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矢内美由紀「食料自給率から考える日本の農業政策のあり方」

 

1. 何故、食料自給率の向上が必要なのか

 

現在、我が国の食料自給率は、2010年に農林水産省から公表された食料自給率をめぐる事情[1]によると、カロリーベースで39%、生産額ベースでは69%となっている。このように、低迷する食料自給率に対して国全体で向上が叫ばれているが、では何故食料自給率の向上は必要なのだろうか。

今日、世界の人口が増加をしており、それと共に食料の需要も高まっている。現在、日本は国内の食料不足を輸入で補っているが、もし日本の貿易相手国が国内の食料需要拡大により自国の供給を優先させた場合、日本への輸出は減少し、日本はそれまで輸入から得ていた食料獲得が不可能となる。つまり、日本が今まで頼っていた輸入という方法での食料の供給ができなくなるのだ。[2]

このような問題から、日本の食料自給率の向上はなされなければならない重要な課題であると言える。そして、食料供給の一部を担うものの一つとして挙げられる農業は現在TPPなど様々な困難にさらされている。そのような状況である農業の持続のために必要なものの一つとして挙げられるのは、その担い手の確保・拡大だ。そこで本稿では、日本の農業政策のうち、農業の後継者・新規就農者確保に関する政策について考察していく。

 

 

2. 農業の担い手問題

 

では、何故農業に若者が集まらないのであろうか。ここでは、若者側からの視点と現在農業に従事している者からの視点で考察をしていく。

まずは農業従事者からの視点だ。2010年度の食品・及び農業・農村に関する意識・意向調査[3]によれば、農業生産資源・農村資源等を維持するために必要な施策はどのようなものか、というというに対して、『農業で十分な所得が得られるような対策』という回答が95.1%と最も多かった。

 また、同調査内の後継者問題についてのアンケートによれば、自分の子供に農業を継がせたいかという質問に対して、29.8%の人が『継がせたくない』という回答をしている。その理由として最も多かったのは『農業では十分な収入が得られないため』というものだった。これは『継がせたくない』と考えている人の83.8%を占めるものである。

次に、若者の視点だ。若者の農業・農産物の意識調査[4]内の学生の農業へのイメージ調査では最も多いものから、『つらい』『重労働である』『経営が難しい』であった。特に『つらい』に関しては、同じ内容で行われた農業従事者のイメージと大きく異なっており、農業従事者は自身の仕事に対して『つらい』とはあまり思っていないようである。一方、『重労働である』『経営が難しい』に関しては、学生とほぼ同数で農業従事者も抱いている。また、上記は農作業経験ない学生によるイメージであったが、農作業経験のある学生のイメージも、最も多いものは上記と同内容であった。

こうした調査の結果より、農業の新たな担い手が増えない理由として、収入が少ないということ、また若者自身が農業に対し、マイナスなイメージを抱いているために無関心であることが大きな原因と考えられる。そしてそのマイナスイメージの要因として、特に『経営が難しい』が挙げられる。これは農業従事者自身も感じていることであり、これに対する対策が必要であることが伺える。では、それらの対策として国はどのような政策を行っているのだろうか。

 

 

3. 国の農業経営への取り組み

 

 現在、国が積極的に進めている農業政策は平成22年に策定された食料・農業・農村基本計画だ。今回は、2で考察した後継者不足に影響すると考えられる所得に関する政策に絞って考察していく。

この計画内で所得増大に関して挙げられているものは、「農業・農村の6次産業化」と「戸別所得補償制度の導入」だ。まず、農業・農村の6次産業化とは、生産・加工・販売の一体化、産地の戦略的取組の推進、輸出促進、生産資材費の縮減等を体系的に実施する[5]というものだ。特に農業従事者に関わるものは生産・加工・販売の一体化で、これは今まで第二次・三次産業従事者が行っていた加工・販売を農業従事者自身が行うことで、その付加価値を得ることできるというものだ。

次に、戸別所得補償制度とは、販売価格が生産コストを下回っている作物を対象に、その差額を交付するというものだ。対象作物は麦、大豆、飼料作物、米粉用・飼料用・バイオ燃料用米、WCS用稲であり、それぞれが耕作面積10アール当たりで補償金が支払われる。この制度は6次産業化を後押しするものとして位置づけられている。

 

 

4.これからの日本の農業のために

 

 以上のように、国も農業に活力を取り戻すべく動き始めてはいる。だがその内容にはまだまだ問題点が残されている。まず、農業の6次産業化についてであるが、これはただでさえ人員が少ない現在の農家が生産から販売に至る過程すべてを行うのは不可能だと私は考える。実際、販売農家のうち専従者をもたない農家は全体の47%にも及んでいる。[6]このような状況の中、すべての作業を農家自身が到底無理だ。

また、戸別所得補償制度についてはその交付範囲が広すぎるという点に問題がある。この制度の交付単位は作物とその農地面積当たりから決められているが、その農地面積というのが10アールと定義されている点に問題がある。なぜなら、現在日本では、経営耕地面積が10アール以上又は農産物販売金額が15万円以上の世帯を農家と定義しており[7]、これはつまり10アール以上の土地を持っていればどのような農家でも補償を受けられるということになるのだ。この、どのような農家でも、という点でこの制度は問題だ。

現在、日本の農家は主に主業農家、準主業農家、副業的農家の3種類に区分されている。主業農家とは農業所得が主(農家所得の50%以上が農業所得)で年間60日以上農業に従事する65歳未満の者がいる農家を、準主業農家とは、農外所得が主で年間60日以上農業に従事する65歳未満の者がいる農家を、そして副業的農家とは、60日以上農業に従事する65歳未満の者がいない農家のことを指す[8]。そして準主業農家・副業農家の一戸当たりの経営耕作面積はそれぞれ1.41ヘクタール、0.99ヘクタールとなっている[9]。これは、アールに換算するとそれぞれ141アール、99アールとなり、戸別所得補償制度の交付範囲である10アールを簡単に超えてしまうのだ。このように、農外取得が主である準主業農家や副業的農家を、主業農家と同じ枠組みの中で扱うというのは些か短絡的であると言える。確かに、食料自給率の維持・増大のために副業や趣味で行っている農業を支援することは大切だ。だが、現在困難にあっている農家の多くは主業農家であり、こうした主業農家の支援にこそ特に力を入れるべきだと思う。政府はこの戸別所得補償制度の交付範囲を見直すべきであり、新たに主業・副業別の政策を打ち出すべきだ。

そしてこれを実際に指摘する声も多い。20111115日付の朝日新聞の記事では、農家自体を株式会社化させ、福利厚生などにも取り組んでいる農家が紹介されていた。この農家も、戸別所得補償制度の欠陥点を指摘し、その上で農家の株式会社化の実現が苦節を歩んだことを語っている。このような農家自身による取り組みを、政府はもっと支援するべきであり、もし戸別所得補償制度の見直しによって主業農家への補償が増大すれば農家自身による取り組みも今よりしやすくなり、また政府自身もほかの政策へと予算を使うことができるであろう。

また、現制度の見直しだけではなく、若者の農業に対する意識を変えることも必要だ。義務教育中に農業体験や農家自身による農業の実態を知らせる機会などを増やし、少しずつでも現在の若者が抱く農業へのマイナスイメージを腐食していく必要がある。これはできれば義務教育中である小学校・中学校の時に重点的にやるべきだと考える。もちろん、高校でもやった方がいいとは思うが、幼い時から農業に触れさせることの方が、農業が自分にとって身近な存在であると認識できるのではないかと思う。今の若者に不足しているのは、農業を身近に感じることだ。身近なものに感じることで、危機感を抱かせることができるはずだ。

以上のこの二点を達成することができれば、日本の農業に若者が集まるようになるのではないだろうか。いずれにせよ、TPPの参加交渉が始まった現在、これから政府がどのような農業政策をとっていくのか、その動向に注目していきたい。

 



[1] 農林水産省、平成22年度食料自給率をめぐる事情

http://www.maff.go.jp/j/zyukyu/zikyu_ritu/pdf/22slide.pdf

[2] FOOD ACTION NIPPON、日本の食料自給率問題とは?

http://syokuryo.jp/fan/japanese-problem.html

[3]食品・及び農業・農村に関する意識・意向調査

http://www.maff.go.jp/j/finding/mind/pdf/20100423_enqute.pdf

[4]若者の農業・農産物の意識調査

http://mimasaka.jp/intro/bulletin/2004/PDF/37490051G.pdf

[5] 農林水産省、新たな食料・農業・農村基本計画、パンフレット詳細版 第3 食料、農業及び農村に関し総合的かつ計画的に講ずべき施策

http://www.maff.go.jp/j/keikaku/k_aratana/pdf/pamph-detail_4.pdf

[6] 政府統計の総合窓口、6-8農業労働力保有状態別農家数 より筆者が計算

http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?bid=000001034606&cycode=0

[7] 農林水産省、農林業センサス規則(昭和44年農林省令第39号)http://www.maff.go.jp/j/tokei/census/afc/2005/data/01-01/plan2005_01.html

[8]政府統計の総合窓口、農林業センサス累年統計 利用者のためにpdf

http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?bid=000001012037&cycode=0

[9]政府統計の総合窓口、2-3主副業別 - 1戸当たりの経営耕地面積

http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001061909

 

以上、すべて20121月現在の資料である。