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中村祐司「スポーツ基本法の担い手としてのスポーツ推進委員の役割」

 

 

1.スポーツ基本法の制定

 

1961年に成立したスポーツ振興法が50年ぶりに全面改正された。スポーツ振興の「憲法」ともいえるスポーツ基本法(20116月に成立、同年8月に施行。前文と535条で構成)は、これからのスポーツ振興の根幹をなす法律で、その施行に伴って今後、市町村における地域スポーツに影響を及ばすことになる。

そこで、基本法において、とくに市町村のスポーツ行政や身近な地域スポーツに関わるスポーツ推進委員(従来の体育指導委員から名称変更。全国で約53,000)の役割に注目して、その意義や課題を把握する。

 

 

2.スポーツ基本法におけるスポーツ推進委員の位置づけ

 

基本法の前文は、憲法前文に匹敵するのではと思わせるほどの崇高な理念[1]と、「スポーツに親しみ」、「スポーツを楽しみ」、「スポーツを支える活動に参画する」機会の確保を掲げている。基本理念の第2条第2項では、スポーツ団体を「スポーツの振興のための事業を行うことを主たる目的とする団体と定義した上で、関係団体(者)間の相互連携を強調している[2]。同条第3項では、人々の「主体的協働」や世代間・地域間の「交流」がうたわれている[3]。基本法では後述するところのスポーツ推進委員が活躍するスポーツ環境の促進が重要視されているのである。

 

 第5条第1項では、スポーツ団体の「主体的」な取り組みを、同第2項ではスポーツ団体の「運営の透明性の確保」について述べている[4]。スポーツ団体と聞くと、JOCや日本体育協会参加の競技団体やスポーツ少年団、またはプロスポーツの競技団体を容易にイメージするものの、基本法では第21条で「住民が主体的に運営するスポーツ団体」が「地域スポーツクラブ」であると明記している。スポーツ団体はその規模や活動範囲や活動拠点にかかわらず、国家・国際レベルから草の根レベルまで幅広く捉えられているのである。

 

 そして、第32条において、市町村の行政がスポーツ推進委員を委嘱するとした上で、第2項で、「社会的信望」「関心と理解」「熱意と能力」「連絡調整」「実技の指導」「指導及び助言」といったキーワードを用いて、スポーツ推進委員の役割を指摘している[5]

 

 

3.スポーツ関係者相互の連携・協働とスポーツ推進委員

 

 もともと、スポーツ立国戦略(20108)において、スポーツの担い手について、スポーツを「する人」「観る人」「支える(育てる)人」[6]とした斬新な発想があった。基本法は立国戦略の考え方を引き継ぎ、第7条で、スポーツに関係する団体・個人を広範に捉えた上で、相互の連携・協働の重要性を指摘している[7]。この第7条こそが、前文における「好循環」[8]と相俟って、スポーツ推進委員をして、連携・協働実践の結節点にならしめるものだと考えられる。

 

スポーツ推進委員は、旧法の「体育指導委員」からの名称変更に過ぎず、要綱や条例の内容を書き換える作業をすれば事足りるという声もある。しかし、ここで注目したいのは、基本法のスポーツ推進委員には体育指導委員にはなかった新たな役割が加えられた点である。これまでの体育指導委員=スポーツ推進委員とはならない。いわば、新しい役割を担う体育指導委員がこれからのスポーツ推進委員なのである。

 

スポーツ推進委員のイメージは、スポーツの指導や助言のみではなく、あるいは、行政が実施する事業への単なるお手伝い役でもなく、たとえばスポーツ団体や総合型地域スポーツクラブ、さらには学校開放などの運営や各種大会の開催に「主体的」に関わり、運営の担い手として自主的に活動する姿である。与えられたものをこなすのではなく、自らの判断力や決断力が不可欠となる。スポーツ推進委員には、行政や学校、他のスポーツ団体や自治会など地域組織との間のコーディネーターとしての役割も求められる。いわば、スポーツ関連活動を通じた関係者間の連携・協働のコアな存在になり得るのである。

 

 

4.スポーツにおける連携・協働・好循環とは何か

 

 基本法では、「国及び地方公共団体は・・・」で始まる条文数は全35条のうち11あり、実質的に「スポーツ行政基本法」ともいうべき性格を帯びている。スポーツ活動やそのための環境づくりに国や地方が側面支援する内容の法律となっている。

 

地域スポーツにおける連携・協働・好循環の好事例がある。

 

野球の独立リーグである四国アイランドリーグのチーム愛媛は年150超の地域貢献活動(小学生の登下校中のガードマンなど)を行っていた。本来行政が行うべきことを野球チームがやってくれていると認識から、愛媛県・県内20市町の行政は、四国アイランドリーグ愛媛への出資(県が3,000万円、市町が3,000万円)を決定した。野球の独立リーグ)。同じくBCリーグ(Baseball Challenge League)の信濃では、退団選手がスポンサーの大手きのこ会社に就職し、地元の信濃毎日新聞で働く元選手も存在する。愛媛県でも高校・大学の指導者が選手を四国アイランドリーグ愛媛へ送り出す状況が生まれている[9]

 

上記事例は、団体から住民へ、行政から団体へ、団体から市場へ、学校から団体へといった地域スポーツにおける好循環の典型例である。そして、今後の地域スポーツにおける好循環に向けてスポーツ推進委員の果たす役割は大きいと考えられる。

 

 

5.東日本大震災後の栃木県におけるスポーツ関係者の連携・協働

 

 スポーツ推進委員の活動ではないが、大震災後の栃木県においてもスポーツ関係者間の連携・協働の事例は見られる。

 

 20111022日、23日開催の自転車レース「ジャパンカップ」に向け、宇都宮市は日本自転車競技連盟と連携し、放射線量の数値や福島県の避難者受け入れなど、栃木県の安全性を海外に訴えた(事前資料には成田空港や県の放射性物質のデータを英文表記)[10]

 

 市貝中は震災の影響により栃木県内中学校で唯一、校舎などが使用禁止になった。部活動は町の体育施設が集中する同公民館周辺で実施し、室内競技は同公民館に隣接する町農業者トレーニングセンターを週替わりで使用した。県内では小学校でもスポーツ少年団活動に支障が生じ、高根沢阿久津小など他校や町有の施設を利用した[11]

 

宇都宮市サッカー場で、47日、福島県から避難してきた子供たちを対象に、Jリーグ2部の栃木SC選手らによるサッカー教室が開催した[12]

 

宇都宮市の「ビッグツリースポーツクラブ」が地震発生の翌日から被災者を対象に、入浴施設を無料で開放。従業員が県内の断水地域に水を差し入れたり、インストラクターが避難所でストレッチ講座を開催したりした[13]

 

こうした諸事例を見ると、東日本大震災後こそ、基本法でいうところの「関係者相互の連携及び協働」がますます重要になってくるのがわかる。

 

 

6.地域スポーツをめぐるスポーツ基本法の課題

 

 これからは、国のスポーツ基本計画、都道府県のスポーツ推進計画、市町村のスポーツ推進計画が、体系面でも実施面でも、どのように相互の連携を築けるかが、そのプロセスを含めて重要な論点となろう。

 

 すなわち、各々のレベルの計画間関係が、国から都道府県へ、都道府県から市町村へのトップダウン型あるいは統制型でもって管理されていくのか、そうではなくて、市町村から都道府県へ、都道府県から国へのボトムアップ型あるいはコミュニティ自治型でもって推移していくのかの違いである。

 

 基本法では第2章第2節を「多様なスポーツの機会の確保のための環境の整備」として、地域スポーツに関する条文を置き、その次に同章第3節を「競技水準の向上等」として、競技スポーツに関する条文を置いた。節の順番からいえば地域スポーツに力点が置かれたともいえる。もともと自民党と公明党の案では「競技水準の向上等」という項目は第3章第2節に、「スポーツの推進のための基礎的条件の整備等」は第3節に設定されていた。ところが、民主党の希望で地域スポーツ振興をトップ選手強化よりも前に打ち出された背景がある。

 

 また、「住民が主体的に運営する」(21)とは、総合型地域スポーツクラブの考え方そのものでもある。旧法制定以降の時代変容のなかで、もはや行政が上から目線で「措置」するスタンスは財源の面からも、公共を支える協働の視点から取りにくくなっている。本条には、まず住民自身によって努力してほしい、そうした住民自治を基盤とする地域スポーツクラブの活動を国と地方公共団体は側面支援したいという考えが滲み出ている。スポーツ基本法は、国や地方自治体の側面支援をうまく活かして、地域の主人公である私たち一人一人がスポーツ活動を通じ、心豊かで充実した生活を送るよう促しているのである。

 

 



[1] たとえばスポーツ基本法前文の「スポーツを通じて幸福で豊かな生活を営むことは、全ての人々の権利であり・・・」といった内容。

[2][2] 2条第2「スポーツは・・・学校、スポーツ団体(スポーツの振興のための事業を行うことを主たる目的とする団体をいう)、家庭及び地域における活動の相互の連携を図りながら推進・・・」。

[3] 2条第3項「「スポーツは、人々がその居住する地域において、主体的に協働することにより身近に親しむことができるようにするとともに、これを通じて、当該地域における全ての世代の人々の交流が促進され、かつ、地域間の交流の基盤が形成されるものとなるよう・・・」。

[4] 5条第1項「スポーツ団体は、スポーツを行う者の権利利益の保護、心身の健康の保持増進及び安全の確保に配慮しつつ、スポーツの推進に主体的に取り組むよう努める」 同条第2項⇒「スポーツ団体は・・・その運営の透明性の確保を図るとともに、その事業活動に関し自らが遵守すべき基準を作成するよう努める」。

[5] 32条第2「社会的信望があり、スポーツに関する深い関心と理解を有し、・・・熱意と能力の有する者の中からスポーツ推進委員を・・・」「スポーツの推進のための事業の実施に係る連絡調整並びに住民に対するスポーツの実技の指導その他スポーツに関する指導及び助言・・・」。

[6] スポーツ立国戦略「スポーツを実際に『する人』だけではなく、トップレベルの競技大会やプロスポーツの観戦など、スポーツを『観る人』、そして指導者やスポーツボランティアといったスポーツを『支える(育てる)人』」。

[7] 7条「国、独立行政法人、地方公共団体、学校、スポーツ団体及び民間事業者その他の関係者は、基本理念の実現を図るため、相互に連携を図りながら協働するよう努めなければならない」

[8] 前文「地域におけるスポーツを推進する中から優れたスポーツ選手が育まれ、そのスポーツ選手が地域におけるスポーツの推進に寄与することは、スポーツに係る多様な主体の連携と協働による我が国のスポーツの発展を支える好循環をもたらす」。

[9] 「地域スポーツノート 独立考」(朝日新聞朝刊20111021日付)

[10] 「安全性アピール、開催へ」(下野新聞2011527日付)

[11] 「練習場所求め校外へ」(下野新聞2011525日付)

[12] 岩壁峻「競技超え支援の輪」(毎日新聞2011416日付)

[13] 矢萩雅人「栃木の企業力」(読売新聞2011422日付)