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中村祐司(担当教員)「北朝鮮における観光サービスと観光開発をめぐる情報の差異」

 

経済不振、エネルギー不足、そして食料不足に苦しむ北朝鮮における観光政策の重点は外貨獲得にあるのは間違いない。政府の観光振興所管機関は「北朝鮮国家観光総局」であり、北朝鮮ではどこであれ、あらゆる観光サービスが観光総局のコントロールの下に置かれていることが推測できる。観光サービスの実務面での取り仕切りは、いわゆる「民営」の担当会社ではなく、国営会社が担っているようである。また、例えば、「アールティーオー・インターナショナル」(大阪市中央区)など、北朝鮮観光を取り扱う日本の旅行会社がいくつか存在する。日朝間の国交はなく、北朝鮮国内には日本の大使館が存在せず、日本にも朝鮮大使館なるものはない。したがって、近年、日本人観光客は中国の審陽か北京を経由して北朝鮮に入国するケースが多くなっているようである。理屈上は、日本からそのまま中国かロシアの朝鮮大使館に行って、ここで直接手続きし査証を得てから北朝鮮に入国するというケースも考えられる[1]が、実際のケースは先述した国内代理店に一連の諸手続きを委託する形となっている。

 

平壌を本拠地として「各種スポーツ交流専門旅行会社」を銘打って、「朝鮮体育委員会」傘下の「朝鮮国際ゴールドカップ社」(DPRKThe International Kumcup Travel Company)というユニークな国営会社もある。サッカー交流、テコンドー交流、ハイキングツアー、海釣りツアーを手がけているという。

 

1990年代後半には日本から直接平壌に向かう便もあり、個人ホームページとして当時の旅行記が公開されているものもある。その中で共通しているのは、食糧事情の悪化、平壌市街における人気(ひとけ)の少なさ、あたかも観光客向けの人的動員ではないかと思わせるような公園など各種施設に集まっている人々の存在、そしてマスゲーム[2]を直接目にした時の感動などである。

 

近年における日本から北朝鮮への観光ツアー客の状況はどうなっているのか。朝日新聞によれば、「90年代後半は年間数百人を数えたが、昨年は100人を割り込んだと見られている」という。「34日で最低16~17万円。中国経由でしか入国できず、ホテルやガイド代が割高」ではあるものの、サッカーワールドカップアジア最終予選において6月に平壌で日朝戦が行われる。そこで日本からのサポーターが大挙して向かうことが予想され、「『関係悪化で下火になった北朝鮮観光には久々のチャンス』と、チャーター便や現地でのシャトルバス運行も検討している」旅行会社もある(0519付朝日新聞朝刊「不安 サッカー日朝戦」)。

 

 北朝鮮国内における代表的観光地として挙げられるのが、平壌、白頭山、妙香山、開城、七宝山、板門店、元山、金剛山、九月山などである。以下、こうした観光地開発の経緯と状況を把握するために、旧日本殖民地時代には「朝鮮半島最大の観光地」といわれた金剛山(白頭山。江原道東北部に位置)を取り上げ、双方向の交流とはいえないまでも、日本以上にダイナミックな観光展開を見せた韓国の事例を見ていきたい。

 

 「金剛山開発年表」[3]から98年以降の3年余りの経緯をまとめれば以下のようになる。

 

9810月に現代グループが金剛山一体を長期間独占開発・利用することでの合意がなされ、翌年に事業契約30年の「金剛山観光事業契約」が結ばれ、現代側から合計約100億円が北朝鮮に支払われることとなった。006月に韓国の大統領金大中(当時)が平壌を訪問し、以後、この地区は特別経済地区として、貿易・金融・文化面でも「芸術都市」として開発していくという合意がなされた。

 

008月には現代グループ社員の日本人が初めて金剛山観光に参加している。資金難から現代は北朝鮮(北朝鮮側の窓口は朝鮮アジア太平洋平和委員会)に対する観光料を支払えなくなり、016月には撤退声明が出されたものの、直後に金剛山観光料問題、金剛山陸路観光の許可、金剛山を観光特区に指定する問題をめぐる話し合いがなされ、この年の秋にも韓国側から北朝鮮の金剛山(海金剛、三日浦)付近まで往復4車線道路の建設を開始することで合意がなされた。

 

それ以後は、「韓国観光公社」も金剛山観光事業に乗り出すようになった。観光客の落ち込みが激しくなり、10月には政府レベルでの「金剛山観光南北会談」がなされたものの、合意には至らなかった。01年の金剛山観光客は約58700人で、前年の27.7%まで落ち込んだ。

 

021月に、韓国政府は金剛山観光支援策を発表した。その骨子は、南北協力基金貸し付け条件の緩和、離散家族・修学旅行生・教諭の金剛山観光代金の一部を補助、金剛山地区に免税店の開設認可の3点であった。なお、03年も含めた金剛山開発の関係法令としては、「金剛山観光地区の設置に関する政令」(0210月施行)、「金剛山観光地区法」(0211月施行)、「金剛山観光地区開発規定」(035月制定)、「金剛山観光地区の企業創設運営規定」(035月制定)が挙げられる。また、金剛山開発については、韓国における専門家による学術的な分析もなされている。

 

以上のように北朝鮮における観光サービスの概要と金剛山観光開発の経緯についてまとめてきたが、前者における情報の表層性と後者における背景の複雑・錯綜性とが極めて対照的なものとなっている。すなわち、北朝鮮国家観光総局が主導する日本人向け観光情報においては、経済制裁議論をめぐる現在の日朝関係の緊張関係とはあたかも無縁であるかのような表面的な観光誘致情報が満載されている。

 

そして、外国からの観光客に対して自国通貨のウオンではなく、ドル、ユーロ、円といった外貨での支払いに力を入れざるを得ない北朝鮮の経済事情の苦境が透けて見える。また、例えば北朝鮮羅先にあるいくつかの国営旅行会社の連絡先が何も記されておらず、情報の更新頻度の極端な停滞など、現在の北朝鮮はとても観光振興にまで手が回らないのではという推測もできる。

 

一方、一部ではあるものの金剛山開発の経緯を追うと、そこには観光開発に絡んで実に複雑な要因が交錯し合っていることが分かる。具体的な動きの先鞭がパワーマネーで一時期は優位に立った韓国大企業グループによってなされたとはいっても、北朝鮮との交渉の過程や実際の開発事業の中身をめぐり、進捗をめぐるスタンスや観光そのものの効果や目的に対する考え方の違い、資金難による観光料の未払い、北朝鮮のアメリカに対する牽制、韓国と北朝鮮の政治的・軍事的な事件を契機とする観光事業の停滞とそれに伴う観光客の激変などが目立ってきている。観光開発問題がそのまま韓国と北朝鮮ひいては日本を含む関係諸国も巻き込んだ形での個々の国益追究を基盤とした政治的経済的駆け引きの場と化しているかのようである。

 

こうした観光関連情報をめぐる発信源の違いによる質的な差を埋めることは将来的にも不可能であろう。しかし、まさに「本質は細部に宿る」ということわざのごとく、観光事業の事例を取り扱った詳細に及ぶ多様な情報源を丁寧に検証することによって、先入観を排した冷静で洞察力のある考察が今こそ求められるのであろう。

 



[1] 「朝鮮ビジネス情報&観光情報ページ」の記載では、北朝鮮入国ルートは@中国・北京経由、航空機で入出国するA「中国・瀋陽経由航空機で入出国するB中国・丹東経由、国際列車で入出国するC「ロシア・ハバロフスク経由で入出国する」の4種類がある。http://www.dprknta.com/index.html

[2] 「雑学大作戦・知泉」によれば、初代国家主席の故金日成が提唱した思想原理である「主体(チェチェ)思想」は、「何をするにも個人のバラバラな考え方ではなく、国民がそれぞれ参加して同じ方向を向いて行動する事」であり、それを具体的な身体表現として凝縮させたものがマスゲームであるという。http://www.elrosa.com/tisen/82/82116.html

[3] http://www.norihuto.com/kumgang-nenpyou1.htm