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亀倉秀敏 「2009年の郵政民営化に関する動きから政治を見る」

 

  1. 3次小泉政権から日本郵政株式会社発足まで[1]

      2009年の郵政民営化に関する動きというテーマではあるが、民営化までのアウトラインが必要かと思うのでまとめる。小泉純一郎首相(当時)は郵政民営化の是非を国民に問うとして、2005年夏に衆議院選挙(郵政選挙)を行い、自民党に歴史的大勝をもたらした。その一方で、郵政民営化に反対する同党議員は離党して国民新党などを結成して対抗した。小泉から安倍、福田と政権が変わり、2007年夏の参院選挙により参議院では民主党を中心とする野党勢力が優る(ねじれ国会)という状況下、郵政民営化は着々と準備が進んで2007101日、日本郵政公社は4つの事業会社を持つ日本郵政株式会社に移管された。

 

  1. かんぽの宿問題

         日本郵政グループ発足から1年以上が過ぎた 20081226日、日本郵政は全国各地に点在する保養施設「かんぽの宿」をオリックス不動産(オリックスグループの一)に譲渡すると発表した[2]。これは、多くのかんぽの宿が赤字のため、民営化後5年以内に民間に譲渡するか廃止しなければならないという法律のためである3。内外から約30の投資ファンドなどから入札があったが世界的な景気悪化のため価格交渉が難航し、かんぽの宿で働く社員の雇用維持を最優先してオリックスに譲渡することが決定された(脚注2)。しかしながら、オリックスの会長である宮内義彦氏が政府の規制改革会議などの議長であったことから「出来レース」と国民に受け止められるとして、200916日鳩山邦夫総務大臣(当時)が譲渡に反対を表明した4。この規制改革会議(名称は何度か変更されている)は、郵政民営化や労働者派遣法に関する議論など規制緩和に関する議論が行われた内閣府の組織である5。鳩山総務相の表明に対し、オリックス側は、会長の過去の公職と今回の案件は無関係であると反論した6。しかし、鳩山総務大臣が譲渡の認可に難色を示したため、日本郵政は200941日の譲渡を断念することを129日に表明した(脚注3)。130日鳩山総務相は、かんぽの宿の黒字化の努力を日本郵政に迫りつつ、譲渡を認可しないことを重ねて表明した7

 

  1. 東京中央郵便局再開発問題

  これは、226日の衆議院総務委員会において、鳩山邦夫総務相が東京中央郵便局舎の再開発に反対する答弁を述べたことで話題となった8。東京中央郵便局の局舎は昭和6年に完成したもので、モダニズム建築として国際建築団体DOCOMOMOの日本近代建築20選の一つとなっている9。しかし都心の一等地にあるのでより有効に土地を活用しようと、日本郵政は20086月末、東京駅や皇居など周囲の景観を考慮して外壁は取り残しつつ、局舎を38階建ての高層ビルに再開発することを決定した(脚注8)。しかし決定以前から日本建築学会、日本建築協会といった有識者らや、再開発に反対する超党派の国会議員組織、千代田区議会などから日本郵政に対しては全面保存を、国に対しては重要文化財化を求める動きが見られ(脚注8、9)。200934日鳩山総務相は、有識者と地元住民からなる「東京中央郵便局を重要文化財にする会」から「東京中央郵便局を重要文化財として保存する要望書」を受理した(脚注8)。日本郵政は局舎の老朽化も建て替え理由の一つとしていたが耐震補強工事は既に1996年に行われていたため、鳩山総務相は抜き打ちで視察を行った(脚注8)。当初は計画通りに進めるとしていたが、結果として保存箇所をさらに拡大することとなった(脚注8)。全面保存とならなかったのは、日本郵政の将来の経営状況を考慮してのことである10

 

  1. 新政権による郵政民営化の見直し

 831日の衆議院選挙では、前回の郵政選挙とは対照的に民主党が300議席を確保し、自民党と公明党の連立政権から、民主党、社民党、国民新党の3党連立政権に交代した。新政権は、1020日、郵政民営化の見直し方針を閣議決定した11。この方針は、1026日の臨時国会召集の際に提出された日本郵政(日本郵政は郵便局と郵便事業の持ち株会社である〈脚注1〉)、ゆうちょ銀行、かんぽ生命保険の3社の株売却を凍結する法案や、翌年118日に召集の通常国会で提出される郵政改革法案の柱となるものであった(脚注11)。また、過疎地域で金融サービスが受けられなくなることを避けるために、郵便貯金と簡易保険においての全国一律型サービス(ユニバーサルサービス)を行うことや、全国24千にのぼる郵便局を地域行政の拠点として活用していくことも盛り込まれた(脚注11)。 

 そして日本郵政グループの社長も交代した。これは、当時の西川善文社長が民営化の見直しに理解できないとして20091020日に辞任を表明したことによる12。西川氏の社長辞任は、国民新党の亀井静香代表がうながしていた13。日本郵政は1028日の臨時取締役会で、元大蔵政務次官の斉藤次郎氏を新社長とした新しい体制での再出発を決定した14。西川氏ら7人の取締役は辞任した(脚注14)。斉藤氏は大蔵省の大物官僚として有名で、民主党の小沢一郎幹事長の盟友としても知られ、95年には当時新進党幹事長だった小沢氏とともに「国民福祉税」の設立に尽力したこともある(脚注14、15)。斉藤新社長の起用は、かんぽの宿譲渡問題が起きたことを配慮したもので、財界出身者では公平性を欠くことがあり、郵政民営化見直しが順調になるまでは公の立場の人(官僚出身者)を経営トップとすることが望ましいという政府の方針によるものである16

 臨時国会会期末の2009124日、「日本郵政グループの株式売却を凍結する法律」が可決、成立した(脚注1)。この株式売却の凍結は、郵政民営化見直しの猶予を得るためである(脚注1)。また、政府は郵便配達員による貯金、保険サービスを復活させることを決めた17。さらに、社民党から郵政3事業の一体的に運営させるため、現行の5社体制から3社体制に変えることが提案された18。こうした見直しの動きを盛り込んだ郵政民営化改革法案が、2010118日より開かれる第174回通常国会で提出される。

 

  1. 個人的意見、感想

 まず、かんぽの宿譲渡問題について述べたい。この問題については、譲渡額(約109億円)が本来の土地代と建設費用の合計(約2400億円)と比べて大幅に低いことや、譲渡先の会長が以前公職を務めたことなどを根拠に不透明ではないかと疑念を持つ人が少なくないであろう。しかしながら、前者は景気悪化で価格交渉が難航したということ、かんぽの宿で働く人たちの雇用維持、後者は単に偶然であるということを考えれば、納得がいかないと考える人は少なくなるだろう。だが、譲渡先が1社のみで、他の譲渡希望者が排除されてしまうことが本当に公平であるのかという点において、70あまりのかんぽの宿を一括して譲渡することには納得しがたいと感じる人が多いのではないだろうか。日本郵政グループの株主は財務大臣1人であるが、財務大臣は国民の代表者として株主を担っている。また、日本郵政の客の大半は日本国民であり、民営化されたとはいえ公共性がきわめて高い。したがって、日本郵政はより多くの国民に納得してもらえるようにしなくてはならないと同時に、公平性を護持する義務がある。現在は、凍結法案の可決成立によって株のみならずかんぽの宿などの関連不動産の売却も当面は出来ないが、旧郵政省に逆戻りはさせないという現政府の方針からすれば、いずれは売却される可能性がある。その際は、2008年から2009年にかけての西川善文社長と鳩山邦夫大臣との対立のようなことが起こってはならない。

 次に、東京中央郵便局の再開発問題について。これは典型的な経済の論理と、文化の保存との対立である。例えば公共事業で近いところの鉄道で言えば、高度経済成長期に全国各地で電化が広がり蒸気機関車にかわって電車や新幹線が輸送の主体となり、現在蒸気機関車は真岡鉄道のような一部でしか保存されていないということと同じである。不効率ではあるが文化的な価値を持つ物を経済的な効率性、合理性のあるものに置き換えるということである。昭和初期の貴重な建造物が、一部しか保存されなくなったのは残念なことである。これは民営化される以前から国が保護すれば、完全に保存することが出来た話である。地域住民や専門家からは重要文化財化して保護すべきだという動きがあったにもかかわらず、以前の政権が民営化推進の立場であったことから、日本郵政に不利益が生じないように重要文化財の指定を避けてしまったのだとも受け取れる。確かに、後世に継承されることで高まっていくであったはずの旧局舎の文化的価値は、お金というものさしでは簡単に測れない。しかしそれが、経済効率がもたらす明確ではっきりとした利益と比べて小さいかというと、はなはだ疑問が残る。今回は、保存領域が当初の2倍に拡大されたので、少しでも名残を後世に伝えることに貢献できるだろう。

 新政権による郵政民営化見直しの方向について述べる。私は、この見直しによって、前政権の民営化推進の行き過ぎに歯止めがかけられ、無駄の削減とサービスの向上が両立できるかもしれないと期待している。小泉政権は、郵政事業における赤字道路の建設などの無駄をなくすことに特に力を入れてきた。また移動郵便局車の実験的運用の開始や、日本生命との業務提携によるガン保険の開発など、新たなサービスの導入に積極的になった。その反面で、切手の代金が値上がりしたり、郵便配達員に郵便貯金や簡易生命保険を頼めなくなったりなど、既存サービスの低下がみられた。また、完全な民営化へのプロセスの中でかんぽの宿売却問題が生じるなど、国民から不信を買う出来事もあった。ゆえに、新政権はこの行き過ぎた民営化推進のストッパーとしての役割を果たすであろう。しかしながら、当面は逆行してかつての郵政省のようになるとも考えにくい。今度就任した元大蔵官僚の斉藤新社長は、「天下り」ではないのかと批判されることもしばしばあるが、郵便貯金の預け入れ限度額(1000万円)を緩和させるべきだと政府に求めていく方針である。また、社民党による3社体制への移行の提案や49%の株式売却の構想などもある。したがってスリムかつ公共的な企業となるのではないだろうか。しかし、その実現をはばかりそうな点が2つあると思われる。一つ目は、政権の安定性の問題である。新政権は3党の連立政権であり、例えば郵政民営化においては国民新党の存在が大きい。郵政民営化見直しは国民新党の存在意義であるゆえ、3社体制への移行の容認しないなど、合理化には慎重な慎重な姿勢を崩さない。こうしたことが、足並みの乱れとなって政権運営に悪影響をきたす恐れがある。また、鳩山由紀夫総理大臣の個人献金問題や小沢一郎民主党幹事長の資金管理団体「陸山会」の問題といった、政治と金の問題も危険因子である。2010年夏の参議院選挙などでは、鳩山政権に対する国民の厳しい評価も考えられ、民営化を推進する自民党に逆転されて見直しが頓挫する可能性がある。二つ目は、仮に政権が安定していたとしても、少子高齢化による人口減少のために、収益が上がらない、もしくは下がるという可能性があることだ。この場合、過疎地域の郵便局を閉鎖せざるを得なくなることも十分に考えられる。したがって、新政権には、長期的な予測を行い、移動郵便局車の本格導入などの対応を早期に行っていくことが求められる。

 2009年の郵政民営化に関することだけでも、さまざまな出来事があった。しかし、国民には、それらに対して面倒がって向き合わないことではなく、真摯に向き合ってそれに対する考えを作り出していくことが必要であると、調べていて実感した。

 

〈以下脚注、参考にした情報源を記載。〉



[1] フリー百科辞典ウィキペディア 「郵政民営化」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%83%B5%E6%94%BF%E6%B0%91%E5%96%B6%E5%8C%96

[2]    読売新聞 「かんぽの宿、オリックスへの譲渡正式発表」  20081226



3    MSN産経ニュース 「『かんぽの宿』オリックスへの譲渡を断念」 2009129日 1914http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/090129/plc0901291916011-n1.htm

4    読売新聞 「『かんぽの宿』譲渡、総務相が反対表明」  200917

5   フリー百科辞典ウィキペディア 「規制改革会議http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A6%8F%E5%88%B6%E6%94%B9%E9%9D%A9%E4%BC%9A%E8%AD%B0

6    読売新聞 「『かんぽの宿』譲渡、鳩山総務相に反論オリックス」  200918

7    MSN産経ニュース 「【かんぽの宿譲渡問題】売却反対の鳩山総務相『黒字化努力を』」 2009130日 1216  http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/090130/plc0901301220009-n1.htm

8    フリー百科辞典ウィキペディア 「東京中央郵便局」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E4%B8%AD%E5%A4%AE%E9%83%B5%E4%BE%BF%E5%B1%80

9    MSN産経ニュース 「東京中央郵便局建て替え問題『高層化ありき』強引に」 2009228815http://sankei.jp.msn.com/culture/arts/090228/art0902280817001-n1.htm

10 フリー百科辞典ウィキペディア 「鳩山邦夫」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B3%A9%E5%B1%B1%E9%82%A6%E5%A4%AB

11 asahi.com  郵政民営化の改革方針を閣議決定 20091020112http://www.asahi.com/politics/update/1020/TKY200910200122.html

12 asahi.com  日本郵政・西川社長が辞任表明 20091020日 2137http://www.asahi.com/politics/update/1020/TKY200910200356.html

13 MSN産経ニュース 日本郵政社長は「身を引く」判断を 20099152124http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/090915/plc0909152126017-n1.htm

14 MSN産経ニュース 日本郵政が新体制で発足 200910281253http://sankei.jp.msn.com/economy/finance/091028/fnc0910281254015-n1.htm

15 国民福祉税は、当時3%だった消費税を7%に引き上げ、福祉目的で利用するというもの。しかし、この構想は突如浮上したものであったため、連立与党内(特に社会党)から寝耳に水などと批判が相次ぎ、即座に撤回された。(フリー百科辞典 ウィキペディア 「細川護煕」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%B0%E5%B7%9D%E8%AD%B7%E7%85%95  より)

16 MSN産経ニュース 企業と関係ない人が適切 200910251310http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/091025/stt0910251310003-n1.htm

17  読売新聞 郵便配達員の貯金・保険兼務サービス復活へ 20091211

18  毎日新聞 郵政民営化見直し:社民、3社制提案 20091219日 東京朝刊