070115Nanjom
南條緑「京都議定書〜京都メカニズムについて〜」
京都議定書は1997年12月、京都で開かれた気候変動に関する国際連合枠組条約第三回締約国会議において採択された。これまで全く自由だった大気への排出を制限しようという、国益の衝突を乗り越えて成立した歴史的な合意である。京都議定書には様々な規定があるが、ここでは京都メカニズムについて取り上げたいと思う。
京都メカニズムとは、温室効果ガス削減数値目標の達成を容易にするための柔軟性措置のことで、共同実施(Joint Implementation :JI)、クリーン開発メカニズム(Clean Development Mechanism :CDM)、排出権取引(Emission Trading :ET)という3つのメカニズムのことである。
個々に簡単に説明すると、まず共同実施についてだが、地球温暖化対策にあたり先進国(附属書T締約国)同士が共同で温室効果ガスの排出削減や吸収のプロジェクトを実施し、投資国が自国の数値目標の達成のためにその排出削減単位をクレジットとして獲得できる仕組みである。
クリーン開発メカニズムとは、共同実施と似ているが、先進国(附属書T締約国)と途上国(非附属書T締約国)が共同で温室効果ガス削減プロジェクトを途上国において実施し、そこで生じた削減分の一部を先進国がクレジットとして得て、自国の削減に充当できるという仕組みである。具体的なルール作りが難航したが、2001年のモロッコのマラケシュで開催されたCOP7において、運用に関するルールが決められた(マラケシュ合意)。このとき、クリーン開発メカニズムの監視体制の議論も行なわれ、国連の選んだ第三者機関による検証が義務付けられた。先進国が途上国から削減量を獲得しようと計画している場合、国連の認めた第三者機関が評価や検証を行い、企業はこの第三者機関の認証を得なければ削減量を獲得できないことになっている。
排出権取引とは、先進国(付属書T締約国)の温室効果ガス排出削減量が京都議定書の定める所の削減目標を達成し、更に削減できた場合に、その余剰分を対価として他国へ売却できる仕組みである(または逆の場合には購入する)。2002年にはすでにイギリスに二酸化炭素を売買する市場ができており、2008年には世界にその市場が進出するとの事だ。
京都議定書では、2008年から実際に排出量削減の義務が生じるのだが、日本では目標値の達成に向けて各企業に具体的な削減目標値を課すことも考慮に入れられている(イギリスなどでは既に各企業に具体的な目標値が出されていて、それに対し企業側も動いている)。日本での削減義務に最も強い危機感を持っているのは電力業界である。電力業界の排出量は日本の排出量の実に10%を占めているのだが、削減努力はすでに限界に達しているというのだ。省エネ効果の高い技術はすべて導入済みで、石油・石炭に比べて二酸化炭素発生量の少ない天然ガスへの燃料転換も進めてきた。また、日常の細かい省エネ努力も徹底されていて、電気を送る過程で発生していたロスも限界まで減らしてきた。ある研究機関の試算によれば、国内だけで二酸化炭素排出量を削減しようとすれば、そのコストはEUの1.5倍、途上国の10倍にもなるという。
クリーン開発メカニズムは、このように省エネ技術などにおいては世界のトップクラスに座しており、自らの事業において更なる温室効果ガス排出量の削減がさほど見込めない、または費用対策として1トン削減するにも膨大な費用・技術革新が必要となるような国において有効である。京都議定書ではクリーン開発メカニズムはあくまで補完的な手段とされているが、日本では頼みの綱となっているのが現実である。
また、排出権取引は「二酸化炭素を減らせば減らすほど有利になる」と企業の環境対策を後押ししている。イギリスのロンドン郊外のガソリンスタンドでは、必要な電力の半分を備え付けている風力発電装置や屋根に取り付けた設備による太陽光発電によってまかなっている。それらの設備の建設費用はかさむが、後に削減できた二酸化炭素排出量を市場に売りに出したときの利益を見込んでのことである。
しかし、こうした方法が実際にどこまで地球温暖化問題の対策として有効なのか疑問の声も多い。多くの環境団体によって指摘されているのが、二酸化炭素の削減量が現実よりも多く計算され、「偽りの削減量」が生み出される可能性が高いということである。放っておけば、企業や政府でさえも意図的に二酸化炭素削減量を多く見積もるだろう。そうすれば、実際には二酸化炭素量は減るどころか増加してしまう。
たとえばある二酸化炭素削減プロジェクトを実施しようとするとき、そのプロジェクトを行なうことによってどの資源が節約されるのかということが重要になってくる。そのプロジェクトによって石油や石炭が節約されるということにして、削減できる二酸化炭素量を計算するとその量は大きくなる。しかし、石油や石炭ではなく天然ガスや水力などの自然エネルギーが節約できるとすると、削減できる二酸化炭素量は石油や石炭が節約できるとしたときよりも大幅に少なくなってしまう。ここで監査の目がなければ、プロジェクトを計画している企業はいくらでも削減量を多く見積もることができる。
前述した通り、クリーン開発メカニズムのプロジェクトには国連が認めた第三者機関の認証が必要なのだが、企業の削減プロジェクトが温暖化の対策として有効に働くのかどうかは第三者機関による検証が今後どこまで厳正に行なわれるかにかかっているのだ。
また、プロジェクト自体に問題がなくても、二酸化炭素の排出量が増えてしまう場合として次のような事例がある。
オーストラリアのある地域では、クリーン開発メカニズムにより先進国の企業の投資で二酸化炭素削減のための植林が行なわれていた。しかしその周辺の森林ではまったく逆の事態が起きていた。大規模な原生林の伐採が行なわれていたのだ。しかも、その伐採を行なっていたのは企業の依頼により植林を請け負ったのと同じ現地の木材会社だった。NGOの見解では、その木材会社が植林で得た収入を元手に経営の規模を拡大し、原生林の伐採範囲を広げているとの事だ。
二酸化炭素を削減するプロジェクトの影響で、別の場所では二酸化炭素が増える。こうした事態を考慮に入れないと本当の削減量は分からないとNGOは主張している。
しかし、例えば上記のような事態を果たしてプロジェクトに投資しようとする段階で予想することができるだろうか。もし仮に予想することができたとしても、そこで企業は投資をやめるだろうか。答えは「否」だと私は思う。企業が投資する目的はあくまで自社に課せられた二酸化炭素の削減目標値の達成だ。本当の意味での二酸化炭素排出量の削減ではない。また、国連に認められた第三者機関がその事態を予想できたとしても、そのプロジェクトの認証を拒む材料に成り得るのかと考えるとその可能性は低いと思う。プロジェクト後の現地の会社の経営方針を見抜くのは困難だし、見抜けたとしてもその会社に二酸化炭素排出量の削減が課せられていない限り、そこに干渉するだけの権限を第三者機関は持っていないはずだからである。
クリーン開発メカニズムは先進国と途上国の利害が一致した画期的なシステムだとは思うが、上記のように削減しようとする場所とは別の場所で二酸化炭素が増えてしまうことは十分にあり得るし、また削減できるとする二酸化炭素量の計算でも対処しきれないケースが今後出てくるように思う。
排出量取引では、最近では企業だけではなく個人も市場に参加している。「カーボン・ニュートラル(二酸化炭素の相殺)」という、豊かで便利な生活をして二酸化炭素を出す代わりに植林などの削減プロジェクトに投資するという新しい環境保護のスタイルだ。しかし、投資することで二酸化炭素を削減できていると考えるのはやはり安直過ぎるような気がする。極論だが、上記のような二酸化炭素を減らすはずのプロジェクトが結果二酸化炭素を増やしてしまう事態が起こっているとして、見せ掛けでしか二酸化炭素が減らされていない上に、投資することで二酸化炭素削減に協力できると信じる人々の豊かで便利な生活のせいで更に二酸化炭素を増やされたのでは地球温暖化問題の解決は絶望的だ。
悲観的過ぎるかもしれないが、こうして考えてみると京都メカニズムというシステムが存在して、果たして京都議定書はその意義を成すことができるのだろうか。見せ掛けやごまかしの温室効果ガス削減に終わってしまうのではないか、とても不安だ。
京都メカニズム。そこには豊かな暮らしは壊したくはないが温暖化問題は解決させたい、そんな人間のエゴイズムが見え隠れしているように思えてならない。
参考資料
・ NHKスペシャル日本の21世紀課題
シリーズ地球温暖化第2回「大気の売買が始まった」 (2002年放送)
・ EIC環境ネット用語集
URL→http://www.eic.or.jp/ecoterm/?gmenu=1
・ エコロジーエクスプレス トレンドウォッチ
URL→http://www.ecologyexpress.com/trend/2005/20051102trend.htm