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板谷洋介「さきがけ号発進」〜宇都宮市清原地区・地域内交通の未来〜

 

1.     地域内交通ってなんだろう

 

ある日の午後、とあるスーパーマーケットの駐車場に一台のジャンボタクシーがゆっくりとやってきた。正面には“清原さきがけ号”とある。この“清原さきがけ号”は宇都宮市東部にある清原地区を走る循環バスなのだが、私の知る路線バスとは些か趣が異なるものである。この“清原さきがけ号”は現在、清原地区の住民の重要な生活の交通手段として活躍しているという。

 

現在、日本各地の地域社会で同じような公共交通機関が生まれているという。地域内交通、もしくはデマンド交通と呼ばれている限定された地域内で運行されている交通機関で、その導入の形態はさまざまであるという。例えば、この清原地区のような主要交通路線からの支線として地域を循環するマイクロバスである。あるいは定時運行の乗り合いタクシーというかたちで運行されているものもある。

 

いずれも利用者の利便性が重視され、安価で安心な地域の交通として活躍している。これらの地域内交通が、なぜ、どのように導入されていったのかを調査し、その全容を報告すると共に地域社会の未来像を考察する。

 

 

2.     さまざまな困難が地域を襲っている

 

 地域内交通が導入されている地方・地域の、社会的背景と特徴を確認しておく。

 

まず、代表的な問題として挙げられるのは過疎問題であろう。第二次世界大戦後の復興期から高度経済成長期を経て現在に至るまで、都市部中心の国土開発がおこなわれた。その結果、東京に代表されるような各地方の中心都市に人口が集中し、遠隔地ほど人口が流出して過疎となっていった。

 

また、2000年に大規模小売店舗立地法が施行されたため、地方小売業の商環境が大きく変わっていく。それまで、地域経済の基盤とされていた個人商店を中心とする商業形態は、企業の進出による複合型大型商業施設に飲み込まれていくことになる。その上、近年の不況により、採算の合わない大型店舗が撤退し、新たな企業戦略によって別の郊外型の大型ショッピングエリアが作られたりしている。このように、目まぐるしく変わる生活圏の変容に取り残され、地域社会はますます疲弊していくとともに、交通弱者と呼ばれる人々が多く生まれることとなる。

 

経済発展を遂げ、豊かになった日本の陰に、地方に襲いかかった困難もある。車社会の到来である。道路交通網の整備が進むとともに、豊かになった日本人の多くが車を交通の中心とする生活となった影響も大きいであろう。日本経済の発展にともない、一家に一台といわれていた自家用車の普及は、現在の地方では一人に一台といわれるまでになり、車無しでは生活が成り立たないといっても過言ではない。そんな車社会意では、車を持たない人、運転が出来ない人たちは、不自由な暮らしを余儀なくされてしまうのである。

 

同時に、今日迎えた少子高齢化も、地方の過疎地域ほど大きな問題となっている。ここ数年、お年寄りたちの車の運転に関して交通事故やトラブルが急増したため、車の運転免許を更新できないという制度が導入され、車の運転ができなくなる人が増えている。また、核家族化が進んだ現代では、買い物や病院への移動などに家族などの補助が無い人たちも増え、“買い物難民”という言葉まで生まれるほど不自由な生活を送っている人が急増している。

 

実際、“清原さきがけ号”が走る清原地区では、平成6年に路線バスが廃止となって以降、地域住民、特にお年寄りたちは、大変不自由な状況に追い込まれたそうである。買い物や病院にいくためにタクシーを呼んだり、近所の人に頼んで目的地まで乗せていってもらったりしていたという。一度の外出で往復のタクシー代が約1500円。年金だけで生活をしているお年寄りたちにとって、この負担はどれほどのものであったであろうか。

 

 

3.     地域住民の組織と行政が導入する新たな交通システム

 

このように窮地に立たされた地方地域の窮状を打開すべく生まれたのが地域内交通である。清原地区では地元の七つの自治会が主導し、平成18年に地域内交通についてのアンケートを行った。そして翌平成19年に運営協議会を設立し、住民説明会と運行事業者の選定を経て、試験運行を行った。もちろん、この運行に至るまでには、宇都宮市役所・総合政策部交通政策課の協力や、地元老人会の精力的な活動があったとのことである。実施地域を決定し、運行計画や運営費用のことを話し合った。また、一部の人からの反対意見もあったという。それらの問題を一つ一つ話し合って解決しながら計画を進め、平成20年8月、ついに“清原さきがけ号”の本格運行が開始された。栃木県内初の地域内交通の誕生である。

 

現在、“清原さきがけ号”は一日8便が定時定路形式(決まった時間に決まったコースを走る)で運行されている。利用料金は、大人一回150円のほか、一ヶ月定期で2000円、8回分回数券が1000円という料金設定である。運行に関する費用は、これらの利用料金と合わせて地元自治会や企業・個人が出資し、足りない分を宇都宮市が補助するという形式である。更に、運営協議会では現在でも月に一度の会議を行い、運行ルートの見直しや便数の検討、料金設定の改定などを行っている。また、利用者へのアンケートも定期的に行われており、運行事業者からのアドバイスなども合わせて、話し合いがおこなわれているという。実際、新たな停留所が設置や、それにともなう運行ルートの変更もなされている。“清原さきがけ号”は、現在も更に便利な生活の足へと発展し続けてているのである。

 

近年では、清原地区と同様に交通の不便な地域が多くあるのが現状である。そんな地域に地域内交通を導入するためのサポートをおこなう団体もある。全国デマンド交通システム導入機関連絡協議会では、地域住民・地方自治体・商工業者・交通事業者に対し、それぞれのメリットをアピールして導入を勧めている。そのホームページでは、商工会やNPO法人による運行ケースや自治体が主体となる運行ケースなどを紹介し、その導入までのステップや、その運営方法について説明している。過去の実績を確認してみると、この協議会により、実に37の地域で導入されており、活躍している。

 

ここで紹介されている以外にも、デマンド交通は多くの地方公共交通空白地帯で導入されており、地域住民の生活を助け、地域活性化に役立っているのである。

 

 

4.     年の瀬の清原地区を訪れて

 

こうして導入され、活躍している“清原さきがけ号”を実際に自らの目で見てみたくなり、実際に清原地区を訪れてみた。年の瀬の暮れなずむ時間帯に、表通りからゆっくりと現れた“清原さきがけ号”は、威風堂々として格好良かった。

 

スーパーマーケット前のバス停となっている場所には、現在の運行情報と併せて、月例会で新たに決まったことや変更になった時刻表、新しいバス停が設置されたことを、楽しげな瓦版のようなチラシで知らせている。また、この運営に協賛している企業や商店、個人名がA4の用紙にずらりと紹介されており、その数企業・商店が41、個人名が49にも及んでいる。まさに、地域による地域の為の地域内交通である。

 

宇都宮市役所・総合政策部交通政策課を訪問して話しを聞いた際、担当者の渡辺さんから、とても興味深く楽しい話をいくつも伺った。利用者からの希望で接骨院前にバス停を設けたら、利用者が急増したこと。隣接する板戸町では定時運行タクシーによる、ドアからドアへのデマンド交通が導入されていること。中でも一番印象的だったのは、「話し合いのたびに、お年寄りの皆さんが元気に明るくなっていくんですよね。運行が始まってからは、お出掛けが楽しくなったとか、お友達が増えたとか。車内はまるで井戸端会議のようだとおっしゃっていました。毎回、楽しい報告を聞かせてくださるんです。」との話しであった。

 

“清原さきがけ号”の導入は、地域社会の活性化のみならず、地域の住民の心も活性化したのである。

 

 

5.     未来への発進

 

この“清原さきがけ号”の例は、現在の少子高齢化社会と過疎問題に対する、一つの答えであることは間違いない。そして、その効果の一つにある地域と人々の活性化は、これからの地域社会の方向性を示唆するものではなかろうか。地域の問題を、地域で話し合って解決することは、地域社会には必要であり不可欠な要素である。明るい未来は、自らが能動的に行動を起こしてこそ得られる。私たち市民は、自分たちの住む地域の問題に対して正面から向き合い、一つ一つ取り組んでいくことが大切なのだ。幸せは歩いてこない、だから歩いてゆくのである。

 

 

  取材協力

  宇都宮市・総合政策部交通政策課

  かましんテクノ店

 

  参考HP

宇都宮市HP・清原さきがけ号(2011115日最終閲覧)

http://www.city.utsunomiya.tochigi.jp/kotsu/buskotsu/10051/010053.html

「持続可能なまちづくり」の先駆け(清原さきがけ号)の発車(2011115日最終閲覧)

http://www.city.utsunomiya.tochigi.jp/dbps_data/_material_/localhost/sougouseisaku/shiseikenkyucenter/ronnsyuu0503.pdf

全国デマンド交通システム導入機関連絡協議会(2011115日最終閲覧)

http://www.demand-kyougikai.jp/