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ゆとり教育 〜新学習指導要領の導入をめぐって〜
1.はじめに
平成4年度から平成10年度改訂の新学習指導要領への移行期においての試験的な形として初・中・高等教育において月一回、週5日制が導入された。小学生だった私は授業が無くなったのを単純に喜んだ記憶がある。文部科学省のねらいは「子どものたちの生活全体を見直し、ゆとりのある生活の中で、子どもたちが個性を生かしながら豊かな自己実現を図る」というものであった。しかし私の場合、お世辞にもそのような充実した休日を送ることはできなかったような気がする。小学生の頃は両親が仕事で家におらず寂しかった、という思い出であるし、中学生の頃はだらだら過ごしてしまった、という記憶、高校生の頃は補習という形で学校に行かなければならず、普通の土曜日と変わらなかった気がする。このように文部科学省が目指すものと学校・家庭・地域社会の現実にずれが見られるようである。そこで、ゆとり教育成立の流れとその概要をまとめ、政府と学校・家庭・地域社会との「ずれ」を指摘し、それらを修正するためにはどうすればいいのか私の考えを述べたい。
2.ゆとり教育成立の流れとその概要
学習指導要領とは、どの学年で、どんな内容を、どのように子どもに教えるかを記した文部科学省の文書であり、各教科や特別活動まで細かく分けて述べられている。約10年ごとに改定されており、各学校はこれに基づいて年間のカリキュラムを組み立てる。昭和43年〜45年改訂では「教育内容の一層の向上」をねらいとし、算数における集合の導入など時代の進展に対応した教育内容が導入された。昭和52年〜53年改訂で「ゆとりある充実した学校生活の実現」がねらいとされ、各教科等の目標・内容が中核的事項に絞られた。平成元年改訂では「社会の変化に自ら対応できる心豊かな人間の育成」をねらいとし、生活科の新設や道徳教育の充実が図られた。平成10年改訂では「自ら学び自ら考える力など『生きる力』の育成」をねらいとして、厳選した学習内容の基礎・基本の定着の徹底を目指す。それに基づき、学校週5日制、総合的な学習の時間、教科内容の3割削減、少人数制、絶対評価などを主な変更点として要領を改定している。学習指導要領は昭和52年からの改訂の中で徐々に授業内容が吟味・精選され、授業時間数も減少するなど、「ゆとり」の度合いを強めてきているといえるだろう。
2.1.学校週5日制
学校週5日制は、「学校、家庭、地域社会の役割を明確にし、それぞれが協力して豊かな社会体験や自然体験などの様々な活動の機会を子どもたちに提供し、自ら学び自ら考える力や豊かな人間性などの『生きる力』を育むこと」を目的とし、平成4年9月から月1回、平成7年4月からは月2回という形で段階的に実施され、平成14年度からは完全学校週5日制が実施されている。文科省は生活体験や自然体験が豊富な子どもほど、道徳観や正義感が身についているという調査結果を提示し、子どもたちの「生きる力」を育むためには、豊かな体験が不可欠であるとしている。また、週5日制の導入にあたっての学校や家庭、地域社会の果たすべき役割を提示している。学校では総合的な学習の時間などを活用し、各教科等の学習で得た知識を酔うような体験活動等の中で実感を持って理解したり、学び方を身につけて、生涯学習の基礎となる「生きる力」を育てるといったような、いつでも主体的に学び続けるという生涯学習の考え方が重要とされている。家庭や地域社会では、学校との連携を保ち、地域ぐるみで子供を育てていくという意識に基づいて豊富な生活体験、社会奉仕体験、自然体験などを経験させると共に、家庭においては家族のふれあいを通して社会生活の知識を身につけさせることが重要だとされている。
2.2.総合的な学習の時間
総合的な学習の時間とは、これまで画一的といわれる学校の授業を変えて、地域や学校、子どもたちの実態に応じ、学校が創意工夫を生かして特色ある教育活動が行える時間、国際理解、情報、環境、福祉・健康など従来の教科をまたがるような課題に関する学習を行える時間として新しく設けられたものである。これらの時間では、子供たちが各教科等の学習で得た個々の知識を結びつけ総合的に働かせることができるようにすることを目指している。総合学習は、国語や算数などの教科学習に比べ、教科書も、定まったカリキュラムもないなど、自由度が高く、成績評価もなされない。「自ら課題を見つけ、主体的に判断し、問題解決できる能力を育てる」のが文科省のねらいだ。ほとんどの小中学校では、02年度の本格導入前の移行期間(00〜01年度)に先取り実施している。文科省では「『総合的な学習の時間』応援団のページ」を教員向けに作成しており、このページでは、各学校において定める「総合的な学習の時間」における学習活動をはじめとして、各教科等においても活用できるよう、各府省庁・関係団体等において実施している学校の教育活動に対する様々な支援の内容、連絡先等を紹介している。
2.3.絶対評価
これまで相対評価という評価方法がとられていたが、新学習指導要領のもとでは絶対評価に切り替わる。絶対評価の基本的な考え方として文科省は以下の事柄を挙げている。学力については、知識の量のみでとらえるのではなく、学習指導要領に示す基礎的・基本的な内容を確実に身に付けることはもとより、それにとどまることなく、自ら学び自ら考える力などの「生きる力」がはぐくまれているかどうかによってとらえることが必要である。評価においては、学習指導要領が示す目標に照らしてその実現状況を見る「目標に準拠した評価(いわゆる絶対評価)」を一層重視し、児童生徒のよい点や可能性、進歩の状況などを評価する個人内評価を工夫することが重要である。また、学校の教育活動は、計画、実践、評価という一連の活動が繰り返されながら展開するものであり、指導と評価の一体化を図るとともに、評価方法の工夫改善を図ること、学校全体としての評価の取組を進めることが重要である。つまり、5という評価を受けるのは生徒の7%以下であった今までから、自らの学習達成度や学習意欲によって生徒全員が5という評価を受ける可能性もでてくるわけである。また、総合所見及び指導上参考となる諸事項、総合的な学習の時間を評価する欄、二つの事項が新設された。前者では、全人的な力である「生きる力」の育成を目指し、総合的に児童生徒の成長の状況をとらえることができるよう、現在、ア)各教科の学習の記録、イ)特別活動の記録、ウ)行動の記録、エ)進路指導の記録、オ)指導上参考となる諸事項に分かれている小・中学校の所見欄等を統合し、従来これらの欄に記入していた事項を記入する欄として、「総合所見及び指導上参考となる諸事項」欄が新設された。(なお、高等学校については、「指導上参考となる諸事項」欄を、「総合所見及び指導上参考となる諸事項」欄とする)。後者では、「総合的な学習の時間」の評価について、各学校における「学習活動」及び指導の目標や内容に基づいて定める「観点」を記載し、これに基づいて児童生徒にどのような力が身に付いたかなどを文章記述により「評価」する欄として新設された。(なお、高等学校については、「学習活動」及び「評価」の欄とする)。このようにテストの点数だけで評価するのではなく、本人の意欲、達成度によっての評価も加味されるようになったため、評価がより複雑になり入試などに影響を及ぼしているといえるだろう。
3.文部科学省と家庭・地域社会
ゆとり教育をキーワードにインターネットを検索していくと、新学習指導要領にとまどいを感じたり、疑問視をしたりする意見がほとんどであることに気づく。それらの意見と文部科学省の意見を比較してみると、かなりの相違をみることができる。例えば、新学習指導要領によって教科内容が3割減ることになり、学力低下が危惧されたがその答えには食い違いがみられる。文部科学省は「大学進学率が1割程度だった昭和30年頃に比べて現在は5割程度にまで上昇したため、全体として平均的な水準が下がるのはやむを得ないこと。また学力低下のもうひとつの原因として大学生の学ぶことに対する意欲・関心・動機・心構えが昔に比べ劣っていることが挙げられる。そのため小・中学校の教育から詰め込み型の教育をするのではなく、教科内容を厳選し、基礎・基本を確実にすることでつまづきをなくし、また習熟している子どもには自らの興味・関心・意欲に基づいてより体験的な学習をさせ、学びに対するモチベーションを高めていくべきである。」としている。それに対してあるホームページではこのように述べている。「河合塾や国立教育研究所の調査として客観的な評価として示されている事実として、大学生の10人のうちの2人は小学生の算数ができないとされている。また外国と比べても学力低下が進んでいる。この大学生たちが将来の日本の社会と科学技術を背負うことを考えると、残念ながら日本の先を楽観できない。それでも、この学生たちは現在の指導要領で習った人たちであり、新しい指導要領ではさらに授業時間が減る予定になっている。このままでは次世代の日本の大学生の学力はどうなってしまうのか。」(NAEE2002ホームページ)また円周率が3.14からおよそ3になる、というのはよく話題に持ち上がる事柄であるが、ここでも両者の意見は食い違う。文部科学省は「円周率については、3.14と教えるだけではなく、それが本当は、3.1415…とどこまでも続く数で、3.14も概数にすぎないということをこれまで通り、きちんと教える。 なお、円周率については、これまでも目的に応じて3を用いることとしているが、これは、およその長さが知りたい場合には、3を用いて計算するなど、様々な状況に応じて自分の判断により、使い分けられることを目的としている。」とある。これに対して「新指導要領では小学校の計算から、三桁×三桁の掛算や、四桁どうしの足し算や引き算がなくなる。子どもは五千円札で買い物をしてもおつりの計算ができないことになってしまう。小数についていうと、小数点第二位以下は扱わなくなる。『0.01』は知っていても『0.001』という数値は小学校で習ったことがない子どもたちが21世紀の日本を担っていく予定になっている。円周の計算はどうなるのだろう。『円周率3.14』は残るが、実際の計算では『およそ3』になってしまうのである。」新学習指導要領では学習時間という量が減るだけでなく、学習の質も減ってしまう、という考え方である。このように新学習指導要領に反対するホームページだけでなく、新聞の社説や教員からもゆとり教育を疑問視する声が上がってきており、両者のゆとり教育に対する認識はかなりの食い違いをみせていることがわかる。このようなずれを認識してか、文部科学省ではゆとり教育に歯止めをかけるような案がでたり、家庭・地域社会・教員に向けてさまざまな働きかけをするなど、真のゆとり教育を目指して試行錯誤中である、といえるだろう。
4.おわりに
文部科学省のページをいろいろ調べていくうちに、「子どもたちの興味・関心」という語句に引っかかりを感じることに気がついた。確かに自分の知りたいこと、不思議に思うことを学習するのは楽しいものである。しかし、興味や関心をいうものはそれなりの知識というバックグラウンドがなければ、出てこないと思うのである。何もないところから疑問は生まれない。それゆえに、ゆとり教育で強調される「生きる力」をはぐくむための総合学習を価値あるものにするためには、外からの働きかけが重要なのだと考える。家庭や子ども自身には、まだ自ら学ぶというスキルが備わっていないように感じる。週5日制を利用した国立博物館や美術館の開放も両親の休みがなければ参加ができない。そのため、子どもたちの興味・関心を引き出し、自ら学ばせるためには、教員が様々な選択や体験の機会を生徒たちに与えなければならない。それにはやはり、教員がそれなりの経験や魅力がないと務まらないだろう。文部科学省も教員の育成に力をいれているようであるし、同時に地域社会もそのスキルを身につけ、学校との連携を図れるような体制作りを進めている。私はゆとり教育に賛成である。受験を2度経験して、詰め込み型の勉強があまり自分の糧にならなかったのではという実感をもっているため、「どうしてそうなるのか」「この先はどうなるのだろう」というような、生涯学習につながっていくような自己学習を身につけることを目的とするゆとり教育は、学力低下の問題を乗り越えて必ず発展すると思える。しかしまだまだ、教員をはじめ、家庭、地域社会の意識は低いように思われる。文部科学省がこれからも積極的に、これらに働きかけ、連携を深めていくことが重要となるだろう。
<参照サイト>
NAEE2002ホームページ 新学習指導要領に反対するホームページ。