ikuchif030114      「地方自治論」レポート

「世界遺産と地域振興、またそれに伴う問題点」    k010117  菊地史子

 

はじめに・・・世界遺産、それは人類が残すべき遺産である。日本にもその遺産のいくつかが身近にある。これらの世界遺産を例にとって世界遺産が地域に及ぼす影響について考えてみたい。

 

1、世界遺産とは?

 ユネスコの世界遺産は、人類の文化や地球の自然を、「大切な宝物」として守り、未来へ引き継いでいくための一つの試みである。加盟国数において最大の国際保護条約である「世界遺産条約」に基づき、国家を超えた人類共通の財産として、多種多様な物件が世界遺産に登録されている。

 

     世界遺産条約(世界の文化遺産および自然遺産の保護に関する条約)

1972年、第17回ユネスコ総会で採択された国際条約。日本は1992年に加盟。それなで対立するものとして考えられてきた「文化」と「自然」を一つの条約にまとめ、国際協力によって保護していくことをうたっているのが特徴である。現在156ヶ国がこの条約に加盟しており、そのうち114ヶ国が自国の文化や自然を世界遺産として登録している。

  

1、 世界遺産の登録

世界遺産の登録は、条約加盟国が自国内の候補地を世界遺産委員会に推薦することからはじまる。評価調査を経て、年一回開かれる世界遺産委員会で審査された後に世界遺産リストに登録される。世界遺産委員会は現在日本を含む21ヶ国で構成されている。

 

・文化遺産・自然遺産・複合遺産

世界遺産は、以下の3つのいずれかの遺産として登録される。

「文化遺産」…優れて普遍的価値を有している記念工作物、建造物、遺跡(パリのセーヌ河岸、タージ・マハル、アンコールなど現在445件)

「自然遺産」…鑑賞上、学術上、保存上顕著な普遍的価値を有している地形や生物、景観などを含む地域(グレート・バリア・リーフ、イエローストーンなど現在117件)

「複合遺産」…文化と自然の両方の要素を兼ね揃えたもの(マチュピチュ、ラップ人(サーメ)地域などの現在20件)

 ・世界遺産の登録基準

世界遺産条約には、世界遺産に登録するための以下のような基準が設けられている。一つ以上の登録基準を満たしていることが、世界遺産に登録される条件となる。

  ・文化遺産の登録基準

1)人間の創造的才能を現す傑作であること

2)ある期間、あるいは世界のある文化圏において、建築物、技術、記念碑、都市計画、景観設計の発展に大きな影響を与えた人間的価値の交流を示していること

3)現存する、あるいはすでに消滅してしまった文化的伝統や文明に関する独特な、あるいは希な証拠を示していること

4)人類の歴史の重要な段階を物語る建築様式、あるいは建築的または技術的な集合体、あるいは景観に関する優れた見本であること

5)ある文化(または複数の文化)を特徴づけるような人類の伝統的集落や土地利用の一例であること、特に抗しきれない歴史の流れによってその存続が危うくなっている場合

6)顕著で普遍的な価値を持つ出来事、生きた伝統、思想、信仰、芸術的作品あるいは文学的作品と直接または実質的関連があること

・自然遺産の登録基準

1)生命進化の記録、地形形成における重要な進行しつつある地質学的な過程、あるいは重要な地形学的、あるいは自然地理学的特長を含む、地球の歴史の主要な段階を代表する顕著な例であること

  2)陸上、淡水域、沿岸・海洋生態系、動・植物群集の進化や発展において、重要な進行しつつある生態学的・生物学的過程を代表する顕著な例であること

  3)ひときわ優れた自然美及び美的要素をもった自然現象、あるいは地域を含むこと

  4)学術上、あるいは保全上の観点から見て顕著で普遍的な価値をもつ、絶滅の恐れのある種を含む、野生状態における生物の多様性の保全にとって、最も重要な自然の生息・生育地を含むこと

 

     複合遺産は上記の文化遺産、自然遺産それぞれの登録基準を各一つ以上満たしていることが条件となる

       (世界遺産 the world heritage  http://www.tbs.co.jp/heritage/から抜粋)

 

2、 世界遺産に登録された時、周りの環境の変化

     栃木県日光市における世界遺産「日光の社寺」

   1999年(平成11年)の122日、モロッコのマケラッシュで開催された第23回世界遺産委員会において、「日光の社寺」が世界遺産に登録された。

   世界遺産に登録された「日光の社寺」の内容は、日光山内にある二荒山神社、東照宮、輪王寺の103棟(国宝9棟、重要文化財94棟)の「建造物群」とこれらの建造物群を取り巻く「遺跡(文化的景観)」である。

 

 【世界遺産の名称】「日光の社寺」(Shrines and Temples of Nikko

 【登録遺産の範囲】二社一寺(二荒山神社、東照宮、輪王寺)及びこれらの建造物群を取り巻く遺跡からなり、その中には国宝9棟、重要文化財94棟の計103棟の建造物群が含まれる。

     登録遺産の面積 50.8ha

     緩衝地帯の面積 373.2ha      合計  424.0ha

 

     世界遺産に登録されるまでの経緯

1972                            17回ユネスコ総会において条約採択

1975.2                     条約発効

1992.6                     条約締結のための国会承認

1992.10  「日光の社寺」ほか9ヶ所が文化遺産暫定一覧表に掲載

1997.10              世界遺産登録推進班設置

1998.4   「日光山内」地区の史跡指定について、国文化財保護審議会に報告・了承

1998.5                     史跡指定官報告示

1998.5   「日光の社寺」の世界遺産推薦について、国文化財保護審議会に報告・了承

1998.5                            関係省庁連絡会議

1998.6.29              ユネスコへ推薦書提出

1998.12.7,8  ICOMOSによる現地視察

1999.12.2   モロッコ・マケラッシュ市 第23回世界遺産委員会で登録が決定

 

<国の推薦を得るために>

  「日光の社寺」が世界遺産に登録されるためには日本政府によるユネスコへの推薦が条件だった。国の推薦を得るために日光市はどのようなことを進めなければならなかったのだろうか。

 

 (1)暫定リスト(暫定一覧表)への登載

   世界遺産に推薦されるためには、まずこの暫定リストに登載されていることが必要である。この暫定リストは、世界遺産条約の各締結国が5年ないし10年以内に世界遺産リストへ登録するために推薦しようとしている資産のリストで、国が選定し世界遺産委員会に提出する。(文化遺産のみ提出)「日光の社寺」は1992年に登載された。

 (2)国内法による法的保護(史跡の指定)

   世界遺産に推薦される前提条件として、推薦される区域が国内法によって法的に守られていることが必要である。今回、推薦された「日光の社寺」の内容は、建造物群と遺跡(文化的景観)、つまり、二社一寺の建造物と、その境内地や建造物周辺の山林地域なので、ここの建物とそれらを取り巻く面的な保護が必要だった。それまでここの建造物については、国宝や重要文化財としての法的な保護が既になされていたが面的には文化財として保護がなされていなかったため、推薦されるには、文化財保護法による史跡の指定が必要だった。二社一寺をはじめとした多くの人々の協力によって事務が進められ、平成105月、「日光山内」は史跡に指定された。

 (3)バッファゾーン(緩衝地帯)の設定

   世界遺産条約の作業指針で定められていて、推薦される資産を保護するために、その周辺に設けなければならない区域。資産の周辺を取り巻く環境や雰囲気といったものを保護していこうというもので、このバッファゾーンについても法的に保護されていることが必要なのである。「日光の社寺」の場合は、自然公園法、都市計画法、森林法、河川法、砂防法、日光市街並景観条例を根拠として区域を設定した。

 (4)推薦書の作成・提出

   推薦書は、推薦する資産の歴史や価値などを記載した本文、建物の形や配置などの図面、写真、スライド、ビデオからなっていて、すべて英文で作成された。推薦書の提出期限は、毎年一回、71日までとなっており、「日光の社寺」の推薦書も6月に、文化庁と環境庁の共同推薦という形で、日本政府が外務省を通してパリのユネスコ世界遺産センターへ提出された。

  

 「日光の社寺」の登録基準として推薦されたものは以下の3つである。

  1、「人間の創造的天才の傑作を表現するもの」

    日光の建造物の多くは、17世紀の日本を代表する天才的芸術家の作品群である左甚五郎は伝承の人といわれているが、日本画の狩野探幽や大工棟梁の甲良豊後守宗広(こうらぶんごのかみふねひろ)などは、江戸時代を代表する天才的芸術家だった。

  2、「人類の歴史の重要な段階を物語る建築様式、あるいは景観に関する優れた見本であること」

    東照宮の本社と大猷院霊廟は本田とは遺伝、それをつなぐ石(相)の間という3つの建築がひとつになった「権現作り」という様式だが、その後の日本古来の建築様式の重要な見本となっている。また全体としての建造物群は、周辺の杉の大木と一体となって見事に配置しており、日本を代表する宗教的建築群といえる。

  3、「普遍的な価値を持つ出来事、伝統、思想、信仰、芸術に関するもの」

    「日光の社寺」は徳川将軍家の祖、家康が眠る墓所として、代々の将軍の社参や朝廷からの例幣使の派遣、朝鮮通信使の参詣などが行われ、江戸時代の政治体制を支える重要な歴史的役割を果たした場所である。また、これらを取り巻く自然環境は、山や森を神格化しようとした日本独特の神道思想と密接に関係するもので、なんともいえない文化的役割を果たしている。

 

  ☆「日光の社寺」を支えてきた地域の努力

   世界遺産に登録された「日光の社寺」の価値を今日まで支え、伝えてきた大きな要因のひとつに、建造物などの修理・修復をはじめとした継続的な保存・保全への取り組みがある。特に「日光の社寺」の建造物は、江戸時代初期の造営以来、適切な管理が行われ、これまでに度重なる災害等にも見舞われてきたが、その都度、資料に基づき、旧来どおり修復されてきた。さらに、雨や湿気が多く、痛みやすい環境にある「日光の社寺」の建造物は、屋根修理、彩色修理、腐朽部の部分修理等、建造物の維持のための管理も今日まで計画的に適切に行われてきた。

 

「日光の社寺」保存・保全の歴史

 

<江戸時代>幕府による定期的な修理、日光の町に常駐した職人軍団の最高の技術で江戸時代通して保たれた

<明治時代>1871年、神仏分離の公布、急激な近代化の波により、文化財軽視の風潮、しかし、1879年、当時の日光の町民や幕臣等によって「日光の社寺」を保護するための「保晃会」(ほこうかい)が組織され、社寺の修理などを開始。

      1897年に政府が「古社寺保全法」を制定、日光には「日光社寺修繕事務所」が、政府及び二荒山神社、東照宮、輪王寺によって組織され、社寺の修理を担当。専任の技師による破損の著しい建造物から順次、根本的な修理が行われた。

<その後>1929年「国宝保存法」、1950年「文化財保護法」が制定され、「日光の社寺」は「国宝」ならびに「重要文化財」に指定された。1998年には世界遺産に推薦された区域が「史跡」に指定され、現在は点的にも面的にも保護が図られている。専門技術者が詳細な調査・設計・管理にあたり、根本的な修理と維持的な修理がなされている。 

(世界遺産「日光の社寺」 http://www.city.nikko.tochigi.jp/heritage/japanese/main.htmから抜粋) 

 

<日光が抱える問題点>

   まず、「日光の社寺」を世界遺産にするにあたって、日光市が狙ったのは、地域の活性化だった。日光特有の文化遺産を世界遺産にすることで、年々落ち込んでいった観光客数、産業の停滞、過疎化などを食い止めるための最高のカンフル剤になるのではというねらいがあった。確かに「日光の社寺」が世界遺産に登録された次の2000年には観光客の増加がみられる。しかし、世界各国から来る観光客に十分な対応ができる設備がなかった。たとえば、カードの使える店が少なかったり、交通網が整備されてなかったり、また、国際化が進めば当然来る人も英語圏ばかりというわけにも行かないといったことが問題点としてあげられる。この見方からすると、日光が世界遺産に登録されるのは急ぎすぎたのではないかという意見もうなずける。とにかく「日光の社寺」を世界遺産にするために動いていたのはその地域の市民ではなく行政であって、その行政の動き方も法的に外堀を埋める作業しかしてこなかったのではないだろうか。この問題は行政と市民が一体とならなければ解決できない問題ではないかと思う。

   二つ目に、実際近年起こっている問題として、バスや乗用車であふれた国道119号線沿いや大猷院周辺の川には、捨てられた弁当の空き箱や飲み物の空き缶などが散乱している。観光客の増加はまさに世界遺産効果≠セが、それによって大きな問題を突きつけられた。日光市の大橋忍・観光商工課長は「観光客はテーマパークでも見に来る感覚かもしれないが、なぜ遺産に登録されたのか、遺産の価値をもっと訴えていかなくては」、日光ユネスコ協会の高橋正夫会長(66)も「建物だけでなく、それを取り巻く自然環境保護や観光客のマナー教育をしなければならない。広域行政的な取り組みも必要だ」と話す。

      (http://www.mainichi.co.jp/eye/feature/details/nature/news/200102/19-06.htmlから引用)

<日光の今後>

平成1112月に「日光の社寺」が世界遺産に登録された際、日光市は「世界遺産に推薦・登録されることを契機として、人類にとって普遍的価値を持つこれら遺産について保護保存を図るとともに、世界遺産都市として新たな振興を図る」ことを目的として、世界遺産登録記念事業実行委員会を組織し、記念碑設置や記念写真店、ウォーキング大会等、様々なイベントや行事を実施している。平成12年日光市観光統計書によると平成12年に日光市を訪れた観光客数は、6,514千人であり、対前年比777千人(13.5%)の増加となっている。平成2年をピークに減少傾向の続いていた日光市の観光客数が増加に転じた大きな要因の一つとしていわゆる「世界遺産効果」があったものと推測される。これらの世界遺産効果を一過性のものとしないよう、記念写真展やウォーキング大会等については、平成14年度においても引き続き実施しており、更なる地域の振興につなげていきたいと考えている。

観光地化による様々な面で起こった問題については、環境問題等が挙げられる。先日、新聞等でも発表されたとおり、日光市でも現在タバコのポイ捨て禁止条例の設置を検討しており、かけがえのない遺産及び自然を、後世に残すため最大限努力していきたいと考えている。(日光市企画化企画係による質問に対する回答)

 

 さいごに

私は、「日光の社寺」という身近にある世界遺産に目を向け、ここまで調べてきた。漠然としていた世界遺産に対するイメージがこの題材を調べると共に固まってきて、自分の中でまず、世界遺産というものはどのようなものなのかということを理解できたと思う。世界遺産とはこれまでにも述べてきた通り、世界共通の未来に遺していくという目的の遺産である。世界遺産に指定されることによってこれまでの人類の歴史や人類の手によって育まれてきた芸術や技術を後世に伝えられるという面においてとても優れた制度である。しかし、世界遺産に指定されることが、誰にとっても素晴らしく、理解できることなのかというとそうでもないように思える。世界遺産に登録され、その地にはたくさんの人々が集まってくる。その人々がみな世界遺産の意義を理解しその遺産を見にきているということはどのくらいあるだろうか。日光の例を見る限り、ただの観光地としか考えてなく、平気でごみを捨てたり、タバコをポイ捨てしたりする人はあとをたたないらしい。

世界遺産は日本では最近急速に注目を集めているように思える。私も最近興味を持った人々の一部に過ぎない。 実際、日本が世界遺産条約を承認したのは1992年のことである。ユネスコ協会による条約が採択されたのは1972年のことである。他の国では当たり前になっている遺産との共存ということがまだ確立されてないのはある程度仕方のないことかもしれない。しかし、国の政情などで、世界遺産が国内にありながらその国の人々が一度も世界遺産を見たことがないなどという国もあるらしい。そのようなことを考えると、世界が後世に残すべきだと認めた遺産を身近に感じられ、気軽に見に行けるということは私たちにとっては大いなる財産なのではないだろうか。そのことを皆が理解し、意識して遺産を後世に残していけるようになるためにはやはり個人個人の意識レベルを上げることが大切だと私は思う。そのためには世界遺産をもつ地域が一丸となって観光客にアピールするか、その地域の自治体から派生してどんどんその意識改革が周りに広がっていくことを望みたい。また、自治体のほうでも世界遺産への登録を申請する際、世界遺産になった時の対処の方法が用意されているか、対応が十分にできるだけの準備が整っているかを自分たちでもう一度確認してから申請するべきではないかとも私は思う。この際、その遺産にもっとも深く関わってくる地域住民の後ろ盾も無くてはやっていけないということも重要な申請の要素になってくるということも忘れてはならないだろう。実際、世界遺産に登録されるということは観光客の増加という結果がついてくる。そして、観光客の層にも幅が出てくる。世界各国のあらゆるとこおから観光客が訪れるのである。その地域の生活は一変するだろう。その時一番影響を受けるのはその地域で生活する人々である。

果たして日光の場合、それらに対する十分な対応というものはできていたのであろうか。そのような面において、日光の場合、少しあせって登録を急ぎすぎたのではないかという議論も出ている。確かに日光の場合、地域住民はあとからついてくるという形で、行政のほうが話をどんどん推し進めていってしまったという行政と地域住民との温度差のようなものも感じられる。十分な対応や体制が整っていないと、地域としてうまくいくこともうまくいかなくなってしまう。例えば、その遺産のよさをアピールしたくても言葉の壁があったりすると、その遺産の本来の良さや歴史の重みはなかなか伝わりにくい。遺産に対するあらゆる言葉での説明など、そのような細かい心配りからも、その遺産が世界の遺産であるということがその地に訪れた人々に伝わるのではないだろうか。また、その遺産のある環境も大切である。遺産のある地域がどのような印象をもたれるかということも重要なことではないかと思う。その地域にとってその遺産がどのようなものなのか、地域の人たちからも大切に扱われているのかなどは、その地を訪れた人に多大な影響を与えるのではないか。このようなことからいえることは、やはり最後にはその遺産に最も多く触れ合う機会のある人たち、すなわちその地域の人々の協力が不可欠であるということである。それは、自治体と地域の人々が一体となって動くことが様々な面において重要になってくるということである。世界遺産という名前だけもらっても中身が供わなければその価値はなくなってしまうと思う。その価値が永遠のものとなるために今後の日光市の活動に期待したい。 

 

<参考サイト>

世界遺産資料館 http://homepage1.nifty.com/uraisan/hajime.html

→世界遺産に対する様々な議論が行われているページ。たくさんの意見がある。

世界遺産 the world heritage  http://www.tbs.co.jp/heritage/

TBS系の世界遺産という番組のホームページ。世界遺産の概要や世界遺産の映像などがたくさんあり、多彩なページ

世界遺産「日光の社寺」 http://www.city.nikko.tochigi.jp/heritage/japanese/main.htm

 →日光の社寺についてのページ。世界遺産になった経緯や日光市が行っている日光の社寺に関する様々なイベント等など。