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西川明子「外国人に対する日本観光のありかた」

 

1,外国人にとっての日本観光のあり方を問う

 

「日本にはいつか行ってみたいけど、今は危険だから行きたくない」震災後の2011年夏、ある外国人の友人に言われた一言に対して、何も言えなかった悔しさがずっと心の中に残っていた。自分でもよく分からない放射能汚染の影響下に、果たして気軽に外国人を日本観光に誘って良いものだろうか、はたまた風評被害が深刻な日本観光を立て直すためには何が必要なのだろうか、そんなことが自分の中で葛藤していた。そんな矢先、『外国人1万人無料招待』と大きな見出しがつけられた記事を見つけ、「現代政治の理論と実際」の講義課題を通して、この施策を考えることに決めた。だがこの課題に取り組む途中、この施策が実施されないことに決定してしまったため、ここではどのようにしたら訪日外国人客を呼び戻すことができるのかについて考えることにする。まずは観光とはいったい何なのか、震災後の日本観光はどのように変化したのかについて述べようと思う。そしてその後に、今後の日本観光に必要なものを述べ、結論にいたることとする。

 

2,観光の果たす役割

 

 私たちにとって観光とはいったい何であろうか。世界遺産などの観光名所を見に行くことや、そこの地域ブランドとなっている料理を堪能するということだけが観光だろうか。確かに、観光とはそういうものであるはずだが、現在の観光とはそれだけではなくなってきている。今まで観光旅行といえば、家族にとっての一大行事であり、そこの地域にしかない物に感動を味わえたのなら、それで大満足であった。だが旅行することに慣れたリピーターの増加や、交通網の充実化などによって、旅とは気軽に行ける趣味的なものへと変化し、いわば日常的な娯楽の一つとなった。一大行事から日常的な娯楽への変化にともなって、人々はそれぞれの観光の楽しみ方を求めるようになった。例えばそれは地域特有の伝統文化の体験や、観光ガイドには載っていないような行事への参加などであり、観光客と地元の人が共に楽しむ娯楽へと変化したとも言えるだろう。

 

観光の果たす役割とは以上に述べた娯楽の一つであり、自分が育ってきた地域とは異なる伝統文化に触れる機会をもたらすことと同時に、全ての産業と関係しているため大きな経済効果を生むということも言える。また、地域の人々との交流で感じた印象がそのままその地域のイメージとなる場合もあることから、その土地の雰囲気を表すものとしても役割を担っている。[i]

 

3,東日本大震災以降の訪日外国人客の現状

 

 311日の東日本大震災を経て、世界各国では被災地をはじめとして日本への訪問の自粛、延期、退避勧告が発令された。その影響もあって、訪日外国人客数は4月に前年同月比62.5%減と最も落ち込み、回復傾向にある11月も依然として、マイナスの数値は続く。また商用客が先行して回復するものの、子供連れの家族旅行客や富裕層の回復は滞っている。要因としては、震災や放射能汚染に対する懸念とともに、円高の影響があげられる。さらに、2010年の訪日外国人客で最も多い割合を占めた韓国人観光客は前年11月比−32.1%という数値が出た。この要因としては、食に対する不安と韓国メディアの放射能汚染の大々的な報道、また円高ウォン安の影響があるとされている。韓国人観光客の減少と同様の要員が、前年11月比で最も差異の大きかったシンガポール(前年11月比−47.1%)にもあげられる。一方で、チェルノブイリ原発事故(1986年)の恐怖心がよみがえっていることがフランスとドイツの訪日客数を伸び悩ませ、10月まで前年同月比−30%台にあったのが11月は前年同月比−19%台にまで回復している。[ii]

 

4,夢に終わった施策

 

前章では訪日外国人客が震災後、激減した現状を述べてきた。ではこの現状を脱しようと、国家機関はどのような対策をしたのだろうか。ここでは、その対策の中でも筆者が注目していた施策をとりあげて論じることとする。1025日の朝日新聞において、観光庁が外国人1万人を無料招待するということが報じられた。この施策がどのようなものであったかを少し詳しく述べてみれば、外国人1万人を専用サイトで公募し、旅行内容や情報発信力の高さを基準に選考し、往復航空券を無料で贈るという内容であった。この施策のために、観光庁は来年度予算の概算要求で航空券代や事務費など11億円を計上し、招待によって経済効果は13.1億円にまで上り、経済波及効果は31億円とまで予想されていた。[iii]筆者がこの施策に注目するほど、マスメディアが騒いでいなかったのは、メディア陣はすでにこの施策が実施されないと予想していたからかは分らないが、16日の朝日新聞は、この施策のための概算要求が財務省によって却下されたと報じた。却下の理由は、「本当に外国人客が増えるのか疑問」「予算のばらまきになる」との財務省側の懸念であった。[iv]

 

是非とも次は企画承認がなされ、実際に外国人を呼び戻す施策を練って欲しいものである。外国人旅行者ではなく、在日外国人1万人に発信者として協力してもらうという施策はどうだろうかと、一個人として提案する。

 

 

 

5,見直すべき日本観光と日本各地の取り組み

 

国が以上に述べたような施策を考えていた一方で、受け入れ側の観光地や旅行業者はどのような取り組みをしていたのだろうか。ここでは、震災以降の訪日外国人客数の激減を受けて、日本各地の観光がどう見直され、外国人を呼び戻すためにどのような取り組みが始まったのかについて紹介する。

 まずは地元である長野県の取り組みに注目してみた。県国際観光推進室の佐藤公俊室長は、外国人観光客が減った理由には放射能汚染の風評被害があることと共に、これまで「白馬村のスキー」といった特定の観光資源しか活用してこなかった面もあったと今までの県の観光を振り返った上で反省した。そして新たな県の魅力を発信するために、市町村の観光協会や県内在住の外国人にアンケートをとり、「プラチナルート」を商品化する。[v]さらに、長野県では県内各地の空間放射線量測定結果を世界主要都市の放射線量データと比較したものを外国語サイトへの記載や、外国人有名ブロガーを招いて客観的視点から県の観光と安全性をアピールしてもらう取り組みなども行っている。また教育旅行が大きな柱となっていることから、日本人生徒と外国人生徒の交流によって長野県ファンをつくることにも力を入れている。[vi]

 以降は長野県以外の地域の取り組みについての紹介である。千葉県のある市では在日留学生に日本観光の良さを認識してもらうツアーにおいて、郷土料理作りを体験する企画が始まっている。[vii]一方、石川県金沢市の小さな旅行会社マゼラン・リゾーツ・アンド・トラストは、「トラベルボランティア」として英国人カップルを選び、100日かけて日本縦断をしながら、各地の魅力を人間味あふれる文章と美しい写真をブログで世界に発信してもらうという取り組みを行った。[viii]

 

このように日本のいたるところで新たな取り組みが実施され、新たな日本観光が構築されていた。以上にあげたどの地域にも共通して見られたのが外国人を使った日本観光の盛り上げであり、日本独自でつくったパンフレットやガイドブックより、ブログやサイトを通じた口コミが今後の日本観光の宣伝を担うのではないかと思う。また、新たな日本観光再考のためには自分の地域を愛すること、そしてこの伝統文化こそ見てもらいたい、体験してもらいたいというものを見つけ、観光化につなげるという地域と産業のネットワークが必要だと感じた。

 

6,公的機関に意見する

 

観光庁は、日本の人気アイドルグループ「嵐」を起用した日本観光のPR映像を世界133ヵ国・地域の国際空港や飛行機で放映した。この宣伝は「嵐」のメンバーが招きねこを利用して日本各地から、日本の良さをPR するというものである。この映像に対しては、公開当初からかなり多くの批判の声が寄せられている。日本のプレゼン能力の低さを痛感する象徴的映像ともいえる内容だとも言えるのではないだろうか。映像媒体が持つ影響力が相当大きいこと、製作費用、宣伝費用ともに私たちの税金が利用されていることから、早急に見直す必要がある課題である。

 

見直すべき課題としてもう一つ、筆者は観光に携わる地方公務員の人事体制をあげる。県内のとある観光施設を訪れた際に県の観光に携わるある重役人物にお話を伺う機会があったのだが、はっきり言って参考になる話は一つもなかった。観光学が専門でない筆者でも知っているような答えと、外国人が一番心配している放射能汚染に対する楽観視しか、転任一年目だという彼から受け取るものはなかったのには正直ショックであった。以前にも述べたように、観光とは全ての産業に関わるものであり、外交の一つの手段とも言えるほどの重要なものである。それを担う者にはスペシャリストとしての知識と情報、観光産業とのネット―ワークが必要なのではないだろうか。ゼネラリスト養成として五、六年で部署が変わっていく体制とは別に、スペシャリスト養成のための体制があってもいいのではないだろうか。

 

7,今後の日本観光への期待

 

 さて、ここまで観光が担う役割、見直すべき課題、震災後の観光の新たな取り組みについて述べてきたが、観光が地域の文化によってつくられ、観光が我々の経済を動かし、観光が国と国を結ぶ架け橋となっているということから観光に力を入れることの重要性に気付いた。様々な面で危機にある日本として、今後世界の中で生き残っていくための手段は観光であり、その生き残りの手段をつくるのは、私たち日本人が文化の維持発展を兼ね備えた生活を送ることである。さらに、外国人観光客が減少した最も大きな要因の放射能汚染の不安をとりのぞくことにも、より一層力を入れていかなければならない。それは、外国人に安全性を発信することだけでなく、日本人自身も住んでいて安心だと思える空間をつくることが基本だ。

 

 日本観光の改善点は、見直してみれば意外に多くあった。だが、ブームが起きるほどの洗練された食文化を持ち、世界最古の木造建造物を持つ古都だけでなく、サブカルチャーを生かした新たな観光地を持ち、また高いホスピタリティを誇る日本は、まさに魅力にあふれている。鍵は、その魅力をどう外国人に売り込むかであり、今がそれを再考する絶好の機会でもある。筆者自身もまずは日本人としての自信の生活様式を振り返り、日本文化を愛することからはじめてみようと思う。

 

 

                                                                                     



[i]堀川紀年 (2007年) 『日本を変える観光力 地域再生への道を探る』 昭和堂  

を参考にした。

[ii] http://www.jnto.go.jp/jpn/downloads/111216_monthly.pdf

日本政府観光局 『201111月推計値 119月暫定値』(平成231216日発表)

2012116日現在)

[iii] 朝日新聞20111025日朝刊第7

 『外国人客1万人、日本に無料招待 震災イメージ払拭狙う 観光庁』

 

[iv] http://www.asahi.com/politics/update/0106/TKY201201060510.html

asahi.com  201216日  (2012116日現在)

 

[v] http://www.yamatogokoro.jp/news/2011/11/07101529.html

やまとごころjp  インバウンドニュース:外国人観光客(2012116日現在)

 

[vi]http://www.pref.nagano.jp/syoukou/sinkou/sinsyu-keizaisenryakukaigi/231003/youshi.pdf

1/105回信州経済戦略会議要旨 長野県 (2012116日現在)

 

   

[vii] 朝日新聞2011108日 朝刊29ページ

『留学生日本再認識ツアー 激減の外国人観光客に発信を いすみ/千葉県』

 

[viii] http://mainichi.jp/area/ishikawa/news/20111225ddlk17040313000c.html

毎日jp  『トラベルボランティア:日本の魅力、海外発信 英国人男女、ブログの旅終え金沢に /石川』