20261月 中村祐司の教育日誌

 

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26/01/05. Tues.

 

外国語文献講読

小中高生よりも早く新年の授業がスタートした。“Operation Highmast shows how `security is indivisible`”を読む。構文把握が難しい箇所がいくつかあったが、いずれも解決。ほとんどの受講生の読解力が上がっており、何とか時間内に終えることができた。AI翻訳を使わずに、電子か紙の辞書で予習に時間を掛けた上で、いざ訳すときには真っ新で向き合うこの授業のスタンスを最後まで貫くつもりだ。

 

スポーツ・余暇政策

授業課題、教科書課題、原稿ファイル課題と各々一人一人報告させて、その都度グループ内で共有する形で進めていく。とくに受講生の間でコラボをめぐる課題と可能性についての理解が進んだと思う。当日資料課題(県北における複数の居場所も作り)についても世代間の支え合いという意味では、コラボと包摂し合う関係にあると確認できた。

 

ゼミ・博論指

体調不良等のメンバーが複数生じたためやや寂しいスタートとなった。しかし、冬休み期間中の取り組み、卒論の最終の詰め、次年度卒論テーマなどをめぐり、じっくり話し合う。この年の初回だからこそ大切なのは、やるべきことをやること。

 

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26/01/19. Mon.

 

外国語文献講読

前日にアクセスを確認しておいたせいか、珍しく最初のネットアクセスがスムースになった。余裕を持てたが、”Peace in Ukraine is within reach if the world holds firm“の内容(とくに前半)が込み入った心理描写のようで把握しにくかった。しかし、授業時間の制限枠の中でも、わからないままで終わらせないと足掻くのが、この授業のスタンスである。受講生の力をつなぎどうにか読み切った。

 

スポーツ・余暇政策

三つの課題に堅持。とくに原稿ファイル課題では、受講生の発言から2008年北京大会と2021年東京大会の異相と共通性に教員側が気づかされた。当日資料(ソーシャルビジネス、ぼーっとする価値)にも受講生は考えさせられたはずだ。最後にレポート(余暇ノート)提出について説明。前日慌てて設定しておいてよかった。次回となると提出までの時間間隔が狭まってしまうところだった。

 

ゼミ・博論指導

卒論無事提出でよかった。締切を守ったことが非常に大きい。34年生の今後のスケジュールを確認する。卒論発表会以外にも、リフレクションなど4年生だけでなく3年生参加の授業もまだある。目の前の一つ一つを確実にこなしていってほしいと半分は自分に言い聞かせた。

 

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26/01/26. Mon.

 

外国語文献講読

晴天ながらすごく寒い日で、北側の教室はなかなか温かくならない。”South Korea’s Lee Jae Myung had a very good week”を読む。構文を正確に把握して読み進めることが大切。受講生はそれを毎回実践する力を確実につけている。社説が良いのは論理の飛躍や情動論がないことだ。

 

スポーツ・余暇政策

授業課題、教科書課題、原稿ファイル課題と淡々と進むが、東京五輪研究への入れ込みや復興五輪の瓦解ぶりが思い出された、スポーツ基本計画なども含め、つい熱い語りが続いてしまった。当日資料(哲学対話)も受講生には貴重な考える素材となったのでは。

 

ゼミ・博論指導

ゼミも今回と次回で終了となる。卒論模擬発表。指導教員として、何とかやるべきことを着実にこなせたのでは。今後のスケジュールを確認。あれもこれもと進んできたが、さすがにゴールが目前に迫ってくると、少し寂しい感じがする。

 

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26/02/02. Mon.

 

外国語文献講読

 “Communist China looks to the past to signal its future”を読む。グローバルな激動・動揺時代の急速な到来といった感じで、緊張感を持って読み進めた。最後の”We can do more. We can do better. We must”には立ち向かう勇気をもらえた。

 

スポーツ・余暇政策

授業課題、教科書課題、原稿課題について、まずはグループメンバーでの共有を最初にした。その後、各グループからまとめの発言を求めた。当日資料も最終回は多めに盛り込んだ。このスタイルと次年度も進めたい。思い込みかもしれないが、受講生との距離が近くなったような気がした。

 

ゼミ論・卒論・博論指導

今年度残された活動として、4年生の卒論手直し・提出とリフレクション(3年生参加)を確認した。次回が4月中旬となるので、それまでに学部生の課題も確認した。院生もやることは山積している。教員もそうだ。とにかく走り抜けるこのゼミのスタイルを貫くことはできたのでは。何はともあれ、気掛かりな重しを二つ抱えながらもここに至ったことを喜びたい。

ところで、199910月から四半世紀にわたって、毎月記載し続けたきた教育日誌もHP掲載はこれで最後になる。これまで読んでくださって、ありがとうございました(とはいえ、あと1年間は自分の中での記載は続けるつもりです)。

 

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