論文題目「地方自治体の人材戦略―職員の採用から退職後まで―」(中村祐司・杉原弘修・佐々木史郎)20102月1日

 

 地方自治体の行政実務を担う自治体職員の能力向上のあり方に焦点を当て、具体的には自治体職員の採用試験や研修制度について、私的セクター(民間企業)の研修システムも視野に入れながら、実証的な研究を行った。職員研修の3つの柱、すなわち「自己啓発」「職場研修」「職場外研修」を設定した上で、ふくしま自治研修センターと福島市職員研修所の相互の関係性、足利銀行研修センターの機能、小山市職員自主研究グループの取組、栃木県人材バンクなどについて、インタビュ調査や一次資料から各々の現状と課題を明らかにした。そして、地方自治体入庁後の職員に対するフォロー機能の強化や自治体研修の効果測定、さらには自治体としての退職職員の組織的位置づけの必要性を浮き彫りにした。たとえば、退職職員の役割では、「自治体と地域住民のパイプ役を担う」(46)ことで、新たな地域住民の行政ニーズが発見できるとした。また、地域住民、大学、民間企業などの存在を生かしつつ、地域との協働を通じて研修を実施(地域から選定した講師による研修科目の組み入れ、地域住民の研修参加、職員が講師を務める市民講座の実施)することの必要性を指摘した。

 

 本論文では、地方自治体を取り巻く財源のスリム化要請が年々高まる中で、行政実務の担い手である自治体職員の能力とはどのようなものであるかを、採用試験や研修制度のあり方の追求することで明らかにしようとした。審査では本テーマでなされた実証研究が自治行政をめぐる理論研究においてどこに位置づけられるのか、なぜ人材戦略論なのか、自治体職員論をめぐる文献研究(書籍のみならず研究論文も含めて)は十分なされたのかといった疑問が呈された。人材戦略を行政システムとの連関で論じていない点、足利銀行を対象とした理由説明が十分でない点、職員の意識改革論の展開が不十分な点なども指摘された。しかし、本論文では法制度的な整理や一般的にいわれる課題提示にとどまらず、現職の自治体職員が持つ仕事関係での人的ネットワークや一次資料の入手優位性を生かし、さらに意欲的なインタビュ活動や現地調査を通じて、地方自治体の人材戦略(育成)のあり方が追求された。とくに、考察の対象を現役職員のみではなく、退職職員にまで広げ、当該地域における住民、行政、企業の協働のあり方にまで言及している点などは高く評価された。以上の理由により、地方自治をめぐる実証研究の修士論文として合格に値すると判断した次第である。