衆院選栃木1区における有力候補者2人の見解に関する一考察
中村祐司
第42回衆院選について筆者は、読売新聞6月27日付朝刊(栃木版)に以下のような見解を掲載した。すなわち、
「自公保三党の連立政権か、民主党を中心とした新しい政権か、政権選択が問われた今回の総選挙で、一区の動きは、全国を見渡しても一歩突き抜けた新しい選挙のあり方を凝縮してあらわした。歴史的、画期的な大転換の兆しが感じられる。
中選挙区制度ならば、自民党の船田元、民主党の水島広子両氏が当選していたところだが、小選挙区制度でシビアに一人に絞られた。自民、民主の対決で大差がついた選挙区もあったが、候補者次第では有権者の判断によりダイナミックに当選者が変わり得ることが立証された。これが「保守王国」と呼ばれる本県で起きたことに大きな可能性を感じる。
小選挙区比例代表並列制は回を追うごとに、実質的な二大政党制への収れんを促していくことは間違いない。今回の選挙では有権者がそのことを認識し始め、一歩踏み出した形の投票行動を取ったことで、遅ればせながらも、新世紀に向けて日本政治の変革の歯車がようやく回り始めたのではないか。
ただ、県内でも小選挙区で落選しながら、比例区で復活当選した候補者が二人出たことで、これが本当に民意の反映と言えるのか、今後、比例をさらに削減するなどしてすっきりした形にするべきではないかなど、有権者の疑問が強まる可能性がある。」
というものである(色文字は中村)。
今回の総選挙の結果は以下の図のようにまとめられるが、このレポートでは特に小選挙区栃木1区における2人の候補者に注目し、各々の教育問題をめぐる主義・主張も含めて検討していきたい。情報源としては下野新聞のホームページ
( http://www.shimotsuke.co.jp/ )にある「記事検索」( http://www.shimotsuke.co.jp/web-db/wsr0/ )や「企画」、両氏が出しているホームページを利用することにしたい。
上図いずれもhttp://www.asahi.com/senkyo2000/index.htmlより。
第四十二回衆院選挙の結果(栃木県。投票日は2000年6月25日。http://www.shimotsuke.co.jp/より)について、下野新聞の記事が簡潔にまとめられているため以下のように引用したい(ただし、数字は算用数字に変更。色文字は中村)。すなわち、「県内五つの小選挙区では、1区で民主新人の水島広子氏が連続八期当選を目指した自民前職の船田元氏に約1万6000票の差をつけ、初当選を飾った。自民以外の政党が県内小選挙区で議席を獲得したのは初めて。県都・宇都宮市を有する1区の議席を民主が奪取したことで、県政界の勢力図が塗り替えられた。来年夏の参院選にも大きな影響を与えそうだ。1区を除く小選挙区は自民が制し、2区・西川公也氏、3区・渡辺喜美氏、4区・佐藤勉氏、5区・茂木敏充氏がそれぞれ当選した。投票率は前回比四・二○ポイントアップの61.01%。争点とされた政権の枠組みや経済再生の在り方などを巡り、有権者の政治に対する関心度が高まった結果といえる。
1区では水島氏の草の根運動が実を結んだ。精神科医のキャリアを生かした相談会、ミニ集会で、女性をはじめとする無党派層の支持を拡大。連合栃木、簗瀬進後援会の票も加わり、前回衆院選で簗瀬氏が獲得した約5万7000票に5万票余りも上乗せし、約10万7000票を得て勝利を収めた。船田陣営は今回初めて、後援会と自民1区支部が合同選対を組み、「オール自民」の万全の態勢で臨んだ。選挙期間中も選対がフル回転し票固めに走ったが、前回得票(約12万7000票)から約3万6000票も減らした。」というものである。
また、下野新聞社の集計によれば、選挙翌日の0時50分現在の各候補の得票数は以下のようになっている。ややスペースをとるものの、来年の参院選や次回の衆院選、さらには地方議会や首長選挙を考える上での有用なデータであり、掲載しておく。
衆院選小選挙区開票結果 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
http://www.shimotsuke.co.jp/より。
それでは以下、船田氏と水島氏の政策見解(下線中村)をまとめておきたい。
<船田元氏>
船田氏は99年9月13日の「国会在職二十年を祝う会」という自らのパーティーで。「まさに激動の二十年だった。これからは調整型の政治、行政でなく戦略・思考型でなくてはいけない。新保守主義の下、ダイナミックに進めていきたい」と決意を語っている。(「船田、渡辺両氏が都内で政治資金パーティー1999年09月14日付」)
2000年4月になって、後援会総連合会の会長に、福田富一宇都宮市長が就任する意向を固めたことが明らかになった。船田氏は、「私の選挙は、前回の市長選の支援態勢の枠組みを引き続きお借りしてやっていきたい」と述べている。(「船田後援会 空席の会長に福田市長」(2000年04月14日付))
選挙数日前の下野新聞による世論調査では、1区の状況について、「自民党に復党した船田元氏は後援会長に福田富一宇都宮市長、事務長に経済界から保坂正次関東自動車社長を据えるなどして盤石の態勢を敷き、民主新人の水島広子氏をややリード。水島氏は「これまでのような利権、しがらみの中の政治を絶つ」とアピールし、船田氏を猛追している。
船田氏は夫人の畑恵参院議員と手分けし、女性対象の百五十回を含むミニ集会四百五十回開催を目標に汗を流している。
現時点で自民支持層の六割強の支持を集めているが、公明支持層はまだ四割強しか固め切っていない。五十歳代など中高年層に強く、懸念された女性層は四割近くが支持している。
水島氏は十三人の民主市民連合市議がフル稼働。民主支持層の七割以上を固めたほか、公明支持層の三割近く、自民支持層の一割強からも支持がある。知名度不足というハンディがあるが、ムードは悪くなく三十歳代の五割近く、さらに女性の三割から支持がある。」(「栃木衆院選本社世論調査」2000年06月20日付)と記載している。結果からみて、水島氏による「猛追」、「ムードは悪くなく」という表現が現実のものとなったのである。
それでは、船田氏自身は自らのホームページ(「船田はじめ 日本をよくする Homepage」 http://www.funada.org/ 下図も同。)で教育問題について何を主張してきたのかについてまとめたい。
「教育の崩壊を防ぐために」(2000年4月3日)と題した論文(http://www.funada.org/policy/index.htm)の中で船田氏は、教育の荒廃は戦後4回目のピークを迎えているが、今回の特徴として、「いじめ」「不登校」など問題行動が陰湿化している点と、、殺人に至るような強暴さも持つようになった点、さらには授業自体が成り立たないという「学級崩壊」現象が都市部周辺で急増していることを挙げている。その原因として、学校・家庭・地域のそれぞれが本来持っていた「教育力」を失ったことが大きいとする。
船田氏によれば、性悪説に立てば子どもをスパルタで訓練して、大人や社会が望ましいと思う人間に仕上げることが教育となる。性善説ならば子どもを放任し、むしろ何もしないことが最善の教育ということになる。しかし実際、子どもというのは最初から良くも悪くもない。「良くなろうとしている存在」と考えるべきであるから、教育とは、子どもたちの「良くなろうとしている」エネルギーを援助する基本姿勢を教育基本法に盛り込むべきであるとする。そして、他人の立場が分かり、他人の気持ちを汲み取れる「パブリック・マインド(公徳心)」を、子どもたちに身に付けさせることである。さらには子どもたちに創造力と自己責任の心を持ってもらうことを強調している。
具体的には2001年度から2003年度にかけて実施される新しい学習指導要領における「総合的学習の時間」の導入に注目している。ボランティア活動やコンピュータ教育、あるいは修学旅行や林間学校などの学校行事、実社会で様々な分野で活躍する特別講師の受け入れ、異年齢集団の教育力を活用した学習活動、即ち「原っぱの遊び」を復活させることなどが挙げられている。
これに続けて、 「総合的学習の時間」をこれからの学校教育で活かしきれるかどうかが、我が国の教育再生の鍵を握っているとし、そのためには親や地域を学校の授業の中に巻き込んでいくくらいの展開(アメリカ社会で始まった「チャータースクール制度」に類似のもの)をすべきであると主張する。
<水島広子氏>
民主党県連が水島広子氏の擁立を発表したのは99年10月のことであった。
水島氏は大学病院に勤務し、主に思春期前後の摂食障害の治療や、不妊治療中の女性のサポートに当たっており、ジェンダーフリー(性差からの解放)の活動にも参加し、選択的夫婦別姓を導入する民法改正運動にも取り組んでいることが紹介されている。
「党から栃木での立候補を聞かされたとき、子どもの問題を考えるきっかけになった(黒磯北中の)ナイフ事件を真っ先に思い出した。あらゆる人たちが暮らしやすい、現状より理想に近い社会の実現に努めたい」と語っている。(下野新聞「民主党が衆院栃木1区に水島氏擁立」1999年10月19日付)
また、下野新聞の「企画 21世紀への選択 第3部・検証 とちぎ衆院選」( http://www.shimotsuke.co.jp/)によれば、水島氏が一貫して訴えたのは「子供たちが健康な心を持って過ごせる社会の実現」だという。また、選挙の翌日には「日本はまだ捨てたものじゃない、という大人たちの勇気を全国に示せた選挙だった。教育問題などで自分が目指すものを一つずつ実現していきたい」「選挙中、既存の政治家を批判した自分自身の真価が問われるのはまさにこれから。これからが本番と思っています」と水島氏は語っている。
「水島広子のコミュニケーション正常化作戦」というホームページ(http://www.mizu.nu/)を読むと教育に関わる水島氏の見解が示されている。民主党候補への公募申請にあたっては、今日の日本の最大の問題点として、女性差別と子供を取り巻く環境を挙げ、「多様な価値観」が認められていない日本社会の現状を批判している。水島氏によれば「他者との違いを認め、自己および相手の人格を尊重するという、人間としての基本的な考えが欠如しているために、子供の社会では、犯罪やいじめなどが多発し、教育現場の荒廃にもつながっている。また、大人の社会でも、性的役割という単一的な価値観に縛られ、多くの女性たちがその能力を発揮できずに埋没しているのみならず、さまざまな精神保健上の問題にもつながっており、その社会的なコストは大きい。また、多様な価値観を認められないために、国際社会においても日本の競争力や信頼は低迷している」とされる。( http://www.mizu.nu/ )
「親子不全<キレない>子どもの育て方」(講談社現代新書、2000年5月)という著書の紹介の中で、「摂食障害やナイフ事件などの子どもたちに共通するのは、コミュニケーション不全」だとして、 「キレない子どもを育てていくためには、まず親が自らのコミュニケーションを振り返り、よい手本となることによって子どもたちのコミュニケーション能力を伸ばしていくしかな」く、 「自分の考えや気持ちをため込むことなく相手に伝え、必要なときには他人の力を借りて道を切り開いていける、そのためのコミュニケーション能力こそが、その人の人生の質を決める一番の財産であると言っても過言ではない」と結論している。(
http://www.mizu.nu/ )
このように教育関連問題に限ってみても、両氏はインターネット上にホームページを開設し、各々の考えを提示している。このレポートで提示したデータや内容はあくまでも形式的・表層的なものであり、両氏の姿勢を垣間見ることができる程度のものであるが、栃木1区に生活して8年目となる者にとって、今回の同区での選挙結果は「大変革」そのものを感じさせるものであった。その意味でも今後の両氏の政治活動、政策実現をめぐるインターネット情報の発信には注目していきたいし、有権者と両氏との双方向の「コミュニケーション」が成り立っていくのかどうかについても見据えていきたいと考えている。
<このレポートで用いたインターネットアドレスの紹介>
「下野新聞」 http://www.shimotsuke.co.jp/ : 毎日更新ではないものの、特に栃木県民にとっては身近な生活レベルでの日々の出来事を丁寧に吸い上げてくれるので情報源として大変有用なサイト。記事検索などはあるテーマについて調べたい場合に大変助かるし、特集記事も充実している。
「船田はじめ 日本をよくするHomepage 」 http://www.funada.org/index.htm : 船田氏の今までの政治活動、政策見解などが広く紹介されている。今回の落選を受けて政治家としての復活に向けて内容の充実がどのようになされていくのか注目したい。
「水島広子のコミュニケーション正常化作戦」 http://www.mizu.nu/ : 水島氏の夫婦別姓等に関する考え方が専門的立場から分かりやすく説明されている。今回の選挙運動における情報発信の役割も果たしており、今後の議員活動をめぐる情報提供はこのサイトを中心に発信されていくものと思われ、その面でも船田氏との競合に注目したい。
(中村祐司)