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勝連真紀「農業から考える食料自給率とTPPとの関連性」

 

 

1.食料自給率とは

 

 食料自給率が低下している。「地産地消を心がけましょう」「お米をもっと食べましょう」といったことをよく聞くが、実際これはどのような問題なのだろうか。

 食料自給率とは一般に国内で消費される食料のどの程度が国内生産で賄われているかを表す指標のことで、その算出方法も様々だ。日本では農水省が独自に算出した「カロリーベース食料自給率」を用いている。これは(国産で賄われた熱量)÷(国民に供給された食料の全熱量合計)で求めることができる。1945年に設置されたFAO(国際連合食糧農業機関)では「標準化した食品のバランスシート」「輸入依存率」「食品供給のパターン分析」「自給率[1]」の4種類をあげている。

 ではこの食料自給率が低下するとどのような点で問題なのだろうか。

 

 

2.自給率低下の主な要因

 

 自給率が低下していると聞いてまず不安に思うのは、もし日本への食料輸入が止まった場合食べ物が不足してしまうのではないかということだと思う。現在の世界は食料不足、貧困等の問題を抱えている。世界中の人々に十分いきわたるだけの穀物があるとされているにもかかわらず供給は一部の国に片寄り、92500万人(2010年推計)[2]が飢餓に苦しんでいる。今後さらなる世界人口増加が予測されるなか、私たちは現在の食生活を維持できるのだろうか。

 前述にもあるように自給率低下の原因の一つに世界的な人口増加がある。これは食料問題とはまた別に重要な問題だ。2000年には61億人だった人口が2050年には92億人にもなるとの試算も出されており、この先全世界で供給できる食料量に変化がないと仮定すると、需要が大きく上回ってしまうような数だ。同時に異常気象、地球温暖化などの問題も発生している。これらの影響を受けて国際食品価格が高騰した場合、日本が輸入できる量は必然的に減少する。すなわち国民への食料安定供給が難しくなる。

原因は外に限らず、国内にも存在する。第二次世界大戦以降、日本国民の食生活は変化した。自給率の比較的高いコメ・野菜中心の生活から、肉や卵、小麦をより多く使う生活へ、すなわち欧米化した。結果、コメの消費が減り畜産物の消費は増え、また畜産物や油脂の生産のために大量の穀物や原料を海外から輸入することで自給率は低下した。農水省のホームページ[3]によると平成22年度のカロリーベース総合食料自給率では55%が、生産額ベース総合食料自給率では15%の畜産物が輸入飼料を使って生産されている。

 大量に輸入している半面、大量に捨てているという食料廃棄の問題もある。多くの食品が食卓または小売店に上っても廃棄されている。消費の簡略化、多品目少量消費を象徴している。

 

 

3.食料生産目から見た原因

 

 低下の要因は生産面にもある。日本の国土は山間部が多く、大規模平野が少ない。エネルギー資源にも乏しいことから(原子力を除くとエネルギー資源の自給率はわずか4%)単位収穫量の高い水稲栽培が適していた。また小麦・トウモロコシ・大豆には連作障害問題もある。連作障害問題とは[4]「連作に起因する何らかの理由で次第に生育不良となっていく現象」だ。たとえば水稲から転作した場合、休耕または輪作[5]をしなければならず、毎年同じ作付けを行うことは不可能だ。このこともあり日本の農業は食の欧米化に対応できず、自給率は低下した。

 食生活が欧米化し国内農作物の需要が低下したことは、食料供給基盤の低下につながった。農業従事者の高齢化や、たとえば輸出補助金がないことなどの保護水準の低さの問題もてつだい、国内の農地面積や生産者数は減少し続けている[6]

 平成234月に農業者別戸別所得補償制度が制定された。その対象作物は米・麦・大豆・てん菜・でん粉原料用馬鈴薯・そば・菜種である。農家にもいくつか条件があり、兼業化が依然として進んでいることや後継者不足に頭を悩ませていることを考えると、いまだ欧米諸国[7]に比べて農業保護が十分に足りていないと思われる。

 日本に限らず国内農業の保護は各国に共通する問題であり、WTOの農業分野[8]の交渉議長案でも関税を高く保てる「重要品目」が用意されている[9]。日本政府も同様の目的からコメや砂糖、でん粉に関して高関税率での輸入を求めている。ウルグアイ・ラウンド以降、コメは関税の対象となっており[10]2010年現在のコメの関税率は778%である。コメの関税率が大きく取り上げられたのはウルグアイ・ラウンド(GATTの新多角的貿易交渉)だが、のちに開かれたドーハ・ラウンドでは農作物の関税引き下げが議論された。重要品目に指定された場合でも輸入の拡大が求められるのだ。GATTWTOは関税や輸出入制限などの貿易の障壁を取り除き自由で無差別な貿易を促進することを目的としている。そのためWTO(もしくはGATT)体制下では国内ばかりに注目すると外交上よい印象を与えない。国内生産刺激的な施策は展開しにくくなる。実際、日本は大部分の農作物について低関税としており、対象作物の数は米国やEU以上[11]である。

 

 

4.新たな流れ TPP

 

 現在の日本の農業は厳しい状況にあるが、いま新たな局面を迎えようとしている。20065月に発行されたTTPだ。環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)とはブルネイ、チリ、ニュージーランド、シンガポールの4か国が参加する自由貿易協定(FTA)のことだ。サービス、政府調達、知的財産権、協力など対象はモノに限らず多岐に及ぶ。これに200911月米国のオバマ大統領が関与を表明した。市場の拡大(すなわち輸出拡大)、雇用の確保などアメリカにとって参加のメリットは大きい[12]

 繰り返しになるが、日本の関税率は世界でも特出して高いというわけではない。関税がかけられていない非課税品目の割合はアメリカよりも多く35.1%、関税率が050%のものは58.4%であり、50%以上に設定されている品目は全体の5%強にすぎない[13]。農作物に限ってみても世界で飛びぬけて高い課税がかけられているわけでもなく、日本の市場は相当に自由化されているといえる。

 では日本がTPPに参加することでなにが変わるのだろうか。ひとつに海外での商売や日本製品輸出の活性化が挙げられる。しかし他国の国々についても同様のことがいえるため、日本側の輸入増加も考えられる。輸入品の価格低下も予想されている。競争力の強い外国の企業が多く入ってくるとなると、コメのように高関税率をかけ保護の対象となっていた農作物の更なる関税撤廃を求められる可能性がある。新たな貿易ルールの下では遺伝子組み換え食品の表示ルール変更、ルール緩和を求められるかもしれない。そうなると加工食品遺伝子組み換え食品が使用されているかの判別が難しくなる。食の安全性への心配もある。

 

5.自給率とTPPとの関連性

 

 日本にとっては高品質をセールポイントにどんどん海外へ打って出るチャンスだという意見もあるが、東日本大震災以後、福島第一原発の放射能漏れを理由に多くの食品が輸入を制限されていることは無視できない[14]

 自作の農作物が海外で取引されることに奮起され生産量が増加したとしても、国内市場に流通しなければ自給率向上にはつながらないのではないか。依然としてTPP参加への明確な見解を見いだせずにいるが、自給率低下の問題はTPP以前の問題であるように感じる。今後、世界の貿易はより自由に活発に行われるようになると思う。その中で自国の農業や漁業、食品加工業などの食産業をいかに守り発展させていくか。日本の外の問題に対して改善策を考えることも重要だが、内側からの改善なしに問題解決への糸口は見つからないと思う。消費者の一人一人が供給者側の立場に立ち、意識を国内へと向けることで自給率向上へのより具体的な取り組みができるのではないかと考える。

 

 



[1] ここでいう食料自給率は(生産)÷(生産+輸入−輸出)で求められたもの。

[2] hunger free world「世界の飢餓と私の食」

 http://www.hungerfree.net/hunger/whtshunger.html

[3] 農水省「食料自給率の部屋 食料自給表 平成22年度食料自給率をめぐる事情」

 http://www.maff.go.jp/j/zyukyu/zikyu_ritu/pdf/22slide.pdf

[4] Wikipedia「連作」より抜粋

 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%A3%E4%BD%9C

[5] 農水省「食料・農業・農村政策審議会企画部会資料(用語集)」より抜粋

 http://www.maff.go.jp/j/council/seisaku/07/pdf/h160409_07_sanko.pdf

一定年の期間、同じほ場において種類の違う作物を一定の順序で栽培することをいう。労働配分の均衡化、土地利用率の向上、危険の分散といった効果があるほか、土壌伝染性病害虫や雑草の発生抑制、肥料の利用効率の向上、土壌養分のバランス維持による地力の維持増進等を図る効果とされている。

[6] 農水省「統計情報 農業構造動態調査 長期累年統計表一覧」

 http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001061255

[7] 欧米諸国では高関税率、農家への輸出補助金や価格支援政策組合による政府からの保護がある。一方日本では低関税率、輸出補助金がない、価格支持政策が廃止されている。

[8] WTOの前身であるGATTでは規制対象がモノに限定されていたが、WTOではより広い範囲でのサービスや知的財産権等についてもルールが策定されている。またこれらの体制のもと世界経済は持続的に発展してきた。

[9] 朝日新聞 2008717日朝刊6ページより

[10] 農水省「平成18年度食料・農業・農村白書」より一部要約

 http://www.maff.go.jp/j/wpaper/w_maff/h18_h/trend/1/t1_1_1_03.html

関税は国産品と輸入品との生産格差を原因とする競争力格差を補正するために重要であり、WTOでも正しい措置と認められている。日本ではコメ・小麦・乳製品など一部に一定水準の関税を課しており、制限なくかつ大量に輸入されるのを防いでいる。仮にこれらの関税をなくした場合、農業総産出額はその4割にあたる約36千億円減少、自給率は12%まえ低下するといった試算も出されている。

[11] 農水省「平成18年度食料・農業・農村白書 平成18年度食料・農業・農村の動向」

 http://www.maff.go.jp/j/wpaper/w_maff/h18_h/trend/1/t1_1_1_03.html

[12] 石川幸一「環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)の概要と意義」

 http://www.iti.or.jp/kikan81/81ishikawa.pdf

 WikipediaTPPhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%92%B0%E5%A4%AA%E5%B9%B3%E6%B4%8B%E6%88%A6%E7%95%A5%E7%9A%84%E7%B5%8C%E6%B8%88%E9%80%A3%E6%90%BA%E5%8D%94%E5%AE%9A

[13] TPPBOT「日本は本当に鎖国しているのか?―関税率について―」

 http://tppbot.jp/archives/381

[14] TPPBOTTPPをめぐる議論のまとめ」http://tppbot.jp/

 

(※URLいずれも20121月現在のもの)