論文審査報告 「地域自治組織の実証研究―その課題と展望―」(中村祐司・内山雅生・磯谷玲)20102月1日

 

 

 「平成の大合併」において、旧合併関係市町村の地区の自治拡充が大きな課題となった。地域自治組織には、主に旧合併関係市町村を単位地域として地域自治地区を設定し、そこに住民代表組織と事務局を設置することにより地区自治の一翼を担うことが期待された。この制度を採用したいくつかの地方自治体を実証研究の対象とし、会議録等の一次資料やインタビュによって、地域自治組織が抱える課題について検証した。全国的な設置状況を明らかにした上で、相馬市(福島県)、沼田市(群馬県)、香取市(千葉県)、新潟市、浜松市(静岡県)、宇都宮市を対象に各々の地域自治区における活動状況とその特質を明らかにした。その結果、本制度がよく活用されておらず、機能不全に陥っている状況の存在が明確となった。一方で、宇都宮市の河内自治会議の活動に見られるように、当該地域における諸団体間のポジティブなネットワークが形成されつつあることも見出された。地域自治組織には市町村合併後の住民自治のモデルケースとなる可能性がある点を指摘した。「本庁・事務局側が用意する事項への諮問答申機能だけでなく、委員が主体となった調査審議による、地域のまちづくりに関する提案」(46)を行うべきであるとする提言も示された。

 

 実証研究と事例研究との違い、モデルをめぐる課題の提示、地域自治組織の目的の把握、聞き取り調査内容の精度、評価基準の提示、といった点への言及がなかった。諸外国における興味深い諸事例や、こうしたコミュニティ自治をめぐる行政・政策の理論文献も多数存在しており、この領域の文献研究にも正面から取り組んでほしかったという指摘がなされた。

 

しかし、地域自治組織制度をめぐる法制度の内容を把握し、全国の設置状況を網羅した上で、積極的に現地調査に出向き、対象とした基礎自治体の地域自治組織が抱える固有の課題を明らかにした。さらに、各事例から共通の課題を指摘したにとどまらず、今後の活動に向けた提言を行った。とくに事例として取り上げた地域自治組織の活動をインタビュ調査等で丁寧に検証しており、その点が高く評価できる。また、単なる事例紹介に終わらず、実証から得られた知見を理論モデルにまで敷延させようとした点(47頁の図表7-1「地域自治組織の理念モデル」)も、いわゆる実証研究から理論研究へ踏み込みとして、高く評価できる。

 

以上のような理由から、地方自治をめぐる実証研究の修士論文として合格に値すると判断した次第である。