「北朝鮮問題における関係国の交渉戦略と政治的背景の特質」
中村祐司(「現代政治の理論と実際」担当教員)
1.北朝鮮問題をめぐる視点
最近の朝鮮半島情勢の目まぐるしい動き(2003年1月13日現在)に共通しているのは、その源泉が北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)ないしはアメリカからの何らかの「仕掛け」が起点となっていることである。表層的には人口2.400万人弱の小国が、世界で唯一の超大国アメリカと対等に渡り合っているかのように見える。しかし、実際のところは、「窮鼠猫を噛む」かのような北朝鮮の「瀬戸際外交」が、米国、韓国、日本、中国、ロシア、EUなどの足並みの乱れをつく形で展開されているといえるのではないだろうか。そして、従来の多国間協力において例を見ないといわれるKEDO(朝鮮半島エネルギー開発機構)もこうした政治的思惑や駆け引きに翻弄されるに至っている。
果たして、今後、北朝鮮はどのように外交スタンスを変え、原子力エネルギーや核開発に向けた行動に出てくるのであろうか。そして、アメリカはその姿勢が既成事実化されつつあるイラクへの攻撃と絡めてどのような対応を北朝鮮に対してとっていくのであろうか。北朝鮮との対話路線を重視する盧武鉉政権の韓国、拉致問題と平壌宣言との兼ね合いに苦慮する日本、隣国との良好関係の築きたい中国やロシアはどのような外交戦略を打ち出すのか。さらにはIAEA(国際原子力機関)や国連安全保障理事会はこの問題にどのように向き合おうとしているのか。
こうした問題意識から、この小論では以下、近年の核開発をめぐる北朝鮮とアメリカとの「つばぜり合い」と交渉の経緯をまとめた上で、最近の北朝鮮問題に関わる諸アクター間の戦略を整理し、こうした検討作業から浮かび上がってくる論点について言及してみたいと思う。
2.近年の関係国による相互交渉の経緯
総人口に対する兵員総数(1996年現在の兵員総数は約105万5,000人)の比率からいえばイスラエルに匹敵するほどの最高水準にある北朝鮮では、1980年代までは、大規模な機械化、灌漑、干拓により農業生産は順調に拡大した。しかし、90年代以降、米の大幅な減産や大規模な水害などにより食糧提供など国際的な人道援助の対象となった。食糧危機が深刻になったのは97年に入ってからといわれている。94年7月に金日成が死去し、97年10月に金正日が朝鮮労働党総書記に就任し現在に至っている。
核兵器開発をめぐる北朝鮮とアメリカや国際機関との交渉ないしは妥結の経緯をまとめると以下のようになる。
92年に実施されたIAEAによる査察の結果、北朝鮮による核兵器開発疑惑が明らかになると、93年3月に北朝鮮はNPT(核不拡散条約)からの脱退を表明し、IAEA保障措置協定の遵守を拒否した。94年6月に国連安保理は北朝鮮制裁決議に関する非公式協議を行うに至り、これに反発した北朝鮮がIAEAから脱退し、危機感が高まった。同月、危機打開のためカーター元米大統領が訪朝し、故金日成主席との会談を行った。その結果、同年10月に米朝間で「合意された枠組み」への署名がなされた。
この「合意」によれば、第1に、北朝鮮はNPTにとどまり、IAEA保障措置協定上の義務履行を通じ既存・開発中の核施設の凍結・解体等を行うこととなった。第2に、米側は1,000メガワットの軽水炉2基を北朝鮮へ供与し、第1基目の軽水炉完成(2008年を予定)までの代替エネルギーとして年間50万トンの重油を提供することとなった。そして、95年3月には「合意」実現のために米韓日によるKEDOが発足した。2002年9月17日には日朝国交正常化に向けた「日朝平壌宣言」が出された。
しかし、2002年10月に米政府は北朝鮮が訪朝した米国務次官補に核開発(ウラン濃縮計画)を認めたと発表し、これを受けてKEDO理事会は同年11月に、北朝鮮に対する重油提供を12月から凍結することを決定した。
イエメン沖では北朝鮮のミサイル輸出船に対する米軍とスペイン軍による臨検がなされた。反発した北朝鮮は同年12月に「合意」以来凍結していた原子力発電所など核施設について「稼働と建設を即時再開する」と表明した。さらに同月、北朝鮮は「合意」で凍結されていた寧辺の核施設の一つである5,000キロワットの黒鉛実験炉にIAEAが設置していた封印を撤去し監視カメラに覆いをかけ、使用済み核燃料用プールの封印も撤去した。加えて、核燃料棒製造工場と核燃料再処理施設においても封印を撤去し、同国に駐在していたIAEA査察官3名を退去させた。
2003年1月、IAEA理事会は北朝鮮に保障措置協定を順守するための迅速・完全な協力を求める決議を行った。米韓日は同月、「北朝鮮問題に関する調整グループ会合(TOCG)」の共同声明として、IAEA理事会の決議を支持した。これに対して北朝鮮は同月、NPTを脱退し、IAEAとの保障措置(核査察)協定の拘束から完全に脱することを宣言する声明を表明した。そのなかで北朝鮮は「NPTからの脱退は、わが国に対する米国の圧殺策動とそれに追従するIAEAの不当な行為への当然の自衛的措置である」「核兵器を製造する意思はなく、現段階での核活動は唯一、電力生産を始め平和目的に限られたもの」「米国が、われわれに対する敵視圧殺政策を放棄し核威嚇を中止するなら、われわれは核兵器を製造しないということを朝米間の別途の検証を通じて証明して見せることもありうるだろう」と述べている。
3.「瀬戸際外交」の繰り返しと交渉レベルついての考察
以上のように、北朝鮮と関係国・国際機関との間の駆け引きを概観すると、いくつかの特徴が浮かび上がってくる。
第1は、現在(03年1月現在)の状況が94年6月の状況と酷似していることである。「最後の賭け」「捨て身の作戦」と称されるように、北朝鮮は交渉における最優先かつ最も強力なツールとして、危機を自ら演出するという戦略を採用していることは明らかである。その意味では交渉による合意や声明が危機状況になってはじめて生まれてきているのである。しかし、94年当時の米クリントン政権と現在のブッシュ政権とでは政府の世界観・戦略が相反しているのではないかとう思えるほど、外交スタイルは異なっている。94年の経験から得た外交上の「自信」や「知恵」を多用することは、北朝鮮自らをますます追い込むことになりはしなだろうか。外交上の「切り札」「カード」はその数が増せばそれだけ各々の効力は薄れていく。核施設再稼働の宣言→封印撤去と監視カメラの妨害→燃料棒の搬送→密封されている使用済み燃料棒の再処理作業、と最後までこのやり方が通用するのか疑問をもたざるを得ない。
第2に、KEDOが果たす役割の限界が指摘できる。北朝鮮の核兵器開発を封じるというKEDOの第一義的目的に賛同する諸国は米韓日の創設国・理事会メンバーだけではない。職員スタッフにはEUの出身者も加わっているし、加盟国としてアルゼンチン、オーストラリア、カナダ、チリ、チェコ、インドネシア、ニュージーランド、ポーランド、ウズベキスタンが入っている。また、事業支援国には、ブルネイ、フランス、ドイツ、ギリシャなど16カ国が名前を連ねている。北朝鮮にとっては巨額な資金(経費総額の見積もりは46億ドル)を無利子かつ20年間返済という条件で受け入れることができ、技術支援や技術交流も考慮すればエネルギー市場活性化に向けた貴重な機会が提供されているといえよう。しかし、そのKEDOの進捗がこれを支える主要国アメリカの意向によって凍結されたこと自体が国際協力組織の継続の難しさと限界を示している。要するにKEDOは国際地域政治の力学に翻弄されているのである。ちなみに日本はKEDOに10億ドルを資金提供しているのみならず、ニューヨークの本部に事務局次長、政策スタッフ、原子力の専門家計7名を派遣し、北朝鮮琴湖の現地事務所には職員1名が常駐している。
第3に、02年10月の米政府発表をめぐる北朝鮮との見解の食い違いがある。北朝鮮側の説明によれば、「ウラン計画を進める権利がある」「より強力な武器を持つ可能性もある」と表明したのであって、「ウラン計画を認めも、否定もしない」姿勢を示したのだという(朝日新聞朝刊2002年11月21日付)。ここに米による情報操作の可能性を見る思いがするがどうであろうか。北朝鮮の濃縮ウラン計画疑惑がアメリカによる臨検以上に今日(03年1月現在)の危機的混迷状況を招く起点となったことは、その後の北朝鮮による米の「合意」違反に対する強い非難の継続からも明らかである。
第4に、どの段階においても双方がかならず対話・交渉の余地を残している点である。「我々が核施設を再び凍結する問題は全面的に米国にかかっている」(02年12月12日の北朝鮮外務省スポークスマンの声明)「3カ国の代表団は、北朝鮮の国際社会との関係が核兵器計画の検証可能な中止にかかっている」「00年6月の南北共同宣言に基づく南北対話と、日朝平壌宣言に基づく日朝対話を引き続き支持する」(03年1月7日の米韓日の共同声明)といった具合である。経済制裁に代表される国際社会の包囲網を何としても回避するために、また、米韓日の間の溝を拡大するためにもアメリカを唯一の交渉相手とする姿勢が一貫している。現国家体制の保障と米韓不可侵条約の締結を獲得するためには決定的な対立は避けなければいけないのである。アメリカにとってもイラクと北朝鮮の軍事的脅威をめぐる程度の差に逆行して前者への攻撃を強力に意図しているという矛盾を抱えつつ、日本や韓国はもちろん、中国やソ連との協調関係を崩すわけにはいかない。
果たして「武力行使をしない保証」「相互の主権尊重と内政不干渉」(93年6月の米朝共同声明)や「双方の敵対的意思の放棄」(00年10月の共同コミュニケ)といった「落としどころ」に至ることができるのであろうか。いずれにしても国家間レベルの「神経戦」のタイムリミットが迫っていることは確かである。
<参照サイト>
北朝鮮、朝鮮民主主義人民共和国へようこそ
この小論のもととなったデータ等に関しては「講義メモ」を参照してほしい。ここでは敢えて上記ホームページを提示しておきたい。自分が経験した限り、昨年10月以来、アクセスができない状態が続いている。ここに書かれている表層的で豊富な内容をどう捉えるかによって、北朝鮮問題への迫り方も違ったものになってくると思われる。