比較行政研究レジメ(MK000107  篠崎雄司)      2001年1月30日

「地方自治体における成果主義導入にあたっての課題」

―宇都宮市における「行政評価システム」と「新人事評価制度」をめぐる組織、人事上の課題の考察―

 

1.主旨

研究テーマの「地方自治体の非現業部門の戦略的アウトソーシングの導入の可能性」の研究目的は、地方自治体にいかに成果主義を導入、根付かせるかを考察することである。テーマ名からは、成果を挙げる主体が官か民かという問題を前面に出しているが、急激な主体の変更が困難な現実においては、行政体内部に、戦略的アウトソーシングの本質である成果主義を導入することを考える必要がある。

しかし、NPM理論による様々な手法による行政改革が注目されてきてはいるが、行政組織(とそこに属する職員)がそれらを円滑に受け入れられるかは、大いに疑問がある。すなわち、長年築かれてきた「役所文化」には成果主義を導入する上で様々な障害があると思われる。

そこで、宇都宮市が成果主義の導入として取組を始めた2つの手法、すなわち「行政評価システム」と「新人事評価制度」の導入をめぐる現場の反応など組織、人事上の問題を考察することにより、この問題を考えることとした。なお、後述するが、この2つの手法の本格稼動は平成13年度からであり、本年度は試行状況にあるので、現時点での考察とする(「推測」の域を出ないかもしれないが)。

 

2.宇都宮市の2つの成果主義手法の概要

宇都宮市における「行政評価システム」と「新人事評価制度」の概要は以下のとおりである。

(1)「行政評価システム」

行政においては、これまで施策の成果が十分に検証されず、予算などの資源を投入した結果、市民に何がもたらされたかが不明であった。このため、これを数値などにより客観的に明らかにしようとするのが行政評価であり、現在、全国の自治体が一斉に取り組んでおり、国においても公共事業をはじめとして導入してきている。

宇都宮市では、平成13年度に「事務事業評価」の全面実施、平成14年度に「政策評価」の全面実施というスケジュールになっている。宇都宮市の行政評価導入のこれまでの経緯と今後の予定は下記のとおりとなる。

・平成10年度   財政課主導により、予算編成において予算要求書と併せて庁内各課に「事務事業目標管理票」の作成を義務付け、事務事業の現況を明らかにした

・平成11年度   企画審議室、財政課、人事課などの中堅職員による行政評価導入のプロジェクトチームを設置し、方向性についてまとめる

・平成12年度   「行政評価推進本部」を設置し、平成13年度の本格導入に向けての諸準備を行う

【6月〜7月】事務事業の目的体系の整理

各課が実施している事務事業を総合計画と擦り合わせる。総合計画の政策体系における事務事業の位置付けを再確認することによって、その目的を明確化する。行政評価についての研修会も実施。

【7月〜8月】事務事業の試行評価@

平成11年度事業の事後評価を各課が1事業ずつ実施。事務事業評価の浸透を図り、成果志向の考え方を実践的に理解するために評価表の作成作業を行う。

【2月】事務事業の試行評価A

平成13年度事業の事前評価を各課各係が1事業ずつ実施。上記の事前評価では十分に事務事業評価についての理解が深まらなかったため、拡大して実施する。また研修も実施する。

 

(2)「新人事評価制度」

民間企業においては能力主義が定着し、年功序列は崩れつつある。しかし行政においては、職務の特殊性などから成果の測定が困難として、人事評価に能力主義の導入が遅れている。

このような中で、宇都宮市は全国に先駆けて、能力主義を採り入れた新しい人事評価制度を構築しており、平成12年度より一部が導入された(平成12年11月に職員に周知)。制度はまだ検討中の部分があり完成はしていないが、「頑張った職員が頑張って良かったと実感でき、適正に処遇される制度の確立」に向け、「能力主義人事への転換」「人材育成型人事の推進」を図ろうとしている。以下、主な内容を記す。

・キャリアプランの選択 ―自らの選択と能力で進路を決定―

これまでは、一定の年齢が来た後の進路は本人の意思に関係なく決まっていたが、これからは、@組織の管理監督者を目指す(総括主査)、A管理者にならず特定分野のエキスパートを目指す(専任主査)、B一般職として様々な分野への従事者を目指す(主任のまま)、のいずれかを、自分で選択できるようにした。そして、@、Aは昇任試験を実施し、これに合格しなければならない。しかし、やる気のある人は積極的に登用し、これまでよりも早い年齢で管理職に就かせ、また給与面でも差を付ける(その分、やる気のなくした人は差を付けられる)。12年12月に第1回の総括主査試験が実施された。

・評価の透明化

これまでは、勤務評定の内容は一切明らかにされなかったが、今後は評価基準を明らかにし、評価する項目は本人と評定者である上司が話し合いながら決定していく。そして、年度初めに年間の業務の目標を設定し、その目標の達成状況で評価される。

・研修の充実

若年時に基本的な実務ができるように実務研修(起案能力、資料作成能力、法務能力、財務能力などの向上)を新設する。中堅職員は実務研修の内容を復習する総括研修とそれを習得したかの効果測定を実施し、これに合格しないと主任(最短で35歳)に昇任ができない。

・異動基準の見直し

若手は、主任主事昇任(29歳)前に、異なった行政分野(事務職は3分野、技術職は2分野)を経験し、自分の適性を発見する機会を設ける。在課2〜3年を基準基準とする。中堅以上(35歳以上)の場合は在課7年を異動の基準とし、一つ以上の分野のエキスパートとなるよう適正発見に努める。技術系職員は視野を広げるため事務系の職場にも配置する。

 

3.現在の問題点と課題

上記のとおり「行政評価システム」と「新人事評価制度」が一部始まったが、これに伴う職員や職場の反応とこれらの導入における問題点、課題は以下のとおりである。

(1)「行政評価システム」

       行政評価において最も重要なのは、測定基準である指標の設定である。行政の施策の結果、何が市民にもたらされたか。アウトカムを測定する「成果指標」を設定しなければならないが、これは十分にできていない。事務の種類が市民に直接サービスを提供するものは設定が比較的容易なものの、役所の内部管理事務は設定しづらいなどの傾向があった。

       「成果指標」を設定しても、それを測定できるデータがないという事業も多い。このため、今後は事業を実施する際に、そのデータを収集するためのアンケートなどを行う必要が出てきた。これは逆に言うと、今までいかにPDCAが行われていなかったことを示す。

       平成13年度からは全て評価の結果やその内容を市民に公開することとしている。今後、評価表の様式などは改良を重ね、市民にわかりやすいものにしていく必要がある。また、公表の方法も、東京都のようなシンプルな形にするか、三重県や静岡県のような全ての様式を出す形にするか検討が必要である。

       先進自治体の例では、真面目な職員ほど自分の事業の成果を厳しく評価するとされている。また、上司よりも下の職員の方が厳しく評価し、上に行くに連れて甘くなるとされている。宇都宮市においてもそのような傾向があるかは不明であるが、各課の評価は同じ視点でされる必要がある。また、今後の目標値の設定も同様であり、誰が設定するのかは検討が必要である。

       一般的に、事務事業評価の結果を予算編成に活用する場合、予算を増やす要因にはなっても、減らす要因にはならないとされる。試行段階とは言え、活用の方法も検討していく必要がある。

       平成13年度の本格導入に向けて、12年度は全職員に制度の主旨、内容の理解を求めたが、現状としては、理解がされ浸透したとは言えない状況のようである。この原因のとしては、以下の理由が考えられる。

○事務事業試行評価では多くの評価表の作成を義務づけ、しかもまだ庁内におけるパソコンの配置が不十分にも拘わらず、まだ職員に一般的でない表計算ソフトを用いたことから、評価表の作成自体に疲れてしまい、制度の主旨まで考える余裕がなかったこと

○作業の担当者は、各課の「総合計画策定主任」である。これは各課の事務事業を事務レベルで総括するポストであり、主に係長かそれに近い職員が該当している。試行評価は各課一つだけであったから、この職員一人だけが作業にあたったことになる。職場で制度を周知しようと思っても、作業期間の短さと説明会で配付される膨大な資料に疲れ、せいぜい書類を回覧する程度にとどまっている。

○「行政評価」は全国の自治体で「流行っている」が、それは主に行政改革や行政計画を担当する総務部や企画部の職員の間であり、事業担当部では日常の業務に忙しくそこまで意識は行きづらい。6月の職員アンケートによれば、2割の職員しか事前に行政評価の内容を知らず、研修を実施した結果、8割近くの職員が行政評価の必要性を認識したものの、行政評価で用いられる用語は半分も理解できないという結果であった。職員の間に作業をすることばかりが重荷になり、十分に内容を理解する研修期間が取れていないと思われる。

○各課の間にも評価表の作成上に様々な問題点、ギャップがあるが、事務を主管課する企画審議室は、「とにかく課で十分協議してほしい」と言うにとどまり、庁内80課の様々な事業について、各課毎に問題点を指摘し、理解させるという地道な作業をやるつもりはないようである。全体を同一の視点で見て調整をする作業は必ず必要である。

 

(2)「新人事評価システム」

       本年度施行するのは、係長よりも下の職員、特に係長になる直前の職員が中心である。制度の最初の事業として実施された「総括主査昇任試験」はこれらの職員が対象である。このため、各職場の反応は、概ね、若手(20代)は「まだまだだいぶ先のこと」、中堅(30代)は「これから色々試験があり面倒だな」、係長直前(40代)は「大変つらい」というところである。そして、今回は係長以上の管理職の評価はほとんど触れられていないため、多くの管理職が「対岸の火事」と胸をなで下ろしている。しかし、今後、管理職にはより厳しい評価制度が導入されると思われ、安心はできないはずである。

       「厳しく評価されるならば、自分のやりたい業務で評価されたい」という意見は非常に多い。民間企業では、このような社員に配慮し、プロジェクトの公募制などの措置をとるのは一般的となっている。しかし、現行ではこのような制度は全くないし、自分の希望する課への異動も全く保証されていない。上司から見た適性と本人の希望を、オープンな形で整合する方策を検討する必要があり、少なくても、納得の行かない人事異動に対して、上司や人事課は説明をする機会を持つ必要がある。

       評価を点数化することとしたが、それでもその基準の客観性の確保は困難である。民間企業の営業成績などは明確であるが、行政の場合はそれに見合うものがない。「期待以上の成果」と「期待どおりの成果」を分ける基準を作るのは容易ではない

       やる気に応じて、進路を自分で選択することができるようになったが、問題は、管理監督者などの出世を望まない職員のモチベーションをどう維持するかである。これらの職員は給与もある一定の額に達するともう上がらなくなる。年下の係長に管理され、しかも給料も安いという環境の中で、従業員満足をどう確保していくか検討が必要である。

       それはまた同時に、年上の部下を持った若い管理職の試練でもある。現行でもこの状況はあるが、これからより一層増加するであろう。

・異動基準の変更により、若手はこれまで以上に短く、中堅以上はこれまで以上に長くなった。前者が適性の発見時期で、後者は専門性の定着、発揮時期という位置付けのためである。しかし、これでは複数年かかる大型プロジェクトに思い切った若手職員の登用というのはしづらくなる。「若い係長を出したい」という方針にもやや逆行する。また、中堅職員の職務に対するマンネリ化をどう回避するかも問題となる。

 

4.まとめ

上記のとおり「行政評価システム」と「新人事評価制度」のその概要を記し、そこで発生する問題点等を抽出した。現行では様々な問題点があるが、必ず実施しなければならないものであり、十分に整理はされていなくともまず導入し、今後試行錯誤を重ね、制度の改善を図っていけばいいのではないかと思われる。特に、行政評価は他の自治体に比べ遅れているのだから。

最後に、現時点で考えられる、成果主義が機能していくための諸条件を提起することとしたい。

@「行政評価システム」と「人事評価制度」のリンクと責任の所在の明確化

2つの制度がほぼ同時期に導入されたが、この2つの関係については何も言及されていないので、明確にする必要がある。

A部課長等の管理職は「契約型雇用」へ

前述のとおり今回の人事評価制度では係長以上の管理職の処遇については言及されていない(現在、調整中と思われる)。しかし、「行政評価システム」と「人事評価制度」がリンクする場合、管理職にはより厳しい成果主義が適用になる。この場合、部課長は、首長と、所管事業に関して目標値の達成を条件とした契約をし、その達成状況次第で処遇が決まるという、エージェンシー的な「契約型雇用」が行われることが望ましい。

B事業部門への権限の委譲

成果主義を定着させるには、事業部門に、予算や人事など多くの権限を委譲し、より成果を挙げやすい環境を整備する必要がある。