2000年10月17日 大学院比較行政研究レジメ
「政策ネットワーク論とイギリス行政学の再構築」 中村祐司(担当教員)
*以下のカギカッコは学会発表時のレジメを引用
1.問題の所在
政策ネットワーク論の不安定性→
@ 理論研究者と実証研究者の乖離
A ミクロ、メゾ、マクロの各レベル間における諸アクターの流動的・交錯動態
B 政策学、制度学、管理学混在・混迷
2.政策ネットワーク論概観
@ クリストファー・ポリット(Christopher Pollit):シティズンチャーター、契約・市場化促進策、購入者/提供者の分離
A マイケル・ハウレット(Michael Howlett):ヒュー・ヘクロ(Hugh Heclo)の見解を紹介(「鉄の三角形」―イシューネットワーク)
B ロウズによる政策ネットワーク論の統合
C ヴィルクスとライト(Wilks and Wright)による洗練化
D ワーデン(Frans van Waarden)の設定規準
3.ロウズモデルの提示
ロウズ(R. A. W. Rhodes)の8つのキー概念:政府間関係、権力の相互依存、政策ネットワーク、コアエグゼクティブ(core executive)、統治(governance)、国家機能の空洞化(hollowing out the state)、再帰性(reflexivity)、責任(accountability)
「88年以来の国家の「空洞化」は国家機能のEUへの上昇型吸収、5、500余りある特定公益法人への下降型吸収、そしてエージェンシーへの外部型吸収を意味する」
「ネットワーク分析の4つの次元、すなわち、利害、構成メンバー、垂直的・水平的相互依存、資源を提示し、横軸に一方の極を政策共同体、他方の極をイシューネットワークとする類型モデルを提示」
4.政策ネットワーク論の展開
(1)事例研究の展開
アンドリュー・ハインドモア:
「1948年のナショナルヘルスサービス(NHS)の創設以前のイギリス医療協議会(British Medical Association)と保健省(Ministry of Health)との協議を考察の対象とした。ハインドモアは政策共同体と市場やヒエラルヒーとの対照性に注目」
市場での資源交換:契約
ヒエラルヒー:権威
政策共同体における資源交換:信頼関係
ハバート・ハインネルト(Hubert Heinelt):
EUの「構造基金」(structural funds)における政策形成過程
「地方レベルの諸機関は「周縁的」利点を持つがゆえに、例えば、欧州委員会はプロジェクトをめぐる良質のフィードバッグをめぐって、地域から離れている中央政府よりも、こうした機関に依存する傾向にある」
ハンス・ブレッサーズ(Hans Bressers):
ドイツ、ハンガリー、オランダ、イギリス、アメリカ、EUの水利政策ネットワークをめぐる国際比較分析
「イギリスの民営化過程において、政府が意図的に政策ネットワークを排除するケースがあるため、このような場合にはネットワーク概念を用いた分析は有用ではない」
(2)ネットワーク分析論
クリス・ペインター(Chris Painter)
「メトロポリタンディストリクトにおける多数の首長が、その執務時間の半分以上を他の地方の諸組織とネットワークを形成するために費やしている」「ローカルカウンシルのような多目的な諸機関ではなく、単一目的を掲げる諸機関の利用とその相対的な重要性が増す傾向にある」「統合欠陥」(integration deficit)ともいうべき諸構造の出現に対処するために、ネットワーク、パートナーシップ、協働(joint working)という新しい関係形態を築く必要性」
フィオノア・ヌナン(Fiona Nunan)
「従来の政策ネットワーク研究はそのほとんどが「静態的」であるということと、ネットワーク形成の過程についての分析に欠けている」
という点を指摘した。
コーリン・ヘイ(Colin Hay)
「ネットワーク構造の密集性、永続性、不活発性からネットワーク動態の柔軟性、変動性、適応性に関心が移りつつあること挙げた上で、サイクル過程としてのネットワーク展開」を提示。
(3)クァンゴ研究とエグゼクティブ研究
クァンゴ(quasi-autonomous national governmental organization):「非政府直属公的機関」(NDPB=Non
Departmental Public Bodies)
サッチャー政権時代のクァンゴ設置の理由:「地方政府を囲い込むこと」「新しい管理運営技術の導入により、クァンゴは官僚制の実際のサイズを隠し」、「政府における各省と政治的領域との間の緩衝地帯を提供する。クァンゴは理論的には省庁の過剰負担を軽減し、各省を政府任務の詳細から解放する」
マシュー.V.フリンダース(Matthew V. Flinders):
「クァンゴには権限が分散されることで参加が拡大され、より活動的で直接的な市民形態を提供する能力があり、政策形成・実施過程において中心的な役割を担う可能性があるという。この作動に関する諸ルールの必要性」「政府はクァンゴが「準(quasi)」であり続けることを望んでいるのであり、クァンゴが自立的に当該機関固有の資源を持ちながら顧客層に依存するのではなく、政府に依存することを望んでいる」
マーチン・J・スミス(Martin. J. Smith):
「コアエグゼクティブ内では各省庁が強力なアクターであり、中枢(center)は省庁が中枢に依存する以上に省庁に依存している」「コアエグゼクティブはその中枢能力を衰退させ長期にわたる調整の問題に直面」
5.新公共管理論(NPM)をめぐる議論
ステファン・コープ(Stephen
Cope):
「保守党政府の「ネクストステップ」プログラムは典型的な新公共管理論の一環であり、プログラムの「操縦者とこぎ手」を分離したもの(it separates ‘steering from rowing’)であり、前者を政府中枢(コアエグゼクティブ)に、後者をエージェンシーになぞらえたものであったとみる。」
オーウェン・E・ヒューズ(Owen E. Hughes):
「80年代の半ば以降、先進諸国における公的セクターの管理が変容した。20世紀のほとんどすべてにわたって支配的であった行政の固定的、ヒエラルヒー的、官僚的な形態が柔軟で市場をベースにした公共管理の形態に変化しつつある。」「社会における政府の役割の変化であり、政府と市民との間の関係の変化」
「結果として、政府が直接に提供する公共サービスのサイズは小さくなり、政府の仕事は契約管理と政策助言に限定され、業務のほとんどが契約ともなり得る」「市場と政府との関係、政府と官僚制との関係、政府と市民との関係、そして官僚制と市民との関係の変容」
6.政策ネットワークモデル構築の模索
マイケル・ハウレット:
政治現象についてのアプローチをめぐる分類を以下のように提示。
「厚生経済学、多元主義、コーポラティズム、国家主義はいずれも公共政策の作成における多面的・経験的な現実に有効に対応していない」
図表 政治現象についてのアプローチをめぐる分類
基本的な分析単位 |
理論構築の方法 |
||
|
演繹的 |
帰納的 |
|
個人 |
公共選択 |
厚生経済学 |
|
団体 |
マルキシズム |
多元主義/コーポラティズム |
|
諸制度 |
新制度論 |
国家主義 |
資料:Michael Howlett and M.Ramesh, Studying Public Policy, Policy Cycles and Policy Subsystems(Oxford, 1995), p.19.
「政策ネットワークの8つの類型として横軸にネットワーク内における国家―社会関係(国家指令型か社会支配型か)、縦軸にネットワーク参加者の数とタイプ(国家諸機関、一つの主要な社会的団体、2つの主要な社会的団体、3つないしはそれ以上の団体)を設定」
「「イシューネットワーク」は基本的には多数の社会的諸アクター間でなされる相互作用を指している」
タニア・A・ベーゼル:
「ヒエラルヒーや市場に代わる統治の形態として政策ネットワークが把握される傾向にあるドイツと、国家―社会間の関係モデルとして捉えるアングロサクソン系諸国に関する考察」「量的アプローチ」「質的アプローチ」
「利害調整派(the
interest intermediation school)は政策ネットワークの特質を政策過程の特徴や結果と体系的に結びつける仮説を形成することができない」
「ヨーロッパにおいて増加する政策ネットワーク研究では、政策決定(政策の形成と執行)に関わる相互に異なる諸アクターが各々の利害を非ヒエラルヒー的な交渉を通じて調整する構図が示されていると述べる。ヒエラルヒー的な調整を行う単一の(国家)機関を土台として国家を中心に据えた統治概念を共有する他の理論とは異なり、政策ネットワーク論では「政府なしの統治」(governing without government)によって特徴づけられる政治構造の出現が概念化」
「その反面で政策ネットワークが政策の変化を阻止し、特定の諸アクターを政策決定過程から除外し、結果的に民主的な責任からはほど遠いものとなる危険もあるという見解」
7.イギリス行政学に対するロウズの警鐘
「80年代のニューライトの激動に直面して、組織間分析を適用した政府間関係(IGR)と政府―産業間関係(GIR)の研究が「経済社会リサーチカウンシル」(ESRC =the Economic and Social Research Council)のイニシアチブにより政策ネットワーク論をベースにして進められた」
「「ウエストミンスター」や「ホワイトホール」を超越した政府構造の変容を、公的セクター、私的セクター、ボランタリーセクターのネットワークに焦点を当てることで描き出したと強調」
「コアエグゼクティブや国家の空洞化、政府から統治へ、組織のネットワーク化、官僚制の分化、といったものが生まれた」
8.政策ネットワーク論をめぐる課題と特質
水平的「分散」
垂直的「分権」
「国家の空洞化」
水平的「集中」
垂直的「集権」
「コア」。
組織
個人の自己責任
コア組織
個人単位
図表 政策ネットワーク論の射程
メゾレベル 政策ネットワーク論 メゾレベル 政府-団体関係 政策ネットワーク論
マクロレベル 国家-社会関係
ミクロレベル 個人(人的関係)
図表 ネットワーク化現象の波及モデル
諸アクターのネットワーク化現象 |
|
水平的分散 反作用 (公的セクター、私的セクター、ボランタリーセクター、エージェンシー、クァンゴなど) |
反作用 水平的集中 (水平的統治) |
垂直的分権 反作用 (下降型) |
反作用 垂直的集権 (垂直的統治) |
国家の空洞化 反作用 (上下双方向)
|
反作用 コアエグゼクティブ (強化あるいは弱化?) |
組織単位 |
コア組織 |
組織責任 |
コア責任 |
個人単位 |
個人責任 |