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土屋慧「貿易自由化における農業改革政策」

 

 昨年1114日に横浜で開かれたアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議の場において、菅首相は日本の環太平洋経済連携協定(TPP)参加に向けた協議を進めていくことを明らかにした。TPPとは2006年にシンガポール、ニュージーランド、チリ、ブルネイの4カ国間で結ばれた自由貿易協定(FTA)のことだ。農業分野を含め貿易自由化の例外を設けず[i]、即時または10年以内に100%の関税撤廃を目指す内容となっており、労働者の移動や投資自由化、環境、食品安全なども含まれる包括的な枠組みだ。2008年にはオーストラリア、ペルー、次いで2009年にはベトナムとアメリカがTPPへの参加を表明し、TPPが太平洋地域の貿易・経済の新たな枠組みとなる可能性が一気に高まった。昨年10月にはマレーシアが加わり交渉国は9カ国となった。

 

アメリカは今年11月にハワイで開くAPEC 首脳会議に合わせてTPPの交渉妥結を目指しており、昨年12月から今年10月に6回の会合を設定するなどルール策定を急いでいる。TPPについて積極的に議論を行ってこなかった民主党政権だが、こうしたアメリカの動きを受け、ルール策定に乗り遅れることを懸念し「関係国との協議を開始する」との基本方針を打ち出すこととなった。官首相は「日本の復活に必ずプラスになる」と強調しているが、交渉参加の明示を避けるといったあいまいな態度が強い印象を残している。

 

また、TPPに参加した場合の日本経済に与える影響について、農林水産省は農業関連で11.6兆円の損失が発生するとしたのに対し、内閣府は日本の実質GDPが最大0.65%(3.2兆円)押し上げられるとの試算が出された。一方、経済産業省はTPPの不参加で産業界などに10.5兆円の損失が発生すると発表するなど、各府省が異なる前提条件でバラバラの試算を出した。農林水産省の試算は、TPP参加でコメや麦など主要な農産品19品目の関税が撤廃され、戸別補償制度の拡充などの政策をなにも行わなかった場合を前提にしている。経済産業省の試算は、TPPに参加しなかった場合には2020年時点で、自動車と機械産業、電気電子の主要3業種の年間生産額が10.5兆円減り、81.2万人の雇用が失われる内容だ。

 

与党内でも意見は割れており、TPP推進派の前原外相はGDP1.5%しか占めていない1次産業を守るためにかなりの部分が犠牲になっているとの発言をしている。農林水産省からは「TPPなど論外。農業が壊滅する。」という声も上がっている。「平成の開国」と言われるほど大きな時代の変わり目だけに、最も大きな打撃を受けることが懸念される農業分野からは強い反発が起きている。日本は農業資材や人件費も高く、安価で大量な輸入品とでは販売面で不利。国内の農業は立ち行かなくなるとして、全国農業協同組合中央会はTPP参加に対する反対意見書を農林水産省に提出している。

 

どの道、現在の日本の農業に改革のメスを入れない限り参加交渉の日の目を見ることはできない。日本は今年度、戸別所得補償制度を導入し、直接支払いに道を開いたが、現行制度は作付面積に応じて一律支給しているため、生産性の低い小規模農家や兼業農家を温存する「バラマキ」と批判する声は根強くある。コメ市場の部分開放に踏み切った1990年代に、農業対策として総額6兆円のウルグアイ・ラウンド対策費を計上したが、日本の農業の構造転換につながらず無駄遣いに終わったという過去もある。

 

明治学院大教授の神門氏は日本の土地利用の無秩序さを指摘している1)。軽い税負担により、節税策や転売目的で農地を所有するケースが目立ち、耕作放棄されている。この背景には、農地の売買や転用を記録する農地基本台帳の記載のずさんさがあるという。極端な話では、実際は駐車場なのに農地とされているような例もある。農地の所有者と耕作者を特定する「検地」を全国で行い台帳を作り直す必要がありそうだ。

 

また貿易自由化に向けた農業の競争力強化の一環として昨年12月、政府は農家の戸別所得補償制度にコメや畑作物を対象とした「規模加算」を導入する方針を決めたが、農地を拡大したい農家を後押しする効果はあるが、農地を手放す側にはメリットは薄い。したがって、転売目的の農地所有などの根本的解決にはなりそうにない。規模加算の概要は、耕作地の拡大10アールごとに2万円を交付するものだ。明治学院大教授の神門氏は転売目的で農地を維持している小規模農家を「偽装農家」と表現している。農作物の中でも稲作は機械化が進んでおり、偽装農家には最も都合のいい作物だという。この稲作に対して戸別所得補償と称し今年度5600億円の予算が投じられている。稲作の在りかたが日本の農業に与える影響は大きい。

 

日本は高関税で自国の農業を守っているが、コメには778%という関税がかけられている。コメは長らく輸入を禁止していたが、外国からの圧力により高い関税を課すことを条件に、1995年から量を限り輸入を始めたという経緯がある。長い間守られ続け、弱体化してきた稲作にとって貿易自由化に伴う関税撤廃は大きなターニングポイントだ。

 

日本のコメは価格も消費量も落ち続けている。特に昨年の10月は米価下落のニュースが大きく取り上げられていた。原因は供給過剰にある。コメの消費量の減少や前年産のコメの売れ残り増加などによって需給のバランスが崩れているためだ。全国の需要見通しは805万トンで、10年産の国の目標数量813万トンを下回る。これに対して、供給面では09年産の在庫の持ち越しが35万トンあり、10年産の過剰作付も18万トンに上るとみられ、約60万トンの過剰供給が生じる計算だ。

 

さらにコメが栄養分を蓄える時期に猛暑日が続き、一部の粒が白く濁ったり、ひび割れしたりといった現象が起きた。このことによって、1等米の比率が64.4%1999年以降最低となった。等級が低く価格の安いコメの割合が高まれば、農家の収入は減る。今年度から導入された農家の戸別所得補償制度によって米価の下落分は手当てされるが、この戸別所得補償制度にかこつけて値切りに出る業者が出てきた。戸別所得補償制度の概要としては、コメの作付面積10アールあたり15千円交付され、値下がり分も補填される。

 

農林水産省の調べによると、農家などの約1割が戸別所得補償制度で補償金が出ることを理由に、流通業者などから引き取り価格の値引きを要請されたことがわかった。調査は大規模農家や出荷業者など74事業者に行い、そのうち8事業者が値引きを要求され2事業者が値引きに応じた。値引きに応じたのが2事業者だけで、コメの価格の下落との因果関係は不明だが、このまま価格下落が続けば、戸別所得補償制度ではまかないきれないほどの、農家の収入減少や、来年産の生産規模の縮小などの可能性も出てくる。これでは競争力強化とは逆行してしまっている。さらにコメの生産調整(減反)も絡んでコメ農家にとっては厳しい状況が強いられそうだ。

 

農業政策とは関係ないが、耕作放棄地を活用し楽しみながら農業をしている人々もいる。中山間地の耕作放棄地を活用して農業体験の場を提供している農業生産法人「hototo」(山梨県山梨市)では12日で年間12回、野菜栽培や稲作などの流れを一通り学べる「週末農業実践スクール」には都内から就農を考える人々が参加している。また、個人で耕作放棄地を借り、平日都内で仕事をして休日を利用してコメの栽培を行っている男性もいる。彼の元には、ほかに仕事を持つ人たちや家族連れらが「援農」にやってくる2)。このように土地利用形態や農業の在り方が多様化する一方で、補助金だけの政策ではそこが尽きるのも時間の問題だと思う。貿易自由化という言葉に焦らされず、実態を正確に把握したうえで政策を実行してほしいと思う。

 

参考文献:読売新聞2010101~1231日分

     朝日新聞201012317面(授業資料)



1)    読売新聞201012616

2)    同上2010103117