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林 実李「防災行政無線における情報伝達に、今後どのように対応すべきか。

                      −東日本大震災を体験して−」

1.            はじめに

 

以下の記述は、私が防災行政無線というものに強い関心を持った理由である。

 

「気象庁は地震発生3分後に大津波警報を発令し、1分後に岩手県には高さ3mの津波が来ると予想した。これを受け、岩手県釜石市は「高いところで3m程度の津波が予想されます。海岸付近の方は直ちに近くの高台か避難場所に避難してください。」と市内96カ所の防災行政無線で放送した。その後気象庁は津波の高さの予想を『3m→6m』、さらには『6m→10m以上』に変更したが、釜石市は停電で気象庁情報を伝えるメールを県から受け取ることができなくなっており、この間「3m」で避難を指示する放送を6回繰り返した。市民の中には「津波は3m」と思い込み、2階に避難すれば大丈夫と判断した人が多かった。実際には、釜石港には約9メートルの津波が押し寄せたとみられている。

 

一方同県大船渡市では、当初から津波の高さを言わず、大津波警報の発令と高台への避難のみを呼びかけたため、多くの人が自分の家を出て高台へ避難した。大船渡港を襲った津波は約9.5メートル。同市の死亡・行方不明者は約500人。しかし、釜石市は1300人を超えた。」[1]

 

たったこれだけの記事に、いくつの問題点が浮かび上がっただろうか。情報が正しく、確実に伝えられなかったことによって何人の人が命を落としただろうか。私はこれから、防災行政無線の課題と今後の対策について論じていきたい。

 

 

2.            防災行政無線設置の背景

 

 まず、防災行政無線とは、それぞれの地域における防災、応急救助、災害復旧に関する業務に使用することを主な目的として、併せて、平常時には一般行政事務に使用できる無線局のことである。特に市町村防災行政無線は、同報系(市町村と屋外拡声器や家庭内の戸別受信機を結び、市町村役場から地域住民への災害情報の伝達に活用されている)、移動系(災害現場から市町村役場までの現地災害情報の伝達や広報車による地域住民への情報伝達に活用されている)、テレメーター系(降水量、河川の水位等の観測データを伝送するため、観測所などとの間を接続している)で構成されている。[2] 宇都宮市では「宇都宮市地域防災計画(H23年6月改正)」に基づき利用されている。

 

宇都宮市役所で得られた情報によると、昭和34年9月に大被害を受けた伊勢湾台風の経験から、総合的かつ計画的な防災対策を行うために災害対策基本法が制定され、平成7年1月の阪神・淡路大震災の経験から、大幅な改定を実施した。さらに、昭和39年6月の新潟地震、昭和43年5月の十勝沖地震を契機に、消防庁と都道府県を結ぶ「消防防災無線」及び都道府県と市町村を結ぶ「都道府県防災行政無線」の整備を、昭和53年から「市町村防災行政無線」の整備を開始した。

 

 

3.東日本大震災での情報伝達の問題点

 

今回の震災での問題点を整理すると、前述の記事からも分かるように、@気象庁の「大津波警報」の発表の仕方、A自治体への伝達方法、B防災行政無線での放送の仕方の三つが挙げられる。その中で特にAとBについて考えてみたい。

 

まずAについて、気象庁から県、県から地方自治体への情報伝達は直接的にはメール、間接的にはテレビやラジオで伝えられた。しかし震災の被害に遭ったほとんどの地域は停電していたため、停電後の情報が正確に伝えられることはなかった。なぜ阪神淡路大震災(H7年1月17日)や新潟中越沖地震(H16年10月23日)などの大きな地震を経験しているにもかかわらず、情報伝達の方法がこれほどずさんだったのだろうか。

 

その理由は大きく分けて二つあると考える。一つ目は、あまりにも規模の大きな地震であったため、停電による行政機能の停止を想定した準備が不足していたことである。停電時の発電、発電した電力の貯蔵能力、情報を伝えるべき職員などの災害認識の甘さ、輻輳の問題が今回の震災で一気に顕著化した。

 

二つ目は、それぞれの地域における市町村防災行政無線(同報系)の整備が、コストの問題などにより進んでいないことである。今回のような大震災に備えて整備が100%行き届いていなければならないはずだが、統計[3]を見てみると今回被害の大きかった福島県、宮城県、岩手県の整備率はそれぞれ84.7%、57.1%、73.5%に留まり、また全国的に見ても76.3%と、全体の約4分の1は未整備状態である。栃木県に至ってはたったの48.1%しか整備が行き届いていない。

 

さらにBについては、冒頭に挙げた新聞記事の内容からも分かるように、住民への指示内容が不明確であったこと、放送回数が少なかったこと、音割れで文言が分かりづらかったこと、そして非常時における情報伝達の習熟が足りなかったことなどが課題となった。

 

また住民側からは、避難勧告が伝わってもどのように行動していいかわからないこと、住民が自らの危険性を認識できないこと、切迫性のない段階での行動に限界があることなどが挙げられる。さらに、近年の特徴として、高齢者の要援護者の被災が多いことが問題となっているとともに、避難途中に被災している人が多いのも事実である。

 

適切な避難勧告の発令により住民の迅速・円滑な避難を実現することは、人的被害を最小限に抑えるために最も重要なことである。しかし、私たちがそのような局面を経験することはそれほどなく、また一般的に各種災害対応に精通しているわけでもない。今回の東日本大震災でさえ、被災していない地域ではどこか他人事と考えている人も、少なからずいたのではないだろうか。

 

 

4.            今後の防災行政無線のあり方と、私たちの向き合い方

 

まず、政府や自治体に求められる具体的な措置として、@防災行政無線自体の耐震性の向上、津波の影響を受けない場所への移設を検討すること、A発電機、高容量蓄電池、そしてソーラー、風力などを利用した発電により、無線の非常電源容量を最低24時間確保することが必要である。さらに、元来のアナログからデジタル化への移行、それに伴い全世帯に必ず個別受信機をつけることも重要である。デジタル化のメリット[4]として、災害現場からの映像伝送により早期の避難指示、災害対応が可能になる、避難所をはじめとした様々な場所での、安否情報や食料などの情報交換が迅速化される、あらかじめ入力した文字情報を音声で繰り返す放送が可能になるなどが挙げられる。防災行政無線(同報系)についても先述した通り、これらを実現するには甚大なコストがかかるだろう。個人の負担が増えてしまうかもしれないが、命の安全をより確実に保障するにはそれなりの負担が必要であると思う。

 

さらに、今回の大津波のように緊急の放送をする場合、放送内容に緊迫感を持たせるべきである。効果的な呼びかけ方だけですべての人が避難するわけではなく,避難訓練や防災意識の向上にむけた学習など,災害が起こる前からの取り組みが重要であることは言うまでもない。しかし,災害が起きてしまったときに呼びかける言葉や表現についても,事前に見つめ直し,よりよい工夫をする余地はまだあるのではないか。人間の心理的な捉え方も範囲として含めてしまうかもしれないが、例えば「避難してください。」ではなく「避難せよ。」と語尾を命令形にしただけでも、『普通ではない』『今回は、今までとは違う』というニュアンスが相手に伝わるのではないかと思う。

 

最後に、情報を受け取る側である私たちも、ただ情報が来るのを指をくわえて待っているわけにはいかない。与えられた情報をそのまま鵜呑みにするなどもってのほかである。災害時の防災行政無線は確かに有効な情報伝達手段ではあるが、今回のように政府からの情報が、何らかの要因で自治体に伝わらないことも充分に起こり得る。なので、今後は街全体、自治体全体で大震災を想定した避難場所や防災袋の確認、高齢者の避難練習も含めた防災訓練により一層力を入れるべきだ。どれも当たり前のことだが、災害に遭った時一人でも多くの命を救うために、どれもとても大切なことである。さらに、災害時には防災行政無線の内容も含め、膨大な情報や根も葉もない噂が飛び交い、混乱してしまうかもしれない。したがって、これからは一人ひとりが常に様々な情報にアンテナを張り、その情報を吟味し扱う力を普段から身に付けておくべきである。

 

参考資料



[1] 平成23年4月20日付朝日新聞夕刊より

http://www.asahi.com/national/update/0420/TKY201104200249.html

[2] 総務省、九州総合通信局HP、防災行政無線とは

http://www.soumu.go.jp/soutsu/kyushu/ru/prevention.html

[3] 総務省、電波利用HP、市町村防災行政無線整備状況表(平成23年3月31日現在)

http://www.tele.soumu.go.jp/j/adm/system/trunk/disaster/change/index.htm

[4] 防災行政無線デジタル化 改修計画!(平成23年10月)

http://www.city.kurayoshi.lg.jp/photolib/admin/13278.pdf