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松本千穂「足利銀行破綻・一時国有化が与える影響」
2003年11月30日、栃木県内に大きな衝撃が走った。「足利銀行破綻」のニュースが、メディアを通して報じられたからである。筆者がこのニュースを知ったのは、11月31日の昼、千葉から宇都宮に向かう車中であったのだが、ショックを受けたのと同時に、「やはりそうか」という思いも持った。なぜかというと、足利銀行が危ないという噂は前々からあり、自分自身もいつか破綻するのではないかという危惧をもちながら生活していたため、一種の覚悟が出来ていたからではないだろうか。県民の中にも、私と同じように、足銀は破綻すると思っていた人がいたと聞いたくらいであった。どちらにしても、足利銀行が破綻し、国有化されるという事実は、県民生活に大きな影響を与えることは間違いない。私の友人にも、預金が全額保護されるのか気が気でなかった者がいたくらいである。個人でも大きなショックを受けたのだから、地方自治体や企業経営者に与えるダメージは計り知れないものがあるのだろう。足銀の破綻、一時国有化は、県内の自治体や社会にどのような影響を与えるのか知りたいと思い、今回のテーマを設定した。
足利銀行とはどのような銀行だったのだろうか、そして、なぜ破綻への道のりを歩まなければならなかったのだろうか。足利銀行の歴史は古く、創業108年の県内最大の金融機関であった。栃木県民とともに歩み、過去の増資の際にも県内経済界は最大の支援をするなど、極めて地元と密接な関係にあった銀行であった。だが、バブル経済の時にから、歯車が狂いだしたのである。当時、地銀上位十行に名を連ねていた足銀は、すでに拡大路線を突き進んでいた。「地銀で総合力ナンバーワンを目指す」。これが、足銀のスローガンであった。「地銀の住友になろう」との合言葉もあった。当時、磯田一郎頭取による積極路線でめざましい業績を上げていた住友銀行を見習おうという意味である。資料によれば、1982年から1990年までの貸出金の年増率は銀行業界平均を上回る10%超を誇り、1990年3月期末の貸出金残高は4兆4500億円となった。ピークは1993年3月期末で、4兆9500億円まで膨らんだという。このような、安易な融資による貸出金の増加による拡大路線はとどまるところをしらなかった。ある幹部は「黒・長・担」という言葉でハッパを掛けたという。「黒・長・担」とは、「黒字の企業に長期で担保を取って貸せ」という意味である。その言葉に導かれるように、融資担当者や支店は、リスクの高さに目をつぶってでも、ゴルフ場や温泉旅館、建設、パチンコ業者などへの貸し出しを増やしていったのである。そして、バブル経済の崩壊。貸付金は焦げ付き、回収が困難を極めることが多くなってきた。そうした重なる不良債権の処理にあえぐ足利銀行に、さらにデフレ経済が追い打ちを掛けたのである。金融当局からは厳しい資産査定を迫られ、健全化の道は果てしなく遠く険しくなっていった。そして、ついに11月30日、犀は投げられたのである。
足利銀行が破綻し、直撃を受けたのはいうまでも無く株主である。度重なる増資の誘いに対し、足利銀行を信じ株を購入した人は少なくない。だが、その行為は裏目に出てしまった。たった一日で、何千万という株券が紙くずになってしまった社長、老後にためておいたお金を株券に替え、たった一日で借金になってしまった老人もいるのが事実である。この問題を、株主責任という言葉で片付けてよいのだろうか。彼らの大部分は支えてもらった足利銀行を信用して、株券を購入している。まさに裏切られた心境であろう。株主、企業主に対して、足利銀行破綻の経緯は、まだ詳しく説明されていない。足銀側の出資者への責任問題も、今後注目しなければならない課題である。さらに、株主を親会社に持っていた企業や、足銀から融資を受けていた中小企業にも飛び火する可能性が高い。親会社の資金繰りが苦しくなれば、当然下請けの中小企業も苦しくなる。さらに、中小企業自身が足銀をメインバンクにしていた場合には、資金繰りの悪化は目に見えている。この経済状態の中、新たな融資先を見つけることは厳しく倒産する企業の増加が懸念される。中小企業の保護のためには、地方自治体の協力が必要不可欠である。だが、この地方自治体への影響も心配される。実際、足利銀行の普通株を保有していた地方自治体は、県を除くと宇都宮市、足利市、大田原市、栃木市、小山市、黒磯市、真岡市、日光市、鹿沼市、今市市、矢板市、佐野市の12市にのぼる。このうちの半数以上は、普通株を売却または売却方針を見せているが、宇都宮市を含む3市と県は株を売却しない方針である。個人的な意見だが、ほぼ無価値に近い株をもつのならば早めに現金に換えてしまうのが当然の政策ではないだろうか。特に、県と宇都宮市は、売買できない優先株を保有しているのだから、売買の出来る普通株を売却し現金化すべきであろう。新聞にも記載されていたが、どうも出資したという建前を捨てられていないように思えてならない。中小企業を支える地方自治体の足並みが揃っていないようでは、中小企業を支えることなど出来ない。各市町村が行っているような、中小企業への緊急融資枠拡大、県が提出した地域金融の円滑化、中小企業の再生など4つの柱を掲げた「経済新生構想」などの積極的な関わりとともに、自治体同士の連携も深めていくことが必要になってくる。さらに、足利銀行への出資で生じた損失の責任所存を明らかにすることも自治体の仕事の一つであろう。
これまで、大まかな流れと課題、問題点を述べてきたわけだが、今回最も大きな論点は、足利銀行は国の政策によって破綻したということである。2003年3月期決算において、監査法人は資産超過の監査報告を出したにも関わらず、金融庁が事後実施した検査では債務超過と結果が大きく異なっていた。その後の9月中間決算監査は、検査を反映した内容となったため債務超過となり、足利銀行は破綻申請を余儀なくされたというわけである。金融庁の検査と、公認会計士が行う監査の格差是正に関しては、竹中平蔵金融・経済財政担当大臣が前向きな発言をしているが、「突然、繰り延べ税金資産[1]を全額否認された」という向野元頭取のコメントにもあるよう、金融庁の影響を受けた監査法人の突然の方向転換が大きく影響したといってもよい。だが、監査が激変してしまうほどの体質だった足利銀行にも責任はある。今回の破綻処理・一部国有化には責任の所存と、補償の程度が明らかにされる必要性がある。
今回の政策を国の痛みを伴う改革の一つだと言ってしまえば、聞こえは良いが、県民生活を窮地に立たせかねない政策だったということも事実である。12市、そして県がメインバンクとしている銀行を破綻処理してしまうのだから、県自体が揺らいでしまう可能性が全くないとは言えない。本当にこの政策は正しかったのだろうか。民意を無視した横暴な改革だという意見が多い中、確かに小泉改革に疑問符を投げかけたくなった。だが、今回の政策の結果はまだ出ていない。2005年4月が目標とされる中、見事足銀が健全化し、受け皿銀行へ譲渡がうまくいった時には、この政策が正しかったと評価を与えることが出来るだろう。足利銀行は、本当に私の身近にある銀行であった。栃木の顔でもあったメインバンクの未来は、これからどう書き換わっていくのだろうか。見守っていきたい。
参考
(下野新聞 特集 足銀国有化)
http://www.shimotsuke.co.jp/hensyu/kikaku03/asigin/index.html
下野新聞 2004/01/07〜2004/01/18
(足利銀行HP)
http://www.ashikagabank.co.jp/
[1] 繰り延べ税金資産:銀行は、融資の焦げ付きに備え、利益の中から貸し倒れ引当金を計上するが、その時点では税金を払わなければならない。ただ、融資先が倒産などで回収できないことがはっきりしたら、その時の納税額から、引き当て時点で納めていた税金が差し引きする形で戻される。この還付分をあらかじめ自己資本に計上するのが繰り延べ税金資産。将来、銀行が利益を上げて納税すると見込めなければ認められない。