テキスト ボックス: 比較政策研究2009年11月16日

国際社会研究専攻  舘野 治信

 

日本政府の地域コミュニティ政策(2)

                       −コミュニティ政策の現状と課題−

 

1.  はじめに

地域コミュニティについての政策は基本的に、次の3種に分けられる。第1は戦前から現在に至るまでつながっている「自治会・町内会」に関わるもの、第2は、1971年に自治省から提唱された「地域コミュニティ」に関わるもの、そして最後に1998年施行の「特定非営利活動促進法(NPO法)」で急速に活動が拡大した「市民活動」である。NPOを含む市民活動は、必ずしも本稿で述べる地域コミュニティのみに関わるものではないが、地域にとって重要なアクターである。その他、福祉、環境、安全等の分野も地域コミュニティに強く関わる政策もあるが、本稿では論述の対象外とする。

以下本稿では、上述の3分野に関係する中央政府と地方政府(栃木県内を中心に)の政策の現状と課題について述べる。

 

2.  中央政府の地域コミュニティ政策

(1) コミュニティ事業

中央政府は、自治会・町内会については1952年の復活以降、その存在に注目しているものの特別の政策を計画・施行していない。一方高度成長期の中で、1969年に大規模な全国開発を推進する新全国総合開発計画が提起される一方で、地域コミュニティの荒廃の声が上がる中で、国民生活審議会が地域コミュニティに焦点をあて、『コミュニティ −生活の場における人間性の回復−』[1]を発表したのは、当時の日本社会の状況を全面的に反映したものであると言えよう。すなわち、更なる経済成長を追及する日本社会の一方では、戦前からの伝統的地域社会に存在してきた隣保組織が社会環境に整合できなくなってきたとの問題意識があったと考えられる。そこでは、伝統的自治会・町内会を支えてきた「伝統型住民層」ではなく、「市民型住民層」を基盤とした「コミュニティ」の形成を志向した。自治省は、国民生活審議会の答申を受けて、1970年に「コミュニティ(近隣社会)に関する対策要綱(案)」を発表し、1971年には、「コミュニティ(近隣社会)に関する対策要綱」が都道府県に通知された。以降、自治省方針に沿ってコミュニティ事業が全国的に展開された。結果、各地にコミュニティ推進協議会が組織され、また活動の拠点としてコミュニティセンターが建設された。

 

  自治省のコミュニティ政策は、「新全総」の広域・巨大開発の逆極の狭域地域に焦点を絞り、新たなコミュニティの形成を目指したものであった。更には、旧来の自治会・町内会を乗り越え、自立した市民層の自律的活動を期待したものであった。自治省の通達を受け、全国の殆どの地域にコミュニティ推進協議会が設立され、またコミュニティセンターも建設された。そこでは、地域福祉・親睦・地域課題の検討等の、当初の期待機能の一部は担われている。しかし、多くのコミュニティ組織は、旧来の自治会・町内会等の近隣組織が核となっている。また、自治省通達の受け皿でもある市町村が、コミュニティ運営に深く関与しており、この面でも「市民型住民層」の自立的活動とはほど遠い。たとえば財政的には、収入の多くを行政に依存している [2]


(2) NPO法

1998年施行の「の特定非営利活動促進法(NPO法)」は、日本の市民活動の大きな画期となった。17のNPO法人の活動分野の殆どが、地域コミュニティと何らかの関わりを持つが、就中3分野(まちづくり、環境保全、地域安全)は、密接な関係がある。地域コミュニティは、NPO法策定の中心課題ではないが、地域コミュニティにとっても、看過できない重要政策と言って良いと考える。

 

(3)    自治会・町内会に関わる政策

1952年の講和条約発効による復活(任意団体化)以降、法制化や政府施策として自治会・町内会が扱われることはなかった。わずかに、自由民主党が地域における存在意義を評価し、幾度か法制化の検討を進めた [3]。しかし、「ねじれ国会」等の政治環境の中で、具体的進展はなかった。

地域コミュニティを主たる対象とした政策は確認できなかったが、中央政府の各省が自治会等の近隣組織に関心を有しているのは確かである。生活、安全、環境、福祉、地域自治、地域活性化等住民・市民と直結する事業遂行には、地域社会は無視できないことから、当然のことであろう。

 

(4)中央政府のコミュニティ政策の課題

  自治省の「地域コミュニティ政策」は、産業経済政策に主眼をおいた「全総」に対し、生活者の視点で社会政策を立案したことは高く評価できると思う。しかし、地域社会や市民性についての認識が実態と遊離していたため、政策の実施結果は目標としたものとはならなかったと言えよう。ここでは、現実に即した認識と新たな社会環境も織り込んだ「地域コミュニティ政策」の策定が必要であろう。

  また、自治会・町内会を否定すべき存在と捉えるのではなく、その存在と有意義性を認めた「地域コミュニティ」を考えるのが重要であると思う。加えて、ボランティア・NPOとの連携を含めた視座が不可欠と考える。

 さらには、生活、安全、環境、福祉、地域自治、地域活性化等の地域コミュニティに関わる政策立案や遂行が省庁縦割りとなっており、地域の立場からの全体的視点での統合化・調整が不在なことも問題である。

 

3.地方政府の地域コミュニティ政策

(1) 栃木県の地域コミュニティ政策

  狭域地域を対象とした栃木県独自の地域政策の存在は確認できなかった。県の公式ホームページや県の総合計画では、地域社会や福祉、協働等のキーワードに関連した記述はあるものの一般論のみで、具体的地域コミュニティ政策には言及していない。例えば、「地域社会とコミュニティの変化」の項では地域コミュニティの変化について述べた後、今後の方向として「協働による地域づくり」が求められているとしている [4]。総合計画に記されている13の基本政策では、以下の3項目が地域政策に関わりが深いと考えられる。

  @ 基本政策22 : 互いに支えあい、共に生きるあたたかな福祉社会を築く

  A 基本政策42 : 魅力とうるおいのある生活空間をつくる

  B 基本政策43 : にぎわいとときめきにあふれた地域社会をつくる

これらは、地域コミュニティ政策と密接に関係があるが、述べられている政策は、福祉・環境・育児等の一般政策の域を出ず、事業実行の主体は市町村、市民団体等である。

  ここでの今後の検討課題(筆者にとって)は、地域コミュニティ政策にとって県に求められるものは何か

の検討である。

(2) 栃木県内市町の地域コミュニティ政策

栃木県内30市町の殆んどで、地域政策を重要視していると思われる。それは、自治会・町内会との関係、市民団体への助成、まちづくりへの取り組み等について、ホームページ、条例、総合計画等での記述から読み取れる [5]。以下、主要な政策について述べる。

 

@ 自治会・町内会に関わる政策

栃木県内の全ての市町に自治会・町内会が存在し、各市町は継続的な助成・支援事業を行っている。何らかの理念・目標を掲げての地域コミュニティについての政策というより、行政の補完機能遂行への期待と地域を代表する組織への配慮と位置づけるのが妥当なように思われる。前回報告でも述べてたが、町内会・自治会に関する政策の主なものは、@自治会長への発令行為、 A補助金の支給、B支援事業の推進等である。@、Aについては条例化も行われ、夫々の市町で永年継続して事業遂行がなされている。

  

A     市民活動に関わる政策

 自治会・町内会への助成と並行して、多くの市町で市民活動(ボランティア、NPO等)に対する支援も行っている。市民団体に対する対応は、市町により大きく異なっている。基本的には人口の多い市町ほど、市民活動への支援事業が多いようである。これについては、今後実証を進めたいが、人口の多い都市部ほど市民活動が活発であることや、財政規模の違いが影響しているものと思われる。

 

B     まちづくり政策

 「まちづくり」は非常に多義的であり、行政主体のインフラ構築事業、あるいは商工会推進の商店街活性化、市民主導の環境美化運動等多様な政策・事業が含まれ、また必ずしも地域コミュニティに活動領域を限定されるとは限らない。公式ホームページで広報されている市町のまちづくりについての捕らえ方も一様ではない。「まちづくり」についての各市町間の差異の内容やその原因の検討は、今後検討を進めたい。

 

(3)市町のコミュニティ政策の課題

 市町の政策での課題を以下に記す。

@     地域コミュニティに関する統合的政策の策定

     自治会・町内会、市民団体、まちづくり等の個別組織、あるいは個別テーマの政策が展開されているものの、それらを総合化した地域政策は全ての市町にない。地域社会について多面的取り組みは不可欠であるが、かつて生活審議会で提言したような、目指すべき方向と理念を明示した統合化が重要であると考える。

  A 縦割り行政

上述の事項とも密接に関係するが、地域に関わる政策・事業が複数の行政部門で担われており、相互の連携調整に問題がある可能性が大きい(実証未)。これは、中央政府の課題と相似と言える。

  B 行政と市民の協働

    多くの自治体で協働が言われているが、タックスペイヤである市民と公僕たる行政との協働について曖昧な関係にあるように見える。少なくとも、協働の実施にあたっては、理念・目標の共有と明確、かつ具体的な契約の存在が必要であると考えるが、確認できた事例はなかった。


3.まとめ

  中央政府は、1970年代の自治省のコミュニティ政策以降は、目新しいコミュニティ政策は展開していない。地縁に基づく地域コミュニティの重要性は30年後の現在でも変わっていない。また、「向こう三軒両隣」的人間関係の消滅は一層進んだように思われる。しかし公共の利益に貢献する自立した市民による「地域コミュニティ」の例は少ないと思う。中央政府のコミュニティ政策は、全国各地に「コミュニティセンター」と呼ばれる施設と「コミュニティ推進協議会」を残し、一定の役割は果たしたが、所期の目標とは大きく離れてしまったと言えよう。元々自立した市民層の形成は、中央政府、あるいはその意を受けた地方政府の政策・事業として推進できる性格のものではないのだと思う。これは、個人の意識と生き方に、そして社会の文化にも関わるものであり、長い歴史的集積が必要であろう。

 

一方、1995年発生の阪神淡路大震災の復旧支援では、多くのボランティアが参加し、被災者の救援に貢献する実績を残した。この活動にも触発され成立した「NPO法」が、直接・間接に地域コミュニティ政策に影響を与えているように思う。自治省コミュニティ政策で期待した「自立的市民層」は多くは、地縁的「コミュニティ活動への参画よりは、NPOを中心とした市民活動を選んだのではないであろうか。

 

  地方分権拡大が叫ばれ・検討される中で、地域住民と直接に接する地方政府にとって、地域コミュニティ政策は今後とも重要なものであると思う。しかし、殆どの地方自治体の政策は、明確な理念に欠けているように見える。少子高齢化、地方分権拡大、福祉事業の拡大、地域社会の崩壊、財政危機等の社会環境の中で、地域コミュニティに必要な政策の検討はまだ不十分であると思う。地域には、ボランティア・NPOに参画する自立的市民も出てきている。そのような市民を核として、地縁組織、ボランティア・NPOとも連携した地域コミュニティ政策が必要とされている。

 

 次稿では、栃木県内のいくつかの市町のコミュニティ政策について、関連組織へのヒアリング等の調査を行い、地方政府のコミュニティ政策の実態の一部に触れ、「地域コミュニティ政策」検討のまとめをしたい。

 

テキスト ボックス: 【キーワード】
・	地域コミュニティ、地域社会、コミュニティ政策
・	自治会・町内会、近隣政府(組織)、近隣住民組織、地縁団体(組織)
・	NPO,ボランティア、市民性、市民活動
・	Social Capital、Weak Tie
・	共同、協働
以上

 

 

 

 

 

 

【参考文献】

1.     金井利之 『自治制度』 東京大学出版会 2007

2.     河合明宣、齋藤正章 『NPOマネージメント』 放送大学教育振興協会 2007

3.     倉沢進、秋元律郎 『町内会と地域集団』 ミネルヴァ書房 1990

4.     倉沢進 『コミュニティ論』 放送大学教育振興協会 2002

5.     中川剛 『町内会』 中央公論社 198

6.     日本都市センター編 『近隣自治とコミュティ』 日本都市センター 2001

7.     山崎丈夫 『地域コミュニティ論』 自治体研究社 2003

8.     Robert Pekkannen Japan’s Dual Civic Society』 Stanford University Press 2006



[1]国民生活審議会 「第三次国民生活審議会 答申書」 経済企画庁 1970

[2] 同上 日本都市センター編 『近隣自治とコミュティ』 p.158

[3] 日本経済新聞 「町内会など活動支援へ議員立法へ」 2008/3/1

[4] 栃木県 『栃木県総合計画 とちぎ元気プラン 20062010 (概要版)』 p.5

[5] 栃木県内市町の公式ホームページによる。