Nakamuray011203 「地方自治論」レポート

 

「スポーツ政策をめぐる都市の対応―ゴールドコースト市(オーストラリア)のHPを素材に―」 中村祐司(担当教員)

 

オーストラリアにおける人口規模が40万強の都市を取り上げ、スポーツ政策に関する行政サービスの対応を把握したい。都市に関する研究を行う場合に当該自治体が提供する広範囲に及ぶ行政サービスを対象として、いわば当該都市の全体像を把握することを通じて、そこに住む市民の行政サービスに対する評価や担当部局が抱える行政課題を浮き彫りにするやり方があるように思われる。しかし、ある特定分野の政策分野に絞って、逆にこの領域から都市行政サービスを眺めてみるという作業にもそれなりの意味があろう。

 そこで、以下、オーストラリアのゴールドコースト市(面積は約541平方km。海岸線57km。人口40万人以上でオーストラリアでは6番目に大きな都市。今後10年間で50万人以上に達する見込み)を取り上げ、具体的にみていきたい。

 ホームページには「世界一流のスポーツ・レクリエーション施設」が整っていること、また、アジア太平洋マスターズ大会、ライフセービング選手権、ホンダインディ300、ゴールドコーストマラソン、競馬カーニバル、ヨット大会、トライアスロン大会といった大規模スポーツイベントを開催していることが誇らしげに掲載されている。例えば、ホンダインディ300には毎年、10万人以上の観客が集まるといわれており、市内道路をサーキットにしている。このあたり、市は運営にどのように関わっているのだろうか。駐車場問題、交通規制、シャトルバスの運行など競技を円滑に進めるためにどのような工夫がなされているのであろうか。

 また、情報提供という点でいえば、ゴールドコーストマラソンの参加者の順位がホームページをみればわかるようになっている(フルマラソン、ハーフマラソン、10キロ競歩、10キロマラソン、車椅子マラソン、車椅子ハーフマラソンがあり、2002年は7月7日に開催)。帽子、Tシャツ、ジャージなどの関連商品の販売や長距離を走るためのトレーニング日程なども示されていることに加えて、参加者の多くの感想が掲示版に掲載されている。

 ゴールドコースト市においてはスポーツのイベントが目につく。例えば、カヤック・レガッタ大会(12月)、サーフィン大会(12月)、オーストラリア女子テニス大会(12月、1月)、クウィーンズランドバレーボール選手権(1月)、ジュニア国際バレーボール選手権(2月)、オーストラリア女子ゴルフマスター大会(2月)、オーストラリアビーチバレー選手権(3月)などがそれである。しかし、華やかなスポーツイベントが開催される舞台裏では必ずこれを支える関係者や担当行政部局、ボランタリーセクターが存在しているのが常であり、その意味でゴールドコースト市のスポーツ行政担当組織がどのようになっているのか捉えておきたい。

 ゴールドコースト市におけるスポーツ行政担当組織は局でいえば「コミュニティサービス」局に属する。このコミュニティサービス局は「コミュニティ・レクリエーションサービス課」(Community & Recreational Service)、「厚生・管理課」(Health & Regulatory Services)、「図書館サービス・文化振興課」(Library Services & Cultural Development)、

「ビジネス課」(Business Services)、「執行部支援課」(Executive Support Services)、の5課からなっている。このうち、コミュニティ・レクリエーション課の所管内容の一つに「スポーツ・レクリエーション施設計画」(Sport & Recreational Facilities Planning)というのがある。また、「公園・オープンスペースの計画・管理運営」(Parks and Open Space, Planning & Management)や、「イベントの振興・運営」(Events & Promotions Management)においてもスポーツ政策に関連するものを展開しているようである。また、「図書館サービス・文化振興課」においても担当項目の一つに「ボランティアの調整」(Coordination of Volunteers)とある。さらに、「ビジネス課」で水泳プールやコミュニティセンター、全国水準のスポーツ施設の管理運営とあり、市が保有するスポーツ諸施設(Carrara Sports Stadium, Beenleigh Sports Centre, Runaway Bay Centres, Gold Coast Athletics Centre, Gold Coast Regatta Centre, Gold Coast Cycle Centre)の管理運営に携わっていることが分かる。

 このように、ゴールドコースト市の場合、スポーツ政策をある特定の所管課が一手に引き受けているのではなく、複数の担当課におよんでいることがわかる。このことは一見、スポーツといえば、文化諸活動の中の一分野として完結的に捉えられるといったイメージを抱きがちであるものの、実際の行政対応としては、施設の管理運営のみならず、産業振興の一貫としてのスポーツ産業政策やコミュニティサービスとスポーツクラブとの関わりなど、極めて多岐にわたっていることを示している。例えば、ゴールドコースト市には30を超えるコミュニティセンターがあるが、そこはパーティ会場、結婚式場、会議場としての機能のほか、市民スポーツクラブの活動拠点ともなっているのである。また、コミュニティセンターそのものにテニスコートが付設されている場合もあり、こうした施設使用をめぐるスケジュール調整が行われているのである。

 それでは、大規模スポーツイベントの開催と同時に市民生活レベルにおいてもスポーツ活動が浸透しているように思われるゴールドコースト市に課題はないのであろうか。ここで、2001年11月に公表された、ゴールドコースト市が掲げる「経済発展振興計画―ゴールドコースト2010」(Gold Coast Economic Development Strategy )に注目したい。そのスポーツ分野に関する内容の要旨は以下の通りである(下線は中村)。

「スポーツは常にオーストラリアの人々の生活において重要な役割を演じてきた。しかし、それにもかかわらず、スポーツ産業がこの国の経済に及ぼす影響力についての認識が明確にされたのはつい最近のことであった。スポーツはこの国で最もダイナミックで主要な産業の一つとなっている。オーストラリアスポーツ連盟は、この点についての調査研究を行い、スポーツ産業分野の1995-96年の支出が79億オーストラリアドル以上に達したこと、スポーツ産業がオーストラリアのGDPに多大に貢献しており、113の産業分野の中で25位にあること、スポーツ産業は鉄鋼産業、穀物産業、被服産業、自動車・部品産業、電子産業、印刷産業に匹敵すること、などを明らかにした。

シドニーオリンピック大会等の派生効果として、ゴールドコースト市でも一流競技者のためのトレーング施設が以前よりは拡充され、市は世界的な大規模スポーツイベントの開催地であることも認識されるようになっている。しかし、大会を支える多くのサポーターが宿泊するための施設が不足しているために、大規模スポーツイベントの種類が限定されたものとなっているし、また、オーストラリアで6番目の大都市であるにもかかわらず、全国水準レベルに達するスポーツチームが存在していない。これはゴールドコースト市の施設不足と地理的なブレスベンへの近さが原因である。州政府はブレスベンにおける施設の開発を重視しており、この点からもゴールドコースト市における施設の改善や開発の努力が必要とされる。また、ゴールドコースト市におけるスポーツチームへの法人スポンサーが存在していないことも問題である。」

(以上、http://www.goldcoast.qld.gov.au/attachment/goldcoast_economic_development_strategy.pdfより)

 これに続いて、具体策として、スポーツ産業に携わる企業の誘致、ゴールドコーストスーパースタジアム(Gold Coast Super Stadium)の改修、スポーツ産業の雇用の増大に向けたTAFE大学やグリフィス大学、ボンド大学との提携、スポーツプログラムに関するテクノロジーの開発、スポーツ行政区域(a sports administration precinct)の設定をめぐる調査の実施、市のスポーツ産業担当部局の明確化、あらゆるレベルの政府と産業との協力活動、スポーツ用具・製品生産企業やサーフィン産業における産業ネットワークキンググループの展開、「アジア国家開発」(Asia State Development)といった企業誘致のための州政府や連邦政府の担当機関との協働、などが挙げられている。

 以上のように、ホームページから得られたインターネット情報に限ってみても、ゴールドコースト市のスポーツ政策の輪郭をかなりの程度把握できるように思われる。特に「経済発展計画」において、自らをスポーツ産業の領域において発展途上であると位置づけ、その可能性を強調すると同時に私的セクターの活力を利用する形で、都市をより一層魅力あるものとし、世界に向けてアピールしていこうという姿勢が色濃く出ている。いわば都市の発展という内向きの視点と国外アクターの吸収という外向きの視点とを連結させているのであり、そのための手段の一つとしてスポーツ産業振興を捉えているといえるのではないだろうか。人口の増大と比例するかのようなゴールドコースト市の発展志向は、今後、スポーツ政策の領域において凝縮した形で表れていくのかもしれない。しかし、このような市のスタンスは実際の日常的なスポーツ施策とは切り離されたものなのであろうか。また、ここに生活する市民は市が提供する各種スポーツ行政サービスに満足しているのであろうか。さらには市のサービスに頼らないボランタリーな活動が展開されているのであろうか。今後の検討課題としておきたい。

 

<参照サイト>

http://www.goldcoast.qld.gov.au/home.asp

オーストラリアゴールドコースト市のホームページ。いちがいに日本が遅れているとはいえないが、当市の行政情報の開示に対する積極的姿勢があればこそ、宇都宮にいながらにしての情報収集が可能となった。