与支払い名簿のシステムを統合しようとする試みである[28]。
E「職員旅費取り扱いの電子化」(E-Travel):世界標準を導入し、電子取り扱いによってコスト削減と透明性の向上を達成し、職員の労働生産性の上昇も狙う[29]。
F「(財やサービスの)取得環境の統合化」(Integrated Acquisition Environment)[30]:「世界一の購入者」である連邦政府は、年間1900億~2200億ドルに及ぶ財やサービスを取得しているが、その際のコスト削減や手続き上の非効率性を排除し、民間事業者間のビジネス環境に近づけようとするものである。
G「電子記録文書の管理」(E-Records Management):政策の立案作成、サービス執行の拡充、説明責任の確保をめぐる基盤は適切な文書管理にあるという考えにもとづいて、主要な検討領域として、「通信管理」(Correspondence Management)、「事業全体にわたる電子記録文書の管理」(Enterprise-wide electronic records management)、「電子情報管理水準」(Electronic Information Management
Standards)、「永久保存文書の公文書館への移行」(Transferring permanent records to NARA)が挙げられている[31]。
以上、アメリカの電子政府戦略のホームページを検討する過程でどのようなことが指摘できるであろうか。検討作業そのものが概要の紹介・羅列に終始し、リンク先サイトのデータの把握がなされてないがゆえに表面的なものにならざるを得ないし、訳語の不適格もあろうが、以下の論点が見えてくるように思われる。
まず、9.11以降、米政府はテロ行為へのセキュリティ対応を強固なものとしており、電子政府戦略においてもサイバーテロ攻撃への警戒を怠っていないということである。電子媒体の活用による政府情報をめぐる利便性の向上は、サイバーテロを一方の極とする攻撃・不正行為の増大への対処と表裏一体とならざるを得ない。
次に政府間の枠組みを除けば、政府―市民、政府―企業間の双方向の連携構築が強調されてはいるものの、電子政府戦略そのものが上からの仕掛けであるがゆえに、どうしても政府→市民、政府→企業への一方的な働きかけとなってしまう。もちろん、アイデアの点では市民→政府、企業→政府という方向性から、政府が市民セクターや私的セクターの良案ないしは先行事例を吸収することはあるであろうし、政府もそのようなシステム作りを提唱はしている。しかし、電子政府戦略が政府の都合で進められる以上、「市民主導」や「政府と市民の距離が近くなる」にすぐに直結するようには思われない。
また、電子政府戦略はあくまでも連邦、州、地方レベルに貫くシステム構築を目指してはいるものの、アメリカ合衆国という巨大連邦国家がこうした仕組みを先導すること自体に無理があるのかもしれない。むしろ州政府レベルにおいて完結するような電子政府システムを整え、その後で50州間の連結・調整アクターとして連邦政府が登場するという全体の流れがあってもいいのではないか。しかし、この点は電子政府をめぐる州政府レベルの取り組みと課題を把握することがまずは不可欠であろう。
その他、果たして電子化によるサービス情報の統合によって重複あるいはばらばらだと批判される行政官僚制の非効率部分が本当に排除されるのかという疑問も湧く。いずれにせよ、インターネット上の資料収集を継続するとしても、考察や分析以前に、例えば電子文書管理の実際的な仕組みや作動の状況などに検証の対象を絞った上で、関連の検索キーワードやリンク先の情報資料を丁寧に積み上げていかなければいけない。