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中村祐司「北京オリンピック大会に関わるインターネット情報から見えてくるもの」

 

 2008年北京オリンピック大会は、88日から824日まで北京市を中心(全体の44%の競技場が北京に集中)に22の新設会場を含む37会場で開催される。大会運営費 は約162500万ドルに及ぶと見込まれ、「東西文化の交流」、「緑の五輪」、「発展途上国初の五輪」、「節約型五輪」といったスローガンが全面に打ち出されている[1]

 

 北京大会が台頭著しい中国をさらに浮揚させる起点となるのか。それとも人権問題や環境問題、言論の自由に対する制約、さらには汚職の深刻化や共産党の一党体制そのものの機能不全といった諸課題が、国外から批判され、戦後最悪の日中関係といわれる状況の継続もあって、開催そのものが危ぶまれるようになってしまうのかは予断を許さない。

 

 本報告では、北京大会研究の手始めとして、得られたインターネット情報にもとづき、大会の成功に向け、中国がどのようなPR戦略を採用しているのか把握する。また、オリンピックそのものが巨大な市場空間を生み出すと同時に、その強力な吸引力でもって、私的セクターである国内外の多種多様な企業を引き付け、飲み込もうとしていることも事実であり、その実際の動きについても、たとえ部分的であるにせよピックアップしていきたい。そして、こうした検討から現段階で何が見えてくるのかを明らかにしたい。

 

国境を越えるグローバリゼーションの波は、好むと好まざるとにかかわらず北京大会にも適用されるのであり、したがって、五輪を対象とした研究は、政治や政策、国家機構や外交関係、産業振興や経済発展、富の格差、国家のアイデンティティーの在り方、中国内における政府間関係の変革、といった諸問題を含んでいることになる。そして、今まさに必要なのは、大上段に振りかざした大きな議論よりも、たとえ目立たない動きではあっても水面下で日々浸透しつつある現象を把握しておくことではないだろうか。こうした作業の積み重ねがあって、「現代オリンピック」がもたらす市場のパワー、国家の発展、国際社会からの認知、人々や文化の交流の場等を考えるための考察基盤が形成されていくのではないかと考えられる。

 

 まず、五輪が魅力的な投資環境を生み出していることの証左として挙げられるのが、「北京オリンピックがスタート地点―中国株投資で稼ぐため勉強―」というホームページ(HP)である[2]。この中で、「環境の整備、都市の緑化、公園の整備、工場の廃棄物対策、車の排ガス対策などで市場が発展」し、「宿泊施設の確保、雇用の促進、消費の向上、北京市民の給与の増加など経済効果が期待」できるがゆえに、「北京オリンピックが中国の発展の本当のスタート地点」であると述べられている。北京大会は中国における株式市場を大変容させる契機となるかもしれない。

 

 次に、北京組織委員会自身も開催が国内市場の発展に向けた起爆剤となるという期待と戦略を隠していない事実がある。例えば、051116日付組織委員会の英文HPでは、組織委員会と乳製品製造業者(dairy)である「イリ・グループ」(Yili Group)とがスポンサー契約を結び、中国共産党地域委員会の幹部も締結セレモニーに参加した旨の記述がある[3]。おそらく、この種の多くのスポンサー契約には共産党幹部が立ち会うというしくみになっているのであろう。

 

 北京組織委員会は環境改善にも力を入れていることをPRし、05119日から3日間にわたって開催された「第6回スポーツと環境をめぐる世界会議」(the Sixth World Conference on Sport and Environment)の模様が紹介されている。この中で、「IOCスポーツ・環境委員会」(the IOC Sport and Environment Commission)の委員長であるパル・シュミット(Pal Schmitt)が、環境保護をめぐる中国政府の努力が多くの人々から支持を得ており、中国はこの目的を達成するであろうと述べたこと、そして、彼が北京大会の「環境ロゴ」(the environmental logo of the Beijing 2008 Olympiad)を高く評価し、「緑のオリンピック」(Green Olympics)の実現と北京組織委員会の環境管理マネジメントに対しおおいに期待していること、が紹介された。中国における環境問題は世界における環境問題と直結しているため、「環境」は大会成否の重要なキーワードとなっていることは間違いない。

 

 転じて、日本オリンピック委員会(JOC)はどのようなスタンスで北京大会に臨んでいるのであろうか。JOCのスポンサー活動とマーケティング活動に注目してまとめてみたい。

 

 まず、日本航空(JAL)055月にJOCと「オフィシャルエアライン契約締結」で基本合意に達した(期間は054月から0812月まで)。JOCにおける位置づけとしては、「オフィシャルパートナーシッププログラム」における「航空輸送旅客サービス」のカテゴリーに相当する。日本から北京大会への観戦客の移動手段の主役は航空機であり、大会開催は日本の航空業界にとっても看過できない魅力的な市場を提供しているのである。

 

 05105日には、トーヨーライス株式会社がJOCオフィシャルパートナーに合意した[4]。契約カテゴリーは「米・無洗米等」とあり、いわゆる「食」の領域でもオリンピック効果が浸透しつつある動きには率直に驚かざるを得ない。

 

 JOCは、058月にヤフーともJOCオフィシャルパートナーに合意した[5]。契約カテゴリーは「インターネット検索サイト」で、大会をめぐる情報通信面でのスポンサー契約である。各競技パフォーマンスの予測や結果速報には限定されない、北京大会に関する日本語のインターネット情報が質量ともに過去に見られないほど飛躍的に拡大するかもしれない。

 

 そもそもJOCのマーケティング戦略の基本的枠組みは、対象を「JOCが管轄している国際総合競技大会」とし、オリンピック競技大会、アジア競技大会、ユニバーシアード競技大会、東アジア競技大会が列挙されている。その大項目は、@JOCマーケティング協賛者、A協賛金(権利料)、B専門的なノウハウや技術、C日本代表選手団への商品・サービス、Dオリンピックムーブメントへの参加、となっている[6]。要するにオリンピックというソフト・ハード両面での「大商品」を元手に様々なルートで資金を調達し、同時にスポンサー契約に代表される企業パフォーマンスを活用する形で大会の運営やPR、大会に絡む市場の活性化に供しようというものである。

 

 断片的ではあるものの、以上のように北京大会に絡む中国株式市場、北京組織委員会と食品製造業者とのスポンサー契約、環境問題への積極的な対応スタンスの提示、JOCのオフィシャルパートナーシップとマーケティング活動の大枠、といったいわゆる「オリンピック市場」の動きについて見てきた。こうした検討作業[7]から見えてくるものは何であろうか。

 

 第1に、北京大会に限らず、オリンピックという地球規模での大規模スポーツは新たな市場の創出という巨大な「果実」をもたらすことである。 果実の享受者は直接的な金銭的価値の側面からいえば企業という私的セクターであることは確かである。しかし、むしろそれ以上に一国の政府や開催都市のイメージ向上や国際社会からの認知、国民の一体感の醸成、インフラ整備、産業振興、経済発展という意味では、国家の発展の原動力そのものとなるのが、商業主義と揶揄されグローバリゼーションの真っ只中にある現代のオリンピックではないだろうか。

 

 第2に、大会の成否が政治状況や経済規模、発展のスピードや潜在力という当該国家の固有性、そこから波及する国際関係の流動性に左右されることとなる。その意味で至上類を見ない規模で発展を続ける中国が抱える課題は極めて重く、複雑で様々な要因が錯綜していることになる。要するに大会が成功するにせよ、ボイコットも含め失敗するにせよ、国家としての振り子・振れ幅が過去には見られないほど大きく膨らむ現象を目の当たりにするに違いない。

 

 第3に、そうであるからこそ、まさに「多品種大量生産」のオンパレードである五輪関連サービスの上からの奔流を、サービス享受者(消費者)がどのように受け止めるかが問われるのではないだろうか。観戦も含めスポーツ享受の大きな魅力の一つが「純粋な楽しみ」にあることは間違いない。しかし、同時にこの「楽しみ」を国家や政府が他の目的で戦略的に演出し、最大限の利益追求を目指して競合する企業と一体となって、人々を誘導する側面があることが見逃されてはならない。



[1] http://www.arachina.com/news/2008/

2008年北京オリンピックご案内」。会場を列挙すれば、以下のようになる。オリンピック中心体育館、首都体育館、北航体育館、 オリンピック体育中心体育場、工人体育場、英東水泳館、オリンピック体育中心ソフトボール場、北京射撃場、国家体育場、 オリンピック公園アーチェリーセンター、国家水泳センター、国家テニスセンター、 中国国際展覧センター、老山自転車館、五カ松体育館、順義オリンピック水上センター、青島国際ヨットセンター、豊台・五カ松野球場、 首都体育学院体育館、北京体育大学体育館、国家ホッケー場、工人体育館、北京郷村競馬場、国家体育館。

 

[2] http://richroad.fc2web.com/pekin-orinpic1.html

「北京オリンピックがスタート地点〜中国株投資で稼ぐため勉強〜」

 

[3] http://en.beijing2008.com/95/15/article211991595.shtml

Yili Group Becomes Beijing 2008 Sponsor[2005-11-16]

 

 

[4] http://www.joc.or.jp/news/newsmain.asp?ID=0000000766&yyyy=2005

2005/10/06 トーヨーライス株式会社がJOCオフィシャルパートナーに合意」

 

[5] http://www.joc.or.jp/news/newsmain.asp?ID=0000000712&yyyy=2005

2005/08/11 ヤフー株式会社がJOCオフィシャルパートナーに合意」

 

[6] http://www.joc.or.jp/aboutjoc/marketing/about.html

JOCのマーケティング」

 

[7] もちろん、本報告で取り上げなかったメダル獲得に向けた中国の国策ともいえる強烈な意気込みや、JOCが実践している国外アクターとの連携の模索が看過されるべきではないであろう。例えば、「アテネ五輪で中国は、米国の35個に次ぐ32個の金メダルを獲得」、「08年に照準を定めた戦略を取り、平均年齢23歳の選手の8割が五輪初参加」、「中国では金メダル戦略だけでなく、大会運営なども国家指導部の意向がすべて」、「北京五輪前後の今後7年間における投資は、15,000億元(約20 兆円)以上と予測」といった記述がそれである。http://sports.jiji.com/athens/contents/2004083000597.html

(「08年へ「国民意識」課題=北京五輪、政治・経済に思惑−威信懸ける中国〔五輪〕」(時事通信社による04830日付の記事))。

 また、JOCは、059月にロンドンにおいて英国オリンピック協会(BOA)とパートナーシップ協定を締結し、ナショナルチーム、ジュニアナショナルチーム間での交流や合同トレーニング、役員やスタッフ間の交流、指導者の交流や協力、スポーツ医・科学やアンチ・ドーピングにおける交流、情報交換を行うこととなった。なお、JOCのパートナーシップ協定締結国はキューバ、オーストリア、アメリカ、ドイツ、中国、リトアニア、韓国、英国となっている。