2000年10月の中村祐司研究日誌

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2000/10/31

  ここ数日は例のごとく締め切りにあわてて、火事場の馬鹿力で何とか脱稿。「2002年ワールドカップサッカー誘致・開催と地方自治体の対応戦略-アクターとしての栃木県・宇都宮市、県サッカー協会の動態に注目して-」。もう少し締め切りまでに余裕を持たなければと毎回思うのだが。これは研究者である限り一生付いて回るかもしれない。

2000/10/24

ワールドカップサッカーの招致に関して、読売新聞94年1月4日の記事「見えますか200万の顔」に当時建設途中のグリーンスタジアムの改修について、「やはり財政的に難しかった。ここまで盛り上がるとは思わなかったし」という県、市の担当者の談話が掲載され、「関係者の胸に今もやりきれない思いが残る。何か方法はなかったか」と続いている。

ここ数日、栃木県におけるここ10年あまりのワールドカップ絡みの問題(Jリーグ誘致、スタジアム建設、開催地・キャンプ候補地申請など)を追っているが、この県で学ぶ者として先の記事に全く同感だ。

2000/10/23

  栃木県・宇都宮市において、インターハイの会場地としてのグリーンスタジアムの建設にとどまらず、Jリーグのプロチームの誘致、ワールドカップ開催地、キャンプ候補地といった課題と連鎖していたことを関連資料を読み進めるうちに今さらながら認識した。

2000/10/13

  少し前になるが、雑誌「AERA」(2000年9月18日号)に「ITで大化け老舗企業」というタイトルの記事がある。その中で「古河電気工業は株式市場で破竹の快進撃を続けている。1年前は600円前後だった株価が、最近は3700円まで駆け上がった。」(20頁)とあり、その後を読むとポンプレーザーという光通信に使う部品の大増産が原因とある。ちょっと待ってくれという思いだ。古河電工アイスホッケー部の廃止にあたっては経営不振が前面に出されたのではなかったのか。

2000/10/05

JAOWCの資料『FIFA WORLD CUP FRANCE’98 ―大会の全容と20002年への提言』に、「FIFAワールドカップも回数を重ねるごとに、その運営内容、システムなどで幾多の変化、進化を経て」おり、「これらの蓄積を踏まえた上で、2002年大会独自の与件、要素、状況を加味し、実際の各種計画、業務が決定、実践されて行く」(いずれも214頁)とあった。「2002年大会独自の与件、要素、状況」とは何か。この点をまず把握していかなければ。

 

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