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野村俊介「宇都宮市におけるLRT導入の意義」

 

19世紀の後半にイギリスで技術革命が起こりました。そして、それにより今までの生活スタイルが大きく変化していきました。また、20世紀には化石燃料の使用に依存した大量生産、大量消費、大量破棄社会へと移行していきました。その結果、現在に大きな問題を残しています。例えば環境問題があります。オゾン層破壊や地球温暖化など容易には解決できない問題が山積みとなっています。そのため、現在、世界中で環境問題が注目されています。例えば、2007年のノーベル平和賞を取ったのも「不都合な真実」で有名になったアル・ゴア氏とIPCC(気候変動に関する政府間パネル)ということからも世界中が環境問題に注目していることが伺えます。

また、今年2008年は京都議定書の義務が加わる年になりました。京都議定書の骨子は「先進国は地球温暖化を防ぐために温室効果ガスを基準年比で2008年から2012年の間に削減する。」というものです。つまり、これからの開発では環境に配慮した開発が必要になってきます。環境に配慮する町づくりの中で交通需要管理(TDM)という考え方が注目されています。つまりはこれまでの車の増加に対して道路を整備する交通需要対応策から、車の使用を抑制して、限られた都市空間での都市機能の維持を図ろうとする考え方です。このTDMの考え方を実行するための一つの手段としてLRTの導入が様々な自治体で検討されています。

LRTとは「Light Rail Transit 」の略称で、日本語ではライトレールと呼ばれています。新しい交通システムのひとつで、従来の路面電車とは性能や、環境面で大きく向上しています。また、最近川崎重工業開発した「SWIMO」というバッテリー駆動式のものも出てきて、架線を必要としないものも出現しました。

LRTを導入する理由としては、環境に配慮した開発をする、ユニバーサルデザインの社会を構築する、そして持続可能な経済発展をするという3点です。まず、環境に配慮した開発を考えてみたいと思います。車社会と比較して温室効果ガスの排出量が大幅に減少します。LRTと車を環境負荷の面で比較すると、エネルギーの面では自家用車の12分の1、バスと比較しても3分の1程度の負荷になります。また二酸化炭素の排出量で比べても自家用車の6分の1、バスと比較しても3分の1になるという研究結果もでています。また、京都議定書の中にはCO2の排出権の売り買いが認められていて、先進国の中には国家戦略の一つとして考えられている国もあります。つまり、CO2排出の少ない街づくりはこれからの社会にとって目標となります。そのためにLRTを中心軸とした街づくりはこれからの街づくりの見本になっていくはずです。

次にユニバーサルデザインの社会の構築について考えてみたいと思います。今の日本は少子高齢化社会と叫ばれています。車での移動を前提とした「車社会」では高齢者の人や障害を持った人では生活しにくいものになってしまいます。そこでLRTを導入すれば段差の無い交通機関として利用することができます。その一例として、熊本の超低床路面電車の導入の話があります。この熊本では障害者運動と路面電車が結びつきました。それはノンステップ車両が出現したからです。ノンステップ車両だと障害者が自分ひとりで乗れます。交通機関に一人で乗れるということは、自立した生活の第一歩を踏み出すという意味では重要なものになります。それは、ノーマライゼーションという、すべての障害者や高齢者が健常者と同じ生活水準・生活様式を提供することを目指す理念の第一歩にもつながります。

また、宇都宮市では、周辺の都市がベッドタウン化しているので、都心部に車での通勤が大幅に増加して渋滞が慢性化しています。そうなると、便利なはずの車での交通が渋滞などを引き起こして逆に不便な交通手段となっています。LRTを導入して交通量を制御すれば、渋滞の量も減少するはずです。

最後に経済の発展について考えてみたいと思います。まず、これからの日本では高齢者の割合が大きくなります。クルマでの移動を前提とした車社会の中では、高齢者が不利になっていきます。そうなると、あまり外出しなくなりお金を使う機会も減っていきます。しかし、気軽に乗れる公共交通があれば、高齢者の方々も町の中心部に行って買い物などの経済活動に参加することができます。また、トランジットモールと呼ばれるものも考えられます。これは歩行者天国の地帯を作り、そこに商店街を作る、そしてLRTなどの公共交通機関が水平方向のエレベーターのような役割をするというものです。また、経営面については、日本では考えにくいことですが、諸外国では公共交通に対して充実した助成制度があります。つまり、先進国ではバスなどの公共交通は「都市の装置」として必要性を認め、低い運賃水準で公共交通に誘導しています。つまり、諸外国では公共交通に対して黒字での運用はあまり求めていないといえます。LRTを導入する上で、こういったものを参考にする必要があると思います。

それから、海外の成功例ではフランス東部の都市ストラスブールでの成功があります。この都市は199411月にLRTを導入しました。この都市では長い間LRTの導入の是非が政治的に争われていましたが、推進派の市長が当選したことにより、大きく導入へ傾きました。ストラスブールは都市圏全体で50万人弱の人口を擁する、フランスでも大都市のひとつです。宇都宮市の人口が50万人程度だと考えれば同じような状況だと言えます。また、典型的な車社会であり、ある年の調査では、通勤交通手段の割合は自動車73%に対して公共交通機関は11%しかありませんでした。この新市長は住民との対話を徹底して単に車を追放するのではない根本的なまちづくり計画を発表しました。

この計画では、それまで都心を貫いていた幹線道路の代わりにバイパスをつくり、その道路をトランジットモールに転換しました。また、それを中心に中心市街地全体の自動車通行を大幅に規制し、中心の広場を歩行者空間として再生しました。特色ある車両が都心を走行する姿は、トランジットモールで周辺の意建物と調和した停留所をはじめとする施設が工夫されていることと併せて、町の景観を高めています。また、都心の周辺や郊外ではLRTの駅に隣接して大型駐車場が配備されています。車をこの駐車場においてLRTで町の中心に行くという交通手段が取られています。

こうした交通計画を遂行するための財源として「交通負担金」という制度があります。これはこのような交通整備を行ったことにより恩恵を受ける企業から税金を取るといったものです。これによってほぼ3分の1の費用が賄えたことがLRT導入のカギを握ったとも言われています。LRTの導入によりストラスブールでは公共交通の利用者は43%も増加し、都心の歩行者も20%以上の増加、都心での買い物が36%も増加したといわれています。

LRTを導入する意義は以上のように示してきましたが、導入して成功するためにはいくつかの課題があります。例えば、イギリスのシェフィールドでのLRTの導入は成功とは言い難いものになっています。理由としては、バス事業者と連携が図れずに、競争関係に陥ってしまいました。結果としてLRTは基幹交通システムとしての位置づけではなく、単なる公共交通の一路線としての扱いにとどまってしまいました。このシェフィールドでの失敗はライトレールを導入するだけではその機能を生かすことができないということです。仮に、宇都宮でライトレールを導入しても従来の路面電車のように運用してしまっては、失敗するだけです。つまり、いくら車両が新しくなり、低床車となったとしても、それだけで都市が抱える課題が解決できるわけでは無いのです。

上記のように、先進国でLRTを導入して成功している国、地域では都市をコンパクトな形にすることで、活性化や都市環境の改善を図り、持続可能な街づくりをすすめようという動きと連動しています。つまり、バスなどの公共交通機関と連携をとって乗り換えなどで不自由がないように調整したり、交通需要の調節などをして、自動車に交通手段の大部分を任せることがないように公共交通機関を便利に使いやすく整備しているからこそ、ライトレールがまちづくり支援施設として重要な役割を果たしているのです。

宇都宮市で路面電車を海外のライトレールなみに整備するためには、解決しなければならない課題が多くあります。ライトレール導入に成功するためには、自治体が明確な戦略とそれを実行する強い信念、住民の理解などが必要であることを海外での成功例は示しています。また、LRTの導入はこれまでの20世紀型の社会から脱却して、「持続可能な開発」を主とした21世紀型の社会へと移行するという意味もあります。

 

 

参考資料

路面電車とまちづくり RACDA編著 学芸社出版

LRTが京都を救う 土居靖範、近藤宏一、榎田基明 著 つむぎ出版

栃木から世界をのぞく 宇都宮大学環境ガイド編集委員会編 下野新聞新書

新交通システムについてQA

http://www.city.utsunomiya.tochigi.jp/kotsu/shinkotsu/003477.html