おわりに

 

 こうして、20033月議会により、約3年をかけて行った、当陳情の活動が終了したのである。条例化は12月議会を予定しているのであるが、この活動は条例化をするうえで、大きな裏づけとなるであろう。

 本論を論じてくると、様々な議会の実態が大きく浮き彫りになった。

 まず、第1章では我孫子市や我孫子市議会全体の概説について論じてきた。そこでは地方議会においても、会派など様々な社会性があり、あくまでも議会というものが大人数の集まりであることが分かったであろう。そして、政治というのは選挙という行為だけで終了してしまうものではなく、むしろ選挙という行為がスタートラインであることは気が付いてくるはずである。また、市民活動の台頭も見ることができた。岩崎学級はその顕著な例である。地元の大学の教授や学生が市民と勉強し、ともに発展していこうとする印は今後のモデルスタイルとなるであろう。学社融合の新たな体系が築けると思われる。

 第2章では行政長としての首長の見解について述べてきた。今回の活動につき、非常に好都合であったことは、対象地域とした我孫子市の市長が市民派を重視した市長で住民投票という制度に非常に前向きであったということがあるであろう。むしろ、そのような前向きであったからこそ、我孫子市という地域を選んだと言っても過言ではない。もちろん我孫子市議会内部においても、全員が住民投票について理解を深め、決して最初から否定的ではなかったということもある。もちろん、早期より採択させたい意思を示した会派はたくさんあるのであり、そうでなくとも、全員が住民投票について理解をしていた。ゆえに、我孫子市議会が決して感情的に面白半分に採決をしていたわけではないのである。各議員熟慮を重ねた上での各議会の採決だったわけであるのだ。ゆえに、そういった市長が本陳情を境に、本格的に住民投票条例を現実的に制定して行こうとする意思変化を本章では述べてみたのである。 

第3章では案件を無投票当選という制度に限った住民投票条例制定の活動を主題とした。今章では、案件上、千葉県我孫子市議会を離れて、栃木県議会においても活動をしてみた。やはり、地方議会において、議会ごとに差異が多々見られたことが収穫であった。陳情の結果はともかく、他の地方議会との比較ができたことは多いに陳情の成果となるであろう。

 第4章では、対象の案件を限らない常設型の制定を目指した。ここでは、東葛ステイツマンズクラブの議論などを踏まえてこのような変化に至ったのである。東葛ステイツマンズクラブは若手議員の集合体である。本論や本活動については議会の問題点ばかりが目立つ印象にあると思われるが、そんな本論の中にもこのような議会の未来に向けて様々な希望の光もたくさん見受けられた。まだまだ、全国的に議会議員における年齢の若い議員の比率というのは極端に低いことだとは思われるが、このような集まりがあることは未来の希望と言えるだろう。若い有権者の投票率の上昇というのは若い議員に懸かっていると言っても過言ではない。これから将来を考えていくと、若い有権者が投票に行かないことでは未来は作れない。そんなことに対して、この東葛ステイツマンズクラブの活動は希望を担えると思われる。

 4章において、陳情の活動も希望の光が見え始めた。継続審査として受け止めてもらえることとなったのである。ようやく、本格的に取り組むこととなったのである。本論における始動とは、事実上、4章からであると言っても過言ではないだろう。

 第5章においては、陳情の文言の中にあった、議員立法について論題となった。我孫子市議会においても、未だに議員立法の数は1件しかないのが実情である。そもそも、議会とは立法府であるから、議員立法が議員の職務である。法制スタッフの採用や議員研修の充実など、外部環境を整え、本来の立法府としての職務を担えるように改革をしていかなくてはならないだろう。

 第6章においては、市町村合併について論題となった。結局、我孫子市は合併特例法の期限の間においては合併をしないということで決定したのである。一連の市民の意見を集約して、このような結論に行き着いたのであるが、やはり、これが最善の決定の仕方であったのか、と考えると疑問の点があると言わざるを得ない。詳しくは6章の中に前述した通りであるが、今後とも今回の結論方法を生かしつつ、住民投票を定めていくことを期待したいものである。そうではないと、住民投票制度というのは諸刃の剣という性格も兼ねているので、使用を誤ると、あるいは使用ができないとなると、かなり好ましくない現状を作り出してしまうことにもなり兼ねないのだ。著者は我孫子市が住民投票制度を使いこなせる地域であると判断したから陳情という活動をしたわけであり、住民投票制度の持つ長所を最大に生かし、使いこなすことを期待して止まないのである。

 第7章では、最終の20033月議会について述べ、とうとう陳情が採択されるに至るのである。ここまでの3年にわたる長い活動に幕が下りることとなるのだ。ただ、やはり、前述した通り、本会議での採決で継続審査の採決を否決し、その後願意採決で採択するという、採択までの各会派の方針がとてもわかり難いものとなってしまった、という心残りはある。結局、本会議の採決で二重の採決をしてしまったのである。これは議会の即応性、簡易性ということに関して言えば、あまり良い結末とは言えなかったであろう。今後とも、議会改革を望みたいものである。

また、当活動を行っていくことで、議会についての慣習や内部についての詳細が様々と判明した。そもそも、陳情というのは採択か、不採択かの2つの判断であるはずなのに、結局は3年という時間を要してしまったのである。まだ、3年で決断がついたから良いほうであるという観点も持てる。我孫子市議会内でも任期の4年をかかっても決断をする陳情があるのはもちろんのことであるし、4年をかかっても決断がつかずに結局は廃案となってしまうものもある。ゆえに、議会において陳情することはここまで長期戦を覚悟することであり、1回で判断がつくということのほうがむしろ稀なのである。

 ましてや、継続審査という判定をし、その継続審査という意味合いの通り、閉会中に審議が進行したり、次回の議会では新たな進歩が見られていれば、まだ長期戦となったとしても納得が行く場合が増えるかもしれない。しかし、実際はただ、時間を先延ばししたいというような継続審査、次回になっても何ら進展が見られないような継続審査が多回あった。そのようなことは改めて議会とは何なのか、議員職とは何なのかということについて熟考していかなければならないだろう。

 以上で、本論における我孫子市議会への陳情の活動は終了したわけである。200312月議会では、首長提案により、条例案が提案されるであろう。当陳情の内容を生かした有意義な内容であるものと期待したい。なお、それらの条例案や首長提案については、本論第二部について論じることとしたい。我孫子市においての住民自治は未来に向かい始めているのである。