021209harigaim 国際政治の理論と実際
参考資料
http://www.shogakukan.co.jp/main/magazines/sapio.html
「危険な隣国」まるごと一冊北朝鮮 別冊SAPIO 2002年11月30日に小学館から発刊
1990年から敢然と北朝鮮問題を追及し続けたSAPIOが満を持しておくる保存版
P16〜 第二章 金王朝は「英雄捏造」から始まった
北朝鮮において世襲制による「金王朝」ともいうべき独裁を可能にしているのは、主体(チェチェ)思想と呼ばれる基本思想と、武力を背景とした恐怖政治だ。主体思想は、「世界の主体、自分の運命の主人は人民大衆であり、人間の本質的特性は自主性と創造性にある」という考え方で、金日成がマルクス・レーニン主義を北朝鮮の現実に適応させたものとして唱えた。中ソ対立の時代に北朝鮮の自主性を守るために打ち出されたものだが、冷戦崩壊後は、マルクス・レーニン主義という言葉を排除し金正日の神格化を進めるスローガンとなった。この主体思想をベースに、国民は金王朝への忠誠を徹底して教育される。
・「聖家族化」されたロイヤルファミリー
「金王朝」の祖である金日成前国家主席については、抗日ゲリラ闘争で名をはせた伝説的英雄キム・イルソンの名声を利用して、ソ連軍が30代だった金日成青年を最高権力者に仕立て上げたことが判明した。これについては後に記述する。
・社会主義国家なのに「階級制度」
社会主義国家はすべての人が平等であることが前提であるのにもかかわらず、北朝鮮には階級制度が存在する。この制度は「成分」と呼ばれ「出身成分」と「社会成分」に分かれる。出身成分は家系を3代前までさかのぼった出身階層や職業によって決定される。社会成分は現在の職業や地位を指す。階級は51分類に分けられると言われているが、大きく次の3つに分けられる。一つは国家から最も信頼され、厚遇される「核心階層」。革命家族や戦死者遺族、労働党員、先祖代々の労働者などに代表される。次に位置する「動揺階層」は解放後の労働者、中農出身者、小商人の出身者などだ。そして一番地位が低く数が多いのが「敵対階層」。彼らの多くは、朝鮮戦争で韓国側に亡命した過去があったり、日本からの帰国者、地主や富豪、資本家の出身だ。国民の成分はすべて「住民登録台帳」に記載され、一生を左右する。彼らは普通自分たちの成分を把握してないが、進学、就職、結婚、軍隊への入隊などの機会で差別されるためにおのずと己の階層を知ることになるという。頂点である金正日を軍や党幹部という一部特権階級が取り巻き、その下の国民が階級によって細かく分類されるというピラミッド型階級社会が、北朝鮮の支配体制の基礎を形作っている。
P22〜 「抗日英雄金日成は、私が作り上げた」G・メクレル=旧ソ連軍の生き残り「北朝鮮建国工作」将校、47年目の証言
今年83歳になるグリゴリイ・コノビィチ・メクレル氏は、第2次大戦後に、朝鮮半島北部を占領したソ連軍の政治将校で当時の階級は中佐だった。
1945年朝鮮半島に進駐したソ連軍は、日本統治下で、抗日ゲリラ闘争で勇名を馳せていた、伝説的英雄キム・イルソン将軍の名声を利用し、歴戦の抗日パルチザンの中から、33歳と若い金日成青年(「金成柱」ほか幾つかの本名が伝えられている)を、キム・イルソン将軍に変身させ、最高権力者に仕立て上げたという、これまでの金日成政権誕生の内幕は憶測の域を出ず、戦後アジア史の最大の謎、といっても過言ではなかった。しかし、ゴルバチャフ前大統領が推進したグラスノスチ(情報公開)によってソ連でも、北朝鮮の実情がありのまま伝えられるようになり、ソ連に亡命した朝鮮人たちが、秘められた史実を証言し始めた。こうした状況の中で、第二次大戦直後から、金日成と密着行動し、金日成政権の誕生に深く関わり、黒幕として活躍したのがメクレル元中佐だ。
朝鮮半島の北部がソ連軍によって解放されて、初めての大規模な集会が、平壌の公設運動場で開催された。集会はメクレル中佐のシナリオによって行われた。その中で、「朝鮮の最も偉大な抗日闘士であるキム・イルソン」が、本日の主席団の中にいると紹介した。金日成公式自伝によると「大会議事の順序にしたがって、人々が待ちこがれていた金日成将軍がりりしくも活気に満ちた英姿を演壇にあらわした。その一瞬、歓喜の声が熱風のように満場を吹きぬけ、それはやがて熱狂的な歓声と変わり、天地をどよめかした。万歳を叫び、喜びに舞い、抱き合って飛び上がる大群衆、それはまるで春の風に波打つ大海原を思わせた。」とあるが、実際は公式自伝が伝えるほど大袈裟ではなかったが、平壌グラウンドに集まっていた大群衆は、初めて見る噂のキム・イルソン将軍の出現に興奮した。しかし、登壇したキム・イルソン将軍は予想に反して、30代の背広姿の青年で、多くの人は裏切られた気持ちになった。というのもキム・イルソンとうい伝説的英雄の名前は1920年代から朝鮮民衆の間で囁かれており、市民たちは白髪の老将と思い込んでいたからだ。