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山本裕理「固定価格買取制度に見る“脱官僚政治”の課題」
2009年2月24日、当時の経済産業大臣は、「太陽光発電に関する新たな買取制度の新設」を発表した[1]。ここで言う「買取制度」とは、本レポートで扱う固定価格買取制度を意味する。経済産業省の出した制度案は、家庭から生じた太陽光発電のうち、余剰電力のみに限定し、電気事業者(主に電力会社)が10年程度にわたって発表当時の2倍の価格で買い取る仕組みであった。同制度導入の決定は、予め定められた法などによって事前に周知されていなかっただけでなく、省内においても前述の経済産業大臣による発表をもって公に導入の準備が始まったことが窺える。その根拠は以下3つの通りである。1つ目は、経済産業省は大臣による発表当日の新聞で、電力会社などに新エネルギー導入目標を課すエネルギー供給構造高度化法を国会に提出し、同法案に買い取り義務化を盛り込んでいたことが報じられていたためだ[2]。ここから、同省は大臣の発表に応じて、急ピッチで制度導入の準備を進めたことが予想できる。2つ目は、大臣による制度導入の発表がなされた翌日(2009年2月25日)、経済産業省が所管する部会で、大臣の突然の行動に対して、「この部会の政策決定が何のためにあったのか」と困惑する声が上がっていた為である[3]。同部会は、それまでの議事録を見ても固定価格買取制度導入に対して否定的な見方をしていた事が分かったため、省内での合意形成がとれていない状態で大臣が発表したことが分かる。3つ目は、冒頭で述べた「買取制度」は、発表当時は具体的な制度内容が決まっておらず、経済産業省は2009年7月から8月にかけての2ヶ月間で内容の詳細決定に結びつける形となった為である。以上で述べた経済産業省の固定価格買取制度導入に結び付けるまでの一連の経緯について、一部の専門家は、「それまで固定価格買取制度を徹底的に無視し否定してきた経産省だが、従来の方針を180度転換したことになる」と指摘している[4]。
一方、2009年2月から8月までの間で日本国内が大いに注目していたのが、2009年8月の衆議院議員総選挙における政権交代の可能性である。ここで政権交代が予想されていた民主党は、マニフェストに「全量買い取り方式の再生可能エネルギーに対する固定価格買取制度を早期に導入」と宣言しており[5]、これは経済産業省の打ち出した「余剰買い取り」を対象とする固定価格買取制度案と異なる制度内容であった。民主党は、政権交代前から“脱官僚政治”を掲げてきた。そのため、民主党の政権交代について、英エコノミスト誌元編集長ビル・エモット氏によれば、「民主党は小泉政権が試みた官邸主導政治を強化しようとしているとみられ、特定省庁の官僚との衝突はあるかもしれない」と懸念されていた[6]。
実際に、2009年9月に民主党が政権交代を果たした後、当時の副総理兼国家戦略相であり、「「脱官僚政治」が持論」であった管氏は[7]、2009年10月31日、家庭の太陽光発電で生じた電力を電力会社がすべて買い取る「全量固定価格買い取り制度」を翌年度から導入する考えを示した[8]。ちょうど管氏の発表と重なる時期に、経済産業省は再生可能エネルギーの全量買取に関するプロジェクトチームを発足した[9]。私は、第3回再生可能エネルギーの全量買取に関するプロジェクトチームヒアリング傍聴に参加したが(2009年12月8日)、余剰買い取りの継続を主張する委員もいる中で、全量買い取りを主張する委員にばかり質問や反対意見が集中する場面があった。“脱官僚政治”を主張する政党に打ち出された「全量固定価格買い取り制度」への移行は、経済産業省にとって難しい印象を受けた。
以上の経緯を見た上で、政権交代における1つの課題が生じる。それは、 “脱官僚政治”を主導しようとする民主党と、旧政権の“官僚政治”からなかなか脱却できない経済産業省の対比である。冒頭で述べた経済産業省の一連の行動の背景についても、“脱官僚政治”への抵抗が強力なインセンティブとなって制度導入へ結びついたのでは、という仮説が浮かぶほどである。
前述のビル氏は、「政策づくりのプロセスで議員がより大きな責任を果たすことは重要だが、それも官僚の協力なしには不可能だ」と述べており[10]、私も同じように考える。民主党が政権交代を果たすことができたのは、旧政権と明確な違いを打ち出すことができたことによるものも大きい。しかし、何かを変えていくにはリスクが伴い、旧体制の混乱や対立が生じることは大いに予想できる。民主党による「全量固定価格買取制度」へ本格的に移行するか否かは、経済産業省の再生可能エネルギーの全量買取に関するプロジェクトチームが議論を進めている最中である現時点(2010年1月時点)では明らかになっていない。2011年度に開始する固定価格買取制度の内容がどう変化するか、大変興味深い点である。
[1] 経済産業省 会見・スピーチ「二階経済産業大臣の閣議後大臣記者会見の概要」
http://www.meti.go.jp/speeches/data_ed/ed090224j.html (2010/01/07閲覧)
[2] 産経新聞、2009年2月24日、「太陽光発電の買い取り義務化 価格2倍で普及促進図る 経産省」
[3] 総合資源エネルギー調査会第31回新エネルギー部会(2009年2月25日開催) 議事録
http://www.meti.go.jp/committee/summary/0004405/gijiroku31.html (2010/01/07閲覧)
[4] 日経エコロミー 飯田哲也のエネルギー・フロネシスを求めて「自然エネルギー普及のカギ、「FIT」制度への改善提言(09/06/01)」
http://eco.nikkei.co.jp/column/iida/article.aspx?id=MMECcm000026052009
(2010/01/08閲覧)
[5] 民主党「民主党の政権政策Manifesto2009」
http://www.dpj.or.jp/special/manifesto2009/pdf/manifesto_2009.pdf (2010/01/07閲覧)
[6] 日本経済新聞、2009年9月5日、朝刊「課題を聞く――英エコノミスト誌元編集長ビル・エモット氏(新政権へ)」
[7] 日本経済新聞、2009年9月17日、朝刊「閣僚の横顔――副総理・国家戦略、菅直人氏。」
[8] 朝日新聞、2009年11月1日、「太陽光発電買い取り全量拡大来年度から 管氏が構想」
[9] 経済産業省「再生可能エネルギーの全量買取に関するプロジェクトチームの動き」
http://www.meti.go.jp/topic/data/091027aj.html (2010/01/07閲覧)
[10] 日本経済新聞、2009年9月5日、朝刊「課題を聞く――英エコノミスト誌元編集長ビル・エモット氏(新政権へ)」