北爪聖也「普天間問題から見る日米同盟」

米軍が他国に駐留する歴史 憲法9条問題

フィリピンでは、1986年に親米マルコス政権を倒して就任したアキノ大統領のもとで対米関係が悪化。相互防衛条約は空洞化した。米西戦争で統治権を得てから通算すると1世紀近く駐留してきた米軍は91年に撤収を決めた。米西戦争とは1896年に起きたアメリカとスペインの歴史である。ルソン島のクラーク空軍基地とスービック海軍基地は米軍にとって国外最大級の軍事施設だった。国防総省はアジア太平洋における安保戦略上不可欠な存在と主張した。だが、当時のホワイトハウスは火山噴火で損傷した施設の再建費も考慮し、南シナ海の防衛線をグアムまで後退した。

軍事力の空白をついたのが中国だ。帰属が不確かな南沙、西沙なでお島々に次々に部隊を送って実効支配をした。あわてたフィリピン政府は米軍呼び戻しに動いたが、米軍は「いまさら」と応じなかった。かろうじて2000年に共同軍事演習が復活した。クラークなどにいた部隊の多くは沖縄に移った。現在は嘉手納空軍基地が国外最大の施設だ。その軍事力が明白になれば東シナ海でも米軍は制海権を失う。沖縄が米軍にとって替えがたい「太平洋の礎石」であることは間違いない。日本にとって東シナ海は相変わらず火の車だ。米財政は現在とても苦しいが、日本が思いやり予算を出していることで米軍は本国にいるよりも日本にいるほうが維持費が安く済む。鳩山政権が掲げる思いやり予算減額が実現すれば、米国で「なぜ我々が日本を防衛しなくてはならないのか」という声が高まるのは確実だ。

日本はアメリカに守ってもらっているので思いやり予算をだすのは仕方がない。しかしそうなるとなぜ日本はアメリカに守ってもらわねばならないのかという考えが出てくる。そうなると憲法9の改憲問題に発展していく。この問題は本当に難しい。憲法9条を世界遺産にという本を読んだけどこの本では憲法9条のすばらしさが書かれている。憲法9条は奇跡のように出来たらしい。なので憲法9条を守っていこうという話なんだが、もちろん憲法9条を維持していくとなったら先ほどの思いやり予算の減額問題に逆戻りする。

話は飛ぶがイスラエルのほうに目を向けてみると興味深い話がある。イスラエルにも米軍があるのだが、イスラエルは日本と逆でそこに米軍が駐留することによって数十億ドルのお金をもらっているのだ。理由はイスラエルがイスラム教ではなく中東で唯一のユダヤ教で、そこに米軍を置くことによって周りの中東諸国ににらみを聞かせられるという理由だ。しかし、日本の場合でもその重要度は変わらないだろう。むしろ中国の台頭で日本の方が重要度が高くなったのではないか。現在中国はアメリカに輸出を多くし、大きな貿易黒字を得、その代わりにアメリカ国債を買っているので昔のような対立関係ではないとはいっても中国のGDPはもうすぐ日本を抜き世界第二位になりさらなる発展をしようとしていて軍事費にかけるお金も増えているので、やはり日本に米軍を置く重要度は高いだろう。

だからといって日本が憲法9条を改正し軍隊をもちアメリカに守ってもらう必要をなくしたとしても思いやり予算を払わなくて済むようになるのか、さらにイスラエルのように米軍が駐留することによってお金がもらえるようになるのか。憲法9条を改憲する利益はここにあるのだろうが実際どうなのだろう。

憲法9条を改憲すれば湾岸戦争の様な時にほかの国と同じように軍隊を派遣できるようになり、日本がもっとも多くお金を出したにもかかわらず小切手外交と言われ批判されるようなこともなくなるだろう。だからといって憲法9条を改憲していいのか。

「憲法9条を世界遺産に」という本を読んだ。爆笑問題の大田と中村という思想家の対談話をまとめたものだ。主に憲法第9条のメリットについて書かれた本である。その内容は憲法第9条は奇跡のように作られたものである。日本の戦争に対して疲弊し、嫌悪している国民の感情とアメリカのこの国を二度と戦争をさせない国にしようという考えが一緒になって出来たものである。憲法第9条にはキチンんとした価値がある。日本国憲法の誕生はあの血塗られた時代に人類が行った一つの奇跡だと思う。この憲法はアメリカに押しつけられたものだというけれど日本人自身が選んだ思想であり、生き方なんだと思う。憲法第9条はある意味人間の限界を超える挑戦だろう。それでも挑戦していく価値はあるんじゃないか。今この時点では絵空事だけど、世界中がこの憲法を持てば人間は一歩進める。それなら、この憲法をもって生きていく価値はあるんじゃないかと思う。日本国憲法の文言を守っていったら現実の国際政治はやっていけないというのは本当。言葉にされた理想なのだから現実に対して何時も有効に働きかけるわけではない。たとえそうでもそういうものを捨ててはいけないんです。そういうものを簡単に捨ててしまったら日本人は大きな心のよりどころを失うと思う。憲法第9条に代わるものをぼくたちが新たに構築するのは不可能だと思う。というような内容だ。

しかし、憲法9条を守っていくとなると日米同盟を継続していき米軍は日本に駐留することになる。

 

日米同盟

歴史を振り返ると、日本が1つの国とこれほど長く同盟国であったことはあまりない。ロシアの南下を防ぐための日英同盟。日露戦争後、英国は日本を封じ込める側に回り、締結21年にして同盟は失効した。日本が英米に宣戦布告したのはそのわずか18年後だ。日米関係も冷戦が終わると隙間風が吹いた。貿易摩擦が激化。先行きを危ぶんだ両政府は96年ソ連に代わる仮想敵を求めて安保再定義へ動いた。新たな目標はアジアの危機への連携対処。念頭に置いたのは北朝鮮や中国だ。日本は自衛隊が本土防衛にと止まらず、より広範囲に活動できるようにするための周辺事態法を制定した。

それから10余年。日米関係は再び岐路に立つ。米国の視線は政経ともに大国へと成長した中国へと向き日本列島の戦略的価値は低下した。米国が自国の最大の買いてである中国と正面衝突する自体はもはや想像しにくい。

米国はアフガニスタンで手一杯だ。大量破壊兵器があるかもしれないといいうだけでイラクに攻め込んだ国が、核武装が明らかな北朝鮮とは直接対話に乗り出した。日米機軸を掲げてきた自民党政権が退場を余儀なくされた背景には、日本国民が内心で抱き始めた「米国は日本を本気で守るのだろうか」という不安感も影響していよう。

日米は別々の道へと歩みだすのか。だが、米国も中国に完全に気を許したのではない。米国を米国たらしめている、民主主義という価値観を共有できない中国との関係はどこまで行っても上滑り間が否めない。

 

日米同盟の価値をどこに見出すのか。中国市場なしにやっていけないのは日本も同じだ。だからこそ人民元の相場改革は日米の共通の利益になる。せっかくの同盟を軍事目的に閉じ込める必要はまったくない。

米国内では弱腰と批判されることが多いオバマ大外交。その特徴をローズ副補佐官は「米国だけでは世界の諸問題を解決できないと認めたことにある」と解説する。

多極化時代に虚勢を張り続けて失敗したブッシュ前政権を教訓にしたとはいえ、米国が誇りにしてきた超大国の看板を降ろすのには大変な勇気が必要だったに間違いない。率直に胸襟をひらいただけに、それにすぐ答えるかどうかがオバマ政権の査定基準だ。

鳩山氏は温暖化ガスの排出削減で世界で最も厳しい目標を打ち出した。だが、それをてこに中国、インドなどの新興国を説き伏せることはできなかった。

昨年9月、日本の政権交代後の最初の日米首脳会談がニューヨークであった。日本は米軍普天間基地の移設問題をすどうりさせるのに忙しくて、米側が提起し@気候変動A核不拡散B感染症――などの問題での連携強化を「合意のための合意」ぐらいにしか思わなかった様だ。

米韓は朝鮮戦争開戦60年に当たる今年、横浜であるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議に出席するためオバマ氏が日本を訪れる11月までに日米も同盟の未来像を描けるか。普天間問題はその1部に過ぎない。

もっと大きな観点で見れば普天間問題も1部のことでしかないというのがよくわかる。日米が共通の利益を得るために(中国が人民元の切り上げをすれば日本の輸出産業にとって大きな利益になる)日米同盟はまだまだ必要なので普天間問題で日米同盟が揺らぐことは無いと中国の識者が言っていたがそのことがよく分かる。共通の利益を達成するためにも普天間問題を解決しなければいけないが、どうすればいいのだろうか。沖縄の人たちの気持ちを無視して日本経済、ひいては世界経済のために日本が妥協すべきなのであろうか。日本人として米国と対等な関係を望んでいる鳩山首相の考えには同意するが米国が簡単に妥協はしないだろう。普天間問題の別件を提案するにしても米国の妥協を引き出すなんらかの政策を打ち出す必要があるだろう。そのためには意見の食い違いが起きている岡田外相、社民党の代表、鳩山首相で話し合いきちんとした方向性を出すべきだ。最悪沖縄の人たちの気持ちを無視することになったとしても早い解決が求められる。