修士論文 

篠崎雄司『アウトソーシングによる地方自治体における戦略的経営の可能性―管理部門から市民サービス提供部門への経営資源シフト化の構築』を読んで。                              

中村祐司 

 

極めて独創性のある論文である。「アウトソーシング」という言葉は、経営学や行政経営論の領域では実務者・研究者の間で定着しつつある分析概念となってはいるものの、社会科学研究においては必ずしも浸透された概念とはなっていない。しかし、本論文はまさに実務者としての自治体職員が、行政サービスをめぐる「現場」における経験の蓄積にもとづいて、いかにして有効なサービスを住民に提供し得るか、その最適点はどこにあるのかということを、「アウトソーシング」を基軸に真摯に考察したものである。

現在では「アウトソーシング」という用語自体は、組織経営論に限らず、行政関係の雑誌等にも随所に登場してきており、いわばこの用語使用が流行している感すらある。しかし、本論文における視覚の決定的な独創性は、「アウトソーシング」(行政サービスの民間委託や外部委託)の用い方にある。すなわち、従来の発想では自治体の「管理業務部門」はコア部門であるというある種疑うことのない前提のもとで、この管理業務部門に手を付けることなく、「市民サービス提供部門」を対象とした「アウトソーシング」があたかも当たり前であるかのように検討・実施されてきている。ところが、篠崎氏は、こうした発想を逆転・反転させ、「市民サービス部門」を基軸とした上で、「管理業務部門」のアウトソーシングの可否を検証することこそが、良質な政策形成や住民へのサービス提供を達成する上で不可欠であると位置づけるのである。こうした発想を提示した意味は極めて大きい。

このような発想が決して奇抜なものではないという説得力が、本論文第1章第2節第3節から伝わってくる。すなわち、図表2(p.8)でいえばコアと非コアの峻別において従来の発想の逆転が行われているのである。しかも、自らが勤務する宇都宮市を対象とすることで、このような分析手法が行政サービスの実際から遊離したモデル論で終ってしまうことを回避すると同時に、広範囲な実務に及ぶ検証を可能にしたように思われる。

2章において、アウトソーシングをめぐる3つの判断基準を提示した上で、実際の検証対象を絞り込む。そして、3章で各々の行政サービスを対象にした具体的な検証に入っていく。同章は一見すると、機械的で淡白過ぎる記述の羅列が続いているかのような印象を受けるかもしれない。しかし、個々のサービスをめぐるアウトソーシングの可否の判断にあたっては、宇都宮市職員である篠崎氏の観察力と問題意識の結集がなされている。そのことは「事務の内容」の把握が行政職員としての実務観察を生かす形でなされ、単なる規則や規程の羅列で終っていないことからも窺われる。本論文の中核となる章である。

こうしたいわば、膨大である意味で地味な「気の遠くなるような」検証作業を経てるがゆえに、第4章で提示される課題はいずれも的を射た説得力のあるものとなっている。第5章ではここまでで展開された発想や課題提示を後押しするかのようなアンケート調査が示される。アンケートの対象数こそ少ないものの、行政職員の生の声が掲載されている。しかも、驚くべきことに鳥取県では現実に篠崎氏の発想と通じる動きがあるという。

このように本論文は、自治体職員の「現場」を起点とした問題意識が原動力となって、行政研究者には到達し難いような、個々の実務に対する果敢な検証がなされている。アウトソーシングをめぐる欧文文献の読み込みや検討、他の自治体との比較考察、宇都宮市を取り上げたことの理由説明や学問的意義、さらには行政学における組織論の位置づけなど、アカデミックな領域における理論構成や論理展開の点での物足りなさは確かに残った。しかし、このような研究上の不足を補って余りある成果が出た論文であると言える。