021216jichi 地方自治論 講義メモ 中村祐司作成
3 市町村合併をめぐる賛成論(誘導論、メリット論)と反対論(慎重論、デメリット論)
(1)メリット論
@住民の利便性の向上
住民票の発行などの窓口サービスが、住居や勤務地の近くなど多くの場所で利用可能。生活の実態に即した小中学校区の設定。他の市町村の公共施設(図書館、スポーツ施設、保健福祉 センター等)の利用が容易に。例:勤務地に近い保育所への子供の入園可
Aサービスの高度化・多様化
小規模市町村では設置困難な女性政策や都市計画、国際化、情報化等の専任の組識・職員の設置可。専門職(社会福祉士、保健婦、理学療法士、土木技師、建築技師等)の採用・増強。福祉サービスなどのサービス水準は高い水準に、負担は低い水準に調整。例:旧A村地区で、緊急通報システムの導入や生活資金貸付事業等を新たに実施。水道料金は1300円から690円に、旧B市地区は不変。旧3市町村で、サービスの水準は最も高い水準に、公共料金等は最も低い水準に設定
行財政基盤の強化による行政サービスの充実や安定。例:救急車を配備した消防の出張所が設置され、救急車の到着時間が20分から5分に短縮。全地区で夜間休日診療が可能に。介護保険の安定的運営。道路などの基盤整備や集会施設等の住民施設の整備等の遅れた地域において、合併後急速な整備が可能に。
公共的団体の統合や新設が図られ、多様な事業、広域的な事業等の展開が可能に。
例:社会福祉協議会の統合、シルバー人材センターの設置により高齢者へのサービスが充実。観光協会、商工会等の規模拡大により、大規模で広域的なイベントが実施可能に。
職員の競争が促され、多くの職員から有能な役職員を登用できるとともに、研修の円滑な実施が可能となり、職員がレベルアップして、行政レベルも向上。
B重点的な投資による基盤整備の推進
地域の中核となるグレードの高い施設の整備や大規模な投資を必要とするプロジェクトの実施が可能に。例:都市周辺部における下水道整備の進展。旧A村における財政投資が合併前の2.5倍に拡大。地域の中核的文化センターなどのシンボル施設の建設、鉄道の立体交差事業の実施なども可能に。
C広域的観点に立ったまちづくりと施策展開
道路や公共施設の整備、土地利用、地域の個性を活かしたゾーニングなど、まちづくりをより効果的に実施。幹線道路以外の道路の連結が旧市町村界を越えてよくなり、渋滞に巻き込まれずに移動可。隣接する市町村で異なっていた道路の幅や整備状況が改善。手狭な市街地中心部の学校や文化施設を、合併した周辺部のゆとりある地域に移転し、周辺部の活性化が可。市町村内で、住居ゾーン、商業賑わいゾーン、工業ゾーン、健康・福祉・文化ゾーン、自然ふれあいゾーンなどをある程度のスケールをもって設定することが可。例:旧A村地区において良好な住宅地としてニュータウンを建設。駅周辺地区の開発も実現。旧C町地区に、工業団地、リサーチパーク等新たな産業拠点開発を実施。旧市町村界にとらわれない土地利用構想を立て、県に働きかけ。山地、緑地の多い旧D町区域の特性を生かしながら、都市部との機能分担を図り、バランスのとれた都市経営を推進。
環境問題や水資源問題、観光振興など、広域的な調整、取組等を必要とする課題に関する施策を有効に展開。例:工場からの排煙規制、排出規制を広域的に実施でき、空気や水の浄化を進めることが可。水資源の豊富な市町村との合併により、飲料水や農業用水等の水不足が解消。ゴミ処理施設の建設等に係る調整がよりスムーズになり、また、処理トン数の拡大や統一的な分別ゴミ収集により、有効なダイオキシン対策を実施。市中心部の名勝と山麓部の温泉を集客拠点施設として連携させ、観光客、宿泊客の確保に効果。
D行財政の効率化
総務、企画等の管理部門の効率化が図られ、相対的にサービス提供や事業実施を直接担当する部門等を手厚くするとともに、職員数を全体的に少なくすることが可。三役や議員、各市町村に置くこととされている委員会や審議会の委員、事務局職員などの総数が減少し、その分経費も節減。広域的観点からスポーツ施設、文化施設等などの公共施設が効率的に配置され、 狭い地域で類似施設の重複がなくなる。 例:合併前の3市町村がそれぞれ野球場の整備計画を有し、2つが完成していたが、合併後3つ目の整備はとりやめ。
E地域のイメージアップと総合的な活力の強化
より大きな市町村の誕生が、地域の存在感や「格」の向上と地域のイメージアップにつながり、企業の進出や若者の定着、重要プロジェクトの誘致が期待。例:合併年度と6年後を比較すると、旧町村単位のどの地区も、法人の増加率が県全体の増加率を上回る。旧A村地区の法人の増加率は、旧B市地区を上回り、県内平均も上回り、また、従前にはなかった大資本の法人の進出も可。県下第2の都市となり、県庁所在地以外では初めてインターハイの主会場に。ワールドカップ開催の会場となることに成功。人口等も成長し、重要プロジェクト(テクノポリス、テレトピア等)の指定を次々に受けることが可。大学、新幹線駅等の誘致が容易に。政令指定都市や中核市の指定を受け、より総合的な行政が展開。地域の総合力が向上し、全体的な成長力や苦境を乗り越える力が強化。例:炭坑閉山や北洋漁業協定による漁業不況に総合的に対応することが可。人口増加率が増加し県内1位に。工業出荷額の伸び、農業粗生産額の伸びも県内1位を順調に維持。(以上、自治省(当時)のホームページから)
「日本で最も人口密度が高い地域の一つ、京葉地区の市川市、船橋市、浦安市、習志野市の4市を例にとると、総人口は127万人。これは129万人の福岡市とほぼ等しい。4市の総面積は福岡市の約2分の1、だが4市の総職員数は、福岡市より2,000人以上も多い1万2,300人。市議会議員数も4市で福岡市の2倍以上の149人である。
これらが、1996年の課税対象者一人当たり平均市民税額の負担格差(市川市が16万1, 000円、福岡市12万5,000円)を生んでいる。そして福岡市の予算規模は、政令指定都市でもあり事業収入や交付税・補助金が多いため、4市合計の3倍以上の1兆8,000億円だ。市民主体で運営されている”宅老所”「よりあい」にデイサービス委託料として年間3,000万円を福岡市は支給している。在宅介護支援の窓口は、各行政区にある7つの保健所を含む市内11カ所にあり、専門スタッフが訪問して手続きまでしてくれる。だが、人口44万人の市川市では本庁の在宅支援課まで出向かなくてはいけない。
さらに市川市と船橋市の境には、1キロ間隔で3つの消防署があり、2キロしか離れていない所にそれぞれ数百億円を掛けた最新鋭の清掃工場がある。現在の稼働率はどちらも60%前後。その一方で4市には広域防災に不可欠のヘリコプターは一機もなく、両市に分断された中山地区の一体的な都市整備も手付かずだ。中小都市がいくつも隣接して競い合っていると非効率で、財政的にも、福祉、防災、まちづくりの面でも、いかに市民の利益にならないかをこれらは物語っている。」(深川保典「市町村合併を行財政改革のテコに」朝日新聞97.2.18論壇)
(2)デメリット論
@大きな施設をどこにつくるのかということが問題になる。地域ごとのきめこまかな施設の整備がおろそかになる。
A一般に合併前の市町村の財政を合計した総額よりも、合併後の新市の財政の総額は減少(地方税は微増しても、特例措置の終了後は、それ以上に地方交付税が減少。また、財政が中心部に集中されても周辺部に及ぶとは限らず)
B大きな公共事業が行われ、新規の大きな資本が進出すれば、旧来の資本は競争にさらされ、旧来の商業や農業、地場の工業は逆に衰退。役場の消滅により、周辺の飲食店、印刷業などが衰退
C支所がつくられても大部分の職員は本庁に集中。政策を立案する職員が地域を把握できなくなる。
D規模が小さくても権限を委譲することは可能(フランスのコミュンは日本の市町村よりもはるかに大きな都市計画上の権限をもっている)。一部事務組合でも処理が可。都道府県が分担して処理すべき
Eあまりに大きな都市やその都市の行政機構では住民の参加が不可能。都市の規模は人口数万程度が適正
F新市の建設計画が推進されると公共施設の使用料・手数料は引き上げられる傾向にある。
G中心部への集中と効率化はすすむが、山村部の集落の中心になってきた役場がなくなり、その地域の過疎化はますます促進される。
H地方財政危機のあおりで過疎地域の財政にしわよせするのは間違い
「『日本経済新聞』(98年5月12日)の報道によると、自治省は99年度から、過疎地域や税収の少ない地域を優遇してきた地方交付税の配分を見直して、半島振興法など地域振興に基づく減収補填を段階的に廃止するほか、人口が少ない市町村ほど交付税額が増える補正措置のあり方も再検討するとしています。具体的には、過疎地域活性化法や半島振興法、輸入促進地域(FAZ)整備法など25の地域振興関係の法律に基づく減収補填が検討の対象になります。」(同、75頁)
また、99年度以降、特定地域における固定資産税減免に伴う減収分の交付税での穴埋め特例有効期限の延長打ち切り
J必要なことは、小さな自治体を含めて、住民の福祉に必要な財源を国が保障していくこと。小さな町村だからこそ、きめの細かい福祉や保健の活動が行えるという面あり
K財界の意図は府県改革(府県の機構を実質的に中央政府の一部に組み込みたい)と、府県を越えた広域的な地域開発の許認可の簡素化(「資本による地域資源の活用をもっと効率的に行えるようにしたい。)
L市町村合併は住民投票で決定すべき
泉市・仙台市の合併協議会の設置に関する住民投票条例案(直接請求1987年11月2日原案否決)
五日市町が秋川市と合併することについての可否を町民投票に付するための条例案(直接請求199311月24日年原案否決)(中西啓之『市町村合併』自治体研究社、1998年から)
「合併を言う人たちは、始めから人口当たりの投資効果論があるのではないか」
「こちらは住民意思に反して合併反対を主張しているとは思わない。住民に合併についての賛否を問えば、皆反対です。離島や山村、中山間地域では、そんなことを鵜呑みにして、合併するような空気ではない。いままでいろんな面で、大きなところに合併された町村は、刺身のツマの程度にも考えられない、自治というものを失ってしまって、他人様の言うままに「他治」されてしまう。」
(高齢化社会への対応が、合併必要論の論拠に挙げられていることに対して)「厚生省のものの考え方は、65歳以上の高齢者は全部面倒みなければ生きていけない人間だという取り扱いではないか。」「村の要介護老人の数は、人口1,650人、高齢化率36%の村で6人だけ。厚生省が全国を調べた平均ではじき出すと11人になるが、上野村では半分強だ。活気ある生活をしているから年をとっても若さがある。介護してやらなくてもいいわけだ。自立自尊する心を最期まで持ち続けられるように、社会教育や保健政策を充実すればいい。福祉は必要であるけれでも、自立精神をゼロにするような福祉は人間の生き方に反すると思う。」(黒澤丈夫群馬県上野村村長、(95年から全国町村会長)『月 刊自治研』39巻456号、1997年9月、19頁、20頁)