sekih040119 「日本国憲法第九条改正とその意義」
023323k 関広志
日本国憲法第九条の改正の必要性と日本の安全保障について論じる。日本国憲法は第九条第一項で「戦争の放棄」を、第二項で「戦力の不保持と交戦権の否認」を謳っている。これまでの憲法論議の中心であり、何通りもの解釈によって不毛な対立が続いているのがこの第九条の問題である。戦争放棄を謳った条文は、憲法制定過程で占領軍が日本に二度と戦争を起こさせないように作った条文であり、第二次世界大戦後の国際社会へ復帰する日本国の姿勢として受け入れたものである。
しかし、国の独立の基礎である自衛のための軍隊をも拒否した行き過ぎた条文は、現実の日本の安全保障政策との大きな乖離を生み出し、勝手な憲法解釈によってつじつまを合わせるという、理解しがたい状況に陥っている。この憲法は平和時のことだけが規定され、非常事態とか有事への対応の規定が全くないということも問題である。これは、日本が戦争さえしなければ、周辺国はすべて平和愛好家ばかりだという思想からかもしれない。
現実問題として、パレスチナ紛争、米軍のイラク攻撃、印パ紛争など世界的に不安定要素が多く見られる。北朝鮮の核やミサイルの脅威も事実として存在する。僕は基本的には、日本の歴史、文化、伝統を踏まえた、他からの借り物でない独自の憲法を日本国民の手で作るべきだと思う。当面の話としては、少なくとも九条を以下のような観点から見直すべきである。まず、第九条一項にあるように、日本の平和主義を継承するためにも、その証として、侵略戦争、国権の発動たる戦争は放棄する。しかし、自衛権は国際法上の自然権として当然保持していることを明記する。これによって、自衛隊合憲論、違憲論という不毛な論争に終止符が打たれる。さらに、自衛権を行使するため自衛隊を保持して文民統制下におくことも付け加えるべきである。ここで問題となるのが集団的自衛権である。国連憲章にも集団的自衛権は加盟国の権利と認められている。今後日米安全保障体制を充実させるためにも、また、将来、東アジアの地域安全保障機構をつくり地域の平和構築への協力をするためにも、集団的自衛権の行使を是認しなければ、参加すらできない。これでは、我が国は国が世界の安全保障に対して何の協力もできない孤立国家になってしまう。「集団的自衛権は所得しているが行使できない」などという奇妙な政府解釈はもう卒業して独立国家としての安全保障政策を実現するためにも集団的自衛権を憲法上明確に認めるべきである。
2004年1月16日(金)、イラク復興特措法に基づく自衛隊派遣の中核となる陸上自衛隊のうち、先遣隊約30人が出発した。陸上自衛隊本隊の派遣時期については決まっていないが(1月17日現在)、イラク南部サマワでオランダ軍が治安維持にあたっていることから、自衛隊はオランダ軍と協力して復興支援活動に取り組むであろう。ただし、先も述べたように、自衛隊は集団的自衛権を行使できないので、緊急時にはオランダ軍は自衛隊を守るが、自衛隊はオランダ軍を守れないといったおかしな状況に陥るかもしれない。今後日本は自民党議員の9割、民主党議員の6割が憲法改正に賛成していることから、日本は改憲に向けてよりいっそう動いていくだろう。日本の国際貢献のため早急に憲法改正されることを期待する。