修士論文中間発表レジュメ 2001年6月26日
国際社会研究専攻 MK000107 篠崎雄司
研究テーマ
「アウトソーシングによる地方自治体の戦略的経営の可能性」
1.研究の背景
(1)行政における民営化・民間委託
今日の日本の行政体は、国、地方を問わず、New Public Management(新公共経営。以下NPM)理論による行政経営の刷新を図っている。
NPM理論は、1980年代の半ば以降、英国・ニュージーランドなどのアングロサクソン系諸国を中心に行政現場を通じて形成された革新的な行政運営理論であり、その核心は、民間企業における経営理念・手法などを可能な限り行政現場に導入することを通じて効率化・活性化を図るものである。具体的には、@成果主義の導入、A民営化、民間委託、エイジェンシーなどの市場メカニズムを活用した契約型システムの導入、B顧客主義への転換、C組織のフラット化などである。
日本の行政体は、上記の@からCまでについてそれぞれ様々な取組をしているが、民営化・民間委託に関して言えば、国では、小泉純一郎政権でも強調されているように、緊急の課題である財政赤字の解消と構造改革のために、業務の民営化、民間委託が推進されようとしており、地方では、職員数とコストの縮減などを目的に、ごみ収集や給食調理など現業部門を中心に業務の民間委託が推進されている。
(2)企業における経営戦略としてのアウトソーシング
今日の企業においては、アウトソーシング(Outsourcing外部委託)は単にコスト削減による効率経営が目的ではない。文字通り、外部(Out)の資源(Source)を使うことにより、当該業務は他社の高度な専門機能に任せ、企業は自社が最も強みを発揮できる中核業務(コア業務)に経営資源(ヒト、モノ、カネ)を集中することができるようになるのである。
そのため、アウトソーシングを積極的に導入している企業の中には、コア業務である商品開発だけを自社が行い、非コア業務の間接部門の総務や経理はもちろん営業や製造まで、外部に委託しているケースも出てきている。
2.研究の視点
世界でも最も急進的に行政改革が進んだ英国において、サッチャー保守党政権(誕生は1979年)からブレア労働党政権(誕生は1997年)までのその変遷を見ると、その課題として、経済性と効率性は、効果(有効性)との両立が難しいというものがある。
すなわち、行政体が業務を民営化、民間委託しようとする場合、コスト削減などの経済性や単位当たりの生産性という効率性の向上はなしえても、その業務による住民サービスの質を長期にわたって向上させるのは困難なのである。
地方自治体の財政状況が悪化している今日、さらなる行財政改革に取り組む必要性は十分に認識している。民間企業が十分にできる業務をあえて行政が行う必要はないし、基本的に「小さな政府」となるべきだと考える。
しかし、現在の地方自治体が、民間委託を推進しようとする目的は、財政状況の改善のための、職員数とコストの削減が唯一絶対になってしまっていると思われる。それによる削減額ばかりが強調され、行政改革における民間委託をめぐる議論はそこに収斂してきた。
前述のとおり、企業におけるアウトソーシングによる戦略経営とは、外部の資源(ノウハウ、専門性)を利用し、自社が一番強みを発揮できるコア業務に経営資源を集約することである。減量化による経済性、効率性の達成に止まることなく、最終的に住民サービスを向上させることまでを視野に入れた行政の構造改革、行政経営が必要であると考える。
したがって、ここでは、アウトソーシングによりコアの業務に経営資源を集約し、必要な行政サービスの向上をいかに達成するかを研究の中心課題視点とし、次のように考察を展開していくこととする。
なお、ここでの考察の対象とする地方自治体は、地方分権時代の主役とされ住民にもっとも近い基礎自治体である市町村とし、その中でも多様な住民ニーズがある都市自治体とする。
3.本論
(1)地方自治体のコア業務とは何か
市町村が遂行している業務を分類すると図表1のようになる。
自治体の業務は、@市民に直接サービスを提供する業務とA庁内の管理的な業務の大きく2つに分けられる。
Aは、@の業務が円滑に遂行でき、さらにそのサービス内容を向上させるための支援的な業務である。したがって、本来、@が主で、Aが従の関係にあるし、民間企業ではそのように位置付けがされている。
しかしながら、自治体(国も同様であるが)では、A、とりわけ「政策・施策の管理・調整事務」は頭脳部分として中核的に位置付けられているのが一般的である。
これは、行政の場合、民間企業と違い、受益(サービス)と負担(税金)が分離しているため、その行政サービス、事業の優先順位の設定、資源の最適配分をするのに相当な企画力、調整力を要求されてきたためと考えられる。民間企業であれば一番収益の上がる事業が最優先されるはずであるし、本来優先順位の設定や資源の配分をするのは議会の役割であるがその機能が働いてこなかった。このため、実質的には、Aが主で、@が従の状態にあり、「頭でっかち」となっている。
図表1
区 分 |
事 務 例 |
|
@市民に直接サービスを提供する業務 |
法定受託事務 |
戸籍事務 外国人登録事務 国勢調査 生活保護 など |
自治事務 |
市税賦課・徴収 介護サービス 国際交流 図書館運営 道路、河川、公園整備 区画整理事業 上・下水道整備 など |
|
A庁内の管理的な業務 |
政策・施策の管理・調整事務 |
総合計画策定 予算編成 人事管理 組織・定数管理 など |
庁内の管理・支援的事務 |
庁舎・財産管理 契約 電算管理 出納事務 など |
※「平成11年度宇都宮市施策の成果」より作成。
※「A庁内の管理的な業務」はすべて自治事務である。
しかし、昨今ではこの作業には、行政評価が導入され客観的な事業の優先付けや、市民参加によるまちづくりの機会が増え、定量的、定性的の両面からの政策づくりが行われてきている。政策の優先性や資源の配分方法は、これらの職員の企画力や調整力に頼る時代ではなくなりつつある。このため、「政策・施策の管理・調整事務」の組織規模は縮小していくであろう。
また、@の業務の従事職員は、日々一番近くで住民と接し、住民の声を肌で感じているはずである。市民参加で何でも決定するのには物理的、時間的に限界があるから、できるだけ現場の職員が住民の声を政策づくりに結び付けられるようにする必要がある。
地方分権が推進されているものの、末端の市町村の組織の中で分権化が十分にされていないのでは、不適切である。現場でサイレント・マジョリティ(声なき声)を拾い、ボトムアップ型の政策形成が求められており、@の現場に資源を集めていくことが今後必要と思われる。
したがって、自治体のコア業務は「市民に直接サービスを提供する業務」であり、とりわけ、シビル・ミニマムの確保と自治体の独自性を発揮する「自治事務」がその中核となるであろう。
そして、非コア業務は「庁内の管理的な業務」であり、この業務分野について、戦略的アウトソーシングが可能かどうかを検証することとする。
(2)非コア業務における戦略的アウトソーシングの導入の検証
図表1のとおり「庁内の管理的な業務」とは企画、財政、人事、法規、管財などである。この分野は多少の違いはあってもほとんどの自治体に共通のものである。したがって、ここでは、平成12年度の宇都宮市の総務部、企画部、理財部、出納室の各課各係の業務内容を例にして戦略的アウトソーシングの導入の可能性を検証することとする(図表2参照)。
検証の方法としては、まず、それぞれの業務内容を明らかにし、その上で、行政が外部に委託せずに独自に行わなければならないものとして「公権力の行使」と「政策形成」の2つを定義し、その範囲を明らかにする。その際、民間委託にあたっての法的な制限がないかも確認する。
次に、それぞれの業務について、受託しうるアウトソーサーの存在状況を調査する。
図表2
部 名 |
課 名 |
主な業務内容 |
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総務部 |
総務課 |
条例・規則の管理、文書の管理 |
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秘書課 |
市長、助役の秘書 |
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財政課 |
予算編成、決算事務、地方債の管理 |
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人事課 |
職員の人事評価、職員採用、給与・手当の管理 職員研修、職員の福利厚生・安全衛生 |
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事務管理課 |
組織定数・行政改革の管理 電子計算組織の運用管理、システム開発 |
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企画部 |
企画審議室 |
総合計画策定、企画の総合調整 行政情報センターの管理 |
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広報課 |
広報誌の編集発行、広聴、世論調査 |
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理財部 |
管財課 |
庁舎の管理、公有財産・普通財産の管理、車両の管理 |
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契約課 |
工事等の入札管理、物品の購入 |
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用地課 |
用地取得 |
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出納室 |
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支出・収入業務の管理 |
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※「宇都宮市係等事務分担規程」より作成。
(3)コア業務を中心とした自治体の戦略的経営の考察
最後に、自治体はコア業務を中心にいかに戦略的経営を展開し、住民サービスの向上を図るかを考察する。具体的には行政現場のヒアリングや海外事例、民間企業事例を通し、以下の3点をポイントとして、NPM理論の条件である成果主義、契約型システム、顧客主義、組織のフラット化の実現性を検討していく。