Komatsus050117

小松史郁「フランスの地方自治制度」

 

フランスは中央集権の国で、かつヨーロッパで最大規模の地域である。とはいえ、ここ10年間で長い間伝統とされてきた集権的地方制度は大きく変貌し、統合へと進む欧州各地で地域の自己主張が強まる中、フランスの地方自治の将来も欧州のそれと切り離してはあり得ない。国土整備、公共事業、文化、運輸、教育などは周辺の国の政策と深い関係にあるからだ。現在のフランスは、「地域」を重視する統合後の欧州社会を見据えつつ、分権化が及ぼした第2の課題に取り組むべき過渡期にあると言えよう。というのも、結論から述べると独自の文化を貫き、国際交流の場においても自国の主張を曲げない強固な姿勢でい続けるイメージのフランスも、この大きな変化によってさまざまな問題を抱えるようになったのである。

そこで、今回はフランスで起きた地方分権化の実態について述べたいと思う。

 

まず日本の地方制度について簡単に述べると、1995年の地方分権推進法の成立を受けて、地方分権が本格化してきており、地方分権推進委員会による第1次勧告が1996年12月に行われたのに続き、97年の6月には税財源の委譲を中心とした同第2次勧告が行われた。勧告は第4次まで行われ、98年政府が地方分権推進計画を作成し、1999年、地方分権一括法の制定公布がなされた。

 

ちなみに日本の地方分権化は、1980年代後半からその論争が過熱している。

 

一方フランスの地方制度は、1982年3月2日の法律「市町村、県および州の権利と自由に関する法律」およびそれに続く一連の地方制度改革立法によって大きく変化している。それから10年間、地方制度の根本的、決定的な改正を図るためのさまざまな法案が制定され、92年法に至り分権化は一応の完成をみた。

 

「1982年法」による改正内容のうち、特筆すべき点は以下の3点である。

1 官選により国から派遣された県知事の職は廃止され、公選により県議会で選出された県議会議長が執行機関となった。

2 「公施設法人」として位置づけられてきた州が新たに「地方公共団体」として認められ、住民公選の州議会が設けられるとともに、州議会で選出された州議会議長が州の執行機関となった。ちなみに初の選挙は1986年実施。

3 国の事前の「後見監督権」が廃止され、以後は国(県および州の地方長官)の発議による法令違反の是正など事後的な後見監督となった。

 

 すなわち、この改革によって、フランスの地方制度は、市町村および市町村と同じ組織原理を持つ県、州の3層の自治体から構成されることになり、しかもそれぞれが高度の自律性を有するに至ったといえる。

 市町村と同じ原理を持つ県とは、議決機関である議会の議員が住民によって選出され、その中から互選された議会の長が執行機関としての地位を付与される仕組みを持ったことを示す。

 

 その後、この組織的枠組みに関する改革法に続き、「市町村、県、州および国の権限配分に関する1983年1月7日の法律、およびこれを補完する同年7月22日の法律」が、地方自治に関する事務の再配分を定めている。そのほとんどは国から地方への権限委譲である。

 

以上のことを踏まえたうえで、フランス地方分権化について述べたいと思う。

地方分権化における効果として特筆すべきは、以下の3点である。

1 国による事前後見監督の廃止に伴う地方行政の自由化

2 地方公共団体内部における地域、地区レベルでの分権化、分散化の促進

3 広域行政組織の発展…ここ数年、地方公共団体間の横のつながりが拡大傾向にあり、これらが将来、地方公共団体として成立する可能性も十分に考えられる。

 

一方で、地方分権化による弊害も多く指摘される。

1 執行機関の権限の強大化

    地方分権化は地方公共団体の決定権を強め、同時に兼職により国の執行制度と結びつく結果を招いた。特に市長は、執行機関、与党のリーダー、行政の最高責任者、また多くの場合混合経済会社の管理者でもあり、単独支配的傾向の強まりが懸念される。

2 汚職の増加

   地方議員の兼任の限定に関する法は、逆に制限の枠内での兼任の一般化という現象をもたらし、地方レベルの政治資金不正融資に拍車をかける結果となった。

3 国の地方公共団体に関する監督不足

   法律は、廃止された国の事前後見監督制度に代わり、事後的な行政裁判所等による統制の実施を認めているが、実際、それは必ずしも一貫した形で行われておらず、しかも統制を簡単に逃れることができるのが現状である。

4 財政的錯綜

    分権化のひとつに“国による地方への「権限委譲」”を挙げたが、実際には法の規定が明確ではなく、また地方の財政状況等の問題もある。従って、何らかの事業計画にあたっては、多くの場合、市・県・州・国による資金繰り調整「合同資金供給」が行われなければならない。

5 権限委譲に伴う地方公共団体の財政負担の増大

    国は財政難から、本来負担すべき分野を“権限の委譲”という形で地方公共団体に求める傾向にある。たとえば、現在検討されている大学の教養、専門課程の分離計画は、国の教養課程維持費軽減が目的であり、これらは一種の強制的分権化ともいえる。

 

   地方分権化によって権限の委譲は行われても、財源委譲は十分でなく、地方分権化によって財政は逆に苦しくなったという例もある。

    ローヌ・アルプ州の例を挙げよう。地方分権により州の義務的事項として職業訓練と高等学校校舎の建設・修繕・維持管理が定められているが、国から権限委譲があった時点で、ローヌ・アルプ州では1950年代、60年代建築の校舎の改築、修繕が建築基準合致のために多数必要になっていた。しかし、そうした実態を踏まえた国からの財源委譲はなく、臨時的な助成もなかったのだ。

 

分権化の進展とともに、今後の地方分権の行方に関わる2つの兆候が認められる。

1 再中央集権化

   分権化の流れに反して、国による権限奪回の動きがある。

   当然、いったん地方に委譲した権限を取り上げることは地方議員と世論の怒りを招くことから論外であり、また国の財政事情からしても不可能に近い。そこで政府は、分権化により助長された地方間の経済的社会的格差を指摘し、“全国一律化”をスローガンに“国土整備”を利用した権限の再拡大を図っている。

2 地方行政の自律化

   欧州域内整備の進展とともに、特にEU加盟国との国境に位置する州において、相手国の中央政府だけでなく、直接EUに働きかけを行うなどの独自の動きが見られる。その経済的役割の高まりは、いまや政府にとって軽視できない存在であるという。

 

次に、地方債について述べたい。

フランスの地方債は、この10年間で想像を絶するほどの変貌を遂げたという。その変容とは、ひとつには起債が完全に自由化されたことであり、いまひとつは、地方債が市場メカニズムに基づく一般の金融商品になったこと、しかもその商品には、先端的な金融テクニックが駆使されたことである。

 

中央体制というと、通常思い浮かべるのは起債の許可制であろうことから、起債の自由化は、すなわち中央統制の撤廃を意味する。

フランスでも1982年に端を発した地方分権化によって地方債の国からの統制は、完全に撤廃され、地方団体は自らの判断に基づいて、自由に起債する権利が認められた。会計規定さえ順守していれば、たとえ前年度に赤字が発生していようと、税率がいかなる水準にあろうと、その地方団体・議会がよしとすれば、なんらの審査・許可なしに起債が可能なのである。(ただし、財務省の許可が必要となる例外もある。)この変革により、フランスの地方債は、ヨーロッパではスイスに次いで自由であるといわれるまでになった。

 

最後に、フランスのイメージと現実について述べたい。

 フランスといわれたら、どんな連想をするだろうか。歴史的人物で言えばナポレオン、映画の大スターといえばブリジット・バルドーやアラン・ドロンなどが有名だ。芸術で言えばシャンソンやオペラ座の伝統的なバレエなどが挙げられる。

 しかしながら、私たち現代人、特に若者は聞いたことがあっても馴染みの薄いものばかりだ。

 最近のフランス文化といえば、映画界の巨匠リュック・ベッソン監督がいるし、ジャン・レノもフランスを代表する映画俳優の一人だ。

 さて、ここまでいくつかのフランスの側面に触れてきたが、フランスといえばやはり花の都パリ、おしゃれな街、そしてルイ・ヴィトンといった華やかなイメージを抱く人も少なくないだろう。

 しかしながら、凱旋門やシャンゼリゼ通りじゃなくても、フランスにはほかにもすばらしい建物がある。世界遺産に入っているモン・サン・ミッシェルや、マルセイユという街や、カンヌ祭で有名なカンヌという街もフランスにある。

 

 また、フランスは海外県および海外領土も保有している。どちらも馴染みの薄い言葉だが、海外県とは本土の外にある県のことで、観光地で有名なタヒチやギアナなどがそれに当たる。海外県では、公用語はフランス語で、国会に代表を送り、ユーロも使われている。

海外領土とは、ニューカレドニアがそれにあたり、海外県とは地方自治の制度に違いが見られる。

 フランスはひとつではなく、このように他にもフランスと言える場所はあるということがわかる。日本からはかなり遠い場所に位置するフランスについて、私たちは知らないことがたくさんあるが、さまざまな側面から覗いてみるのも楽しい。一度訪れてみてはどうだろうか。