第3章 行政庁としての首長は住民投票をどのように見ているのか
〜千葉県我孫子市長の住民投票に対する見解と推移〜
本論は地方議会の採決行動の実証研究として、主に議会の議員の当陳情の採決行動やその行動に至った意思を見ていくわけである。しかし、本陳情の願意にそって、採択された場合を考えてみると、我孫子市議会において、条例を制定する場合、議員立法において提案された条例案は未だわずか一件しかないのが現状である[1]。
ゆえに、我孫子市議会において、ほとんどの条例が首長提案により、行政の側から提案されているのが実状なのである。だから、当陳情書も仮に採択された場合においては、いくら議会への陳情で、議会において採択されたとしても、行政側にて条例案を作り、首長提案の方法で条例化される可能性が高い。
よって、本論においては議会の議員の実証研究として、議員の採決意思を見ていくわけだが、その議会においての意思判断だけの調査では本論の目的は果たせるとは言い難い。本章では、そんな条例を作る可能性の高い、首長の住民投票に対する見解や見解の推移を見ていこうというものである。本章によって、採択されたとしての陳情書の行方、採択された後の条例化の行方が明らかになるはずである。
第1節 陳情提出以前の見解
我孫子市議会において、当陳情書が提出以前においても、住民投票という言葉は縁がなかったわけではなかった。我孫子市議会においては、当陳情書が提出される以前においても、議会内において、様々な議員より住民投票に対する質問がなされ、市長の住民投票の見解が明らかになってきた。
そもそも、国政の場において、住民投票(国民投票)制度という手段を比較的前向きに検討されてきた、日本社会党という政党の職員が出身の我孫子市長において、住民投票という言葉は決して馴染みのない言葉ではなかったようである。
我孫子市議会において、公式の場で初めて住民投票という言葉が出てきたのは、平成9年9月議会においてであった。それは、公明党・鈴木美恵子議員に一般質問の内容によりであった。[2]
鈴木議員のその住民投票に関する一般質問とは、主題が市町村合併と広域行政に関してで、合併特例法において、有権者の50分の1の署名をもって市町村長に合併協議会の設置要求を直接請求することができますが、市町村長が了解した場合でも、議会が否決すれば合併論議はそこで終了となっていたが、当時の勧告案(現改正合併特例法)では、議会が否決した場合でも住民投票により合併協議会の設置ができることになっていることを挙げ、合併に関する住民投票制度について見解を求めたものであった。
それについて、市長の答弁は、合併に関する住民投票制度については、市民が自己決定をする有効な手法であると考えている、として、かなり肯定的な見解を示した。
また、同平成9年12月議会においては、勝部裕史(当時清風会、現無所属)も同じく住民投票について、質問をし、こちらは対象を合併に限らない、市民参加としての住民投票制度についてのものであった。
その内容とは、地方分権として、積極的な住民参加が大きな柱になることを挙げ、その住民参加として、行政と住民の共同作業的なものだけではないことを指摘し、住民投票の存在を挙げた。ただ、勝部議員はある政策に対して投票数の過半数がノーであったとしても、それイコール住民の意思がノーであると言い切れるのか、ということを懸念材料に挙げ、住民投票の意思決定が議会の意思と食い違ったときは、どちらを優先するのか、我孫子市では、今後地方分権を進めていく上で、住民の市政参加をどのようなものにしていくつもりなのか、について、質問を投げかけたものである[3]。
また、勝部議員はそのときの再々質問においても、住民投票のような場合に、今のところこれといったルールが確立されていないので、そういったルールはどうすればいいのか、ということもあわせて質問をしたものである。
これに対する市長の答弁は、住民投票も現在の日本の制度の中では決定そのものではなくて、議会が決定する上での1つの判断材料という仕組みに現行法制度の中ではなっているとし、どの自治体でもあらかじめそういう条例を制定するというよりは、そういう課題が出てきたときに制定をするという状況になっているようだと述べ、その際、気をつけておくこととして、単に数だけで何かを決定しようということが必ずしも民主主義ではなく、その前にお互いに十分な対話や討論があって、そのもとで合意をつくり出していく作業が大切だろうと答弁をした。つまり、この答弁のやり取りでは常設型の住民投票制度については明言を避けたのであり、個別の案件ごとに条例を作り行う住民投票について、示唆したものであった。
その後、平成11年6月議会に再び、勝部裕史議員(当時清風会、現無所属)が住民投票について一般質問をした[4]。それは、再び市民参加に関しての住民投票についてのもので、前年や前前年の質問をさらに深めた形となった。
その内容は、市民参加といえば、沖縄の基地問題等で注目された住民投票というものもあることに触れ、以前も若干質問した覚えがあるが、そのときは具体的な問題が今我孫子で起きていないので、まだルールづくりについては着手していないというような旨のお答えであったと指摘し、市民参画が活発になるに伴い、市民が政策決定に参画する可能性も、より大きくなってきたと述べた。我孫子においても、16号バイパスの問題、が住民投票の範囲に入るとして、今後住民投票があるかもしれないという前提で、これからルールづくりをしていかなければいけないんじゃないかとして、答弁を求めたものである。
これに対して、市長の答弁は、直接請求権など法律で定められているもの以外の住民投票は、現行では政策を決定する際の判断材料の1つとしてあるとし、地方分権が進みつつある現在、自治体とともに、市民の自己決定権と責任が確実に拡大していきます。その中で、住民投票の持つ意味は、より大きなものになってくると考えていると述べた。住民投票が、安易に数だけで決定してしまうということではなく、真の民主主義を徹底する制度として機能することを前提に、研究をしていきたいと考える、として、かなり、曖昧ではあったが、研究の余地を残したものであった。
以上が、著者の本論で取り上げている陳情書が提出される前の我孫子市議会においての住民投票制度についてのやり取りである。いずれにしても、実質的にはどのように条例化するなどの、実質的なやり取りは見られなかったが、住民投票という制度自体、市長は大きく反対はしていなかったということはお分かりであろう。住民投票という制度がまだ、全国的に話題の的になっていなかった当時において、このことは大きな点ではないかと思われる。
第2節 市町村合併議論成熟時
前節のような議論を得て、とうとう当陳情書に関する陳情が開始された。これにより、我孫子市議会においても、住民投票制度という議論が、さらに本格化されることとなった。
そもそも、ここで、議会内での市長との議論をまとめる前に、市長の公式的な住民投票制度に対する見解をまとめておき、整理しておきたい。それにより、今後の議員と市長との審議のやり取りが、より分かり易くなるからである。著者が市長に対して2003年5月に行った、単独のインタビューで得られた、見解について掲載しておくことにする。
まず、(常設型の)住民投票制度そのものについては、(市長は)できる限り、直接民主制に近づけることを理想としているとし、重要政策に対してはぜひ、導入していきたいというものであった。ただ、それは単純に賛成か反対かという、二者択一の多数決で決定してしまうということに関しては非常に疑問があり、よく、その案件に付き、市民間での議論をした上で行うのが望ましい、と注釈をつけた。市民間議論を重視したいとのことであった。ただ、そのような注釈はつけたものの、市民の自治意識を高めるものとして、導入すべきものとして、肯定的な意見が得られたのである[5]。
また、その内容的な部分としては、条例案に提示される案件としては、ここのテーマを列挙した形にしたい旨が明らかになった。そのテーマについては、分野は問わないという意思を示し、自治体(我孫子市)自身に決定権があるものであれば、すべて住民投票にかけられるような条例にしたい点が明らかとなった。
となると、分野は問わないということになり、自治体自身決定権があるものということを唯一の条件とするならば、これに基づく条例案となると、自治体の決定権のないものは案件としない旨が一文入るのみとなることであろうと思われる。これは、案件について、案件にならないものを条例に書き記すことになり、このような案件にならないものを条例案に書き記すことは住民投票条例の分類上、ネガティブリストに値すると考えられる[6]。
それらのインタビューの内容は、平成13年3月議会宮田基弘議員(公明党)の一般質問にも現われている。平成13年3月議会において、宮田議員は真っ向から常設型の住民投票制度について一般質問にて、質問をしているのだ。
その内容は、国会においても、地方制度調査会では、市町村合併に関する住民投票制度の導入について、合併を求める住民が署名を集めても、議員や首長の反対で進まないケースを想定して、地域住民の意思を反映させるために住民投票の制度化を図っているとし、最初に合併特例法(当時審議中)の住民投票条項について説明したあとで、また、市町村合併に限定されない一般的な住民投票制度も検討されているとし、新潟県の柏崎刈羽原発の例を挙げ、若干性格が違うとはいえ、住民の意思が反映されることは同じとした。しかし、現在の代議員制民主主義の否定につながるとの指摘もあるとして、住民投票制度について、市長の見解を伺ったものであった。
それに対する市長の答弁は、主権者である市民が直接意思表明をする住民投票は、これからの分権の時代において大変重要な制度であるとして、愛知県の高浜市・常設型の住民投票条例の例を挙げ、先進的な試みであると評価と評価した。しかしまた、住民投票には、幾つか課題があるとして、投票の対象になる事項や、何でもかんでも、ただ多数決で決めればよいのか、という疑問点を挙げた。その上で、投票の前に、その問題について、市民の間で十分に議論を深めることができる仕組みも考える必要があるとして、これらを含めて、適切に住民投票を実施できる環境が整えば積極的に導入し、代議制民主主義の制度と併用していくのが望ましいとしていた。
つまり、公式の議会の場においても、常設型の住民投票制度について、やや積極的に制定へ向けて、前向きになってきたのである。
また、住民投票においても、常設型ではない、市町村合併に(案件を限った)対する住民投票制度についても、見解が明らかになっている。こちらは、著者が行った、インタビューでは特に話題にはしなかったが、その後に中央学院大学にて行われた、シンポジウム「平成の市町村合併を考える」にて明らかとなった[7]。
合併に関しての住民投票について、市長はもちろん行うべきだとした上で、2市1町の合併(柏市・我孫子市・沼南町)[8]についても、法定合併協議会が設立され、その協議会に我孫子市が参入ならば住民投票を実施する旨を基本スタイルとしていた。このことは、シンポジウム以前の広報によっても明らかとなっている。
この合併協議会設立の後に住民投票を行うという方式は、学説によっても指示されている手段であり、協議会の住民の熱を上げるために、住民投票制度の盛り上がりを援用し、応用することが望ましいとされている。つまり、合併協議会設立と同時に住民投票を告示し、その住民投票の盛り上がりと合わせて協議会自体の機運も盛り上げ、協議会にてある程度の新自治体の構想が決定したら、住民投票を実施する進行方法が望ましいとされている[9]。ゆえに、我孫子市においても、この方式に習ったのではないか、と予想される。
それらは、大雑把な我孫子市の合併に関する住民投票の予定であり、シンポジウムで明らかになったのは、その協議会以前の話で、協議会が設立される以前の合併に関する住民投票の対応について、明らかとなった。
つまり、我孫子市長は住民投票制度については非常に肯定的な見解を持っているが、市町村合併に関して住民投票は行っていなく、それについて説明があったというものである。
その内容は、流山市が合併の庁内研究会より抜けたのが、2002(平成14)年10月であり、その10月より、柏・我孫子・沼南の3自治体の合併が構想された。ゆえに、合併特例法の期限などを換算したり、また、他自治体と歩調を合わせるとなると、3月には法定協議会設立というスケジュールが成り立っていたので、事実上、3ヶ月にて結論を出さなくてはいけなく、12月議会において、住民投票条例案を提案したとしても、協議会の提案までは間に合わなく、住民投票を行うことは断念したということであった。
ただ、住民投票を行わないということで、その代替措置が必要となり、我孫子市では
@ 広報による情報の公開
A 市内6ヶ所にての市町村合併に関しての懇談会
また、その2点だけでは、十分ではなく、3点目として、
B 市民3000人アンケート[10]
を行った、とのことであった。
ただ、以上3点の市民意向の集約方法では十分とは言えず、できれば、住民投票を行いたく、住民投票にて決定するのがベストであった、としてまとめた。
そのような、合併に対する住民投票への見解は市議会の中での議員からの一般質問にても明らかとなっている。平成13年9月議会印南宏(あびこ21)の一般質問においても述べられている。
印南議員の質問に出た、住民投票については、主に広域行政、広域行政の推進と合併問題についてのもので、合併に関する問題点を指摘し、会派視察で訪れた埼玉県上尾市について発表があった。これは、上尾市の全国で初めて合併することの可否を問う住民投票条例の実施に関してのことで、上尾市の住民投票の制定、合併の是非を問う投票の実施、さいたま市との合併問題に対する市長としての所感を求めたものであった。また、それに合わせて、今後の合併問題が起こったときは可否を決める住民投票条例を定めるつもりがあるのか否かについても、合わせて問うたものであった。
それについての市長の答弁は、我孫子市でも合併について意思決定が必要となった場合は、住民投票にかけることが望ましい、ぜひそうしたいと考えていると簡潔に述べた。
また、平成13年12月議会の勝部裕史議員(当時新世会、現無所属)の一般質問では、
合併による我孫子市や手賀沼周辺地域のメリット、デメリットをきちんと説明した上でなければ、仮に住民投票行うにしても、現在のマスコミを通じたその場の雰囲気だけで民意がつくり出される可能性も大きいとして、懸念材料を挙げた上で、我孫子市における合併のメリット、それからデメリットを論じたパンフレットの作成を求めたものであった。
それに対しての市長の答弁は、市民自治が重要と指摘した上で、その内容を十分に情報提供し、市民や議会で議論を行った上で、最終的には市民全体の意思により合併の是非を判断していくことが好ましいとし、今の段階では、反対、賛成という市長自身の意思表明をする時期ではないとまとめた。
平成14年6月議会宇野真理子議員(あびこ21)の一般質問では、合併に関して、住民投票も1つの選択肢になると述べ、必要に応じては実施すべき旨を問うた。
平成14年9月議会になると、早川真議員(躍進あびこ)も住民投票に関して質問をしている。それは、法定合併協議会の設置イコール合併の決定ということではなく、協議会の議論を経て、住民投票などを行い、合併しないことを選択することも可能であるとして、住民投票について問うたものであった。
それに対しての、市長の答弁は合併の是非については、2市1町の報告内容を踏まえ、市長としての私の考えを明らかにするとした上で、住民投票の必要について触れ、市長自身の政治信念だとも述べた。
同平成14年9月議会印南宏(あびこ21)の質問によれば、こちらになると、合併に関した住民投票ではなく、一般的な常設型の住民投票条例についてのものであった。
その内容は、問題の解決のために住民投票制度を条例化して実施する自治体が全国的には多いとして始まり、将来、市政の重要な問題が起きたときに住民の意思を円滑に問えるように住民投票制度を常設の制度とすることで、制度を安定した手法に育て、地方自治を根づかせる仕組みの1つと考える自治体も出てまいったとして、常設型の存在についても触れた。そして、現在、我孫子市議会では、市民から陳情された「常設の住民投票制定を求める陳情書」が継続の審査となっているとして、住民投票の重要性について質問をし、その内容も、若い世代の意思が政治にもっと反映できるよう、18歳以上の未成年者や永住外国人の方にも投票の参加を認めるなど、発展した内容として、住民投票条例制定へ向けての考え方について問うたものであった。
それに対しての市長の答弁は、市政の重要問題が起きたときに住民の意思を問えるよう、常設の住民投票条例があることは大変よいとしたうえで、この問題は議会との十分な調整が必要であるから、現在議会で継続審査となっている「常設の住民投票条例制定を求める陳情書」の議会での審査結果を踏まえて、検討をしていきたい旨を明らかとした。
話を再び、合併議論に戻すと、平成14年12月議会の総務企画委員会においては、実質的な協議がなされている。勝部裕史(無所属)が質問をしているのだ。
その内容は、法定協議会に参加した後で、住民投票を行い、それで反対票が多く投じられたら、どうするのか、ということが主題であった。
それに対しての、市長の答弁は住民投票で反対が多ければ合併はしないとした上で、住民投票に従うつもりでいると述べ、柏市、沼南町にも理解をしていただく旨を明らかにした。
また、付け加えで、住民投票につき、法定合併協議会で、新都市建設計画なり、財政計画がもう全部決まって、姿が見えてから判断した方が、それは最終的な判断としてはいいのかもしれないけれども、柏市、沼南町へ与える影響を考えなければいけないから、そう法定合併協議会の議論が詰まってからというわけにはいかないとし、法的協議会参加にしても、できるだけ早期の住民投票の実施を示唆した。
また、その議論に関連して、宮田基弘議員(公明党)も質問があった。
その内容は、住民投票について、11万人以上の人たちが決めるということに対しての住民投票の正当性、真偽性を尋ねたものであった。
それに関する、市長の答弁は人数の問題に付き、1票でも多い方を優先したいとし、完全にもちろん正確には把握できないであろうが、逆の方向が出ることはないのだろうと考え、有効なのではないかとのことであった。
第3節
施政方針演説にての常設型の住民投票制度の登場
ここまで時期が進むと、議会での当陳情の審議もクライマックスを迎えてきた。
そのクライマックスを意識したのか、市長の側においても、住民投票条例につき、決定打とも言える、働きかけを行った。その働きかけとは、施政方針演説において、住民投票の条例化について訴えたのである。
その施政方針演説とは、2003年3月議会初日において行われた。その内容の中で、「自立したまちづくりに向けての8つの提案」[11]と題され、その中の3番目に18歳以上に市民が参加できる常設の市民投票条例の制定化を訴えたものであった。
なぜ、この時期にこのような重要政策の提案をするのか、と言えば、おそらく、我孫子市長は当年1月に改選され、1月に市長選挙が行われたのであるが、当年は立候補者が現職、つまり現市長しかいなく、無投票当選となったのであった。だから、選挙において公約を発表する機会もなかったので、任期が新たになった今3月議会において、決意表明をする意味でも申し上げたのかもしれない。
その施政方針演説では、重要政策には市民投票制度を設けたい旨を提案し、そのような間接民主制を補完する直接民主制の導入は、市民の自治意識を高めるし、市民の総意によるまちづくりに有効とし、議会と市民に市民投票制度の重要性を訴えたものであった。
前述もしたが、条例を作るのが90パーセント以上、首長提案として、行政の側から立案される我孫子市においては、その市長から正式に議会の中で提唱されたことは非常に大きな意義を持ったのである。このことは、今後の議会運営の中においての当陳情の扱いにおいても、かなり打撃の大きい、決定的な一打となったであろう。
それに合わせて、それを踏まえて、当陳情の今後のスケジュールについて、行政側の見解として、市長より発表されたので書き記しておきたい。それは、前述したとおり、著者が市長に対して行った、インタビュー調査にて合わせて明らかにしたものであった[12]。
その中においては、細かいスケジュールはまだこれからとして念をおいたのであるが、著者が提出中の常設の住民投票条例制定を求める陳情書については、仮に採択されたとするならば、議会が採択して受けた陳情なので、議会による議員立法での条例化を尊重するとし、議会が議員立法をしないならば、行政の側で責任を持って条例化するとのことであった。また、当陳情が3月、6月、9月議会とすべて継続審査で、11月の議会の議員の任期満了とともに、廃案となったならば、それ以降に首長提案として、行政の側が行うとのことであった。いずれにしても、議員立法も含め、動向を見極めるとのことで、いずれかの形で、いつかは住民投票条例が出来ることが明らかとなったのである。
それらの施政方針演説で訴えたことは市議会においても波紋を呼んだ。一般質問でその市民投票制度について問うた議員は当3月議会で2名に及んだ。
とうとう、最大会派・市政クラブの中においても、市民投票について問う一般質問がなされた。平成15年3月議会において、関谷敏江議員(市政クラブ)の一般質問では、その施政方針演説で訴えた市民投票制度の内容を確認した形となった。
その内容は、これまでは、どちらかというと、これまで議会制民主主義の否定につながるとして住民投票には消極的になりがちであったのだが、市民自治の時代を迎え、重要な政策の決定において市民の総意を把握し、政策決定に反映する、そうした直接民主制の導入は市民と協働のまちづくりを推進する上でも確かに大事な道具となるはずとし、住民投票制度は市民自治とセットにあるものなのだとした。それから、愛知県高浜市で成立した常設の住民投票条例の話題を挙げ、その内容を訴えた後、住民投票条例についての市長の考えを聞いたものであった。
それに対する市長の答弁は、住民投票は制度化する必要があるとして、内容についても、18歳以上とすることは、働いている場合は納税者であるから、若者の社会参加を促進するのに有効だとし、さらに、永住外国人についても、一緒に暮らす市民として、地域社会の問題や課題について意見表明してもらうことが、住みよいまちづくりにつながると思うとして、条例化に向けてさらに語気を強めたものとなった。
同じく、平成15年3月議会において、吉松千草議員(日本共産党)からも市民投票について、質問が及んだ。
その内容は、施政方針演説において、市民投票に前向きな姿勢を示したが、それに関しての陳情・請願はまだ、議会の中では採択されていない、とし、なぜ、もっと前に提案しなかったのか、疑問を表明した内容となった。
それに対する市長の答弁は、合併に関する住民投票についてはすでに提案をしている、と表明し、しかし法定合併協議会を設置するかどうかの判断というのは、柏市、沼南町との協議の中でも、3月議会に条例を出すかどうか判断しなければならないとのことで、予算の関係上、2月の頭には決めなければならなくて、スケジュール的に間に合わなかった旨を表明した。そして、今回、改めて提案しているのは、合併を問うという単独の住民投票、市民投票の条例ではなくて、常設の市民投票制度だということを訴え、その意義について答弁したものとなった。
また、本会議場を外れて、委員会審議においても、今回の施政方針演説と絡んで市民投票条例について質問がなされている。
平成15年3月議会における総務企画委員会での勝部裕史議員(無所属)の委員会内の質問においては、住民投票条例について、条例の提案方法について確認がなされている。
その内容は、議会のことなので市長からとやかく言えないという立場ではあると指摘し、、議会の方で挙がっている、住民投票の陳情の存在を示唆した。仮にそれが採択された場合において、議会から提案して、なおかつ市長から提案して、それをお互いにもむというやり方もあるが、市長の基本的なスタンスとして、議会と執行部からの提案を2つあわせて内容を検討するのか、どちらか一方の提案を1つのたたき台として考えていこうというおつもりなのか、どちらかについて問うたものであった。
それに対する市長の答弁は、陳情が今審議中なのはもちろん自身も認識しているから、陳情採択をされて、議会の方で議員立法で作るということであれば、それを見たいと思っているとし、そうでなければ市長の方から提案をする、とのことであった。
同じく同議会、同委員会にて渡辺光雄議員(市政クラブ)が関連の質問をしていた。
その内容は、市長は15年度の施政方針演説の中で、住民投票制度をこれから提案していくということであるが、やはり予算関係がこれは伴うとし、予算について質問したものであった。
それに対し、当局の答弁として、選挙管理委員会事務局長の話では、市長選挙など一般選挙が1つの指標にはなるとし、平成14年度の市長選挙予算というのは約3,000万円であったことを述べた。ただ、その3,000万円の中には公費負担も入っていますので、そういったものを差し引かなきゃいくと、それ相当の金額がかかってくると答弁した。
再び、その点に関して、渡辺議員の再質問では、3,000万相当はかかるということで、そういったことも市民に徹底していただかなければならないとし、その案件をより市民に知らせる必要性があることを示唆した。
それに関しての市長の答弁では、費用については、市長選は3,000万円ですけれども、その中にはポスターとか宣伝カーとか選挙広報とかそういった公費負担が入っているから、そういったものは多分除いていいとした上で、改めて試算もしてみたいと申し上げた。また、市民にそういう制度を議論してもらうときには、費用についても示すことができれば良いと考えていて、どんなテーマを市民投票にするのかということについては、これは1つは条例の内容の問題にまさになるとした。住民投票を発動できる条件の基準をどうするのかと検討しなければいけないとした。
同じく、勝部裕史議員の質問によれば、市長の考えている市民投票もしくは住民投票の制度の中の市民の中には、いわゆる外国人の市民の方も含まれているのかということであった。
それに対しての、市長の答弁はこの辺も議論していく課題の1つだと思っているとし、市長自身の個人的な意見としては、含めて良いのではないかということであった。
それに合わせての勝部議員の再質問では、やはり、案件の範囲についてで、どの程度のことを市民投票にかけるべきであると考えているのか、ということを問うた。
市長の答弁は、どの程度のことと言われると、極めて重要なことという答えになるので、ちょっとそれ以上難しいとして、明言を避けた。ただ、上記にも記したとおり、著者が市長に対して行ったインタビューに寄れば、案件という分野は問わないとのことが明らかとなっている。つまり、我孫子市が決定権のある分野ならば、どんな案件でも住民投票にかけても良いのではないか、ということを明言している。
第4節 市議会『採択』を受けて行政は
これらの議会での市長との審議を経て、議論も大詰めを迎え、当陳情書もとうとう2003年(平成15年)3月議会において、採択され、通過された。それによって、行政の側も当陳情書につき、実行をすることとなった。当陳情書の今後の条例化までのスケジュールが発表となった[13]。
それによれば、2003年(平成15年)3月議会において、陳情書が採択され、そのまま議長より、市長へと陳情書が送付された。その後、2003年(平成15年)6月議会においての進行状況では、総務課内に住民投票条例を作成するプロジェクトチームが設立され、そのチームは2003年(平成15年)12月議会[14]には条例案の提案を予定しているとのことであった。いずれにしても、実行者の方より、年内には条例案が提案されることが明らかとなっている。
因みに、上記の市長の見解によれば、あくまでも議会が受けた陳情なので、条例化については議会の議員立法を尊重するというスタイルであったが、2003年7月現在、今のところ、議会において住民投票条例に関した、議員立法の動きは見られない。
以上のような形において、市長を中心とした、行政側の住民投票に対する見解が明らかとなったのである。これで仮に12月議会に提案されれば、市民から提出されて陳情書がきっかけとなり、それを議会が採択し、そして行政が条例化するという、市民、議会、行政が上手に連携して、条例化まで漕ぎ着けたことは素晴らしいことであろう。住民投票条例化のモデルケースとなるかもしれない。
行政、議会、市民の三者間で対立がないなかで、条例が成立しているパターンは住民投票条例化のパターンA[15]になるのであるが、我孫子市はこの典型例になるだろう。住民投票制度が議会制民主主義を補完する意味で導入すべきとする風潮の中で、やはり、このパターンAのタイプが望ましいのは言うまでもない。
[1] 2003年6月議会現在である。
2003年6月議会に市政オンブズマン条例案(提案者・勝部裕史議員、賛同者・坂巻宗男議員、早川真議員、栗原洋子議員、岡田彰議員)が我孫子市議会上、初めて議員提案により、条例案が提案された。なお、その条例案は当6月議会において、閉会中の継続審議となっている。
[2] 我孫子市議会議事録平成9年9月議会より
[3] 我孫子市議会議事録平成9年12月議会より
[4] 我孫子市議会議事録平成10年6月議会より
[5] 2003年3月5日に著者が行ったインタビューより
午前10時より、我孫子市役所・市長室にて行った
[6] ネガティブリストについては、様々な文献により研究がなされているが、代表的なものを挙げておくと、横田清編『住民投票T』(公人社、1997年)、上田道明著『自治を問う住民投票』(自治体研究社、2003年)が挙げられる。
[7] シンポジウムは2003(平成15)年5月28日水曜日に中央学院大学・社会システム研究所が主催して行われ、平成15年シンポジウムとして、「平成の市町村合併を考える〜これからのまちづくり〜」として行われた。
進行はまず、1部として森田朗氏(東京大学大学院教授)の基調講演の後、2部はパネルディスカッションが行われ、市長の合併に関する住民投票についての見解は2部にて明らかとなった。
2部の参加者は岩崎恭典氏(四日市大学教授)、森田朗氏(東京大学大学院教授)、福島浩彦氏(我孫子市長)、内田美恵子氏(我孫子市行政改革市民推進委員長)、中井達也氏(我孫子青年会議所理事長)、赤田靖英氏(千葉日報社取締役)の6氏にて、パネルディスカッション方式にて行われた。
[8] 2市1町の合併に関しての詳細は、第7章・第1節を参照願いたい
[9] 上田道明著『自治を問う住民投票』(自治体研究社、2003年)
[10] 我孫子市では2市1町の市民意見集約の最終手段として、市民3000にアンケートを行った。
結果は、我孫子市単独を希望が40パーセント、
2市1町においての合併を希望が26パーセント、
6市2町においての政令指定都市化を希望が18パーセントという結果を示した
[11] その市民投票条例以外においての、自立したまちづくりに向けての8つの提案とは、
1つ目が、市長の再任回数を条例で制限することの検討であり、
2つ目が、市議会の一層の充実、
3つ目が、市民投票の制度化、
4つ目が、一層の情報公開、
5つ目が、市税収入に対する人件費の割合を制限すること
6つ目が、コミュニティビジネスによる地域の活性化
7つ目が、子育てしやすい、若い世代に魅力ある街づくり
そして、8つ目が成田線沿線の交通利便性の向上
の8つから成り立っていた。
[12] 2003年3月5日に著者が行ったインタビューより
午前10時より、我孫子市役所・市長室にて行った
[13] 市民グループとびらのメンバーが議会事務局出したメールにより、明らかとなった
[14] 12月議会に提案予定いうのは、中央学院大学社会システム研究所主催「平成の市町村合併を考える」内においても、市長自身より、明言されている。
[15] 上田道明著『自治を問う住民投票』(2003年、自治体研究社)内における分類の方法である。住民投票条例につき、首長が反対しているのか、首長・議会ともに反対しているのか、ということで、あとパターンBとCがある。なお、我孫子市の場合、常設型であるので、案件がないので、パターンA1、A2までの分類はできない