第三章 地方自治体の非コア部門におけるアウトソーシングの可能性についての検証

 

第一節 検証にあたって

前章で庁内の管理的業務を行う部門を非コア部門とし,この部門をできるだけアウトソーシングし,それによって産み出された職員は,コア部門である市民サービスを直接実施する部門へ配置転換してこの部門を重点化し,市民サービスの向上を図ろうとした。

本章では,具体的にこの非コア部門である庁内の管理的業務がアウトソーシング可能か個々の業務を具体的に検証する。庁内の管理的業務は自治体毎に多少の差異はあるものの基本的にはそれほど変わらないため,ここでは栃木県宇都宮市を事例に検証するものとする。

検証にあたっての基本的な考え方として,自治体がアウトソーシングを導入する際の留意点,アウトソーシングが可能か否かの判断基準,前提条件,業務の分析手法について,以下のように整理する。

 

(1)アウトソーシングを導入する際の留意点

まず,アウトソーシングのメリットとデメリットについて整理し,アウトソーシングをする上での留意点を明らかにし,以下の判断基準や前提条件の整理の一助とする。行政におけるアウトソーシング,民間委託については,これまで様々な議論がされてきたが一部を除いて概ねその長所と短所は一致している(注1)。

長所としては,@事務事業の経費を削減できること,A業務量の変動などがあっても行政側の職員数の増減が伴わず柔軟に対応ができること,B民間企業など外部の高度な知識・技術・ノウハウを導入,活用できること,C少ない職員数で多くの事務事業の執行が可能になること,などが挙げられる。

一方,短所としては,@行政の責任の所在が曖昧になること,A行政側がそれまで蓄積してきた知識・技術・ノウハウなどが失われること,B行政情報の秘密漏洩の可能性があること,C委託業務と受託者を委託側が十分にマネジメントできないと業務が適正でなくなる可能性があること,D受託側が民間企業の場合業務執行能力はあっても企業の経営状態から倒産などの危険性があること,などが挙げられる。

しかし,サービスや業務の質が向上するか否かについては,その業務内容や種類の問題もあるが,意見の分かれるところであり(注2),アウトソーシングの重要な課題の一つであろう。

このように,長所と短所を見てみると,重要なことは,経費の削減など効率性の向上に安心しないで,委託者側が受託者側に対して,常に受託者側の状況を常にチェックし,依存し過ぎず,主体性をもってマネジメントすることである。まず契約する際に契約書の内容を十分に吟味し,委託してからは適宜業績の評価をしながら,必要に応じて立ち入り検査などを実施する必要もあるであろう。また,その一方で,受託者側の専門的能力を活かし,パートナーシップを築き,協働の関係を持てば,受託企業の知識・技術・ノウハウを吸収することも可能である。

また,受託企業の専門的能力だけでなく,経営状況も十分に吟味するとともに,その業界の競争状況も加味する必要があると思われる。「その企業しかできない」という状況ではリスクマネジメントが大きく,代替手段を講じるのは難しくなる。

 

(2)アウトソーシングの可否の判断基準

ここでの検証にあたって,行政自体が実施,実行しなければならないものとして判断できるものは、次の3つが挙げられると思われ,これをアウトソーシングの可否の判断基準とする。

 

@政策形成において高度な判断力,コーディネート力を要するもの

政策の形成や調整,決定は,当然ながら行政の核心である。

現行の政策形成,決定の過程においては,必ずしも全ての事務を職員が行っている訳ではない。例えば,平成12年度の宇都宮市の事例で言えば,政策形成の最たるものと思われる第4次総合計画基本計画の改定事務において,その基礎調査業務をシンクタンクに委託している。また,第2次行政改革の進行状況の管理においては,宇都宮市行政改革推進懇談会を設置し,行政改革の推進について,公募委員2名を含む12名の学識経験者などの委員から意見を聴いており,これも外部のノウハウを利用するという点で,広義にはアウトソーシングと言えるかもしれない。このように政策形成にあたって,シンクタンクへの委託や,市民参加の委員会によるものは一般的である。特に後者については,昨今政策形成過程の透明性が強く叫ばれるようになって全国的に急増している。職員の能力や情報力だけに頼らず,市民の参加や有識者の意見を採り入れたり,優れた民間企業の能力やノウハウを利用することは大変有効である。

しかし,これらの意見や報告をそのまま政策とするには,問題がある。シンクタンクへの委託については,その受託企業がどんなに優れた報告書を作成したとしても,その内容がどれだけ当該地域の実情に合っているかを判断しなければならない。それは地域の実情に精通した発注側の行政自体の役割であり,有効なものであるかを判断し,さらに咀嚼して独自の政策として昇華しなければ,その政策の有効性は半減するであろうし,地域に定着しないであろう。結果としてシンクタンクの報告書と同じ政策を取ったとしても,それを適正なものと判断する過程と判断力こそが重要であると思われる。

また,市民参加の委員会などについても,今日,市民や市民団体が地域の政策形成において重要なアクターとなっており,欠かせない存在ではあるが,彼らの意見,提案が総合的,長期的にみて適切であるかを判断し,妥当と判断されればその実現に向けて様々なアクター間のコーディネートをする必要がある。市民参加による政策形成は大変な力になることは,既に全国の様々な事例で明らかであるが,一方で盛り上がりや意見・提案の産出が将来にわたって継続していくことは難しいという問題も抱えている。政策は決して立ち止まることはできないのであるから,行政は,地域の政策形成におけるコーディネーターとしての役割を逃れることはできないであろう。仮に行政自体が委員会での意見と異なる政策をとった場合には,委員会への説明責任を持ち,納得する説明できるようにしなければならない。

このように,政策の形成においては,行政に高度な判断力とコーディネート力が要求される。また,シンクタンクへの委託や,市民参加の委員会は有効な方法ではあるものの,あらゆる政策について,それらの方法で意見,提案を集めていくには時間とコストがかかり過ぎる。環境や状況の変化に応じて,柔軟かつ迅速に政策を形成し施策として実施していくためには,それらに頼るだけでなく,行政自体に有効な政策を産出し続けられる判断力とコーディネート力を養う必要がある。

したがって,政策の形成,調整,決定に関するものは,シンクタンクへの委託や,市民参加の委員会などによる市民や有識者の意見の聴取があっても,最終的な判断,コーディネートは行政が自ら行うべきものとし,本研究においては,これを最優先するものとする。だから,ここでは,シンクタンクへの委託や,市民参加の委員会などによる市民や有識者の意見の聴くことは,アウトソーシングとはしないものとする。

これに該当する具体的な事例としては,地方分権の推進,行政改革の推進,総合計画の策定などが挙げられる。

 

A行政として公平性,公正性を確保するための判断や判断基準のルール作りをするもの

利益を追求する民間企業の場合,その対象となる顧客については,自社商品を最も購入してくれそうな年齢層や性別などその属性を選別することになり,あらゆるお客を万遍なく相手にしなければならないということはない。しかしながら,行政はその施策の実施によって,特定の利益者や不利益者が出ないように,常に公平性,公正性を確保しなければならないし,そのためのコストや時間もかかっている。

行政の様々な施策において,それぞれに個々の事情によって,公平性,公正性の判断は様々であるが,一般に公権力を行使する指示,指導業務,許認可事務をはじめとして,当該施策の対象者への説明責任のために,法律や政令に基づき,条例,規則,規程,要綱を作成することによりその判断基準を明確にしている。また多くの目で多角的に判断するために委員会や審議会などを設置して協議,審議することも多い。

このような,行政としての公平性,公正性を確保するための判断や判断基準のルール作りをするものは,当然のことながら行政が自ら実施する必要がある。

これに該当する事例としては,個人情報保護に関する事務,職員の公務災害の認定,入札参加者や購入業者の選定などが挙げられる。

 

B私法上の契約をするもの

Aで常に公平で,公正な手続きを確保した後は,入札や相対の交渉などにより,実際に取引し契約をすることになるが,これは私人としての法的な効力が発生する行為である。第三者に対して,その行為に責任を持つ必要があり,また公金の支出(または収入)に係わることであるので,その金額の決定とその条件などについては,契約者である行政が自ら判断し,意思決定する必要がある。

これに該当する事例としては,土地及び建物の賃貸借契約,土地の取得,現金の運用などが挙げられる。

 

以上,3つの判断基準を設けたが,それぞれに密接に関連しており,検証にあたっては,これらに準じて応用しながら判断することとする。

 

 

(3)検証にあたっての前提条件

上記を踏まえ,アウトソーシングの可否を検証にあたっての前提条件を下記のように設定する。

 

@委託業務の職員の削減,配置転換は考慮しないこと

本研究の趣旨は,非コア業務部門の業務が理論的にアウトソーシングが可能であればその業務は外部委託し,その業務の職員は,定数管理の範囲内でコア業務に配置転換し,市民サービスの向上を図るというものであり,本章では,あくまでも,それが理論的にアウトソーシングが可能か否かを検証をするものである。

したがって,理論的にはアウトソーシングが可能であっても,個々の自治体の実態として,職員の削減や配置転換が容易にできないという問題が発生しアウトソーシングが出来ない場合も予想されるが,それは本検証とは違う次元の問題であるため,ここでは,それらをアウトソーシングが不可とする理由とは取り扱わない。

 

A費用の削減が可能か否かは検証しないこと

アウトソーシングのメリットとして,行政側の費用が削減されることを挙げているが,それは個々の自治体や業務内容,受託企業の状況などにより一律には判断できない問題であり,実際に契約する上での検討課題であるため,ここでは,費用の削減が可能か否かは検証の対象とはしない。

 

B業務全体をマネジメントする職員が確保されていること

上記のアウトソーシングにあたっての留意点で述べたように,委託者は委託業務全般をマネジメントしなければならない。そのため,それをマネジメントする職員は最低でも1名は確保する必要がある(委託業務の内容次第では複数の業務を兼務することも可能であろう)。

ここでは,業務の執行上,多少の行政判断が必要であったとしても,それはマネジメントする職員が対応するものとし,概ね一定の基準,ルールに従って行う業務については,アウトソーシングが可能とする。また,受託側が自ら判断して差し支えないような業務もアウトソーシング可能とする。しかしながら,しばしば政策判断が必要なものや,公平性,公正性が確保されているかを求められる業務については,不可能とする。

なお,現業職が従事している業務は,基本的に定型業務であり決められた業務に役務を提供するものであるので,原則的にはアウトソーシング可能とする。

 

C受託者(アウトソーサー)の存在状況はアウトソーシングの可否を判断する上で参考程度にとどめること

アウトソーシングを実施する上での留意点として,受託しうるアウトソーサーが複数あり,競争状態にあることが望ましいとしている。しかし,アウトソーサーは地域の状況などにより異なり,また個々の業務毎にアウトソーサーの実態を十分に把握することは困難であるので,その存在状況はアウトソーシングが可能か否かを判断する上では,参考程度にとどめるものとする。アウトソーサーの存在状況に関する情報は,できるだけ最新の情報であり,経済産業省が後援している全国規模の展示会であることから,日経BP社が主催し,全国のアウトソーシング企業が参加して,平成13年(2001年)7月17日から19日まで東京・有楽町の東京国際フォーラムで開催された展示会「Business Innovation EXPO アウトソーシング2001」の参加企業を参考とする。また,各種アウトソーシング関係図書に掲載している企業も考慮する。

 

D受託者が市民団体となるなどの官民協働は考慮しないこと

昨今のNPOの増大や市民団体の台頭により,現在行政が自ら行っている事業や施策の中には,市民団体が主体的に実施していくものが少なくないと思われる。市民や市民団体は地域における政策の形成や実施において重要なアクターとなっているし,彼らが関わる分野や事業は質,量ともに大変大きいであろう。したがって,ここでの検証にあたっても,彼らへのアウトソーシングが可能なものもあると推測されるが,市民参加や市民団体の状況は地域によって異なり一律ではないので,ここでは市民団体が受託者になるなどの状況は考慮しないこととする。


(4)業務の分析手法

業務の分析手法については,以下のようにする。

@業務分類の単位

具体的な事例として,平成12年度の宇都宮市の庁内管理部門(総務部,企画部,理財部,出納室)を検証するが,できるだけ詳しく業務内容を把握するため,各部内の課・室のさらに係(または担当)を単位に,業務を見ていくこととする。

A業務の分類

個々の業務の分類については,@により,各係・担当の業務を,「宇都宮市行政組織規則」及び「宇都宮市係等事務分担規程」に記載されている内容をもとに,実際の業務の執行状況を調査して,再度適切な括りに分類し直すものとする。その際に,あまり事業量の多くないと思われる業務については,省略するものとする。

なお,業務の内容についてその質や量を把握するため,各係・担当の職員数とその構成(事務職員,現業職員,嘱託員)も調査し,現業職員等がいる場合は特に記述するものとする。

B検証の対象セクション

検証は総務部,企画部,理財部,出納室を対象とするが,これらの部には管理部門ではない,特定の行政サービスを実施するセクションが含まれているので,対象とするセクションについては,下記のとおりとする。

T 総務部

課・室の名称

係・担当の名称

1 総務課

(1)法規係 (2)文書係  (3)情報公開担当  (4)地方分権推進担当  ※防災企画担当

2 秘書課

(1)秘書係 ※国際交流係

3 財政課

(1)財政第1係 (2)財政第2係

4 人事課

(1)人事係 (2)給与係 (3)研修係 (4)福利厚生係  (5)労務担当

5 事務管理課

(1)管理係 (2)電子計算第1係 (3)電子計算第2係

※防災企画担当,国際交流係については,特定の行政サービスを行う係・担当なので,対象から除外する

 

U 企画部

課・室の名称

係・担当の名称

1 企画審議室

(1)情報統計係  (2)企画調整担当 (3)情報化推進担当

※ 地域政策室

地域計画推進担当 特定事業推進担当

2 広報課

(1)市民相談係  (2)広報係

※ 交通対策課

企画係 安全対策係

※ 都心部活性化推進室

 

※地域政策室,交通対策課,都心部活性化推進室については,特定の行政サービスを行う課・室なので,対象から除外する

 

V 理財部

課・室の名称

係・担当の名称

1 管財課

(1)管理係 (2)財産係 (3)車両係

2 契約課

(1)契約係 (2)物品係

3 用地課

(1)業務係 (2)用地第1係 (3)用地第2係

※ 主税課

税制係 納税推進係 東部納税相談係 西部納税相談係 納税整理係

※ 市民税課

法人市民税第1係 法人市民税第2係 個人市民税第1係 個人市民税第2係 

個人民税第3係

※ 資産税課

資料証明係 土地係 家屋第1係 家屋第2係 償却資産係

地籍調査推進

地籍調査推進担当

※主税課,市民税課,資産税課,地籍調査推進室については,特定の行政サービスを行う課・室なので,対象から除外する

 

W 出納室

課・室の名称

係・担当の名称

出納室

(1)審査係 (2)出納係

 

なお,平成13年度の組織再編により,事務管理課管理係の組織・定数担当は人事課組織管理係(新設)に,事務管理課管理係の行政改革担当は総務課行政管理係(新設)に,企画審議室情報化推進担当は情報政策課(新設)情報化推進係に,事務管理課電子計算第1係及び電子計算第2係は情報政策課(新設)情報システム係に,それぞれ変更となった。

 

 

(注1)今村都南雄編著「公共サービスと民間委託」(1997年(財)地方自治総合研究所)の第3章宮崎伸光『公共サービスの民間委託』ではこれまでの民間委託をめぐる様々な議論が記載されており,これを参考とした。

(注2)例えば,上記で宮崎氏はサービスが低下すると短所に分類しているが,島田達己編著「自治体のアウトソーシング戦略」(2000年ぎょうせい)の第1章で島田氏は受託業務に特化した企業はスペシャリストでありサービスは向上すると長所に分類している。