修士論文研究レジメ(MK000107  篠崎雄司)      2001年5月8日

「地方自治体の非現業部門における戦略的アウトソーシングの導入の可能性」

―英国のベスト・バリュー改革と行政現場からのボトムアップ的な公共サービスの向上―

 

1.主旨

ニュー・パブリック・マネジメント(NPM)は市場メカニズムを重視した改革であり、その先進国とされる英国やニュージーランドなどを見ると、窮地に陥っていた財政状況を立て直すために、経済性(Economy)と効率性(Efficiency)を重視しており、そのシステムはトップダウン的・中央集権的なものであった。このため、行政の執行部門の生産性は向上という目標は達せられた。

しかし、そこでは住民との協働(パートナーシップ)や住民参加という視点は十分とは言えず、1997年に政権交替となった英国・労働党ブレア政権は、経済性・効率性を重視した前政権の手法を転換し、効果(Effectiveness)に比重を移し行政現場を通じた住民の参画手法の構築を模索している。

特に地方自治改革については「ベスト・バリュー(Best Value)改革」を実施し、サッチャー・メージャー両保守政権時代のような中央集権的な改革ではなく自治体自らの改革を促すとともに、市場メカニズム重視から官民あるいは住民とのパートナーシップを全面に出し、行政現場からのボトムアップ的な改革により、住民にとっての「ベスト」な公共サービスの供給の実現を図っている。

そこで、この「ベスト・バリュー(Best Value)改革」を見ながら、研究テーマの「地方自治体の非現業部門における戦略的アウトソーシングの導入の可能性」において、経済性・効率性とともに有効性をいかに確保するか、そして研究の最終目的の一つである、地方自治体のコア(核)とは何かを考察してみる。

 

2.ベスト・バリューBest Value)の概要

(1)保守党時代の自治体改革 ―バリュー・フォー・マネー(Value for Money)―

1997年までのサッチャー、メージャー両保守党政権下で進められた自治体改革の最大の目標は、財政赤字の解消と小さな政府の実現であり、小さな政府を実現する具体的な手段が「民営化」だった。公的部門を縮小し、民間部門に新たなビジネスチャンスを生み出し、国民経済の活力を高めていくという考え方である。サッチャー政権の自治体改革を表わす理念が「バリュー・フォー・マネー(Value for Money)」であり、この方針は、中央政府から地方政府に対しより徹底した形で打ち出された。

バリュー・フォー・マネーは「最小のコストで行政需要を満たす」という考え方で、地方行政を経済性(Economy)、効率性(Efficiency)、効果(Effectiveness)の「3E」の視点で改革していこうとするものであった。つまり、もっとも安価に資源を調達し(経済性)、可能な範囲で最大の成果を生み出し(効率性)、政策の実際の効用を最大化(効果)しようとする狙いがあった。このため、政策のアカウンタビリティ、競争原理、住民満足、住民・企業とのパートナーシップが強調されたが、とりわけ競争原理に重点が置かれた。

競争原理をもっとも端的に示す手法が、強制競争入札(Compulsory Competitive Tendering。以下CCT)である。CCTは自治体の事務事業を入札にかけることを義務付け、自治体自身も民間企業と同じ基準で入札に参加する仕組みである。適用範囲は、当初は一部の単純労務のみだったが、1988年の地方自治法の改正後は、道路清掃、ごみ収集、学校・福祉施設の給食なども義務付けられ、92年以降は人事、財政など中核的な事業にまで広げられ、自治体の事務事業のほとんどに導入された。入札で自治体が民間に敗れた場合は、次回の入札(通常5年後)まで仕事がなく、担当部局は自動的に廃止に追い込まれ、また職員は落札企業に再雇用されることになっているが、公務員のような身分保証はなく、給与水準も下がる場合が多いという大変厳しい制度だった。

CCTに対しては、肥大化した自治体のスリム化や事業の効率化に効果があったという評価があった反面、サービスの内容、質はほとんど向上しなかったという指摘もされている。また事業の効果に対する検証も十分ではなかったという声もあった。

このため、労働党政権になり地方制度が見直され、CCTは「コスト削減を追究するあまり、サービスの質がおろそかになった」との理由で、全国共通の制度としては2000年1月2日付けで廃止された。今後は各自治体が独自の判断でCCTを継続できるが、採用するところはほとんどないとみられている。

 

(2)ブレア労働党政権のベスト・バリュー(Best Value)

ブレア政権の目指す地方自治改革は、保守党政権のアンチテーゼの部分が多分にある。CCT等による効率性の向上を中心とした改革から住民ニーズの反映、住民満足へと転換を図っている。中央集権的な改革ではなく自治体自らの改革を促すとともに、市場メカニズム重視から住民・企業とのパートナーシップを全面に出し、地方自治の確保を図りながら現場からのボトムアップ的な改革により、住民にとっての「ベスト」な公共サービスの供給の実現を意図している。

ベスト・バリュー改革はパイロット調査を経て、2000年度から(イングランドの)全国ベースで進められている。

@ベスト・バリューの4C

1998年7月、ベスト・バリュー改革の基本的な姿勢を示すキーワードが示された。

Challenge(挑戦):サービスの供給される理由さらには方法を問い直す

Compare(比較):他の組織の達成度とパフォーマンスを比較する

Consult(協議):地方の納税者、サービスの受益者、産業界などとの協議

Compete(競争):パフォーマンスを向上させる手段として競争的手段を活用する

Cは、保守党政権下で進められてきたCCT(Compete)、Citizen`s Charter Indicators(Compare)のフレームワークをより拡充し、個々の自治体にふさわしいビジョン・政策目標を住民と協議(Consult)の上設定し、そのビジョン・政策目標に向けて挑戦(Challenge)をするという戦略的経営プロセスの導入を意図したものといえる。

Aベスト・バリューの仕組み

ベスト・バリューの実施の流れは、@現在のサービス内容の評価、Aサービス向上目標と達成計画の設定、B計画達成度合いの内部・外部監査、C目標を達成できなかった場合の政府の指導、介入を繰り返すという手順になっている。これを図示すると下図のようになる。

 

(全国レベルの視点)

ベスト・バリューの流れ

(地域レベルでの視点)

政府全体の政策目標との比較

自治体のサービス理念と達成手段の検討

自治体ごとの事情に応じた行政理念の確立

 

 

行政分野ごとの政府の目標値を参考にする

ベスト・バリュー達成計画と監査計画の原案

5年計画で策定

 

 

 

過去の行政サービスの業績評価

住民の意見や周辺自治体と比較しながら評価

 

 

1年ごとに計画達成状況を点検

ベスト・バリュー達成計画と具体的な目標値の決定、公表、実施

目標達成状況を住民に公表し、フォローアップ

 

 

政府や住民からの“テスト”受験

内部・外部監査

監査結果に応じてさらにフォローアップ

 

 

住民生活を守るための最終手段

計画達成状況に応じた政府の介入

計画の「失敗」を是正

(注)自治・分権ジャーナリストの会(2000)図6-1より

 

 

 

3.考察

(1)民間委託による効果(Effectiveness)の追求

ブレア政権がCCTを廃止する際の理由は前述のとおりであるが、これに関し、大住荘四郎は、「経済性重視の観点からは有効性(効果)の論点は希薄になりがちで、住民のニーズをどのように反映させていくのかという住民自治の基本がなおざりにされていたのである。これは(民間委託などの)市場メカニズムによる効果は経済性や効率性にとどまる公共サービスの制約でもある」としている。

ここでいう効果(Effectiveness)は、言うまでもなく住民ニーズの反映による住民満足の獲得を意味している。確かに、現在の日本の自治体における現行の民間委託は、発注者である自治体が作成した仕様書に基づき、それを遂行する契約をとっているため、受注者側である民間企業は仕様書以上の内容、すなわち住民満足の向上まで追求するインセンティブははたらかず、コスト削減などの経済性や効率性は実現しても効果は得られづらい。

しかし、日本ではまだ数少ない、性能発注方式や成功報酬を導入した契約方式、すなわち手段や手法や実施過程は問わず、その「効果」のみを遂行する契約を採用すれば、可能になるのではないかと思われる。現に、花田モデルとされる戦略的アウトソーシングの考え方はまさにこれであるし、マーケティング能力は民間企業の方が優れているのは明らかである。

したがって、民間委託(アウトソーシング)により「効果」を挙げられることは、理論上は可能であるが、現実の問題として、当該事務事業に対応できる企業群(複数の企業があるべき)が存在するかが問題となる。

 

(2)行政現場からのボトムアップ型の公共サービスの向上

行政現場を「住民とフェース・トゥ・フェースで接し、直接サービスを供するところ」とした場合、そこにいる職員こそ、住民ニーズを誰よりも熟知し、サービス向上策のアイデアを持ち得ていると言える。民間企業で言えば、この職員は、営業担当であり、マーケティング担当であり、商品開発担当である。したがって、この現場からの政策提案、政策形成こそが重要である。

ただ、現場にアイデアがあっても政策に結びつくには、行政特有の「調整」能力が必要となる。すなわち現行の自治体では、政策の優先順位の決定は、企画部門、財政部門、人事部門などが握っており、これらの部門と「調整」し、その後、さらに議会とも「調整」が必要になってくる。この「調整」に多大なエネルギーを要するため、現実にはボトムアップ型の政策形成は難しいとされる。

しかしながら、政策の優先順位の決定は、本来議会の役割であるし、そこが十分に機能していなくても、ベスト・バリューにおける住民からの意見聴取や、住民による行政評価などは、日本においても徐々に定着していくであろうし、政策の優先順位は自然に出来てくるはずである。このため、今後は執行部内の企画部門、財政部門、人事部門の比重は小さくなり、現場の職員ひとりひとりが、行政の計画性や財政状況、適正な職員配置を自覚しながら、現場情報を政策形成に結び付けていけるようにならなければならない。

上記(1)で民間企業の能力で住民サービスの向上は理論的に可能としたが、中長期的、総合的な視点から住民サービスの向上を考えることはアウトソーシングでは不可能である。したがって、自治体、とりわけ住民に一番近い市町村の場合、そのコアは住民と接する現場であると思われる。

 

(参考文献)

自治・分権ジャーナリストの会編(2000年)「英国の地方分権改革―ブレアの挑戦―」日本評論社。

大住荘四郎(1999年)「ニュー・パブリック・マネジメント―理念・ビジョン・戦略」日本評論社。

大住荘四郎(2001年)「入門パブリック・マネジメントJニュー・パブリック・マネジメントを超えて」経済セミナー553(2001年2月号)日本評論社。