平成15年度・後期 地方自治論 国際文化学科 010534B 高橋 透
takahashit040119「日本のふるさと再生特区 遠野市がデザインするふるさとの未来」
岩手県遠野市は民俗学者柳田國男の「遠野物語」により民話の里としてその名が知られ、豊かな自然や河童の伝説などいわゆるふるさとのイメージを前面に打ち出している。このふるさとを訪れようと多くの観光客が遠野市に詰め掛けていたのだが、近年はその数も伸び悩んでいる。遠野市はこの豊かな地域資源を活かし、都市との交流を盛んにし地元産業の活性化を図ろうとしている。その試みが「日本のふるさと再生特区」である。これは日本政府が行う、日本経済の活性化のために地域限定で規制緩和することにより民間の活力を引き出そうという構造改革特別区域計画のなかで、遠野市が主体となって作成し2002年8月28日に発表したものである。政府の構造改革特別区域計画では地域の特性に応じた規制の特例が導入される特別区域が設置され、そこでの構造改革の成功例が示されれば、それが全国的な規制改革へと結びついて地域経済だけでなく日本経済の活性化につながることが期待される。
2003年11月28日、日本で初めての構造改革特区が認定された。第一弾として岩手県では遠野市の他に安代町、浄法寺町、新潟県安塚町、長野県飯田市の五地域が認められた。遠野市の「日本のふるさと再生特区」で実現する規制の特例措置には三つあり、一つ目は簡易な消防用設備であっても農家民宿を開業できるという消防法の特例、二つ目は農家民宿や農園レストランを開業していて、米を自家栽培している農業者は自家製の酒類の製造ができるという酒税法の特例、三つ目は株式会社など特定法人が市から農地を借りて農業を始めることができるという農地法の特例である。遠野市は以前からグリーン・ツーリズムという農作業などを体験できたりする滞在型の都市部の人向けの体験メニューを通じて都市と地元との交流をはかってきた。このグリーン・ツーリズムによって地元農家側は農作業を体験させることにより労働力を得ることができるという点があげられる。これは遠野市の農業に従事する人口が減少傾向にあり、かつ高齢化が進んでいるため農業や林業など遠野市の重要なイメージであるふるさとの要素が廃れてしまうかもしれないという懸念に関係してくる。そこで遠野市が提案したのが今回の消防法の特例により農家民宿を開業しやすくすることでグリーン・ツーリズムのための滞在の受け皿を増やすこと、農地法の特例では、農業人口の減少による休耕地などを企業に貸し農業をしてもらうことで遠野市の農業の衰退を食い止めることである。これらのことにより遠野市のふるさとのイメージが確実に維持され、都市との人的交流も盛んになると考えられる。そして農地の有効活用から生産力を高くし遠野ブランドとして売り出すことで地域産業の活性化につなげることができるというものである。
遠野市の「日本のふるさと再生特区」でもっとも注目されているのが酒税法の特例のようである。一部では「どぶろく特区」と表現するメディアもあるように、遠野市が酒税法の特例措置を活かして行おうとしているのは農業者らによる自家製酒のどぶろくの生産である。どぶろくとは醸造過程でできる酒のかすをこさずに造る白い濁り酒のことで、遠野市は都会からの観光客にこれを自由に作り振舞うことができればと考えていた。これは前に述べたとおり、農家民宿や農園レストランを営業し、米を自家栽培していることという規制がかけられたため、遠野市の思惑どおりにはいっていないのが実情である。市内でどぶろくの製造を予定しているのは2003年末の時点でわずかに2件である。これは特区の規制の他に、酒類免許の取得にあたって酒造りの経験や研修が必要なことや、納税に関する手続きのわずらわしさも手伝っての結果であるように思われる。しかし遠野市はどぶろく製造ができる農家民宿や農園レストランの数を2007年までに10件にするという。毎年冬に行われる「どべっこ祭り」[i]では地元の酒造業者によるどぶろくが振舞われているのだが、今後は自家製のどぶろくを観光客に提供できるかもしれない。
以上のように遠野市は三つの特例措置からなる「日本のふるさと再生特区」を開始したのだが、その成果が出るまでにはもうしばらく時間がかかりそうである。今回の遠野市の特区計画の特徴は、地元に企業を誘致し開発を進めて地域の活性化を図るのではなく、あくまで地域資源を利用しようとしている点にある。もちろんこの地域資源とはふるさとのイメージである自然や風景などのことである。そしてグリーン・ツーリズムや企業への農業をするための農地の貸与は、このふるさとのイメージを維持し、また地域を活性化させるのに非常に重要な役割をもつようになると考えられる。しかしこれから遠野市の農業者はますます高齢化を迎え、現在よりも農業人口は減ってしまうかもしれない。当然グリーン・ツーリズムを受け入れることができる農家民宿の数もそう多くはならないだろう。遠野市長の本田敏秋氏はグリーン・ツーリズムについて「日本のふるさと遠野を体感してもらい、都市住民の第二の人生の受け皿になりたい」[ii]と語っている。つまり農業体験という一時的な人的交流ではなく、遠野の地で暮らしともに日本のふるさとを作り上げていけるような関係が将来理想とされるのではないだろうか。そのためにはやはり都市の人間にとってふるさと遠野は十分に魅力的でなくてはならない。農業体験の他に農家民宿や自家製のどぶろくを前面に押し出し、ふるさとのぬくもりやもてなしを売りにしさらに多くの都市住民を呼ぶ必要がある。実際遠野市は2007年には市内の宿泊客数を現在よりも一割増にすることを見込んでいる。
日本のふるさとのイメージを現在でも保ち続けている遠野市は、今後もそのイメージを維持していくために外部の力を必要としている。そしてその力である都市住民を呼ぶために特区申請をする必要があったのではないだろうか。日本のふるさとを地域活性の手段とし、日本のふるさととしてあり続けることを遠野市は選択した。だが多くの地方自治体と同じく過疎や高齢化が進む中、都心部の力を借りなければ日本のふるさとの存続が難しいという状況に遠野市もあるといってよい。「日本のふるさと再生特区」で実施される計画が、都市住民の呼び込みとふるさとのイメージの維持に重点を置いてあることからもわかるように、遠野市がデザインする日本のふるさとの未来は地方と都市のつながりが存続の鍵となるのではないか。遠野市の計画が軌道に乗り、地域経済の活性化から日本全体の経済活性化へとつながっていけるかどうか、2007年の日本のふるさとに期待する。