ISFJ参加者感想

 

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ISFJを終えて

国際社会学科3年 石原佳菜子

 

ジョイント合宿から約2週間で迎えたISFJだった。ジョイント合宿ではパネルを使っての発表だったが、ISFJはパワーポイントが必須ということで、急遽作るなど、多少の手違いがあったが、論文を前もって提出してあっただけに、本番まではあまりあせらずに迎えられたように思う。

 

 本番当日は9時半までに慶応大学三田キャンパスに行かなければならないため、朝6時半の電車で向かう。電車の中でもリラックスして、向かった。

 

 発表の前に、中曽根元首相の基調講演を聞くことができた。現在の小泉内閣の評価ということだったが、元首相の話は説得力があり、とてもカリスマ性のある方だな、という印象を持った。

 

そのあと、午後から私たちの発表だった。産業基盤分科会、都市グループの発表は、私たち宇都宮大学中村ゼミ・日本大学岸井ゼミ・慶應義塾大学竹中ゼミの3ゼミだった。発表時間が10分しかなく、各ゼミの移動もあわただしく、とにかく時間に追われているという印象が強かった。

 

 発表が終わり、コメンテーターの方から、様々な指摘を受けた。コメンテーターの方が経済の専門の方が多かったためか、経済的な面を指摘された。やはり、エキスパートの方に意見をもらえるということは、いい機会だったと思う。

 

 その後、他の分科会の論文を展示室に見に行ったりしながら、懇親会に参加した。三田キャンパス近くの居酒屋での飲み会だったが、同じ分科会で発表したゼミの方々と、さらに仲良くなれて、また、それぞれの論文に関しても、いろいろな意見を交換できて、とても有意義な時間だったと思う。

 

 二日目は、閉会式のパネルディスカッションに竹中平蔵大臣がシークレットゲストとして参加されて、メディアリテラシーについての話を聞いた。メディアが伝えることは、時間や紙面の都合上、物事のある局面だけしか表していない、そこで、その物事を包括的に知るためには、一つの媒体に頼るのではなく、インターネットなども含め、様々なアプローチをしていくべきだというお話だった。

 

 今回のISFJを通じて感じたことは、なんといっても、ジョイント合宿とISFJは違うということだった。私たちが挑戦した、「都市」というテーマは経済的なアプローチがされやすいテーマだったので、指摘されたように、経済的な面を追及していないと、評価されにくかったのだろう。「誰にでも分かりやすい」ことより、「学術的にレベルが高い」ものが認められる場だった。もう少しその点を踏まえていくとよかったと反省している。

 

 とはいえ、様々な大学のゼミが集まり、ここまで大規模に論文発表をできる機会である、ISFJはいろいろな意味で刺激になったと思っている。

 

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ISFJに参加して

国際社会学科3年 菊地史子

 

 ISFJに参加を決めてから、今まで、本当にあっという間でした。私たちは、最初何かを成し遂げたいという想いから、集まったのだと思います。しかし、最初の数ヶ月はその何かをなかなか見つけることが出来ずに苦しみました。テーマは宇都宮市のこと、漠然とやるべきことは見えているけど、それがなかなかつかめず、本当に論文なんて書き上げることが出来るのだろうか、という思いばかりが先走って、かなり焦っていたように思います。

 

 「宇都宮市にLRTを通す」ということをメインに持ってこよう、このように決まった時は、もう半分くらい論文を書き上げた気になっていました。しかし、4人でやる、グループでやるということの大変さを知ったのは、後になってからでした。4人の都合を合わせたり、それぞれが書いてきた論文をまとめて、把握するという作業がいかに大変かということをその後、私はまざまざと感じたのでした。

 

 読めば読むほど、文章のつながりがおかしく思え、それをひとつひとつ考え、直していくという作業にはかなりの時間を費やしたと思います。夜遅くまでいっしょにやっていた相手とは、その時間もあって、かなり親密な仲になったような気がします。そして、推敲の大切さというものも身を持って思い知りました。また、要約をいかにまとめるかということにも、かなりの労力を費やしたと思います。30枚もある論文を1枚に、5枚にまとめるという作業をやっていったのですが、それがもう大変の一言につきました。言いたいことの要点を絞り、いらない部分を削って削って…。どこも大切で言いたいことであるような気がして、何とか1枚で収まった、5枚で収まった、というときは「自分たちはすごい!」なんて思ってしまいました。その要約は今読み返してみても、きちんとまとまっていて、「自分たちが本当にこれを書いたんだっけ」なんて言うほど、良い出来になっていると思います。(少し省きすぎた部分もあったのですが)

 

 そのような大変な作業を乗り越え、一つの論文を完成させた時は本当に「やった!」と思いました。最初、私たちは論文の書き方の基礎すら知らない、脚注の付け方もあいまい、章立てするにも、今までこんなに多くの章を立てたことがない、なんていう有様でした。その4人が、やっとの思いで書き上げた論文、苦労して、協力して書き上げたこと、それだけは私は胸を張っていえます。内容こそ拙かったかもしれないけれど、その書き上げたという事実は、私の自信にもつながりました。

 

 本番のISFJは、論文を先に提出しているということもあって、それほど緊張しませんでした。パネリストの方々からは、まずプレゼンの仕方から、内容に関して、様々なことを指摘され、自分たちはまだまだ勉強不足だったということを思い知らされました。言われて悔しい反面、その指摘によって様々なことを気づかされ、このような広い分野が集まるようなこのISFJに論文を出したことは、私たちにとってとてもよい経験になったと思います。また、他大学の意識の高さ、専門性、勉強しているといった雰囲気、どれもこれも新鮮で、見習わなければならないものばかりだったと思います。

 

 このISFJに論文を提出するまでにやってきた時間は、今までの大学生活の中で一番真剣に学問に取り組んだ時間だったと思います。このことは、後々役立ってくると思うし、ここで得てきた、論文の書き方や、推敲の大切さ、要約の難しさなどは、卒論でも役に立つだろうし、なにしろ、論理的な思考をする時に大いに役に立つと思います。私にとっては、内容はさることながら、こういった身につけてきた知識や経験がとても重要であり、大切にしたいものだと思います。最後まであきらめずに、4人で苦労して、協力して書き上げて本当に良かったと思いました。

 

 最後になりましたが、私たちがお話を聞きに言った時に快く応じてくれた市役所の皆様、県庁の皆様、本当にありがとうございました。また、この論文を書くにあたって、様々なご指導をしてくださった、中村先生をはじめ、先輩方、本当にありがとうございました。

 

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ついに終わりました!!

国際社会学科3年 瀧純代

 

夏休み前からやってきたISFJがついに終わりました。ISFJが終わってみて、今とても感じることは、時間がたくさんあるなぁということです。ジョイントやISFJの準備に終われていた時は、授業やバイト以外の時間はなるべく資料室へ行って、何かしらやっていました。それに比べると、今は家にいる時間がとても多く、時間的に余裕を感じながら生活しています。

 

 ISFJは4人だけで参加したので、ジョイントと比べると気分的に少し心細かった気もします。でも、発表当日にゼミのみんなからメールをもらった時は、本当に本当に本当にうれしかったです。みんなだってバイトとかで忙しいはずなのに、ちゃんと覚えていてくれて、応援のメールを送ってくれて、実はちょっと泣きそうになりました。

 

 開会式が終わったあと、中曽根元総理の基調講演がありました。声が小さく、最初は聞こえにくかったのですが、しばらくすると話の内容に引き込まれていき、夢中になってメモをとっていました。中曽根元総理のお話は非常に興味深く、貴重な経験になりました。そしてついに、私たちの発表の時間がきてしまいました。しかし、ジョイントの時とは大違いで、緊張することなく発表をし、質疑応答も終わりました(このときに感じたのは、「自分ってこういう質疑応答の時は本当役に立たないなぁ」ということですが…)。とはいえ、やはりコメンテーターの方々から出される質問は非常に鋭く、自分たちの至らなかった点など、新たな課題に気づきました。そういった新たな課題が見つかったからこそ、ISFJは終わったけれど、何か心の中ではまだモヤモヤしています。ISFJで見つかった新たな課題を克服していくために、これまで以上に精一杯いろいろなことに取り組んでいかなくてはいけないと思っています。自分たちの発表は終わったけれど、これからも宇都宮市への導入について、関心を持っていくつもりです。早速、今日(18日)も市などが主催する「まちづくりと交通に関する懇談会」に参加してきます♪論文にも書いたけど、こういった懇談会などに市民がどんどん参加して、興味を持っていかなくては何も始まらないと思います。

 

 ジョイントとISFJが終わった今、今まで一緒に頑張ってきたみんなに言いたいのは、「本当にお疲れ様でした!みんなと一緒にできて、本当に良かった。これからもみんなで勉強したり、お茶したり、鍋したり、カラオケ行ったりしようね!研究室違うコも、今と変わらず仲良くしていこう♪あ!中村屋の創業も忘れないでね!」ということです。

 

長い間、本当にお疲れ様でした!

 

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ISFJを終えて

国際社会学科3年 松本千穂

 

「やっと終わったぁ!」

これがISFJを終えた正直な感想である。ジョイント合宿が終わり、そのすぐ後にISFJがあったわけだが、論文は先に提出してしまっていたし、ジョイントとは少し違い、あまり緊張することなく本番に臨んでいたように思う。だが、ISFJ前2週間は、パワーポイント等の作成や、ジョイントでの指摘をうけての市役所、県庁への聞き取り調査など一週間をなにがなんだかわからないように過ごしてきたのは間違いない。とにかく、何か忙しい日々だった。

 

 本番当日、前日のバイトが12時過ぎまであったために睡眠不足状態。しかも、集合が6時30ちょい前だというのに、起きたのが6時。さすがに青ざめた。いそいで用意し、忘れ物が怖かったが、猛ダッシュで家を出た。朝からボロボロ、自分自身の先が思いやられた。(電車には余裕で間に合いました(笑))電車の中でも,他のメンバーが盛り上がっている中、睡魔に襲われダウン。佳菜子ちゃんに、「よく寝るね〜」と電車の中で言われるほど、左右にガックンガックンしていた。そして、横に座っていた親子連れのお父さんの方に何回か激突、かなり、恥ずかしかった。

 

 そして迎えた開会式。中曽根元総理の威厳ある講演だった。テレビ局も何社か来ていて、今更ながら彼の影響力、発言力に脱帽した。新聞にも様子が掲載されたようで、なにかと驚いてしまった。発表の方は、電車の中で寝たこともあって落ち着いて発表することができた。だが、コメンテーターの先生方からの厳しいご指摘には深く反省させられた。紙を持ち読んでいくのはプレゼンテーションにならないとの指摘は、今後の発表において気をつけなければならない点だと思う。また、経済・産業関係の分科会の場合は、経済的面からの考察がなければつらいという印象を受けた。なるべくなら、文系の分科会に参加したほうがよいかもしれない。他大学の発表からも学ぶことは多かった。

 

 その後は、いろいろあって、その後に懇親会があったのだが、とても盛り上がった。特に日本大学、東京大学の方々とは、LRTについて、そのほかいろいろなことなど大いに騒ぎまくった。そして、ピッチャーでファジーネーブルが最高だった(笑)一日目に終わると、二日目を気にせずスカッとできるのでいいかもしれない。

 

 私は友人の家に泊まり、2日目の閉会式に出席したのだが、残念ながら入賞することは出来なかった。だが、今回ISFJに参加したことは、自分にとってとてもプラスになった。こんなに調べ物をして、怒られて、鬱(笑)になって、寝不足になったのは、大学生になってから初めてではないだろうか。これから先、こういった体験は卒論や就職活動に必ず活かせると思う。

 

 最後に、ISFJ班のみんな、本当にお疲れ様でした。今後は、宇都宮にLRTを通すための、強力な市民団体となるべく、頑張りましょう〜(笑)v(≧∇≦)v

 

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「4人は放棄しなかった」

中村祐司(行政学研究室担当教員)

 

 きつい注文であったはずだ。前期にISFJの何たるかが分からないまま、参加の手続きを促され、その後はテーマの確定、仮論文の提出、打ち合わせ会への参加、本論文の作成、要約、プレゼン資料の用意………とたて続けにしかも締め切りが細分化されるスケジュール設定の中で多くのノルマが課せられた。

 

経済学畑が主流のISFJ参加大学の中で、他大学の研究室の発表内容が理解できないのではないか、自分たちの発表が理解してもらえるのか、果たして同じ土俵で相互コミュニケーションができるのか、といった戸惑いもあっただろう。後期にはジョイントの準備にゼミ全体が追われる雰囲気の中、ある種の孤立を感じたに違いない。また、とくに参加大学の規模の面ではジョイント以上のプレッシャーがかかったはずである。要するにISFJ参加のための研究面と実務面の両方で今まで経験しなかったような重い試練に直面したのである。

 

それでも4人は放棄しなかった。上記のような環境要因のせいにすれば、途中で投げ出す理由はいくらでも見つかったはずである。それでも4人は最後までやり抜いた。

 

発表当日の午前中の全体シンポジウムの際、大教室に全国から集まった大勢の中で他大学の学生が全く臆せずに質問を発する姿に感心していると、何と我がゼミ生が堂々と足銀破綻の事例を持ちだして、地域金融のあり方について質問した。前の方の席から思わず振り返ってシャッターを押したのだが、肩に力が入ってしまったのであろう、残念ながらその姿はフレーム内にきっちりと収まっていなかった。心残りである。

 

午後からの発表では分科会参加の大学と聴講者、そしてゲスト(コメンテータ―)などが合わさって醸し出す独特の緊張感があった。当初は自分が急遽ゲストとして参加することになったからかと思ったが、そうではなかった。その後の実際の展開は別として、参加者間の意見交換を活発にやりたいという運営者側の意向も伝わってきた。

 

昨年もそうだが、教え子が発表する際は妙に緊張するものである。自分が発表しているかのような錯覚に陥る。しかし、実際に始まると、できるだけのことはやったという秘めた自信に支えられていて、各々が真剣勝負の際の引き締まったいい顔をしているな、と写真を撮りながら思った。質疑応答においても、コツコツと丹念に調べ把握してきたがゆえの的確な応答が随所に見られた。

 

厳しくかつ的を射た他のゲストからの指摘にも学ぶことが多かったはずである。確かに、ああしておけばよかった、こうしておけばよかったという思いも残ったに違いない。しかし、それが社会科学の研究の常である。行政社会的な視点から意欲的にLRT研究に取り組んだことは発表に接した皆に伝わったことは間違いない。このテーマでのさらなる研究に向かう大きなステップを構築したように思われる。

 

2日目は虚脱感から他の分科会に向かう足が鈍った、と後日聞いた。それほど前期から懸命に取り組んできたことの証で、胸を張っていい。指摘された点は課題として謙虚に受け止め、今後の糧としていけばいいのである。

 

政策の立案や実施には、理系、文系にかかわりなく、あらゆる諸学の成果が総動員される。行政サービスに関心を持つ者は、「畑」の違いにそっぽを向かない姿勢を持ち続ける必要がある。私もまだまだあきらめてはいない。

 

大変喜ばしい「誤算」もあった。ISFJが終わった翌日のゼミで、撮影した写真をHP作成フォルダに移行し、後はHP掲載作業をゼミ生にまかせることにした。それでもやはり次の週のゼミには感想と一緒に自分がまとめなければいけないかな、という疲労感もあった。ところが、翌日、何気なしに研究室HPのISFJの項目を開けると、何とセンス溢れる魅力的なページが出来上がっているではないか!

 

正直なところ、研究室HPの作成については、前期以来、どうすればゼミ生がその気になるのか、と解明策を見出せないでいた。それが一気に吹き飛んでしまった。要するにHP作成は「結果」であり、「目的」ではないということであろう。今回のような「コンテンツ」の充実があれば、後は自然に近い流れとしてゼミ生自身の手による掲載作業につながっていくことになる。

 

最後に、ISFJという発表の場を学生時代に持つことができるのは、これを裏方で支える多くの同年代の若者がいて初めて可能であることを憶えておこう。そして、そのことはこのゼミ内についてもいえる。昨年の経験者が目に見えない形で献身的にサポートしてくれた行為を忘れないでおこう。だからこそ、行政学研究室としてこのような貴重な2回目の「財産」を積み上げることができた。大変うれしく思っている。

 

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