緒方 良至 「少子化問題〜日本の現状と起こりうること」
少子化問題を取り上げるにあたって、まず日本の現状を述べていきたい。現在の日本は財政赤字といわれ799兆円もの借金がありなおかつその額は今もなお増加の一歩をたどっている。また、年金問題、ニート、フリーター問題、DINKsの増加、世界での存在感の希薄化、合計特殊出生率(女性が生涯に出産する子供の数)1.29(2004年)、2007年からの人口減と言われていたが2005年後半に出生率よりも交通事故や病気でなくなった死亡率が高くなり人口減が始まる、があげられる。これらは、すべて少子化問題と大きく関わっていると私は思う。その中でも少子化により何が影響を受け、何が主な原因なのか、将来の日本経済、現在の政府、企業の対応を焦点に少子化問題を考えていき、世界では少子化は起こっていないのか、起こっているとしたならどのようなことが起こっているのか、を述べていきたい。
少子化問題で起こりうる影響としては社会保障制度の崩壊、市場の縮小による国際間での日本の影響力の低下が大きな影響として上げられるだろう。社会保障制度の崩壊とは、年金問題、医療福祉問題、が上げられる。
年金制度は若年世代が高齢者を経済的に支える「世代間扶養」が基本となっており、将来の現役人口も政府推計に基づいて見込んで先々の年金水準を設計しており、想定より現役人口が減るとゆがみが生じる仕組みとなっている。年金制度を契約制度に切り替えればよいと考えればよいと思うかもしれないが、治安の悪化、財源の確保が難しいなどの問題を抱え、結局は財政を圧迫する要因になってしまう。前述のように現在の日本の財政赤字は800兆近くになっており契約制度は論外である。また、憲法25条で定められた「いかなる日本国民も最低限の文化的生活をする権利がある」の条文も財政悪化の理由で生活保護を受けられる人は減少し国は責任を野放しにしている実態も我々は知っておかなくてはならない。
市場の縮小化(日本の総人口:2050年までに1億2700万人から9200万人)による国際競争力の低下では、米国の証券会社ゴールドマンサックス社が投資家向けに発表したBRICsの存在が大きく影響している。BRICsとはブラジル、ロシア、インド、中国の頭文字を取ったもので、2050年までに世界経済の順位は現在の米、日、独、仏、英、伊から中、米、印、日、伯、露になると予測されている。これにも人口減によるものだと考えてもおかしくはないであろう。
少子化での影響はじつは、社会福祉制度の崩壊だけには留まるものではない。民主主義であるがためのゆがみ、つまり国政への影響である。民主主義は国民一人一人に同じ権利が与えられていることを保証している。高齢者が増えて若者が少ない将来では、国の経済を支えている現役世代の声が国勢に反映されず高齢者の意見が反映され、その時の現状に見合った政策が取りにくいという状況になりかねない。
では、以上のような影響が上げられる少子化問題は何が原因なのかをこれから述べていこうと思う。子供未来財団が子育て世帯を対象に行ったアンケート調査では「子供にはお金がかかるから」が最も多い71%で「自由な時間がなくなるから」46%、「仕事と子育ての環境が整ってないから」40%、「肉体的に大変だから」15%となっている。このアンケートからわかるように、少子化の最大の問題は独り立ちにかかるお金であることがわかる。内閣府によると、18歳未満の子供一人あたり、年平均で83万2千円かかり18歳になるまでに家庭は約1500万円を負担していることになる。親が30歳代で6歳未満の子供がいる場合、約3割は年収が400万未満なので、その1割以上が子育て費に消える。子育て費として最も大きく関わるのは教育費である。大学まで通うと負担が一段と膨らみ合計で2000万を越えるとの推計もある。国立大学授業料が無料の北欧諸国など、子育てを社会全体のコストとみる国に比べ、日本の家庭の負担感は大きい。また、義務教育費問題、ゆとり教育による影響で私立の学校への入学、塾の利用は家庭への負担を大きくし少子化に拍車をかけるものだと捕らえることもできる。
このような原因が周知されていっている現在、政府、企業はどういった対応をしているのだろうか。
国債発行額を30兆以下に抑えるという至上命題の中、少子化対策の関連予算は軒並み今年度を上回る見通しだ。例えば、保育所の整備がある。保育所の受け入れ児童数を106万2千人から110万7千人に増やし、保育所に入れない待機児童をゼロにする目標を掲げ、女性が子育てをしながらでも仕事を続けられる環境の整備を図っている。さらに、来年度予算の少子化関連の目玉とも言えるのが児童手当の拡充。小学3年生までの支給対象年齢を6年生まで引き上げ年収要件の緩和もする。しかし、日本の取り組みは欧州と比べると大きく出遅れている。児童手当も依然として格差が大きい。また、多くの国では児童手当に、日本のような所得制限を設けていない現状がある。そして、子供を生みたくても産めない体であるがために体外受精をして子供を生む人たちが47万人いるにも関わらず、不妊治療への保険適用の不可が障壁となっている。
一方企業は女性の社会参画が進む中ようやく子育てと労働の両立支援に向け重い腰を上げ始めた。次世代育成支援対策推進法で05年4月から企業にも仕事と育児を両立する環境づくりが求められるようになり、経営者に意識改革を迫っている。とはいえ、働く人の実態に合った支援の枠組みは不十分なのが実状である。トヨタでは会社に託児所を設け両立を図っているがこういった企業はほんの一握りであり、労働者も出世に響くのではないか収入が減るといった理由で企業の様々な支援策に及び腰な状態である。
こういった政策と企業努力は将来良い結果をもたらすと思うが、現在社会問題とも言われるニートやフリーターは400万人もいるといわれ、現在の企業の回復の一因を担っているのはこのような人達であるとも言われている。非正社員である彼らは、所得が低く、安定収入も保証されていない。前述のように子育てにはお金がかかるため、欲しくても経済的不安から産めない現状と企業の回復とのジレンマが存在していることにも注視するべきことである。また、DINKsといった経済的に余裕があるにもかかわらず今の生活を楽しむ者の増加、といった問題も忘れてはならない。
子供を産むか産まないかを社会が強制することがあってはならないが、産みやすい環境、産んでよかったと思える環境づくりが必要不可欠である。
これまで、少子化を批判的な立場で述べてきたが、楽観的な見方をすることもできる。例えば、人口減により地価が下がり国民は広い敷地に住み、外国人労働者を入れ日本人は知的集約型労働をし、外国人労働者は労働集約型労働をする、といった仕事の棲み分けを行うことで国際競争力を保ちつつ今よりもゆとりのある生活ができる、といった見方だ。これは、非現実的なことではなく政府が進めている東アジア共同体構想には含まれた考え方である。しかし、日本は元来、移民を受け入れる体制が整っておらず意識改革と制度改革が必要であるのはいうまでもない。また、年金問題といった社会保障制度の見直しもついて回る。
以上のように悲観的にしろ、楽観的にしろ少子化は大きな問題であることに変わりはない。では、少子化に直面しているのは日本だけなのであろうか?以下は世界での少子化問題を取上げていきたい。
まず、アジアの低出生率ランキングは香港(0.95)韓国(1.22)シンガポール(1.33)日本(1.35)中国(1.72)となっている。特に韓国は1970年に4.53だった合計特殊出生率は2004年には1.16まで急減した。「トルジチャン」といわれる子供の一歳の誕生日を祝うパーティーでは自宅で親戚が集まり祝っていた文化が豪華なホテルで盛大に行われ、少子化による子供投資が過熱し養育費が大きくなって、子供を産まないという負の循環が起こっている。また、経済発展が著しい中国でも1979年に導入された一人っ子政策が子供にわがままをさせる要因となり「小皇帝」とも言われ、ニートが増えてきている状態だ。また、65歳以上の高齢者の人口比率は2005年には8%だが国連の推計によると30年には16%に高まり高齢化になるとされ、流動人口が1億4000万人に達する中、社会保障が追いつかない状態になっている。
一方、少子化対策に早くから取り組んできた西欧諸国でも苦しんでいる。EUの拡大により労働移住が活発になったため、賃金の良い国へと渡る移民争奪戦が起こっている。また、ドイツでは人口減により移民拡大を政策として行ってきたが国内の治安悪化が問題となっている。
以上のように少子化による人口減は日本一国で起こっているわけではない。中国のように自ら少子化を制度に取り入れた国でも社会保障制度が未整備で将来的な不安を抱え、少子化対策を早くから行ってきた西欧でもEU内での問題を抱えている。こういった状況を踏まえると少子化は先進国の不可避な問題であると感じるとともに、地球に存在する人間の数が限界なのかもしれないとも受け取れる。いずれにせよ、子供を産みたいと思える環境、産んでよかったと思える環境づくりは現代に生きる我々や、将来世代にとって必要なことに変わりないと私は思う。