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中村祐司「国家の発展戦略と大規模スポーツ大会―中国および豪州の事例に注目して―」
1.北京五輪と市場成長
大規模スポーツ大会を国家ないしは大都市が誘致することで、当該国家の成長と発展が企図されるという現実がある。近年の事例では2000年シドニーオリンピック大会(オーストラリア)の開催や2008年北京オリンピック大会(中国)に注目が集まる。そこで、本レポートでは、以下、中国およびオーストラリアにおけるスポーツイベント絡みの国家・地方政府発展戦略の創出や市場の活性化状況を明らかにした上で、そこから読み取れる特徴を指摘してみたい。
北京五輪招致の経緯については、01年7月13日にIOCの第112次総会(モスクワ)で決定した。アジアにおける夏季五輪としては1964年の東京大会、1988年のソウル大会に続いて3度目となる。なお北京は2000年の五輪招致活動において、環境汚染問題や人権問題などで2票の差でシドニーに敗れている。
開催に向けての提唱ポイントとして挙げられたのが「緑色(グリーン)五輪」(01年当時)である。5年間(01年〜05年)で450億元を投じ、具体的には大気汚染対策として石炭の代わりにクリーンエネルギーを使用する。すなわち、07年までには天然ガスの使用量を4〜5倍の40億〜50億㎥に増やすというものである。
また、ゴミ処理では08年までに無公害処理し、分別収集率50%、リサイクル率30%にする。なお、五輪開催に伴うゴミについては分別収集率100%、リサイクル率50%にする。汚水処理率は08年までに90%に引き上げる。さらには、05年までに山間部の森林被覆率を70%にすると同時に幹線や市街地のグリーンベルトを355万km2まで伸ばす計画も提唱された。
01年当時における経済効果の試算の一つとして、02年から08年の間にGDPは毎年0.3%ずつ引き上げられ、中国経済が五輪効果を加え毎年7.8%前後の高い成長率を維持していけば、大会開催年の中国のGDPは16兆元となるとされた。1988年のソウル五輪で韓国はサービス業に16万人、製造業に5万人、建築業に9万人、計30万人の雇用が創出されたのに対して、北京大会では約200万人の就業機会が生み出されるという。
テレビ放映権収入についても、五輪開催に伴う収入16億米ドルのうち最大の収入は「テレビ放映権」で全収入の44%に相当する7億ドルという予測がなされた。また、「五輪宝くじ」が11%、「入場料」が9%、そして「TOP」(五輪マークのロゴの使用権)が8%、「北京五輪委賛助金」(世界の多国籍企業や国内の大手企業が五輪協賛として拠出)が8%、さらには「中国国家からの財政支出」3%、「北京市からの財政支出」3%、といった数字が並んでいる。
競技施設37箇所は、北京市内で32施設、それ以外に上海、青島、天津、瀋陽、奏皇島でそれぞれ1施設が使用され、北京における22施設の建設・改造の費用は16.5億米ドルと見積もられている[1]。
2.オーストラリア・スポーツ産業の発展
一方、オーストラリアでは中国に先立って2000年五輪開催を経験しており、国際的スポーツイベントの誘致・開催が新たな市場開拓も含めたスポーツ産業を伸張させ、そのことが国家の発展・成長の切り札になるという政府認識が2000年以降定着した。
スポーツ・レジャー関係の製品やサービスを06年までに年間13億ドルに引き上げる政府目標が設定された。01年には年間のスポーツ関連輸出が8億3000万ドルに達し、年々10%ずつ増加させる見通しが示された。「2006年ゲーム・プラン」(Game Plan 2006)が政府によるスポーツ産業発展計画の中枢となった。
「オーストラリア国際スポーツ」(ASI= Australia Sport International)は世界規模でスポーツ産業を促進するための政府組織で、中東から米国中西部を範囲としてオーストラリア企業の売り込みと契約締結に取り組んでいる。実際、シンガポールのスポーツ施設、ベトナムにおけるスタジアム設計、韓国におけるスポーツトラックの整備、ギリシャにおけるイベント企画、チェコにおけるスタジアム観客席の整備、アメリカのスーパーボウルにおける廃棄物処理などをオーストラリア企業が受注した。
まさにオーストラリアは「スポーツ国家」として既に国際的な顧客を切り開いているのである。連邦および州政府はスポーツに関する研究と開発に従事する企業125-175%の納税の上乗せを義務づける一方で、市場調査やマーケット活動において、輸出業者に対する支援制度を導入している。
国内の「スポーツ観光」(sports tourism)は年間30億ドルに達し、これは全体の観光市場の5%に相当するといわれている。2000年シドニーオリンピック・パラリンピックの際に、ニューサウスウェールズ(NSW)州政府はほぼ20億ドル近い支出を行い、テレストラ・スタジアム(Telstra Stadium.8万人収容)、シドニー・スーパードーム(1万8000人収容)、1時間当たりの1万人の運送を可能とした鉄道路線や駅の新設、といった「遺産」を残した[2]。
3.国家の成長とスポーツ関連市場
以上のように中国では来年に控えた五輪大会を国家の飛躍と成長の加速化に不可欠な条件として、政治・経済・社会における国際的地位の向上を図るための切り札の一つと位置づけている。一方、オーストラリアではとくに2000年以降、五輪大会の成功があたかも観光などと結びついたスポーツ産業の政策優先順位を引き上げるかのように、連邦政府や州政府によるこの領域での市場拡大戦略が継続されている。
意外と知られていないことだが、オーストラリでは1976年のモントリオールオリンピック大会での惨敗(金メダルなし、銀メダル一つ、銅メダル4つ)を受けて、エリートスポーツ選手育成のモデルを旧ソビエト・旧東欧諸国のシステムに見出し、国家事業として導入した経緯がある。資本主義自由経済の国家が社会主義国家のやり方を模倣したのである。
旧ソビエトの崩壊を目の当たりにした中国の場合、政治面では従来からの体制を保った上で、地域間や所得の格差がもたらす深刻な課題よりも、市場主義経済をダイナミックに吸収する帰結としての国家や企業の成長を重視する路線が取られ続けている。
北京大会の開催がもたらす巨大な市場は、オーストラリアを含む世界各国のスポーツ関連企業という枠を超越して、中国をめぐる先進諸国間の連携競合の様相を呈しているのである。
いずれにしても五輪大会というレンズを通じて、関係諸国の政府、企業、さらにはボランタリーセクター今後1年半余りの様々なレベルでの活動について注目していきたい。
[1] ホームページ「トピックス・イン上海」における「2008年北京五輪開催」(2001年7月現在)
http://www.pref.ibaraki.jp/bukyoku/seikan/kokuko/shanghai/topics/01/tp0107.htm
[2] Queensland Events, Sports Business Australia, pp.11-43.
こうした大規模スポーツイベントに関わる主要企業には、「ビクトリア・イベント会社」(VMEC=Victorian
Major Events Company)、「ニューサウスウェールズ観光」(州の独立大規模イベント部局との連携機関)、「クウィーンズランド・イベント会社」(QEC=Queensland
Events Corporation)、「イベント会社」(EventsCorp. 西オーストラリア)、「オーストラリア主要イベント」(Australian Major
Events. 南オーストラリア)がある。説明には「これらの会社は互いに競合する。しかし、ほとんどの場合において国外の「ライバル会社」に対抗して一致団結する。VMECはビクトリア州政府によって設立された非営利会社で、その特徴はメルボルンやビクトリア州に経済的かつ国際的なプラスの影響を及ぼし得る国際大規模スポーツイベントを誘致する」とある(p.43)。